同月 兵庫県 明石市 EXE-LA加工機本社
明石市の中心街に堂々と聳え立つ本社ビル。
このビルの中には、EXE-LAグループの根幹を支える工業系企業群が集結していた。グループ全体を見渡しても、EXE-LAは特にこうした製造業・工業系の構成企業を多く抱え込んでいる。
そして、この工業部門のプロダクトもまた――見事なまでに『中途半端』であった。
本家の連合と同じく「コスパ」を全面的な売りにするのだが、かといって連合のように「先端技術の採用をあえて避けて型落ちで固める」という極端な割り切りまではしない。普通に最新の半導体製造装置や産業用精密機器の開発にも手を出している。
だが、その個々の製品市場に視点を落とした途端、待っているのは「中価格・中性能」という、どこまでも凡庸で突き抜けないスペックであった。
もちろん、グループとして生き残るための独自の強み(エッジ)は持っており、特定の用途にだけは「極限まで特化した製品」を生み出していた。
この『EXE-LA加工機』の金属加工部門において、最大の売りとなっていたのが『コンベア式加工機、およびその搬送コンベアユニット』であった。
特に金属加工の現場において、部材をステージ上に配置した「専用の固定具(治具)」に嵌め込んだ状態のまま、コンベア上を流しながら精度高く加工できるという特殊機能において、彼らは絶大な市場優位性を保っていた。
……逆に言えば、それ以外の機能はどこにでもあるような普通の、極めてありふれた機械でしかない。
ゆえに、業界最大手である馬場工作やMOMといった超有名メーカーの最新鋭加工機に対し、「自動搬送かつ固定したまま連続加工できる外部システム」としての“脇役需要”を確保することこそが、この会社の安定的かつ最大の収益源となっていた。
第三設計課で固定システムの設計を担当している野田は、重い溜め息をつきながらPCのモニターを見つめていた。
「ええと……今回記載するのは、このパーツの変更点と、こっちの治具形状と……」
EXE-LAグループ全体に深く根付く狂気のカルチャー――それが『超・明文化(ジャイアント・ドキュメント)』である。
それは端的に言えば、「社員のあらゆる思考と行動のすべてを議事録として残さなければならない」という鉄のルールであった。
たった一つの部品形状を変更する設計業務であっても、そこには設計そのものよりも遥かに膨大な量の報告資料作成が待ち受けている。場合によっては、本来の設計業務よりも資料作りに時間と労力を削ぎ落とされることすら珍しくなかった。
設計において、製品の機能部分や基礎情報に変更が生じた場合、野田は『なぜその形状や材質を採用したのか?』『なぜ従来の設計ではダメだったのか?』という思考のプロセスを詳細に文書化しなければならない。
ここで重宝されるのが、部署ごとに導入されている社内用AIである。
野田は作成中の3Dモデルや図面データをAIに読み込ませ、「この設計変更の理由は客観的に見て合理的か?」「ロジックに穴はないか?」と壁打ちを繰り返し、議事録に記載するための「正当な理由」を力技で構築していくのだ。
本家の連合は、社内のあらゆる業務プロセスと判断を完全にAI化し、人間を思考から解放している。しかし、資金も開発力も限られた一般的な企業にそんな大それたシステムが構築できるはずもない。それはEXE-LAとて同じだった。
他社と同様、部署ごとに汎用AIを部分統合するのが精一杯。ならば、その与えられた制約の範囲内で、使えるツールを泥臭く使い倒すのが彼らのやり方だった。
「はぁ……二重チェックとか本当に面倒くさいな。けど、書かないと主任も課長もうるさいしな……」
EXE-LAという企業グループには、連合とはまた異なるベクトルの狂気が漂っていた。
それこそが、徹底的な『文書至上主義』である。
現場作業員の声や顧客からの要望も当然大切にするし、製品の安全性や基本性能にも十分に気を配る。
しかし――それらすべての努力も、『公式な議事録が存在しない』のであれば社内ではハナから存在しないものとして扱われるのだ。
『手抜きされた薄っぺらい報告書で、後から第三者が検証材料として使えない文書』などは、グループの巨大サーバーの容量を無駄に食うだけのゴミ箱行きとみなされる。そのため、テンプレート通りのテンプレ構文や当たり障りのない定型文に対しては、上層部から容赦ないダメ出しと再提出の嵐が飛んできた。
さらに、検索用の「タグ付け」において客観性に欠ける曖昧な単語しか設定されていなかった場合も、容赦なく手戻り(リジェクト)にされる。内容がスカスカだと必然的に適切なタグ付けなど不可能なため、野田は嫌々ながら今日も分厚い議事録を作成せざるを得ないのだ。
そう――EXE-LAは、組織として極めて「鈍重な企業」であった。
製品の仕様をほんの少し変えるたび、グループ内のあらゆる部署でこれと全く同じ泥臭い文書作成作業が繰り広げられているからだ。
本家の連合ならAIが瞬時に1分で完了させ、通常の他社なら担当者が1時間で済ませるような意思決定業務に、EXE-LAは丸一日を費やし、最悪の場合は議論がまとまらずにボツとすることすら日常茶飯事だった。
その企業文化は、まるで『連合の効率主義と、官公庁の前例踏襲主義を無理やり合体させたハイブリッド』とでも評するべき異様な姿であった。
だが――そんな鈍重なEXE-LAが、なぜ倒れずに成長を続けられているのか?
その理由はただ一つ。『一度“特化する”と決めた製品、一度“優位性を保つ”と決めた経営方針だけは、何があっても絶対に曲げない』という強烈なまでの頑固さにあった。
世の中の一般的な企業は、口では「品質最優先」「コンプライアンス遵守」「サステナビリティ経営」などと立派なスローガンを掲げながらも、いざ納期の締め切りが迫れば、社員を労働基準法スレスレの深夜残業まで働かせて力技で間に合わせようとする。
しかし、EXE-LAにおいてそうした無謀な土壇場の無理は固くご法度(禁忌)とされていた。
万が一、納期に間に合わないと発覚した段階で、彼らは多額の遅延損害金や違約金を自ら払ってでも、納入スケジュールを後ろへ延期させる。残業をするにしても「1日最長1時間半まで」と厳格にルール化されていた。
納期の遅延が発生した場合は、「担当者の努力不足」などという曖昧な根拠で片付けず、計画の段階や生産設備の稼働プロセスにどんな構造的問題があったのかを徹底的に分析する。
怒り狂った顧客が「もうお前らには頼まん! 契約打ち切りだ!」と発注をキャンセルしてきても、彼らは顔色一つ変えずにこう言い放つのだ。
「よし、ラインが空いたな。これで原因の解析とデータ収集がたっぷりできるじゃないか」
そして、契約解除に至った経緯と反省点を詳細な報告書と議事録にまとめ、グループのライブラリへと静かに保存する。
つまり彼らは、巨額の投資で市場を爆撃する連合とは違い、「失敗と遅延の知見を泥臭く積み重ねること」でジワジワと亀の歩みのように成長してきたのだ。連合のように新しい市場をビッグバンのように一気に開拓するような真似は最初からしない。それもまた、グループ全体で固く決めた鉄則であった。
「野田さん、聞きました? 隣の液体機械部門で、また『アレ』が起きたらしいですよ」
隣のデスクの若手社員が、呆れたような苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
『アレ』――それは、顧客の納期に間に合わず、相手を激怒させて違約金を支払い、契約を打ち切られるという、この会社では日常茶飯事のイベントであった。経営陣から現場の課長、末端の担当者に至るまで、自分たちの会社が持つこの意固地で頑固な性質を熟知しているため、誰も今さら驚きすらしない。
「またアレか? 『そもそも受注前の前提条件の検証を見誤っていた。今は潔く破談にして、データの分析と設計修正に専念する』ってやつか?」
「ええ、まさにそれです。……はぁ、野田さん。ウチの会社って、こんなに客を怒らせて契約飛ばしまくってるのに、よく潰れませんよね……」
若手が半ば本気で首をかしげる。野田は苦笑しながら、画面から目を離さずに答えた。
「まあ、グループ全体で手広く商売をやってるからな。液体機械のラインが一つダメになったところで、俺たちの金属加工機があるし、半導体やガラス加工機の部門もある。安物から高性能品までポートフォリオが広いんだよ。どこか一つの部門が赤字を叩き出しても、他の部門の利益で余裕で補填できてるんだろ。……それにほら、最近じゃグループでディスカウントスーパーまで始めただろ? 製造業ですらない完全な別事業だ。そりゃあ一発で死ぬような体質にはならんさ」
さらに言えば、契約を交わす段階で法務部門が「遅延や違約が発生した際に会社が破滅しないための防壁条項」を厳しくチェックしていた。もしその過酷な条件に合意してくれない相手であれば、どれほど喉から手が出るほど欲しい大手企業案件であっても、EXE-LAは最初から契約を断るのだ。
彼らは最初から「業界首位」や「シェアNo.1」といった華々しい天下など、微塵も狙っていないのだから。
そもそも、各業界でぱっとしない中堅・弱小企業の寄せ集めとしてスタートしたのが、このEXE-LAグループの成り立ちである。
創業時から彼らの最大の目的は『会社を倒産させず生き残り、社員全員がちょっと良い生活を続けること』ただそれだけだった。だからこそ無駄な野望や欲望を持たない。
さらに、グループ社員の給与体系にもその思想が色濃く反映されていた。
グループ内のどの構成会社に所属していようが、職務内容と職務クラスが同じであれば、給与の基本ベースに差はほとんど設けられていなかった。莫大な利益を叩き出す大黒字の子会社であっても、違約金を払って赤字を出している子会社であっても、社員の給料は変わらない。
いつどの部門の立場が逆転するか分からない激動の時代において、子会社間に不必要な格差をつけることを、EXE-LAのトップ陣は何よりも避けていたのだ。
「……よし、議事録の初稿完成。AIにタグ付けの最終チェックを投げたら、今日の業務は終了だな」
時計の針は、定時のチャイムが鳴る直前を指していた。
残業はわずか数十分。過度な競争も、急激な拡大もない。
巨大な怪物(連合)の背後で、自らの身の丈に合わせた「不格好な前例」を膨大に溜め込みながら、EXE-LAグループは明日もまた、亀のような遅さで確実な一歩を踏み出していくのだった。