2049年 2月 千葉県 印西市 ファミリー・フレンドリー・リゾート(FFR)
高度経済成長期の熱気が残る1960年代、地元の家族連れが日曜日に笑顔で集う憩いの場として誕生した中規模遊園地――「ファミリー・フレンドリー・リゾート(FFR)」。
時代の波は残酷だった。
地域社会における子供の数そのものが減少しただけでなく、共働きの定着によって「家族全員で休日に遊園地へ出かける」というライフスタイルそのものが途絶えていった。
その結果は、毎年決算のたびに容赦なく突き付けられる惨椄たる数値となって表れていた。
赤字、赤字、赤字。
来園者数は、減少、減少、減少。
「そりゃそうだろ……。電車に数十分も乗れば東京に出られるんだ。あっちには最新鋭の巨大テーマパークがいくらでもある。わざわざこんな古臭くて中途半端なウチの遊園地に、金を払ってやって来る客がどこにいるっていうんだ?」
わずか半年前まで、園内には廃虚のような静寂が漂い、従業員たちの間にはあきらめの色が濃く充満していた。
――そして、現在。
園内の駐車場には見たこともないほど多くの車が並び、テレビ局の取材カメラや人気動画配信者(ストリーマー)たちが連日のように押し寄せては、こぞって特集番組を組んでいた。
FFRが倒産直前、最後のヤケクソ半分で投入した新アトラクションが、思わぬ形で若者たちの心を掴み、大爆発を起こしたのだ。
アトラクションの名は、『地獄のサバイバル』。
名前こそチープで使い古されたものだったが、その中身(システム)は極めて堅牢かつ革新的だった。
入場者は受付でヘルメットの着用を義務付けられる。そのヘルメットには、軍の特殊部隊が使用する暗視ゴーグル(ナイトスコープ)を模した視覚エフェクト装置が一体化されていた。
舞台となるのは、使われなくなっていた古い屋内パビリオンを改造した暗く入り組んだ迷路だ。
場内には参加者以外の人間は一人も存在しない。しかし、ヘルメットのディスプレイには、リアルタイムで描画される精巧な3DCGの『敵兵士』や『テロリスト』が投影されるのだ。
入場者はスタート時に、好みのエアガン風モデル(拳銃、アサルトライフル、軽機関銃、さらにはタクティカルナイフなど)を選択する。おもちゃの外見ではあるが、内部には高精度な赤外線センサーと加速度センサーが組み込まれていた。
そして、ヘルメット内に搭載された小型AI基板が、プレイヤーの照準と射撃タイミング、遮蔽物への隠れ方、屋内位置情報を判定し、『敵を倒したか?』『あるいは自分が敵の銃撃を受けて戦死したか?』をリアルタイムでシビアに算定する仕組みだった。
難易度もビギナーからプロ仕様まで自由に変更可能。暗闇の建物内という閉鎖空間を活かし、ミッションのバリエーションも多数用意されていた。チームを組んで挑む「人質奪還ミッション」や「地下バンカー襲撃」などは、連日予約が殺到する人気ぶりだった。
「す、すごい……。アトラクションの前に行列ができている光景なんて、私、入社してから初めて見たかもしれません……!」
「園長! これ、今期の決算は相当期待できるんじゃないですか!?」
園長と役員が、長蛇の列をなす来園者たちの整理に追われながら大声を張り上げていた。
悲しいかな、長年のコスト削減で現場の社員は数えるほどしかおらず、バイトを雇う金すら惜しい状況が続いていたため、役員総出で現場の手伝いに奔走していたのだった。しかし、その表情は明るかった。
「……それで、“東京の人”はどこへ行ったの?」
「あ、出口のところで体験後の顧客アンケートを取ると言って、あちらへ向かいました」
「東京」とは地名のことではない。
この起死回生のアトラクションを提案したコンサルティング会社――『東京総合経営技術情報社』から派遣されてきた担当コンサルのことだった。
半年前、アトラクションの維持費すら底を突きかけ、繋ぎの緊急融資を既存の取引銀行に打診したものの、ついに冷酷に断られてしまった。経理役員が藁にもすがる思いで何十社もの金融機関を駆けずり回り、唯一、脈ありの返答を出してくれたのがネット銀行の『七岡銀行』だった。
しかし、七岡銀行もタダで金を貸してくれたわけではない。
『現在のそのままの甘い事業計画書では、さすがに審査を通せません。……ただ、もしよろしければ、こちらのコンサル会社さんと一度ご相談されてみませんか? 彼らなら、面白い案を出してくれるかもしれません』
そう言われて紹介され、縋りついた相手こそが『東京総合経営技術情報社』だった。
そして、あの堅苦しい社名のコンサルタントが提出した修正計画書こそが、このアトラクションだったのだ。
出口付近からは、体験を終えた若者たちの興奮冷めやらぬ声が聞こえてくる。
「スゲーよ! まじでFPSゲームの中に入ったみたいで、特殊部隊員になった気分だわ!」
「人質救出ミッションのプロの難易度、ヤバすぎだろ! 一瞬で全滅したぞ!」
「地下バンカー襲撃がリアルすぎんだよ……。敵の銃撃でコンクリの壁が弾け飛ぶエフェクトまで映るから、マジで心臓バクバクだったわ……!」
集まった生の感想と、SNSや動画配信者たちの体験レポート。コンサルが狙い澄ました通りの反応が、そこにはあった。
「……類似のアトラクションなら既存のテーマパークにも存在しますが、あちらは乗り物に乗って画面を撃つような、子供向けのシューティングが大半です」
体験出口の脇で、『東京総合経営技術情報社』の担当コンサルは、淡々と手元の資料をめくりながら経理役員へ説明を続けていた。
「一方で、本物のリアルさを追求するミリタリー層は、何十万円もする高価な実物装備品を購入し、休日に山奥のサバイバルゲーム場へ出かけていきます。……我々が今回狙ったのは、その『中間』に位置する巨大なブルーオーシャンです」
「リアル寄りの戦場の緊迫感や没入感を味わいたい……。だが、泥まみれになって本格的なサバゲーをやるほど打ち込むつもりもない。そういうライト層からミドル層ですか?」
「はい」
コンサルは淡々と頷いた。
「もちろん、安全には徹底的に配慮する必要があります。むしろ、こここそが『他社がこれまで参入してこなかった最大の理由』でしょう」
「安全上の事故リスク、ですか」
「そうです。暗闇の迷路内で大人が動き回る以上、転倒や接触のリスクは避けられません。ですから、事前のアプリ登録時に『利用規約への事前同意』を必須にしました。年齢や身体条件の制限、禁止事項、装備の取り扱い、緊急時の退避フローまでを明確に法制化する。保険の加入や救護体制も含めて、アトラクションそのもののシステム設計に安全管理(コンプライアンス)を組み込む必要があったのです」
「つまり……安全面で妥協して野放しのリアルさを追求するのではなく、安全をシステムでガチガチに確保した上で、視覚と音響の『演出』だけを徹底的にリアルにする……と」
「その通りです」
経理役員は、改めて手元の資料に目を落とした。
「……その代わり、ゲームとしては手加減なしの圧倒的な没入感を提示する」
「はい。それこそが、このアトラクションのコアとなる商品価値です」
コンサルはさらに一枚、グラフが描かれた資料を差し出した。
「そして何より、このFFRには昭和時代に建てられた広大な既存の屋内パビリオンや倉庫がありました。新しい大型遊具をイチから建設する必要などなかったのです。既存の古い建物を最低限改修し、映像エフェクト・センサー・立体音響・AI判定プログラムを組み込む。初期投資を極限まで抑えながら、死んでいた既存の土地と建物を即座に収益化できます」
「なるほど……」
「客単価も、既存の古くさい観覧車やゴーカートより遥かに高く設定できます。さらに、毎月異なるミッションシナリオを配信・更新すれば、同じ客がリピーターとして何度も足を運ぶ理由を作れる。Z世代の動画配信(SNSシェア)との相性も抜群です」
コンサルはそこでパタンと資料を閉じた。
「確かにこれほどのものだから、七岡銀行も満額の融資を引き出すほどの事業計画書になったのですね・・・」
経理役員は、目の前の冷静なコンサルを見つめ、静かに尋ねた。
「……この調子なら生き残ることも夢じゃないでしょうか?」
「成功を保証することはできません」
コンサルからの返答は、一切の感情を挟まない即答だった。
「ですが――半年前のFFRをそのままダラダラと延命し、破綻を待つよりは、遥かに合理的で勝算のある選択肢です」
その言葉を最後に、東京から来たコンサルタントは一礼し、立ち去っていった。
(……都内の高級スーパー『ヴェス』……そして千葉のリアルアトラクション『FFR』……)
誰もいない園内事務所の片隅で、コンサルタントはスマートフォンを取り出し、本部のデータベースへ短い実績報告をアップロードした。
『東京総合経営技術情報社』。
その堅苦しい看板の裏で、既存の金融やコンサルが切り捨ててきた「負け組企業」を次々と黒字へ導き、新たな実業のネットワークへと組み込んでいく謎の影。
2049年春――時代の裏側で、不穏な変革の足音が静かに、確実に高鳴り始めていた。