2052年 2月 東京都 虎ノ門 国民自由党本部
「――これが、実際の振込口座のスクショと通帳の映像です。今週のワイドショーはどこもこの話題一色ですよ」
国民自由党本部の幹事長室。大型モニターに映し出されたニュース画面を眺めながら、秘書がため息を漏らした。
青森市の「電気料金特別支援制度」が施行されてから、ちょうど1年。
2052年2月、実際に申請を出した市民や市内の事業者たちの口座へ、制度に基づく支援金が次々と振り込まれた。
SNSや全国ニュースでは「青森市から本当に○万円入金されてた!」「電気代実質カット神すぎる」といった歓喜の声と通帳の画像が溢れかえり、市内における古川市長、そしてバックにいる政党・れんごうの支持率は、地方自治史上でも例を見ない驚異的な数値を叩き出していた。
当然、近隣自治体や全国の都市では「なぜうちの市ではやってくれないのか!」という住民からの猛烈な突き上げが激化し、各地の行政組織が悲鳴を上げている時期でもあった。
与党・国民自由党の幹部たちにとって、唯一の救いは、青森市が須坂市(長野県)と高山市(岐阜県)の2市以外をこの一括調達枠に招き入れる姿勢を一切見せていないことだった。
この2市に関しては、連合傘下であるB社の巨大工場や関連プラントが立地しており、「莫大な電力需要を持ち込める」という極めて合理的な経済的理由があったからこそ参入を認めたに過ぎない。
「誰にでも甘い顔をして分け前を減らすような甘ちゃんではない」という連合の冷徹な姿勢が、結果としてこれ以上の無秩序な波及を食い止めていた。
「さて……翌年度の『電気代支援金半減の暴風』に対して、彼らはどうやって押し切るつもりだ……?」
党幹事長・倉本(くらもと)は、手元の極秘レポートに目を落としながら呟いた。
総務省の事前の試算では、須坂・高山の割り込みによって青森市民の還元率は前年の3.1%から1.8%へ急落し、市民感情として割り込んできた2市との間に激しい軋轢が生まれると予測されていた。
そして今月、青森市が正式公表した今年度一般家庭向けの確定削減率は『1.9%』相当。
対して、須坂市は『0.8%』、高山市は『0.4%』であった。
この格差に対し、両市から不満が噴出することはなかった。
基幹工場であるB社青森工場は、敷地面積も生産ライン数も須坂の長野工場の2倍のスケールを誇る。高山市のリサイクルプラントに至っては、工程内に放射線取扱区画が存在する超高リスク施設ゆえに、事故回避のために過度な大型化が自重されていた。
持ち込んだ電力需要の貢献度に比例したこの配分結果に、須坂・高山両市も「妥当である」とぐうの音も出ず納得せざるを得なかったのだ。
分け前は減ったもののそれでも他の市よりも1.8%救われる。『初年度の制度バグのような想定外利益でした』、と市が説明し、その結果として、青森市は完全にれんごうの手中に落ちた。
長野県須坂市と岐阜県高山市は、もともと与党・国民自由党ではなく、野党第1党である「国民労働党」が強固な地盤を築いてきた土地柄だ。
「……まさかと思うが、あの老舗の野党とれんごうが裏で接近する、なんてことはないだろうな?」
倉本が不意に発した問いかけに、周囲の側近議員たちは目を白黒させた。
あの合理主義の塊である新興勢力「れんごう」が、泥臭い労働組合依存の旧来政党を招き入れるとは到底思えない。そして国民労働党の幹部たちも、迂闊にれんごうの生態系に近づけば、政治的ナワバリを根こそぎ喰い荒らされて体中を切り裂かれることくらい熟知しているはずだ。
政治の海千山千である倉本ほどの人物が、なぜそんな初歩的な恐怖を口にするのか?
「……君たち、私はね、連合傘下企業や彼らのこれまでの動きに関する過去資料を洗えるだけ洗ってみたんだよ。……正直、感覚が狂う。いや、完全に狂わされてしまった」
倉本は深く椅子に背をもたれかけ、疲弊しきった顔で天井を見上げた。
「『絶対にあり得ない』と誰もが踏んでいたポイントへ平然と全軍で攻め込んできたかと思えば、『ここを攻めれば大勝利確定だろ』という絶好のポイントをあっさり放置して見捨てたりもする……。変化球なのか直球なのか、もはや彼らが次に何を投げてくるのか、構造的に読めないんだよ……」
倉本は完全に連合の予測不能な行動原理に翻弄され、疑心暗鬼の泥沼にはまり込んでいた。
普通(既存の政界の常識)で考えれば、この青森市政での圧倒的な実績を引っ提げ、古川市長や連合の幹部を国政選挙に擁立して議席を取りに来るのが王道の戦略だ。
だが、彼らはその裏をかいてまったく別の集票システムを仕掛けてくるかもしれない……いや、「裏の裏をかいて」普通に堂々と国政選挙に出てくるかもしれない……。
思考が無限ループに陥り、頭を抱える倉本の下へ、文部科学省からある報告が飛んでくる。
「倉本幹事長! れんごうの調査機関が、全国の大学教授や研究者たちに向けて、こんな“不気味な文書”を大量送付していました……!」
「……くそ! ……今度は何だ!?」
官僚が差し出したのは、1通のシンプルな『アンケート調査票』であった。
【大学教授・研究者様へ】
以下の学術・文化施設について、過去に研究・調査・視察等で実際に訪れた記憶がございましたら、チェックボックスにチェックをご記入の上ご返送ください。
その下のリストには、国立科学博物館や上野動物園など、誰もが知る全国区の学術施設がずらりと並んでいた。
だが、その一覧の末尾近くに――青森市が管轄・所有する複数の公的学術・文化施設が、さりげなく紛れ込まされていたのだ。
倉本は眉間にシワを寄せ、書類を睨みつけた。
「……どっちだ? 青森市を巨大な学術・カルチャー都市へ再開発するための市場調査か? それとも……市内の『箱モノ施設』を容赦なく切り捨てるためのリストラ工作か……!?」
「……おそらく、後者かと」
側近の党員が声をひそめる。
「もし全国の一線級の研究者の誰一人として訪れたことがない施設なら、『税金を投入しているのに学術的成果も社会的価値も見られないムダ』と断定して廃止する……。法令上、自治体に設置が義務付けられている最低限の施設以外はすべて叩き切る……。あの古川と連合なら、やりかねません」
2052年 4月 青森県 青森市 青森市議会
全国からアンケートが集計されたタイミングを見計らい、古川市長が市議会本会議でぶち上げたのは、議場を凍りつかせる衝撃的な提案――『市内公的学芸施設の抜本的縮小・移転計画』であった。
日本各地の大学教授や独立行政法人の研究者など、第一線で活躍する専門家502名から回答を得た結果、青森市が管理する該当施設を「実際に研究や視察で訪れた経験・記憶がある」と答えた一線級の人材は、502名中わずか3名。
古川市長はこの冷酷な数字を突きつけ、現在青森市が維持管理費を投じている6つの公的箱モノ施設(資料館・美術館・郷土館など)について、「維持の合理性なし」として大規模な縮小統合および郊外への移転・解体を断行すると宣言したのだ。
議員たちの手元に配られた資料には、ぐうの音も出ないほど緻密な検証データが並んでいた。
もちろん、市議会側もこれまで「箱モノ行政の無駄」については議論を重ねてきた。だが、それらは常に「地元の思い出・文化への配慮」という「それ、具体的なメリットはつまり何なの?」と言わざるを得ない結論をもって霧散していた。
だが、今回提示されたデータの内容はあまりにも冷徹で、そのような逃げ道を塞ぐものであった。
議場から即座に強い反論が上がる。
「市長! 502名中3名という数字はあまりに暴論だ! そもそもそのアンケート対象となった502名の研究者たちは、我が青森市とは何のゆかりもない全国の専門家が大半ではないか! 地元密着の教育施設としての価値を、関係のない外部の研究者数だけで測るなど不当極まりない!」
当然の反論であった。502名はあくまで全国ランダムに抽出され、アンケートに回答してくれた研究者たちに過ぎない。
古川市長は壇上で静かにマイクに向かい、表情ひとつ変えずに応じた。
「はい。当然、議会からそのようなご指摘が出ることは想定しております。ですので――我々は『第2』『第3』の追加調査も既に完了させております」
「……な、なんだと?」
スライドの画面が切り替わる。資料に表示されたのは、市内の小・中学校が「校外学習」や「遠足」と称してそれらの施設を訪れた後に、児童・生徒たちに書かせた『感想文』の解析データであった。
「過去3年間、市内の該当小中学校の生徒全員が提出した感想文データ、数千通をテキストマイニング言語解析にかけました。その結果――全体の7割は『お菓子がおいしかった』『バス移動が楽しかった』といった単なるイベントとしての感想。2割は『館内のエアコンが効いていて涼しかった』『トイレがきれいだった』という施設スペックへの感想。そして残り1割は、展示物の横に貼られた説明文をそのまま丸写しした範囲を出ないレポートでした」
議場に動揺が走る。
「展示物の解説を読み、児童自らが主体的に問いを立て、観察し、考察を展開、あるいは考察までは行かずとも『問いを立てて、観察する』段階まで達していた感想文は……3年間でわずか『10名』でした」
古川市長は容赦なく次のページを捲るよう指示した。
「さらに3つ目のデータです。こちらは、県内各学区の進学校、ここでは過去5年以内に東京大学・京都大学へ合格者を輩出した実績のある県内の難関高校様に限定し、ご協力いただいた調査です。先ほどの研究者と同じアンケートを実施したところ、学校の公式イベント(強制参加)以外で、個人の探究心や興味から自発的に来訪した実績は『皆無』でした」
市議会議員たちは完全に沈黙した。
「……年間数千万円から数億円の維持管理費、展示品の修繕・設置費用を出し続けて、3年間でたった10名の子供の探究心しか育めない施設を、このまま税金でそのまま維持し続けるのは『著しく不合理である』。そう判断いたしました」
古川市長の冷徹な声が議場に響き渡る。
「誤解のないように申し上げますが、私は『すべてを解体してゼロにしろ』と言っているわけではありません。適切な規模に『縮小・移転』し、運営コストを適正化すると申し上げているのです。……それに、青森市内には県が管理する立派な県立の博物館や美術館が既にいくつも存在します。高度な学術展示をご覧になりたい市民の皆様は、そちらへ足をお運びいただければ十分でしょう」
――市と県が、まったく同じような役割の「重複施設」を二重に抱え込み、税金を垂れ流し続ける意味がどこにあるのか?
古川市長と連合は、「電気代削減の実利」で市民の心を完全に掴んだ直後のこのタイミングで、地方行政が長年触れるのを避けてきた「箱モノ聖域の解体」という、最も痛烈な刃を突きつけてきたのであった。