ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第143話

2049年 7月 愛知県 岡崎市

 

東京総合経営技術情報社の比較実験に組み込まれた個人の靴屋『ショーシューズ』。

3か月前、ようやく完成した異色の再建案を元に事業計画書が提出され、七岡銀行の融資審査を通過した。

 

融資された少額の資金で手配したのは、レンタル会社の一番安い軽トラックだった。

荷台に載せるのは、足型をデジタル計測するポータブル器具と伝統的な測定器、それに伝票発行端末、そして最小限の工具のみ。故に、雨よけの幌(ホロ)さえ張ってあれば、多少年季が入ったボロトラで十分だった。

 

「そうだな……なにせ東岡崎駅周辺や市内のショッピングセンターを回るだけだ。これで十分さ……」

 

サビが浮き出た荷台のフレームを撫でながら、どこか自分たちの落ちぶれた境遇を重ねるように切ない視線を送るのは、オーナーの山木夫妻だ。

 

「さあ、今日も行きますよ。」

 

「……ああ。」

 

東京総合経営技術情報社から派遣されている担当コンサルタント・黒上が、哀愁に浸る夫妻へ淡々と声をかけた。

そう、軽トラで駅前や商業施設へ出張し、その場で採寸して安価なセミオーダー革靴を受注するこの事業は――収益的にも反響的にも、非常に好調な滑り出しを見せていた。

 

だが、山木夫妻の表情は晴れない。

 

本来、靴のオーダーメイドといえばフルであれセミであれ、客が店舗へ足を運ぶのが当たり前だった。

『あなたの足に合わせるのだから、あなたが店に来なさい』という職人主導のスタイルだ。

しかし、この事業計画が提示したのは完全な逆転の発想である。日常の通勤のついで、あるいは買い物の合間に駅前で足をサッと測り、完成品は後日自宅へ送る。

 

『日常の片手間に、我々が軽トラを構えてお待ちしています』

 

特に平日夕方から夜、硬い既成靴で足を痛め、疲れ果てて東岡崎駅を降りてくるサラリーマンたちにとって、駅前で揺れる『セミオーダー革靴・採寸30分・後日配送・基本5万円〜』の登り旗は、吸い寄せられるような魅惑の選択肢だった。

 

……そう、ビジネスとして見れば「大成功」と呼ぶにふさわしい。

しかし、急激な変革には必ず強烈な「歪み」が生じる。周囲の同業職人たちからの冷ややかな視線と、激しい嫉妬だ。

 

特に、岡崎市内の靴職人コミュニティで「重鎮」と呼ばれる老舗フルオーダー店の店主が、山木夫妻へ強烈な圧力をかけていた。

 

「なんだ、あの駅前のガラクタは!」

 

重鎮は、山木夫妻が作った軽トラ仕込みのセミオーダー品を指差し、吐き捨てるように言い放ったという。

使う分には機能的に何ら申し分ない。しかし、職人のこだわりである「革の艶」や、肉眼でギリギリ確認できるレベルの僅かな縫い目のズレ、異素材パーツの継ぎ目とデザインバランスを重鎮は執拗に責め立てた。

 

『山木はあんな質の低いものを駅前で堂々と売って職人のプライドを汚している。けしからん! 今後、あいつらから製造ラインのヘルプ依頼が来ても、絶対に手伝うな』

 

地域コミュニティからの孤立を恐れて青ざめる山木夫妻に対し、黒上は一切の感情を排した声で告げた。

 

「山木さん。大御所が苦いツラをして文句を言ったということは、それが『伝統的な個人職人の文脈から外れている』という証拠です。職人としての彼の言い分は正しいのでしょう。ですが――これが数字として結果を出し続けた時、世間はそれを『イノベーション(革新)』と呼ぶのです。」

 

黒上は一呼吸置き、静かに車窓の外へ視線を向けた。

 

「山木さん。彼の顧客と、あなた方の目の前にいる顧客のニーズは根底から違います。そこを履き違えたまま彼の言いなりになれば、あなた方は再び廃業の道へ逆戻りです。伝統とプライドを売りに討ち死にするのか、時代の利便性に呼応して生き残るのか……今すぐ決めろとは言いません。ですが、まずはこの検証を続けてから判断されてはいかがですか?」

 

もし、ここで山木夫妻が怯み、元の狭い職人コミュニティへ戻ると言うなら、黒上は一切引き留めるつもりはなかった。そのままこの案件を「失敗」としてクローズし、次の赤字店舗のデータを取りに行くだけだ。

 

「……あの、くるぶしの位置がかなり低いですね。今の靴も、歩くたびに革の固いフチが擦れて痛いでしょう?」

 

「そうなんですよ! どこの靴屋に行っても『これがうちの標準規格だから』としか言われなくて……」

 

「では、今の標準ラインからさらにフチを削り込んだパーツを使って下げましょう。それなら当たらない」

 

軽トラの荷台で、山木が客の足を採寸しながら提案する。

そう、この軽トラ・セミオーダーでは、足の悩みに合わせて各パーツの高さや幅などの寸法を5パターンから選択できる仕組みにしていた。重鎮の言う通り、規格化されたバラバラなパーツの組み合わせは、プロの目から見れば「パッチワークのような継ぎはぎ靴」に見えるかもしれない。だからこそ、パーツ自体を極力無難で目立たないデザインに削ぎ落として吸収させる必要はある。

 

だが、それは事業がさらに拡大して模倣店に対抗するフェーズが来た時だろう。今はまだその時ではない。

 

「……あ、痛くない。ブカブカなのに足踏みしてもくるぶしに当たらない……!」

 

先ほどのサラリーマンが見本として持ってきていたいくつかのサンプルを試着しており、その自由度の広さを体感する。

 

「ありがとうございます。では、この採寸データで黒のストレートチップをお作りし、3週間後にご自宅へお届けしますね。」

 

安堵の笑みを浮かべて伝票を受け取るサラリーマンの姿を、黒上は軽トラの影から静かに見つめていた。

 

(埼玉のコストカット案、佐賀の完全リモート案、そして岡崎の出張移動案……)

 

データは順調に蓄積されつつある。

既存の職人社会からパージされ、孤立しながらも背に腹は代えられずに軽トラを走らせる山木夫妻。

彼らが流す汗も、重鎮からの嫌がらせも、すべては東京の地下深くで構築されつつある「新たな市場攻略モデル」のための貴重なパラメーターに過ぎなかった。

 

夕闇が迫る東岡崎の駅前で、錆びた軽トラの幌が、強風にバタバタと音を立てて揺れていた。

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