ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第125話

2046年 5月 栃木県 小山市 F金属工業 第2工場

 

小山市の東側に位置する第2工場。

10年前まで本社と作業場が一体化していた、あのトタン屋根の小さな町工場の何十倍もある広大な敷地。そして、そこにそびえ立つ頑丈な鉄骨造りの建屋。

 

小山市は栃木県内でも有数の都市であり、北関東を代表する工業地帯でもある。東京に本社を置く大手メーカーの主力工場も数多く進出しているが、その中にあっても、F金属工業の第2工場は極めて異彩を放つ佇まいを見せていた。

 

なにせ、建屋の中にはビル数階分に相当する超大型の高圧圧延機が、堂々3ラインも並んでいるのだ。

圧延機というのは、単体に鉄板を通せばラインが完成するわけではない。2台から5台もの大型機械を緻密に連結させ、順番に圧力をかけて引き伸ばして初めて1本分のラインとして機能する。

つまり、この第2工場は横方向に長いだけでなく、上方向にも凄まじく高い。その異様なスケール感が、訪れる者に圧倒的な圧迫感を与えていた。

 

「はあ!? またバカでかいタンクを作れってか!?」

 

上級技能士・三城はマニュアル規定内に収まるように手加減した声量でインカムのマイクに向けて声を発した。

つい2ヶ月前、同じ連合加盟企業である『Mマシナリー』向けのテストピース用鋼板を作れと要求してきたばかり。そのために何日もかけてラインを精密にセットし直したというのに、もう『別の製品に切り替えろ』と言ってきた営業と第2人事部に向かって、三城は眉をひそめた。

 

「三城さん、落ち着いてください。前のテストピース案件は、元々他の協力会社に発注していた分がキャパオーバーを起こし、こちらに一時的な空きがあったから組み込んだ仕事です」

 

第2人事部の男が、騒音の中で冷静に説明を続ける。

 

「今回舞い込んできたのは、我らが連合のG化学が主導する、まさに国家プロジェクト級の緊急案件になります」

 

「……また、それかよ」

 

三城は苦々しい顔で毒づいた。

前のD社向けレアメタル貯蔵タンクの時もそうだった。こいつらは「国家プロジェクト」だの「経産省注目の案件」だのという言葉を、まるで日常会話のように平然と言いのける。

 

だが、三城には分かっていた。

隣にいる自社の営業担当は動転のあまり顔を青くし、大型プレス機の重低音が響く工場内ではマイクを通しても聞き取りにくいほど声を震わせている。対して、連合傘下のC社から派遣されてきているこの第2人事部の男は、相変わらず表情一つ変えず、いつもの鉄仮面で平然と立っている。

 

「ラインの再セッティング、相当な時間がかかるぞ。いいのか?」

 

「はい。三城上級技能士の腕を信じていますので」

 

「白々しいな。お前らが信じてるのは、腕じゃなくて『マニュアル』だろ?」

 

「そのマニュアルを作る土台と、不備が出た時の修正能力において、三城さんには大変貢献していただいております。……それに、もし納期や条件にご不満があるなら、別の業者に注文しても一向に構いません、と言ってあるので。」

 

「その代わり、品質の保証はしないぞってか? ……たく、お前ら国を相手によくそんな態度でやっていけるな」

 

だが、この一見冷徹な塩対応で、あのアメリカ第一主義の鼻をくじいてしまったのも紛れもない事実だ。そんな化け物じみた連合に対し、日本政府もおいそれとちょっかいを出せないということなのだろう。

 

「おう、若えの。また頼むわ」

 

「はい!」

 

三城が声をかけた相手は、驚くほど若かった。なにせ、21歳の学生なのだから。

作業場には、彼以外にも同年代の学生たちが何人も出入りしていた。

 

彼らに新しい依頼仕様書を手渡すと、学生たちはすぐさま超巨大圧延機の調整作業へと取り掛かった。

まだどこか慣れない手つきではある。それもそのはずで、彼らがこの手の超大型圧延機に触れ始めてから、まだ1年ほどしか経っていないのだ。

だが、本来ならベテランの整備士すら躊躇するような巨躯を一部だが分解して元の性能に近い状態まで組み直したり、三城やこの工場の熟練技能士たちの助言を受けながら微調整までやってのける。その学習能力と現場適応力は、素直に「化け物」と言うべきレベルだった。

 

(……こんな学生を、沖縄に400人も抱えているとはね。連合ってのは本当におっかねえ)

 

彼ら学生は『日総職(日本総合職業専門スクール)』――連合が独自に運営する私塾の沖縄校の生徒たちだった。この沖縄校では1学年100名体制で運営されている。

 

もし、15年前の三城の思考回路のままだったら、

『マニュアル馬鹿のくせに凄腕の技師を育てるなんて矛盾してやがる。腕のある奴をマニュアルで縛ってどうする気だ?』

と吐き捨てていただろう。

 

だが、連合の『マニュアル』を長年使い込んできた三城は、その本質を知っていた。

連合のマニュアルは、現場に一切の迷いを生ませない。そして、現場の人間に理不尽な責任を負わせないのだ。理不尽や負荷は、データや数字となって必ずどこかに表れる。それを察知した瞬間、あの鉄仮面の『第2人事部』がワラワラと集まってきて、徹底的に原因を分析し、マニュアルを修正・検証し、抜かりなく常時運用する。

 

そんな『純化を重ねたマニュアル主義』の現場だからこそ、むしろ凄腕の技師たちが「本当の意味で目の前の機械と製品だけに集中できる」という理想的な環境が生まれていた。

 

実際に、三城自身がそうだった。

給料が上がったのはもちろんだが、昔の現場にあふれていた怒号も、くだらない階級マウントも、根拠のない「勘と経験」による無謀な判断も、年を追うごとに綺麗に消え去っていった。その結果、このF金属工業は、今や小山市でトップを争うほどの超ホワイト企業・工場として外部からも高く評価されるようになってしまったのだ。

 

三城には長年の経験がある。連合が来るまでは、どこにでもあるようなスプレー缶を作る町工場のおっさんだったとはいえ、それなりの製品を作り、機械の微細な振動や音などで異常を見極める熟練の「目」と「耳」を持っている。

だが、だからといって、このビル数階分の圧延機をドライバーやレンチで分解し、完璧に組み直せるかと言われれば――それはできない。

領域がまったく異なる技能だからだ。

 

似た関係を挙げるなら、同じく法律を扱っている『税理士と弁護士』のような差なのかものかもしれない。

 

(だからこそ分かるんだよ。あいつらが機械を触る手つき……その『迷いの無さ』と『迷い』がな)

 

単に「迷いが無い」だけなら、それはマニュアルや取扱説明書をただなぞっているだけの作業員でも当てはまる。本当に熟知して手を止める必要が無かっただけなのか、それとも指示しか受けていないから止まらないだけかは見ているだけでは分からない。

だが、この日総職・沖縄校の学生たちは違った。作業の途中でふと手を止め、思案することが多い。

『ここはあっちのセンサーの数値を先に確認すべきだ』

『いや、ここを真っ先に調整しておかないと、高圧状態が内部でキャンセルされてしまう』

 

専門外の三城であっても、職人としての直感が教えてくれる。

彼らが示している判断の深さは、到底「ただの学生」や「入社して数年の若手エンジニア」のレベルではない、と。

 

4日後。

学生たちがセッティングを終えた第1ラインの試運転が行われた。

学生たちの役割は機械のセッティング・修理・メンテナンス。そして三城の役割は、彼らが調整した機械から出てきた製品の品質に問題がないか、そして長時間連続稼働させた際にどのような金属疲労や歪み、機械トラブルが生じるかを洗い出すことだ。

 

排出された耐海水に特化した特殊鋼板の表面を、三城はゴツゴツした指先で入念に確かめた。

 

「――おい若えの。もうちょい表面を圧着して潰してくれ。今回の相手はレアメタルじゃねえ。『海水』だ。目に見えないレベルの微細クラック(亀裂)が一つでもあると、そこから塩分が侵入して一気に腐食が進んじまう」

 

作業服を着た学生が、モニターの数値を確認しながら頷く。

 

「機械加工を施している以上、原理的にクラックをゼロにはできません。圧力を段階的に上げていきますので、三城上級技能士の限界見極め(ジャッジ)をお願いします」

 

「おう! 金属の隙間をギリギリまで押し潰して埋める……だが、やり過ぎて強度を殺さない。その『塩梅』を見極めるのは、俺に任せとけ!」

 

巨大な圧延機が、地響きのような重低音を上げて再び動き始めた。

沖縄から来た規格外の若きエンジニアたちと、栃木の町工場で研ぎ澄まされた熟練職人の技。

連合という巨大な仕組みの中で組み合わさった二つの知性が、世界中の海岸線に打ち立てられる新たなインフラの「要」を、寸分の狂いもなく鍛え上げようとしていた。

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