ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

151 / 158
第151話

同月 福岡県 福岡市 EXE-LA予備校本校

 

工業系の構成比率が極めて高いEXE-LAグループ。

高成長は端から狙わず、分散経営による地道で堅実な安定経営を第一に掲げる彼らにとって、特定の工業系事業に利益が偏りすぎている現状は、致命的な危機感とまではいかずとも、解決すべき喫緊の課題として横たわっていた。

 

事業領域を多角的に分散させるため、彼らはこれまでにもディスカウントスーパー、不動産、ネット証券といった非工業系分野へ次々と手を伸ばしてきた。

そして、その延長線上に存在したのが――『教育事業(EXE-LA予備校)』であった。

 

だが、ここでも彼らは本家・連合が運営する『総和アカデミー』のように、特定分野に突き抜けた異才・奇才を掘り起こすような尖った教育は一切行わない。かといって、既存の大手進学塾のように超難関校への合格実績を誇らしくアピールするわけでもなかった。

彼らが経営しているのは、地域にどこにでもある至って平凡な学習塾だった。

 

「地元の普通の公立高校へ行くなら、まあ、ここでもいいんじゃないか」

 

保護者や生徒からの地元での評判は、まさにその程度のものであった。

しかし――グループ特有の狂気的な文化である「超・明文化(正確で論理的な文書作成)」に適合した社員講師たちが直接指導にあたるため、国語と英語の「読解・作文・小論文」の指導においてのみ、他塾に対して若干の優位性があると市場分析されていた。

複雑な物事を分かりやすく分解・記述する同社のカルチャーは、意外にも教育という事業分野と抜群の相性の良さを見せていたのだ。

 

この強みだけでも、予備校事業単体としてはしっかりと黒字を確保できていた。

しかし、利益の絶対額としては依然として物足りない状態が続いていた。少子化が容赦なく加速し、子どもの数は減り続けている。供給側である塾や予備校の淘汰も進んでいたが、子どもの減少スピードの方が遥かに勝っていたからだ。

 

「今はまだ生徒数を確保できているからいいが、いつこの波が引いて底をつくか分かったもんじゃない……」

 

そんな現場の弱気な見通しに対し、EXE-LAグループの本部はまたしても得意の「連合のアイデアの盗用(フォロワー)」に走った。

 

今回彼らが目をつけたのは――連合が三重県のローカルCATV(ケーブルテレビ)等で放送・展開している「大学の座学講義コンテンツ」。それを、自社が得意とする『対面個別指導形式』へ組み替えて大学生向けに横展開する、というスキームであった。

 

具体的なサービス内容は極めて実用的だ。

現役の大学生から、大学で実際に使われている専門教科書の該当範囲と、講義ノートのコピーをあらかじめ提出してもらい、その2週間後に講師と1対1で個別指導を行う。

ただし、理系の実験レポートや卒業論文の執筆そのものにはトラブル防止のため一切踏み込まない。連合と同じく、飽くまで「座学(単位取得のための知識習得)」の範囲内に限定するというのが鉄則だった。

 

本家・連合の提供する講義スタイルは、どこまで行っても映像配信やAIを介した「1対多」が基本であり、質問を受け付ける掲示板やフォーラムのやり取りにはどうしてもタイムラグが生じる。

このタイムラグの間に、学生の記憶が変質して新たな余計な疑問が生まれるか、あるいは逆に時間の経過で疑問に思っていた内容そのものを忘却してしまうという致命的なデメリットが存在した。

 

かつて連合の『L不動産』がプロ野球球団向けに導入した「リアルタイムの簡易パフォーマンス振り返り装置」にプロ球団が飛びついたのと同じ構文である。

 

EXE-LAの予備校に行けば、講義内容を一通り読み込んで熟知した専任講師が目と鼻の先に座っており、学生はその場ですぐに疑問をぶつけて解消できる。

これは、慢性的な教育リソース不足に悩む現代の大学側すら提供できていないサービスだった。

 

「AIに聞けばいいのではないか?」という疑問も当然浮かぶが、2050年の技術水準をもってしても、一般的なAIの応答はテキスト文章が基本であり、提示される画像や動画も数個程度に限られていた。専門分野に特化した高額なAIであれば精密で図解も分かりやすく長い回答も可能だが、一般家庭の学生が個人で契約できる月額サービスなど、たかが知れていたのだ。

 

「田村先生、聞きましたか? 今度は高校生だけでなく、大学生まで顧客ターゲットに組み込んで売り上げを伸ばすつもりらしいですよ」

 

教員室の片隅で、中学理科を担当する若手講師が声を潜めて切り出した。

向かいのデスクで高校化学の指導資料を整理していた田村が、顔を上げる。

 

「ええ、聞きましたよ。……もともと医療系学部の学生向けに普及していた国試対策の個別指導サービスを、他の一般学部にそのまま応用した形でしょうね。ですが、その核心にある“座学講義のコンテンツ化”という発想の元ネタは、間違いなく連合さんのものでしょう」

 

田村は苦笑いを浮かべながら、昼礼が終わったばかりの教員室を見渡した。

 

「世間には『大学生は高校生までとは違う。生活も勉強もすべて自分一人で要領よくこなすものだ』という古い固定観念がありますからね。……ですが、このサービスを本格的に始めて、理学部や工学部、経済学部や法学部の学生たちがこぞって利用し始めれば、必ずや『3匹目のドジョウ』を狙った同業他社が参入してくるでしょう」

 

すでに予備校のバックヤードでは、各学部の基礎専門知識のデータベース化が着々と進められていた。

大学の講義は自由奔放に見えて、年次ごとの「基礎講義」のカリキュラムは全国どの大学でも大枠が決まっている。

どれほど大学側がユニークな学部名や学科名を名乗っていようと、電気系学科であれば電磁気学から始まり、アナログ回路・デジタル回路の講義へ進む。機械系であれば機構学や工業力学から「4力(機械・材料・流体・熱)」へ進む。経済学部ならミクロ経済学とマクロ経済学、法学部なら憲法・民法・刑法だ。

 

これらの必須科目は、すでにEXE-LAグループ各社から駆り出された各学部出身の社員エンジニアやスタッフたちの手によって、教科書の解読と「超・解釈マニュアル」の作成が進められていた。

 

そして、社員講師たちが新サービスの準備に追われる隣の役員室では、グループの一部役員が集まり、極秘の戦略会議が開かれていた。

 

「――では、前回の会議で決定した通り『就職力アップ講義』も予備校のラインナップに追加する件について、具体的な提案書を詰めていきましょう」

 

医師国家試験や看護師資格の対策ではない、純然たる一般大学の「単位取得」を目的とした個別指導塾――それだけでも既存市場には有りそうでなかった隙間ビジネスであったが、彼らはさらにもう一押し、決定的なサービスを被せようとしていた。

中学生・高校生の定期テストや大学受験、大学生の単位取得までを自社の教育ラインに取り込んだのであれば、学生たちの人生における最後のビッグイベントである「就職活動(就活)」まで一気通貫で攻め込む、という構想だ。

 

もっとも、就活支援に関しては、全国の各大学が講義以上に膨大な予算と人員を割いて個別対応を行っている。

なお「最近の学生の質が……」「研究力が……」と口を開けば愚痴をこぼしている割に、大学側のサポートの注力ポイントがこのイベントに偏り過ぎている根本的なズレに対し、役員たちは冷ややかな視線を送っていた。

 

「ええ。当然ながら『個別面接対策講座』も用意します。……大学の就職課(キャリアセンター)のアドバイスは、飽くまで“大学職員”という世間知らずな立場での綺麗事に過ぎません。たとえ数年前まで企業の人事に在籍していた元・人事の職員であっても、現代の目まぐるしい企業の需要変化には到底ついていけていないでしょう。それ以前に、彼らは飽くまで『人事担当者から見てどうか』という一義的な評価しかできないのです」

 

提案者を務める理事が、プロジェクターの画面を切り替えた。

 

「例えば……電気工学系の学生に対して、現場の技術面接でどのような深彫りの専門知識が問われるのか? 化学系ならどんな実験プロセスの論理性が試されるのか? ……我々EXE-LAグループには、現役で現場の第一線に立つ同業の課長や部長たちが山ほどおります。彼らの生データをもとに、面接で何を具体的に問うかを同業目線で緻密に分析・指導することが可能です」

 

「なるほど。……だが、それは飽くまで前座のオマケなのだろう。この提案書には、まだ続きがあるようだが」

 

上座に座る専務が眼鏡の奥の目を光らせた。

 

「はい。我々が自信を持って投入する本命のサービスは――『グループディスカッション特化講座』です」

 

「……ほう、グループディスカッションか」

 

「はい。大学の就職課が行うGD対策など、せいぜい2〜3回ほど形式的に体験させて、当たり障りのないアドバイスをして終わりです。そこを我々は……『座学1か月、実践5か月』の計6か月コースとし、毎週1回のペースで徹底的に叩き込みます」

 

提案者の熱弁が続く。

 

「実践の振り返り(フィードバック)では、参加者一人ひとりの発言内容や立ち回りを精緻に分析し、我が社特有の『詳細レポート』を後日個別に送付します。ディスカッション内での役割(リーダー、タイムキーパー、書記、クラッシャー対応)も毎週ローテーションさせ、全員にあらゆる役割をこなせる地力を付けさせるのです。

 ……特に『書記』の経験とスキルは極めて重要です。他人の乱雑な発言を聞き取りながら、リアルタイムで簡略化・構造化してまとめる作業は非常に難易度が高い。そして何より、企業に入社した後は、その議事録作成と並行して自分自身の提案・発言を差し込んでいかねばならない場面が必ず出てきますからね」

 

「ふむ……それを実際の採用選考の場で提示・実践できれば、企業側に対する絶大なアピール(ポイント)になる、ということか」

 

「その通りです。そして何より――このGD講座で卓越した『書記・議事録作成能力』を身につけた学生は、そのまま我が『EXE-LAグループ』の採用基準にも完璧に合致する人材へと育ちます。他社に取られれば優秀な即戦力という評判になり、自社に流れてくれば最高の新入社員になる。……負けのない完璧なスキームです」

 

会議室に、満足げな笑い声が漏れた。

 

提案書通りの内容でプロジェクトを始動させることが全会一致で決定し、秘書が打刻した会議の議事録が、即座にクラウド経由で市内の本部データベースへ送付された。

 

――1時間後。

 

本部のステータス画面で『教育事業:大学・就活支援フェーズ』の承認ボタンを押した人事部長は、窓の外の福岡の街並みを見下ろしながらポツリと呟いた。

 

「……大学の単位取得から、グループディスカッションの議事録作成まで、か。相変わらずウチのやることは泥臭くて節操がないな」

 

だが、それでいいのだと彼は思い直した。

連合のように天才を人工的に育てるような高尚な教育など、自分たちには最初から必要ない。

 

凡人が、凡人のままで、組織の歯車として確実に生き残るための「泥臭いスキル」を授ける。

時代の波に振り回されず、巨大な怪物の足元で生き抜くコバンザメの知恵は、予備校の教室を通じて次の若い世代へと、静かに、そして確実に受け継がれようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。