ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第19話

「それで、こんな無茶な計画が出て来たのか……」

 

青森総和短期大学の学長室で、総和学園の常務理事は、D社から送られてきたメッセージ画面を凝視したまま、ぽつりと呟いた。

 

学園はすでに、第一期となる卒業生たちを社会へと送り出している。

彼らの進路のすべてが、隣のB社メモリ工場に固定されていたわけではなかった。実際には、国内の他大手の半導体メーカーや、世界的なシェアを持つ半導体製造装置メーカー、さらには超微細加工を担うサプライチェーンの核心企業など、日本の半導体産業の「要所」へと、彼らは蜘蛛の子を散らすように就職していった。

 

他社の人事部からすれば、総和学園の卒業生は「奇跡の存在」だった。

一般的な大卒や院卒が、半導体工場については教科書上の理論しか知らないのに対し、彼らは学生時代、毎日のようにB社の本物の『教育専用ライン』に放り込まれ、クリーンルームの中で実機をバラし、組み上げ、補修する経験を積んできたのだ。

現場におけるトラブルシューティングの速度は、既存の技術者を一部超えているだろう。彼らは単なる新入社員ではなく、初日から現場を牽引する「至宝」として、各社で破格の待遇で迎え入れられた。

 

だが、これこそがD社と、そして総和学園の狙い通りだった。

そして、だからこそ次のような指令が下った。

 

【D社よりの最重要命令:実務人材牙城化計画】

本学園の教育モデルを半導体のみから「24社連合」の全産業(物流・インフラ・製薬・重工・金融実務)へと水平展開せよ。連合全24社のあらゆる工場、ドック、製薬ラボ、物流センターと直結した『完全実務特化型キャンパス』を全国に網羅し、日本の全実務人材の供給源(心臓)となれ。

 

それは、日本の高等教育そのものを根底から作り変え、24社連合流人材の「供給ポンプ」へと変える計画だった。

 

「大学の無償化だの、リスキリングだのと政府が寝言を言っている間に、我々が本物の『実務の牙城』を築く、ということか。」

 

理事長はタブレットを叩き、全国の定員割れを起こしている地方私大の「買収リスト」を開いた。

 

「文科省の役人が作った古いカリキュラムなど要りません。若者には、我が連合の現場で今夜動いている『生きたマニュアル』を叩き込む。学費は連合が一部補助、卒業後の入社試験も一部優遇。地元枠を設ければ、その地方の親たちが、泣いて感謝しながら子供を我が校に放り込んでくるでしょう。将来そこで働くとなれば住宅手当を節約することにもつながります。」

 

広瀬たちが大手町で「完璧なマニュアル(聖杯)」という概念の構築に苦悩しているその裏で。

D社は、マニュアルを実行するための「肉体(人間)」の供給網を、日本の若者たちの血肉を使って、完全に独占しようとしていた。

 

青森の雪は激しさを増していく。その冷気の中、B社のメモリ工場へ向かって黙々と歩く学生たちの背中は、数年後の日本中のあらゆる現場で、同じように歩まされる若者たちの未来の姿そのものだった。

 

2034年 3月 青森

 

春を待つ青森の空の下で、総和学園の学長は、手元の書類を執務机へと乱暴に放り投げた。

 

「……ふざけているな、役人どもが」

 

書類の送り主は、文部科学省。そこに行儀のいい官僚用語で並んでいたのは、傲慢そのものの「要求」だった。

以前から文科省は、総和短大とB社工場が構築した驚異的な実地研修システムに対し、国内の主要国立大学の学生や教授陣を『視察および共同研究』の名目で参加させろ、工場へ立ち入らせろと執拗に指図を繰り返していた。

 

24社連合が巨額の資本を投じ、C社の冷徹な規律で磨き上げた独自の防衛資産だ。一歩間違えれば、巨大なファーストステップリスクを取ってまで始めたB社の最先端知財が漏洩しかねない聖域に、お気楽な「お客様」を迎えるような設備の余裕も、人員の割く時間も、現場には1秒たりとも存在しなかった。

 

遠回しに、かつ複数の文書に分割して偽装されてはいたが、文科省の言いたいことは要するに一つだった。

――『我々の指示に従わなければ、今後の国庫補助金をカットする。さらに、学校法人の財務・運営に対する「特別監査」を厳格化し、キャンパスの拡張計画の認可を凍結する』。

 

露骨な強要行為。官僚特有の、民間の果実を無償で貪ろうとするハイエナの論理だった。

 

「補助金、だと?」

 

学長は鼻で笑った。

24社連合のビジネスは、金融、物流、小売り、半導体と、すでに各分野で莫大な利益を生む機関(エコシステム)として軌道に乗っている。文科省から値切られるはした金など、今や切られたところで痛くも痒くもない。

 

しかし、問題は後者の「学校法人の特別監査と認可凍結」の件だった。

これよりD社の命令に基づき、全国の定員割れ私大を買い叩き、24社の全現場と直結した「実務人材の牙城(一大教育ネットワーク)」を急速に拡張しようという、まさにそのタイミングで足止めを食らうのは、システムにとって明確な『バグ(障害)』だった。

 

「――だったら、いっそ『一条校(正規の大学・短大)』の看板をこちらから叩き割ってやればいい」

 

学長室に同席していたC社の理事長が、冷徹な声で遮った。

 

「短大としての認可を自ら返上し、文科省の管轄から外れた『別法人の専門学校(各種学校)』へ組織をデチューン(格下げ)するのです。肩書きは短大卒から『高卒(専門卒)』のままになりますが……我が連合の雇用網において、そんな張り子の学位など、さして問題にはならないでしょう」

 

そのウルトラCのメリットは、文科省の鼻面をへし折るだけにとどまらなかった。

正規の大学でなくなれば、文科省の傲慢な「大学監査」や「指導」の法的根拠はすべて消滅する。国立大学のフリーライダーを合法的に閉め出すことができる。

 

さらに「総和学園」という巨大な一本の網から、各地域の独立した専門学校へと名目上バラバラに法人を分離・細分化(フォーク)させる。これにより、24社連合が「日本の全実務人材を囲い込んで独占しようとしている」という巨大な独占禁止法上のリスクや世論の警戒を、地下水脈へと隠蔽できるおまけが付いて来る。

 

「親や学生が求めているのは、文科省の判子がついた『使い物にならない卒業証書』ではない。卒業した瞬間に、B社やA社、ひいては連合ではない大手企業、例えば佐々木製薬の正社員として、確実に人並み以上の生活が保証される『確定した未来のマニュアル』だ」

 

理事長は、文科省からの文書をシュレッダーの投入口へと容赦なく差し込んだ。バリバリと音を立てて、国家の権威がただの紙屑へと変わっていく。

 

翌月、総和学園は「青森総和短期大学」の募集停止と、実務特化型高等専門スクールへの改組を電撃的に発表する。

お上の作った不条理なルールに付き合う気など、24社連合には毛頭ない。彼らは国家の制度という檻そのものを自ら破壊し、より深く、より見えない形へと姿を変えながら、日本の若者たちを「完璧な歯車」へと鋳造する工場のコンベアを、さらに加速させていった。

 

同日 岩手県 遠野市

 

四方を山に囲まれた民話の里。その静かな町の一角に、東北の教育界を静かに震撼させている指導塾があった。『総和学園・総和アカデミー』。

外見は、地方の地方都市によくある、中学生や高校生を対象とした少し大きめの学習塾に過ぎない。個人指導のブースと集団授業の教室を併設し、地元の子供たちが自転車で通ってくる長閑(のどか)な光景。

だがその実態は、青森で文科省に宣戦布告した「総和学園」の、最も鋭利な知性の網(インテリジェンス・ネット)だった。

 

この遠野という土地は、県庁所在地である盛岡市の県内トップクラスの進学校から物理的に距離がある。毎日一時間以上かけて列車で通う子供は稀であり、ゆえに周囲の塾は「地元の一番偏差値の高い高校に行ければ御の字」という、低い天井をあらかじめ設定した生温い指導に終始していた。その眠ったような市場に、総和アカデミーは容赦のない鉄槌を振り下ろした。

 

ここの教育内容は語呂合わせ(欺瞞)の排除、原理の強制授業のベースである。子供たちが学校から持ってくる一般的な教科書を主体にしてはいる。

しかし、ひとたび特定の偏差値を超えた生徒が「個人特進コース」へと引き上げられた瞬間、教室の空気は一変する。

 

例えば、中学理科で習う『炎色反応(ある化学物質を炎に当てると炎の色が変わる現象)』。文科省の指導要領に基づき、学校や一般の塾では「リア・カー・無き・K・村(リチウム=赤、ナトリウム=黄……)」という、短絡的な語呂合わせで丸暗記させるのが「正解」とされる。だが、総和アカデミーの講師は、黒板にそんな幼稚な呪文は一切書かない。

 

「なぜ、熱を加えるだけで物質ごとに固有の色が出る? その理屈は何だ。電子とは何か? 君たちの教科書にある『原子の周りをぐるぐる回る同心円の電子殻』という図は、あれはただの嘘だ。実際には――」チョークの音が鋭く響く。黒板に描かれるのは、中学生の知識を遥かに超越した量子力学の概念。確率の雲として存在する電子のゆらぎ。エネルギー準位の遷移。そして、教科書には載っていない「s軌道」「p軌道」という本物の軌道電子配置の数式。

 

「語呂合わせなどという、脳のメモリを無駄遣いするゴミを詰め込むな。自然界の『マニュアル(原理)』をそのまま脳へインプットしろ」

 

東京の超名門の生徒でも悲鳴を上げるような、濃密で容赦のない本物の科学。当然、地方の中学生全員がこの速度について来られるわけがなかった。

クラスの半分は途中で鉛筆を止め、茫然自失として脱落していく。

 

しかし、総和アカデミーの真に恐ろしいシステムは、その「先」にあった。

 

「――そうか。ユウト君、ここの積分の手前で思考が止まったね。怒っているんじゃない、教えてほしいんだ。君の脳は、この数式をどう『誤解』して認識したんだい?」

 

講師たちは、ついて来られなかった生徒たちを冷遇するどころか、異常なほど親密かつ執拗に個別面談(ヒアリング)を繰り返した。人間が新しい概念を学ぶ際、どのステップで、どういう先入観(学校教育の弊害)によって論理の足が止まるのか。「わからない」という曖昧な状態を完全に因数分解し、「Aという前提をBと誤認したため、Cのフェーズで脳の演算が飽和した」というエラーログ(行動データ)へと変換する。

 

これは、東京の超進学校に合格させるための受験指導ではなかった。

 

「ついて来られた数パーセントの『本物の天才』は、将来D社の知財チームやKバイオのラボへ直行させるトップエリートの種子(苗木)として確保候補とする。そして、残りの秀才たちが残していった『脱落のエラーログ』は――」

 

大手町のデスクで、広瀬の元へ遠野市からのデータがリアルタイムで同期されていく。そう、これこそが広瀬が構築に苦しんでいた「無限に細分化する汎用開発マニュアル」の、最後のミッシングリンク(欠落した鎖)を埋めるために作られた、最高級の「人間の認知バグ・データベース」だった。凡人がどこでマニュアルを誤解し、どこで融通という名のバグを生み出すのか。その生体サンプルを、岩手の静かな塾から大量に吸い上げる。24社連合の教育ビジネスは、上流では天才を囲い込み、下流では凡人の失敗を数値化して自らのマニュアルを「1ミリの誤解も許さない完璧な神のテキスト」へと研ぎ澄ましていく。国家の指導要領というおままごとを他所に、彼らは人間の脳そのものを規格化するための、最も深い実験を遠野の地で完成させつつあった。

 

「脳科学の学会論文ならもう大量に読み込んでいるし、実験に立ち会ってもいる。しかし、その成果が客観化される受験や科学オリンピックによる格付けやその後の進路は貴重なデータだ。」

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