ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

145 / 145
第145話

2049年 11月 東京都 東京総合経営技術情報社

 

経営実験が始まってわずか4か月ほど。だが、結果はすでにほぼ出揃っていた。というより、猶予の限界として結果を出さざるを得ない段階に達していたのだ。

 

一般的な経営の教科書では「最低でも1年、できれば3年スパンでデータを採集し、統計的に分析を……」などと生ぬるい言葉が並んでいる。しかし、当の事業者にそんな悠長な余裕が残されているわけがない。切迫した危機感が薄く「まだ大丈夫だから」などと高を括っているうちの相談は、埼玉県の実験項目のように単なるやっつけ仕事のコストカット案で処理されるのがオチだった。

 

不良債権化へ向けてまっしぐらだった岡崎の『ショーシューズ』のような末期店舗には、半年先の未来すら存在しない。

七岡銀行から注入された追加融資は、この短期間ですでに7割近くを使い果たしていた。しかも「追加融資」とは名ばかりで、その実態は過去に他行で組んだ高金利ローンの返済に半分以上が右から左へ消えていただけなのだ。

 

コンサル営業部長や七岡銀行の幹部、そしてグループの上層部は『初期投資を極限まで抑えた再建案さえ出せばいい』と楽観視していたのだろう。

だが、現場の冷酷なデータは、それすらも瀕死の不良債権店舗にとっては不十分であることを証明していた。

 

――『初期投資を抑え込みつつ、顧客の潜在ニーズと既存競合モデルの致命的な隙間を的確に撃ち抜く』。

 

この絶対的な無理難題をクリアして初めて、中小店舗は死の淵から這い上がることができるのだ。

 

「埼玉の平凡なコストカット案は、単なる寿命の延命治療にしかならなかった。……そして、佐賀の完全ネット募集案は、個人店側のバックオフィス対応コストの限界を超えてパンクしたな」

 

「ええ。愛知・岡崎の出張採寸案こそが、個人店舗のキャパシティにおける『最適解』ということです」

 

開発課長・舞鶴が冷ややかに結論を下し、課長補佐の北村がその抽出されたデータを一般化し、他産業へも横展開できるようにマニュアルのコードを書き換えていく。

 

「ああ。地盤もない個人店が無理に全国規模へ商圏を広げれば、当然のようにバックオフィスの処理能力不足が露骨に出て破綻する」

 

「……ということは、それなりに実店舗数と事務員を抱えている地域密着型の『小規模チェーン』であれば、佐賀の完全リモート案も十分に高い期待値を持てる、ということですね?」

 

「そうだな。『期待値は』あるだけだがな」

 

二人の会話を経て、話はコンサル営業としての次なる具体的な提案書の作成へと移行する。

 

「では、この岡崎で実証された出張採寸モデルのスキームを、埼玉と佐賀の店舗へそのまま渡してやってくれ。あちらもこのままでは死に体だからな」

 

「了解しました。実験のモルモットとして使った挙句、用済みで捨てたとあっては大問題になりますからね」

 

彼らはボランティアではない。かといって冷酷なマッドサイエンティストでもない。ここは飽くまでコンサルティング会社だ。死にかけの企業が助かりそうな道があるなら対価を求めて差し出す。

 

特定の個人店に専属で永久に再建指導を行い、新ビジネスの権利すべてを無償で譲渡するような甘い真似は絶対にしない。

事前に岡崎の『ショーシューズ』の店主・山木とは、この出張革靴事業モデルの主要な知的財産権・展開権を『東京総合経営技術情報社』が握ることを合意させた上でコンサルに入っていた。

 

もちろん、山木を一方的に搾取するわけではない。今後、この出張革靴モデルが全国の同業他社へパッケージとして提供・ライセンスされるたび、発案協力者である山木夫妻のもとへ一定のロイヤリティが還元される契約構造になっていた。

もしこのモデルが日本各地でフランチャイズとして成立すれば、山木夫妻は汗を流して軽トラを走らせずとも、チェーンの最高顧問兼オーナーとしての不労所得を得ることになる。

 

――1時間後。

 

開発課のミーティングルームに全員が集められ、緊急ミーティングが執り行われた。

今回の「靴屋3パターン比較実験」により、企業の人的・資金的規模に対してどのようなビジネスモデルを選択すべきか、商圏の限界値はどこまでかという、極めて密度の濃い『N=1(サンプル数1)』の生データが共有されていく。

 

本来、あの狂気的なまでの「連合」の生態系において、単なる『N=1』のデータなど到底受け入れられるものではない。

それがたまたま発生した「特殊な例外(ノイズ)」である可能性を排除できないからだ。だからこそ連合は、圧倒的な巨額資本を一点集中させ、業界ごと更地にするような大打撃を与えて市場を荒らし回るか狂ったようにシミュレーションをする。膨大なN数を力技で集めない限り、彼らの合理的な思考回路は自らを納得させられないのだ。

 

「……これこそが、連合が喉から手が出るほど欲しがっていたデータだ。自分たち(巨大資本)とは根本的に異なる生態系で生きる、弱小個人店舗の泥臭い再生データ……」

 

「連合はこれから、ますます事業範囲をミクロに広げ、個人店舗の領域にまで参入してくるということですね」

 

「……だが、それもまだ遥か先の話だ。我々が十分な牙を研ぎ澄まし、連合と真正面から叩き合えるようになるまではな」

 

これは、どちらかが折れるまで続く出来レースなどではない。

本当の意味で敵と味方に分かれた、血の滲むような真剣勝負。

連合自身が心底から切望している、常軌を逸した企業としての「存在理由(レゾンデートル)」と、どこまでも貪欲な「実験精神」。

 

彼らが戦う舞台は、『金融』の世界だけに留まらない。『金融のみで中小企業や個人店を導くことができた』と連合が判断すれば否応なく開戦の火蓋が落とされる。

連合の誇る最強の半導体プラントも、食品加工チェーンも、巨大な人材派遣企業も動員された『連合そのもの』との『実証実験という名の闘い』。これこそが七岡グループを利用して計画されていたこの壮大な経営実験の最終段階・・・

 

歴史を振り返れば、巨大企業が全く別の分野・新領域の事業を裸一貫で立ち上げ直す、子会社形式とは全く異なる試みは、日本や欧米のビジネス史において幾度となく行われてきた。しかし、それらの目的は常に「新しい収益の柱を探すため」であり、どこまでも自社を巨大化させようとする資本主義的な『欲望』がすべてのベースにあった。

 

しかし――この24社連合という怪物だけは、根本から思想が狂っていた。

 

彼らのモチベーションは一貫して『経営理論の実験と検証』なのだ。

そのためだけに、優秀な自社の人材をあえて組織の外へ解き放ち、自らの「敵」を人工的に創り出してまで戦わせる。

それこそが、かつて政府閣僚が冷や汗を流しながら分析した通り、巨大企業群へと肥大化した今なお、彼らが黎明期と変わらぬ『マニュアル経営研究所』と呼ばれる所以であった。

 

なぜ、そこまでして止まらないのか。

その根源にあるのは、やはりあの恐るべき『マニュアル絶対主義』という名の不可逆の呪縛だった。

 

普通の人間や企業であれば、こう考える。

「これほど巨大化し、世界的なシェアと存在感を手に入れたのだから、そろそろアクセルを緩めて利益を享受しよう」と。

 

だが、連合の内部においては、会長から各加盟企業の社長、監査役、末端の社員、果ては連合スクール出身の一点突破型の秀才に至るまで、全員が共通のマニュアルという絶対的な規範に縛られていた。

 

マラソン大会において、すでに2位以下を大きく引き離して圧倒的トップに踊り出ているにもかかわらず、彼らは視線すら前に向けたまま、手元の「マニュアル」という名の厳格なペースメーカーをひたすら追い続ける。

スタート地点の段階から、競合他社がどこを走っているかなど彼らの関心事の外にあった。

 

周囲のライバルたちが息を切らし、次々と膝をつき、絶望して倒れ込んでいこうとも――

彼らはただマニュアルの指示に従い、今日も愚直に『努力し、不便と不快をこの世界から1個でも消し去る改善』を打ち続けなければならない。

 

彼らは、勝つために走っているのではない。

その足を止めることすら、もはや許されていないのだから――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

アメリカ西海岸で働く三十代半ばのシステムエンジニア、工藤創一。▼十数年前に日本から渡米し、それなりに充実した生活を送っていた彼のもとへ、ある夜、謎の銀色のキューブが届く。▼それは未知の惑星《テラ・ノヴァ》へ繋がるゲートと、採掘・製錬・発電・自動化・兵器開発を可能にする《惑星開発キット》だった。▼鉄、石炭、銅、石油――地球では国家を揺るがすほどの資源が眠る異星…


総合評価:3509/評価:8.89/連載:16話/更新日時:2026年08月22日(土) 20:19 小説情報

銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

ブラック企業で心身をすり減らした元社畜は、並行世界の地球軌道上に浮かぶ完全ステルス要塞〈サイト・アオ〉で目を覚ました。▼彼の新たな肉体は、銀河帝国の最高権力者のスペアとして培養された完全無欠のクローン「ティアナ・レグリア」。神のごとき超能力と超絶テクノロジーを行使し、広大な銀河での大冒険すら早々に「クリア」してしまった彼は決意する。▼「宇宙の覇権とか面倒くさ…


総合評価:2391/評価:6.78/連載:184話/更新日時:2026年08月17日(月) 17:36 小説情報

科(化)学系チート持ち転生者のお話(作者:金属粘性生命体)(原作:多重クロスオーバー)

▼ 数百世紀先の技術と創作上の技術を持って転生した男の好き勝手生活。▼ ディストピアルート、闇堕ちルート、どちらから先に読んでも問題ないようになってます。作者の個人的には闇堕ちルートの方がおもろいと思う。▼(作者の架空科学なので一切整合性はとりません、雰囲気で読め)▼ オタクルートを外伝にしました。↓がリンクです▼ https://syosetu.org/n…


総合評価:3490/評価:7.52/連載:107話/更新日時:2026年05月06日(水) 10:00 小説情報

TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

都内のシステム関連企業で主任として働く、三十六歳の会社員・門倉啓介。▼仕事も収入も安定し、独身ゆえに貯金もそれなり。大きな不満はないものの、同じ毎日を繰り返しながら少しずつ疲れていく人生を送っていた。▼そんな休日の朝、啓介は突然、TCGのルールで現実を変える異能《創世札典/GENESIS DECK》を手に入れる。▼最初の土地カードは、彼が暮らす賃貸マンション…


総合評価:1316/評価:7.72/連載:36話/更新日時:2026年08月22日(土) 21:00 小説情報

元ITエンジニアの俺、祖先の召喚術から召喚プログラムを組み上げて神も悪魔も従える(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

祖父の死に際、元ITエンジニアの御門悠真は、自分が「召喚師の家系」の末裔だと知らされる。▼御門家は、かつて神も悪魔も妖も精霊も呼び出した、万能召喚術の本家本元だった。▼だが、万能であるがゆえに術式はあまりにも複雑化し、始祖以降は衰退の一途を辿る。▼火だけを呼ぶ家、水神だけを祀る家、鬼だけを使う家――分家たちは属性や対象を絞ることで生き残った。▼一方、万能に固…


総合評価:1705/評価:8.47/連載:16話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:23 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>