2051年 3月 青森県 青森市 青森市役所
青森市内の一般家庭および事業者を対象とした『青森市電気料金特別支援金制度』が始まってから2か月。役所の事務室では、早朝から夜遅くまでキーボードを叩く打鍵音が途切れることなく響き渡っていた。
B社による電力卸売市場での大規模な一括買い付け自体はすでに完了しているが、実際に市民や事業者の口座へ支援金が振り込まれるのは、制度が発足した今年1月から起算して1年後――つまり来年2052年1月と規定されていた。
現在、職員たちが追われているのは、市内の全世帯・全事業所へ送付した口座振替申請用紙の読み込み作業である。光学読取装置(OCR)でエラーが出たデータについて、確実な本人確認と口座紐付けを行うため、国の行政データや個人識別情報と突き合わせて一通一通確認する地道な照合作業が続いていた。
一方、その上階に位置する市長室には、青森市に隣接する周辺自治体の町長たちが眉をひそめて詰めかけていた。
「――皆様のお気持ちは重々察しております。ですが大変申し訳ございません。諸々の事情と“お国からの強いご指導”がございまして、現時点で他自治体様をB電力ネットワーク社の枠に組み込むことは不可能なのです」
古川市長は、静かだが毅然とした態度で頭を下げた。
町長たちがわざわざ揃って市長室を訪れた理由は、言うまでもなく『うちの町もその電気代削減スキームに混ぜてくれ』という直談判であった。
初年度の試算による電気代支援率は約3.1%。一般家庭の標準的なモデル(月額3万円)で言えば、年間約1万円の家計負担軽減に相当する。
これが地域によっては、目と鼻の先の道路一本、川一本、あるいは地図上の人工的な行政境界線を挟むだけで、「恩恵を受けられる世帯」と「一切受けられない世帯」に無情にも真っ二つに分かれてしまうのだ。
一般世帯レベルであれば、年間1万円の差でわざわざ家を捨てて青森市へ引っ越す者はまだ少ないだろう。
だが、本当に深刻な影響を受けるのは「事業者」たちであった。
スーパーマーケット、食品加工工場、大規模農家、施設園芸(ビニールハウス)などは、一般家庭とは比べものにならない膨大な電力を消費する。支援の有無によって、年間の固定費に数十万円から数百万円単位の直接的なコスト差が生じるのだ。
この差額は、そのまま企業の営業利益率と価格競争力にモロに反映される。
当然、周辺自治体の事業者からは「青森市内に形だけの店舗や倉庫を置いて、制度の恩恵を受けられないか」という抜け道の模索が相次いだ。しかし、そこは連合の法務・行政チームによって事前に完璧な防壁が築かれていた。
『支援対象は、青森市内に実在し稼働している店舗・施設・設備に限定する』
例えば、隣の藤崎町に本社登記がある企業が青森市内に形だけのペーパー倉庫を設置した場合、たしかに支援対象となるのだが、その対象はペーパー倉庫のみとなる。逆に、青森市に本社を置く企業が藤崎町内に置いている工場やビニールハウスの電力料金支援分を申請に含めることも一切認められない。
つまり、境界線を越えて実態のない施設を新設しても、土地や建物の取得費や建設費、固定資産税などの負担の方が遥かに高くつくため、抜け道を利用する経済的メリットを完全に削ぎ落とす設計になっていたのだ。
さらに、先ほどの一般家庭の試算も、市が設定した「一般家庭の固定基準額(月3万円)」をベースとした一律の定額還元方式であった。たとえ月に5万円の電気代を使う大世帯であっても、給付されるのは一律で年間約1万円相当である。
事業者に関しても、業種や事業規模ごとに細かく算定された「固定基準枠」に基づいて支給額が決定されるため、虚偽の申請や無理な事業拡大で支援金を騙し取るインセンティブが機能しない仕組みになっていた。
(市民や事業者の一々細かな電力メーターのリアルタイム数値を追跡・チェックするなど、行政の事務コストを考えれば不可能だ)
という当たり前の課題を、あえて大雑把な「定額基準・一括還元」に割り切ることでクリアした画期的な事務省力化であった。
市民の側としても「細かい不満はあるが、行政手続きが簡素で確実に現金が戻ってくるならありがたい」と納得し、この制度は円滑に機能していた。
周辺の町長の一人が、納得のいかない様子で尋ねた。
「……古川市長。先ほどおっしゃられた“お国の指導”というのは、具体的にどういうことなんです?」
古川は淡々とした調子で答えた。
「簡単なことです。国(経済産業省・総務省)は、行政境界線の意味が形骸化することを激しく危惧しておられるのです。……例えば今、我が市の隣の藤崎町様を受け入れたとしましょう。そうなれば次は、藤崎町様に隣接する自治体様が『うちも入れてくれ』と言い出すのは時間の問題です。それが連鎖すれば、いずれ弘前市、青森県全域、最悪の場合は岩手県や秋田県の自治体までが『B電力の枠に入れろ』と要求し始めるでしょう」
古川は言葉を区切った。
「勿論、B社としても契約電気量が増えれば電力卸市場での交渉力が増し、さらなるスケールメリットを得られます。ですが……一民間企業グループが巨大な電力需要を地域単位で束ね、自治体ごと次々と自社の経済圏に囲い込んでいく。そうなれば、大手電力会社様が長年築いてきた既存の供給網や地域別契約構造は根本から崩壊します。卸価格の形成にも深刻な歪みが生じるでしょう。……これは、B電力ネットワーク社が大手電力会社様と最初に調整を行った際にも、向こうの幹部から強く懸念されていた点なのです」
町長たちは苦い表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。
古川の説明には一分の隙もなく、国や大手電力会社が抱く危機感のロジックも痛いほど理解できたからだ。
「……そうですか。よく分かりました」
現在、青森市街地の活況に引きずられる形で、隣接する町の青森市寄りのエリアには住宅が立ち並び、生活インフラも十分に維持されていた。
住民や企業が雪崩を打って青森市へ流出するほどの切迫したインセンティブがまだ存在しない以上、町長たちにとっても今回の打診は『もし混ぜてもらえたら儲けもの』程度のダメ元交渉に過ぎなかったのだ。
「我々としては町民のために精一杯交渉したが、向こうには国政レベルの政治的・経済的事情があった」
そう持ち帰って町議会に報告すれば、首長としてのパフォーマンスと責任は十分に果たせる。町長たちはそれ以上の追及を諦め、重い足取りで市長室を後にした。
2051年 4月 青森県 青森市 青森市役所
先月の周辺自治体からの打診に続き、再び青森市役所へ「制度への参加」を打診してきた別の自治体があった。
だが――その自治体は青森県内ではなく、遥か遠く離れた『長野県須坂市(すざかし)』であった。
理由は明白である。
B社が電力卸売市場で結んでいる超大規模な一括電力契約は、青森工場単体のものではなく、『青森工場と長野工場の需要を合算したもの』だったからだ。そしてそのB社長野工場は、まさに須坂市の東部工業団地に立地していた。
つまり、須坂市側の主張としては――
「我が市の長野工場が使う莫大な電力が合算されているからこそ、その大口割引(スケールメリット)が生まれているのだろう? ならば、その割引の還元を青森市だけに独占させず、須坂市民にも分け前を渡すのが筋というものではないか?」
という論理であった。もちろん、実際の行政文書や協議の場ではこれほど不躾な表現は使われていないが、要求の本質はまったく同じであった。
そして、この須坂市からの唐突かつ図々しいとも言える要求に対し――古川市長は、間髪入れずに二つ返事で快諾したのだった。
「――ええ、もちろんでございます。須坂市様の長野工場が創出している莫大な電力量が、今回の調達単価の圧縮に極めて大きな貢献をしていることは動かしがたい事実です。その分の経済的還元は、何らかの合理的な形で須坂市民の皆様へ融通されるべきだと、私もまったく同意見でございます」
オンライン画面の向こうで、須坂市の幹部たちは胸を撫でおろし、笑みを浮かべた。自分たちの権利主張が見事に通り、思わぬ「手柄」を勝ち取ったと確信していた。
しかし――彼らはまだ知る由もなかった。
この安易な要求こそが、連合という巨大な怪物の仕掛けた「次の網」に、自ら首を突っ込んだ瞬間であったということを。