ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第14話

翌週、松江、カリフォルニアそしてジョージアを結んで開かれた臨時のネットワーク会議。

画面に映し出された高級健康部門のトップ、院田が下した決断は――『一般紹介文のみの掲載』という、明確な「逃げ」の選択だった。

 

「今回のKUDZUサプリメントに関しては、効能や独自成分の濃縮度に関する踏み込んだ記述は一切排除する。ほうれん草やひじきの時と同様、公的な栄養学の教科書に載っている『葛という植物が持つ一般的な性質』の紹介に留めよ」

 

院田の淡々とした声がスピーカーから流れる。

H食品の担当者は一瞬、不満げな表情を浮かべたが、院田のロジックはすでに次のリスク計算へと進んでいた。

そもそも、葛の成分をここまで高濃度に濃縮したサプリメント自体、現在の欧米市場にはほとんど流通していない。

 

「先行する競合がいないということは、我々が独自の文言で宣伝を打った瞬間、FDA(米国食品医薬品局)の全査察官の目が我が社の製品に集中することを意味する。業界の『標準』がない以上、彼らがどのような法解釈で突っ込んでくるか予測がつかない」

 

院田は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な現実を突きつけた。

 

「莫大なリスクを冒してまで、未知の成分を大々的にアピールする必要はない。原材料費が実質ゼロである以上、普通の健康茶や一般的なサプリとして静かに棚に並べておくだけでも、十分に利益は出る。確実な安全マニュアルが作れない領域で、博打を打つな」

 

それは、利益を最大化することよりも、組織の「無謬性(ミスをしないこと)」を優先する、マニュアル教徒ならではの冷徹な最適解だった。

 

後日、東京の大手町からこの結論を傍観していたD社の広瀬は、手元の端末でH食品の商品ステータスに「保留(現状維持)」のフラグを立てた。

 

(院田らしい、手堅いトップの判断だ。だが――)

 

広瀬は静かにディスプレイを見つめる。

前例のない荒野に直面した時、24社連合の精鋭たちが導き出した答えが「標準ができるまで目立たずに潜める」という、極めて後ろ向きな安全策だったという事実。これは、彼らのシステムが「未知の創造」に対して完全に牙を抜かれていることの証明でもあった。

 

「今回の件で、現場が『標準なき技術・商品開発』だけでなく、『マーケティング』の領域まで恐れているかが証明されたな」

 

広瀬は背もたれに体重を預け、自社が開発を進める『汎用開発マニュアル』の進捗コードを睨みつけた。

 

「ふむ……『Iコンサルティング』は、今週もまた生々しい他社の失敗事例を送信してきたか」

 

H食品のサプリメントが「表現マニュアルの不在」によってカリフォルニアで足止めを食らっていたその最中、D社の広瀬は平然と画面を切り替え、暗号化された新たなデータパッケージを展開していた。

 

開発プロセスにおける圧倒的なデータ不足。

それを補うための最も素直で、かつ最も強欲なルート――「市場に転がっている他社のリアルタイムな失敗(バグ)を、合法的に全件ハッキングする」というスキームは、実はこの24社連合が結成される以前から、D社の知財チームによって綿密に設計されていた。

 

その情報回収網の主軸として、彼らは元東証スタンダード上場の老舗コンサルティングファーム『I社』を、24社の一角として最初から裏へ引き込んでいたのだ。

デリケートな交渉だった。

政治力に長けたD社が居なければおそらく巻き込めたコンサルティング会社はもっと規模の小さいものになり、情報の質も規模も数もそれに合わせて小さくなっていたであろう。

さらに極悪なことにI社だけは特別でD社との提携を最初から公表していた。

日本ではTier2からTier3の間に位置するレベルの旧財閥系企業、D社。

その政治力と人的ネットワークを求めて依頼する顧客は増えることを狙っての連合の判断だった。

 

コンサルティング会社という組織の本質は、企業の「病巣」のカルテが集まる場所である。

業績悪化に苦しむ製造業のR&D(研究開発)のデッドロック、IT大手のシステム開発の巨額にのぼる炎上案件、新薬開発の頓挫――世界中のあらゆる企業が、自社の最も恥ずべき、そして最も秘匿したい「現代の失敗データ」を、自ら金を払ってI社のようなコンサルタントへ開示し、助けを求めることが時たま起きてしまう場所だ。

 

I社はそれらの生々しいデータを、業務改善の「ケーススタディ」および「解析ログ」として、完全に匿名化・記号化した上で、大手町のD社へとストリーミング(常時送信)し続けていた。

当然事前契約で交わされる秘匿遵守のために具体的な企業名や固有の特許情報は一切排除されている。しかし、「どのような組織構造の企業が、最新のどの国際規制に引っかかり、開発を頓挫させたか」という、D社とC社のAIが最も貪りたがっていた『失敗の因果関係(アルゴリズム)』だけが、純度の高いデータとして抽出されていた。

 

「今回は……シンガポールの製薬ベンチャーによる、植物由来成分の治験プロセスのバグか。実に見事なエラーサンプルだ」

 

広瀬は、I社から送られてきたばかりの、まだどこを調べてもニュースにすらなっていない「最先端の失敗」を眺め、冷徹な笑みを浮かべた。

 

H食品の院田たちがカリフォルニアの会議室で「葛サプリの表現方法」に3時間頭を抱えて立ちすくんでいた、まさにその瞬間。D社の地下サーバーには、I社が営業エリアとしているアジアを中心としたクライアントから吸い上げた数千、数万件に及ぶ「最先端の訴訟事例と、当局との係争プロセスの生データ」が蓄積され、処理されていた。

 

「現場(H食品)が自力で暗闇を這い回り、血を流して暫定マニュアルを作る。その『生みの苦しみ(エラー)』を、I社が持ってきた『他社の死屍累々(データ)』と合成する」

 

広瀬はキーボードを叩き、D社が100年かけて磨いてきた知財システムへ、新たな変数を流し込んだ。

 

自前で天才を育てる必要などない。他社の天才たちが自ら失敗し、自らIコンサルティングへ泣きついてきたデータを、ただ冷徹にマニュアルの燃料として消費すればいい。

 

24社連合が追い求める、あらゆる開発を自動化する『聖杯』。その中身を満たしつつあるのは、世界中の競合他社が隠蔽しようとした、生々しく濁った「敗北の記録」そのものだった。

 

「だが、これだけ集めてもなお足りない……完成しない……」

 

昼の大手町。モニターの冷たい光に照らされた広瀬の顔から、先ほどまでの余裕に満ちた笑みは完全に消え失せていた。

画面に映し出されているのは、自社とC社のAIがそれぞれが弾き出した「汎用開発マニュアル」の進捗度。それは、膨大なデータを貪り食いながら、目標である『100%の完成』に近づくどころか、むしろ分類項目数が指数関数的に複雑化し、ゴールラインを無限の彼方へと遠ざけていた。

 

「それどころか……各業界、各業種で、どんどん細分化(フォーク)していかなければ、現場で1行も機能しないマニュアルになり下がっている」

 

原因は、Iコンサルティングから流れてくる『生々しい失敗データ』そのものにあった。

データが集まれば集まるほど、現実世界の「例外」が浮き彫りになる。

 

例えば当初は「食品の海外展開マニュアル」で一本化できるはずと推測されていたマニュアル。しかし、H食品が直面したカリフォルニアの規制をクリアするためにデータを組み込むと、今度は「植物由来サプリ」という枝葉が生まれ、さらに別地域である「EU圏の遺伝子組み換え規制」との矛盾を解消するために「オーガニック認証専用」のページが必要になる。

一つの失敗を回避しようとルールを1行追加するたびに、そのルールが別の業界の慣習や法規制と衝突する。結果として、AIは「A業界の、Bという国向けの、Cという規模の企業が、Dという素材を扱う場合限定の個別マニュアル」という、ピンポイントでしか役に立たない歪なルールを何千、何万通りも吐き出し始めていた。

 

「……これでは、ただの『巨大な事例集』だ」

 

広瀬は苦々しく呟き、こめかみを指で押さえた。

24社連合が作ろうとしているのは、誰が読んでも、どの企業が使っても、一発で最適な開発プロセスを導き出せる『聖杯』だったはずだ。誰もが凡人になり、マニュアルの奴隷になるだけで勝てる世界。

 

しかし、AIが導き出している現実はその真逆だった。

世界中の失敗を学習すればするほど、マニュアルは肥大化し、現場の人間は「自分のケースが、この数万ページあるルールのうち、どれに該当するのか」を探すだけで日が暮れる。

 

「現場の『泥』を舐め尽くせば、いずれ綺麗な結晶(システム)になると思っていたが……」

 

暗黒の海からバケツで水を汲み上げるように、世界中の敗北の記録を吸い上げ続けても、現実という名の海は一向に干上がる気配がない。それどころか、汲めば汲むほど、新たな謎と例外が波となって押し寄せてくる。

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