ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第169話

2053年 12月 東京都 渋谷区 オール・グロッサリー本社

 

日本小売り業界の四天王として、首位の座をめぐり数十年にわたり10兆円単位の売上を奪い合う流通の覇者の一角『オール・グロッサリー社』。

その渋谷の一等地にそびえ立つ高層本社の正面玄関前には、朝早くから押し寄せた大勢のテレビ局やネットメディアの報道陣がカメラを構えて詰めかけていた。

 

理由はただ一つ――『連合傘下のJ社による、J社史上過去最大規模の強制監査』が、本日この場所で執行されるからであった。

 

事前に両社間において、監査日程の擦り合わせは行われていた。しかし、常にセンセーショナルなスクープを追い求める報道陣にとっては、あまりに突然飛び込んできた特大のニュースネタであった。

 

『――弊社から御社へご紹介した派遣社員および一部正社員の待遇面において、当初提示された求人票の条件と重大な乖離(違法・契約不履行)が生じている疑いがある』

 

J社がそう通告し、天下のオール・グロッサリー本社への直接乗り込み(監査)を宣言したのだ。

 

「――ご覧ください! J社の監査チームです! 日本の流通を支える巨大小売りチェーン、オール・グロッサリー社に対し、今まさにJ社の監査チームを乗せた車両が本社前に到着いたしました!」

 

中継カメラに向かって興奮気味に叫ぶレポーターたち。だが……カメラに映し出された実物の光景を目にした瞬間、現場のテンションは一気に冷や水を浴びせられることになった。

 

大企業と連合という巨大組織同士による、血で血を洗うような怒号と応酬の乱闘劇を期待して群がった報道陣の前に、予告時間ピッタリに現れたのは――あろうことか、『Akita製軽ワゴン』ただ1台であった。

ちなみにこの車は、現在の国産自動車市場において「2番目に新車価格が安い」とされる泥臭い商用軽自動車である。(※一番安いのは旧財閥系・紙村モーターの軽自動車)。

 

白い車体に青い「J社」の企業ステッカーが貼られた軽ワゴン。その後ろに続く車列もなければ、黒塗りの高級セダンも存在しない。

それもそのはずである。どれほど背後に巨大な経済力を持つ連合といえど、J社は飽くまで民間企業に過ぎない。警察や検察のような「国家的強制捜査権(捜査差押え権)」など持っているはずもなかった。

彼らの行う監査とは、事前に自社システムと隠密調査で集め尽くしたデータ・証拠を叩きつけ、相手企業の役員と対面で「事実確認」と「契約履行を迫る」という作業に過ぎない。

 

警察・検察のように書類やダンボール箱をドサドサと押収して持ち帰ることもなければ、大量の人員や機材を大量に持ち込む必要すらない。ゆえに、型落ちの軽ワゴン1台と数名の監査員で100%事足りるのだ。

 

本社ビルのエレベーターを上がり、ガラス張りから都心の街並みが一望できる最上階の役員会議室。

そこに、オール・グロッサリー側の労務担当役員たちと、彼らが巨額の顧問料で雇っている大手法律事務所・監査法人の弁護士数名が陣取り、J社の監査チームを冷ややかな視線で迎えた。

 

対するJ社側も、今回は対象が日本最大手の小売りチェーンということもあり、役員2名を直接派遣していた。同席する残り1名も、全社のコンプライアンスを統括する部長級であった。

 

初めの数分間は、ビジネスライクで上面だけの不気味な世間話から始まった。

しかし、J社の役員が手元のタブレットを開いた瞬間、会議室の空気は一瞬で凍りついた。

 

「――それでは本題に入ります。まずは、弊社を通じて採用された『正社員雇用』の枠から参りましょう。こちら、我々の求人サイトにおいては『店舗運営・幹部候補』の名目で募集を行っていた16名です。しかし、弊社の定期アフターフォロー調査および勤務実態データによれば……そのうち11名が、現在も店舗の『臨時ヘルプスタッフ(兵隊枠)』として固定配置され、運用されていることが確認されました」

 

オール・グロッサリー側の労務役員が、即座に不快感を露わにして言い返す。

 

「……それは、入社後の本人の適性や店舗現場の状況を鑑み、現場事業部の正当な判断の下で配置換を行った結果ですよ」

 

「なるほど。では……その11名に対し、雇用契約上の重要な変更に関する事前説明が一切なされていなかったのは何故でしょう?」

 

「ハッ、失笑ものですね。派遣社員であれば契約更新のたびに契約内容をお伝えしますが……彼らはあくまで我が社の『正社員』として雇用した人間です。社内での配置替えや異動のたびに、いちいち仲介業者である御社へ連絡するような契約条項は存在しないと認識しておりますが?」

 

「――承知いたしました」

 

J社の役員は反論することなく、静かに頷いた。

 

「でしたら、今後は『試用期間後に本人の適性次第で職種・待遇条件が変更される可能性があること』、並びに『具体的にどのような店舗・条件に配置される可能性があるか』を、次回弊社にて正社員募集を出される際に、求人票へ明記していただきます」

 

すかさず、別のオール・グロッサリー役員が強い口調で割り込んだ。

 

「……そちらの要求については社内で慎重に協議いたします。ですがね……もし我が社がその条件を飲むのが難しいと判断した場合、今後の求人募集において御社(J社)の利用を取りやめ、他社様へ切り替える可能性もありますが……よろしいのですかな?」

 

会話が交わされるごとに、オール・グロッサリー側は代わる代わる別の役員が口を開き、プレッシャーをかけていく。

 

ビル階下のレポーターたちは、地味な登場に白けてすでに自分たちのオフィスへ撤収し始めていただろう。しかし、彼らが期待していた血生臭い「殴り合い」は、今まさにこの静まり返った会議室の中で繰り広げられていたのだ。

 

国内小売り業界・現首位のオール・グロッサリー社。

テクノロジーが進化した2053年末の現代であっても、広大な店舗の品出しや接客を完全無人化することは不可能であり、彼らのビジネスモデルは途方もない規模の「人手」によって維持されていた。故に、彼らがJ社へ支払っている派遣手数料および正社員紹介手数料の総額は、年間で数億円~十数億円にのぼる巨大な利権であった。

 

その超巨大顧客が、『文句があるならお前との取引を打ち切って、他社(桜井サービス等)へ乗り換えるぞ?』と露骨に脅しをかけているのだ。

これこそが、桜井サービス社の役員会で危惧されていた「顧客からの逆圧力」そのものであった。

 

だが――J社側も、そんな脅しは100%想定内であった。

 

「――ええ。それはもちろん、御社のご自由な経営判断にお任せいたします」

 

J社の法務役員は、何一つ痛痒を感じていないような無表情を貫いた。

『オール・グロッサリー一社に切られたところで、我がJ社および連合の経営が傾くことなど万に一つもない』という絶対的な冷酷さを、態度の端々に漂わせながら。

 

「では次に参りましょう。お次は給付・給与面についてです」

 

J社の役員がタブレットの画面を更新し、第二の物理証拠を提示する。

 

「こちらは、典型的な『求人票の最低提示年収を下回る金額で採用し、その後数年間勤続して昇給させたにもかかわらず、未だに当初の求人票の下限額にすら到達していないケース』です。16名中、実に8名がこの不履行に該当しております。……なお、御社の人事担当者様からは、求人掲載の受付時に『勤続3年以内にこの最低額を保証する』旨の捺印と確認サインを頂戴しておりますが?」

 

オール・グロッサリーの役員たちが、一瞬言葉を詰まらせ、互いに顔を見合わせた。

 

「……そ、それについては、現場の運用上の理由としてご容赦いただきたい。先ほどの『適性に応じた部署異動』が給与査定に影響した結果でしょうな。……幹部候補の店舗経営ジョブから現場応援ジョブへ異動となれば、当然ながら給与体系の審査に差が出ます。……ですので、先ほど御社が提案された『求人票にそうなる可能性をあらかじめ明記する』という件につきましては、我が社としても前向きかつ真剣に取り組む方向で検討させていただきたい!」

 

「……承知いたしました」

 

オール・グロッサリー側が「求人票への明記」を受け入れる姿勢を見せ、ふうと胸を撫でおろしたその一瞬の隙を――J社の法務役員は見逃さなかった。

 

「――ですが」

 

静かな声が、会議室の空気を再び切り裂く。

 

「こちらに捺印いただいた契約書には『勤続3年後に確実に支給を保証する年収額』と明記されております。従いまして、該当する8名に対するこの保証契約は、現在も法的・契約的に100%有効であると我が社は判断いたします。……ゆえに、御社にはこれら8名の年収を、即座に当初の約定通り“年収450万円”の給与水準へ引き上げていただきます。勿論……16名全員に対し、過去に遡って契約不履行であった未払い差額分を全額補償・一括支給していただきます」

 

「な……ッ!? 戯言を言うな! それはあまりに理不尽で暴論すぎるのではないか……!?」

 

役員が顔を真っ赤にして立ち上がった。

 

「暴論ではありません。受付時の対面面談におきまして、弊社担当者から『平均値ではなく、保証する下限額を書いてくれ』と口頭および書面で明確に通告してあります。当時の音声録音データも、弊社サーバー内に寸分違わず保管されていることを確認の上で参りました。……もし不服とおっしゃるならば、該当する16名の労働者、並びに弊社法務弁護団と、『公の法廷』にて全面対決されますか?」

 

「くっ……!」

 

J社役員の放った「法廷」という言葉を聞いた瞬間、同席していたオール・グロッサリー側の顧問弁護士たちが即座に席を立ち、役員たちを促して会議室の外へと退室していった。

 

ガラス越しの廊下で、弁護士チームと役員たちがヒソヒソと緊急協議を行う姿が見える。

そして数分後、青ざめた顔をした弁護士たちが会議室へ戻ってきた。

 

「……判りました。J社様のご指摘を受け入れましょう。該当する8名の給与引き上げ、並びに16名に対する過去の条件不履行分の差額支給を、速やかに実施いたします」

 

「賢明なご判断です」

 

J社の役員は静かに手帳を閉じた。

 

(……弁護士の先生方は冷徹に弾盤を弾いたのだな)

 

オール・グロッサリーの役員は、腹の中で苦い唾を飲み込んだ。

 

ここでJ社と泥沼の裁判闘争を繰り広げ、あの録音データや求人詐欺、人事異動による給与格差などの不都合な真実がマスコミやSNSに流出するだろう。そうなれば企業のブランド価値と時価総額は何百億円単位で吹き飛ぶだろう・・・。

それに比べれば、J社のガチガチの契約書と法的主張、監視網経由で採用された、たった16名の労働者の給与を引き上げ、過去の差額を支払うコストなど、合計しても2,000万円にも満たない微々たる金額のはず。

 

だが、他の緩い人材会社(桜井サービス等)から採用した数千人の現場労働者たちがこの件に便乗して騒ぎ出すことは予想できる。しかしそれでも、この特別待遇はあくまでJ社だけが張っていた『法的な予防線』によるところが大きい。他所の主張など法的にもまだ有効性の欠片もないのだ。

その考えに至ったからこそ弁護士たちや役員たちはこのディールを飲んだのだ。

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