2047年 3月 東京 川島養護老人ホーム
「頼む! 君にまで抜けられたら、本当に来週からのシフトが組めなくなるんだ……!」
私は目の前に立つ40代の男性職員に向かい、恥も外聞もなく土下座せんばかりの勢いで頭を下げていた。
「部長、頼むからやめてくださいよ。……こっちにだって生活があるんです。ここでいくら夜勤をこなしたって毎月赤字確定なのに、これ以上働き続けられるはずがないでしょう?」
吐き捨てるように言い残し、彼は私に一度も目を合わせることなく、荷物をまとめた鞄を手にそのまま去っていった。
これで今年に入って何人目だろうか。
最盛期には数十名いた現場職員は、すでに半数近くまで激減していた。そのたびにシフトの穴を埋めるため、近隣の別施設から応援要員を派遣してもらっていた。
向こうの施設は人材に余裕があるため、こちらの足元を見た割高な「スポット派遣契約金」を要求してくる。
とりあえずその日その日の介護現場を回すことで現場の責任や事件事故こそ回避できてはいたが、支払う契約金によって我が施設の経営は毎月ごとに致命的なレベルで追い詰められていた。
原因は、百も承知だった。
あの連合傘下の『J社』のせいだ――。
J社は他社が真似できない圧倒的な好待遇で東南アジアと日本全国から介護士をかき集め、自社で教育した上で全国の福祉施設へ派遣・配置している。
周囲のライバル施設たちがこちらの応援要員打診を喜んで引き受けていたのは、うちからむしり取った割高な契約金を、そのまま「J社への派遣料」に充当して自施設の労働環境を安定させていたからなのだ。
さっき去っていった40代の職員も「生活できない」と言っていた。
40代後半にもなれば、未経験で別の一般企業へ転職するのは極めて難しい。
ならば、彼の行き先は7割方決まっている。――あの『J社』だ。J社の過酷だが公正な採用試験に合格し、内定をもらったからこそ、迷わず辞表を叩きつけたのだと考えるのが一番しっくりきてしまう。
「……ハハ、いや……ただの逆恨み、か」
思わず自嘲の溜め息が漏れた。
もう何十年も前から、介護福祉の現場は「きつい・危険・汚い」の3Kでありながら給料が異常に低いと言われ、『底辺職』とネットで揶揄され続けてきた。
だが、その業界構造を客観的に見れば、そう言われてもぐうの音も出ない。過酷な労働に対して不当な低賃金なのは紛れもない事実であり、経営陣も業界も、それを根本から改善しようとは一切してこなかったのだから。
それを、J社は圧倒的な資本力と市場の独占によって、『手取りで年収400万円以上、これがあなた方の本来受けるべき適正給料です』と全国に公然と提示してしまった。
『お年寄りを慈しむ、やりがいのある尊いお仕事です』
これが、私たちが長年求人広告で使い古してきた、貧乏くさい綺麗事のキャッチコピーだ。
対するJ社のキャッチコピーは『適正な給料と、マニュアルによる安全の保障』。
現場の職員たちがどちらになびくかなど、一目瞭然だった。……私だって、人事部長という役職を捨ててJ社の現場介護士として転職したいとすら思っているくらいだ。
実は、私も半年ほど前に密かにJ社の採用面談を受けたことがある。だが、結果はあっけなく不採用だった。
後で知ったことだが、J社は外部から「管理職(マネジメント)」という名目での即戦力採用を一切行っていない。
どんなに立派な経歴を持っていようが、最初は全員を現場の一般職として採用し、実際の現場でのマニュアル遵守姿勢と働きぶりを徹底的に観察した上で、内部から叩き上げのマネジメント職を選抜するという「狂気的な現場主義」を貫いていたのだ。
応接室で1時間にも満たない面談をした程度で、その人間の本質やマネジメント能力が分かるはずがない――言われてみれば、ぐうの音も出ないほど当たり前の合理性だった。
「……そうだな。全部、当たり前のことなんだ……」
数ヶ月前、給湯室で若手職員たちが漏らしていた会話が頭をよぎる。
『また国から高齢者介護の補助金が出たってニュースで言ってたけどさ、なんで俺たちの給料は逆に下がってんだよ!』
『要するに“高齢者様にご奉仕して飢え死にしろ”って国と経営陣が言ってるんだろ? で、うちの施設も喜んでその構造に乗っかってるってわけだ』
当時、人事部長として彼らを注意したかった。だが、その時点で既に介護現場の崩壊は始まっており、下手に注意すればその場で不満が爆発して集団退職を引き起こしかねなかったため、私は何も言えずに聞こえないフリをした。
そう、業界全体がそういう歪んだ搾取構造で成り立っていたのだ。
『違う、それは現場の誤解だ』と反論したところで、彼らを論理的に説得できたろうか?
国からの補助金増額の裏で、社会保険料の増大や事業所の運営費圧縮というしわ寄せが現場の給与カットに向かっていたのは、隠しようのない事実だったのだから。
『文句があるなら、嫌ならさせるな。まともな迂回路を探せ』と、J社は無言で突きつけていたのだ。そして彼らが用意したその「迂回路」こそが、提示された適正給料だった。
「人事部長! 新しい人員の補充はどうなっているんだ! 全然入ってこないではないか!」
午後の役員会議。
所長をはじめとする高齢の役員たちが、重厚な机を叩いて私を厳しく追及する。
「……ですが、現在の条件――手取りで年収300万円すら切り、週6日勤務で深夜シフト有りという労働条件では、求人を出しても応募すら来ないのが現実です。無理があります……」
「馬鹿者! 介護の精神、やりがいを捨てて金に逃げるとは何事だ! 今の若い者は辛慢というものを知らんのか!」
一人の役員が唾を飛ばしながら吐き捨てた。
(……なら、お前がその条件で介護オムツを替えながら夜勤してみろ)と、喉元まで出かかった言葉を必死で呑み込む。
この役員たちは、現場が崩壊しかけている今この瞬間も、毎月それなりの役員報酬を当然のように受け取り続けているのだ。
以前、私は「現場の離職を防ぐため、役員報酬の数パーセントでも人件費のベースアップに回していただけないか」と泣きつく思いで提案したことがあった。だが、その時の役員たちの反応は、まるで親の仇でも見るかのような怒号の嵐だった。
要するに、この川島特別養護老人ホームという組織は、そういう連中の「巣窟」だったのだ。
現場の職員の給料が減り続けていたのは、国や社会のせいだけではない。この施設に住み着いた強欲な寄生虫たちが、現場の血を吸い尽くしていたからだ。
「ええい、連合とかいう不届きな連中のせいで、とんだ迷惑だ! 業界の調和を乱しおって!」
「まったくです。我が施設も高級老人ホーム路線に転換して富裕層を取り込もうとした矢先に、あの手合いに邪魔をされて……」
役員たちが口々に連合への怨嗟を募らせる。
だが、それも滑稽な話だった。我が施設が「高級路線」へと舵を切ろうとした時には、すでに周辺の競合施設が連合J社と全面的に提携し、J社から派遣された教育の行き届いたスタッフをフル活用して、完璧な高級介護サービス網を構築し終えた後だったのだ。
強欲で、時代の変化も読めず、頭のキレも悪い。
それが、この川島特別養護老人ホームの上層部の哀れな実態だった。
役員たちは世直し気取りの「連合」を邪悪な悪役に見立てて憂さ晴らしをしている。
だが、私は耳を塞ぎたくなるような無意味な罵詈雑言が飛び交う会議室の中で、俯きながら心の中で静かに呟いていた。
(……連合J社は、冷徹で有能な悪役かもしれない。だが……お前たちは、救いようのない無能な悪役だ)
遠くで夕刻のチャイムが鳴り響いていた。
明日、また誰かが辞表を出しに来るだろう。そしてこの船は、乗組員を失ったまま静かに沈んでいくのだ。そう呟いた。