ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第22話

同日 青森 青森市

 

津軽の夏空の下、B社の巨大なメモリ工場が吐き出す機械の熱気のすぐそばで、一つのキャンパスの「皮」が剥ぎ取られようとしていた。

 

数ヶ月前まで『青森総和短期大学』のモダンなロゴが掲げられていた白亜の校舎。文科省からの傲慢な横槍(特別監査と共同研究の強制)に対し、一条校としてのステータスを自ら叩き割って土俵から降りた24社連合は、恐るべき速度でその「中身」を書き換えていた。

 

新たに校門に嵌め込まれたのは、味気ないステンレス製のプレート。

 

『日本総合職業専門スクール・青森校』

 

かつての「総和」という名には、『バラバラの知恵を一つにする』という、旧財閥D社が好むような学問への高尚な建前と理念が、わずかながらも込められていた。

だが、国家の縛りから完全に脱却した今、そんな装飾は1ミリも必要なかった。新校名は、行政の書類や検索エンジンの中に紛れ込んでも誰も警戒しない、徹底的に無機質で、ありふれた、連合流の「ただの記号」だった。

 

ここはもう、学生に「学位」を授けるための学校ではない。24社連合の生産ラインへ、規格化された肉体と尖った頭脳をダイレクトに流し込むための『無認可の処理工場』だった。

 

無認可スクールへとデチューン(格下げ)されたことで、文科省の五月蠅いカリキュラムの監視や、教員の学位要件、広大なグラウンドの設置義務といった法的制約は、すべて一瞬で煙のように消滅した。

学則を変更するのに、お上の認可を待つ必要すらもうない。

 

「まだ全国に校舎を網羅するほどの資本は動かせない。城島ファンドの資金は、東京の大衆誘導とチッタゴンの先兵育成に多くが割かれているからな。まずは……」

 

新スクールの管理棟。B社から出向してきた新しいセンター長が、冷房の効いた部屋で、岩手県遠野市から送られてきた「総和アカデミー1期生」の進路データを端末に表示させた。

 

「あの遠野の盆地で、英語を捨てさせ、化学や数学、物理の特定の1科目だけを狂気的な領域まで研ぎ澄まさせた、歪な高校生たち。彼らを確実に迎え入れ、2年以内にB社の次世代メモリ開発ラボや、Kバイオの治験ラインの即戦力として仕立て上げる。そのための最低限の整備(バグ取り)は完了した」

 

校舎の内装はリフォームされ、一般的な講義室はすべて取り払われていた。代わりに並ぶのは、B社の工場と全く同じクリーンルームのシミュレーター、そしてD社提供の超高速創薬AIと直結した、防音の個別開発デスク(セル)。

 

来春、高校を卒業した遠野の少年少女たちがこの門を潜るとき、彼女たちは「短大生」でも「大学生」でもない、ただの『無認可校の研修生』という、社会的な空白に身を置くことになる。

一般の教育評論家が見れば「あまりにもリスクの高い、不透明な進路」だと眉をひそめるだろう。

 

だが、国家の作った「平均点(5教科7科目)」という不条理なバグによって、偏差値59.7という無価値な烙印を押されかけていた少女にとって、この無機質なスクールこそが、自分の「化学:偏差値77」という異形の発明を、100%の価値で買い叩いてくれる世界で唯一の聖域だった。

 

文科省の役人たちが、青森の短大が「定員割れと資金不足により自主閉校した」と書類に判子を押して勝利に酔っているその裏で。

24社連合は、国家の法の網の目を完全にすり抜けた、独自の「特化人材囲い込みシステム(生け簀)」の最初の礎を、青森の地にひっそりと、しかし決定的に確立させていた。

 

同日 東京 八王子

 

高尾の山々を遠くに望む田舎風景のなかに、突如として現れる2棟の巨大な全天候型インドア練習場。

外壁には、地元の住民すら聞いたことがない『L不動産・八王子研修センター』の文字が素っ気なく刻まれている。

 

L不動産。この会社は、24社連合が国内外で新たな不動産や用地を隠密裏に取得する際、フロント(名義人)として使われるペーパーカンパニーに過ぎない。当然、不動産仲介としての収益など皆無だ。今はまだ・・・

だが、この八王子の物件は、すでに事業体としての不動産ではなく、人間の肉体を規格化するための『実験室』として機能していた。

 

L不動産が連合へ加盟すると同時に、形だけ設立された野球とサッカーの「実業団チーム」。

外見はどこにでもある企業のアマチュアスポーツ施設だが、防音壁に囲まれた内部で行われている指導は、およそスポーツの概念から逸脱した、不気味なほどの無機質さに満ちていた。

 

キン、と硬質な金属音が室内に響く。

 

「吉岡。スイングのタイミングが『0.9秒』遅れている。ミートポイントの空間座標はドンピシャだ。原因は動体視力ではなく、始動時の左膝のタメ(ラグ)。マニュアルの31ページ、B項のフォーム修正プログラムに切り替えろ」

 

「はい」

 

打席に立つ若者が、感情の消えた声で応じる。彼の体には、A社がチューニングした高精度モーションキャプチャーのセンサーが幾重にも貼り付けられていた。

 

「田岡。インパクトの位置が下へ『3.5cm』ズレている。低めの変化球を連続で見せられた後、ど真ん中のストレートを要求された際の、視線移動のバグだ。脳の予測補正がまだ直っていないぞ」

 

天井に設置された超高速カメラとミリ波レーダーの群れが、選手のあらゆる筋肉の弛緩、視線の動き、スパイクの踏み込み圧をミリ単位のログとして吐き出していく。

 

この実業団は、都市対抗野球のトップを目指しているわけではない。

そもそもL不動産にとっても、24社連合にとっても、スポーツの大会で頂点に立つことなど、費用対効果(ROI)の合わない無駄な名誉に過ぎなかった。

 

彼らの真の目的は別にある。

市販されている既存のスポーツ解析機材と、24社連合のマニュアルシステムをどう組み合わせれば、凡庸な人間の肉体に「他のチームには無い圧倒的な再現性(武器)」を持たせられるか。その限界値を測定するための実験動物、それがこの実業団の選手たちだった。

 

「バッティングに関しては、市販の弾道測定器や3Dトラッキングが揃っているからな。これをA社の半導体技術と、C社の『誤読を許さない業務記述ノウハウ』で弄ってやれば、素人でも3か月で140キロの速球を芯で捉えるマニュアル(プログラム)が完成する」

 

ケージの後方、モニターの山を睨みつけながら、L不動産の技術開発担当(B社からの出向組)が顎をさすった。

 

「だが……問題は守備だな。攻撃は静止状態からの始動だが、守備は打球の不規則なバウンド、芝の状態、走者の位置という『外部のバグ』が多すぎる。これを凡人の頭脳でリアルタイムに処理させるための、軽量なアルゴリズムが出せない」

 

サッカーのディフェンスラインの統制、野球のシフト敷設。

それらを「個人のセンス(直感)」という曖昧なバグに頼らず、いかにして工場のライン工のように『マニュアル通りに動くだけで最適解になるシステム』に落とし込むか。

 

若者たちの焦りや、行き場のない肉体を買い叩き、24社連合の「人体ハッキングマニュアル」の精度を上げるためのテストベッド。

今日も八王子の静かな山あいで、金属バットの乾いた音が、機械の駆動音と同調するように一定のプロットで刻まれ続けていた。

 

野球もサッカーも、彼らが対外試合で名乗るチーム名は一貫していた。

 

――『西八王子テクノロジーファイターズ』。

 

これ以上ないほど露骨で、かつ安直なネーミングだった。

試合が始まれば、バックネット裏やスタンドの一角に、L不動産の「スコアラー」と称する社員たちが陣取る。彼らは、一般のアマチュアスポーツ界ではお目にかかれないような、A社製の超高感度ミリ波レーダーカメラや、弾道測定器のプロトタイプを何台も並べ、相手選手の骨格の動き、スパイクの摩耗具合、ボールの回転軸を毎試合、執拗に記録し続けた。

 

当然、対戦相手やリーグの連盟からは白い目で見られる。

「ああ、あの西八王子のチームか。L不動産とかいう親会社の資金力にモノを言わせて、データさえ集めれば勝てると思っている、頭でっかちの成金集団だろう」

 

それこそが、24社連合の狙い通りの「偶像(カモフラージュ)」だった。

彼らが『お金を持っているだけのデータオタク』という枠組みで嘲笑されている限り、その裏で行われているのが「勝利のためのデータ分析」ではなく、「人間の肉体からセンスというバグを排除し、24社連合のインフラとして規格化するための生体実験」であることには、誰も気づかない。

 

いや、実際その通りなのだろう、とL不動産に雇われた現場の監督陣は苦笑交じりに思っていた。彼らもまた、勝利ではなく「マニュアルの有効性」という成果指標(KPI)で評価されるサラリーマンなのだから。

 

「やっと、ピッチャーの育成マニュアルの初版(Ver 1.0)ができそうだとコーチ陣が言っていたよ」

 

プレハブの監督室で、L不動産の生体データ管理官が、冷えた缶コーヒーを監督の机に置いた。監督はシートを見つめながら、深くため息をついた。

 

「……これでようやく、周囲から『バカ試合製造機』と言われずに済みますね」

 

現在のデータファイターズの戦績は、あまりにも極端だった。

バッティングに関しては、C社が構築した「スイング軌道誤差修正マニュアル」が絶大な威力を発揮している。打席での身体動作をミリ単位でデバッグされた選手たちは、筋力や腕のしなり、体格に恵まれた素材であればあるほど、自覚症状のないまま「精密な長距離バッター」へと自然に強制変貌させられた。

 

ハマれば、どんな好投手からも一イニングに十数点を毟り取る。

だが、問題は守備と、そしてマウンドだった。

 

データファイターズに集められるのは、甲子園予選の敗退組や、都内大学リーグの2.5流、3流といった、スポーツエリートの選別から漏れた「凡人」たちだ。

そんな彼らが守備に就き、あるいはマウンドに登った途端、連合のシステムはバグを起こす。

 

打撃(攻撃)が「自分のフォームを再現する」という自己完結的な作業であるのに対し、投手や守備は、相手打者の狙い、審判の癖、マウンドの土の硬さ、風の一吹きといった「制御不能な外部変数」との戦いだ。

2.5流の選手たちの脳は、その流動的なバグの濁流を瞬時に処理しきれない。結果として、一度綻びが出れば、高校生レベルの草野球のようなどん底の失点を重ねる。

 

相手チームに、突出した球速はなくとも「こちらのデータを外してくる、妙な癖のある軟投派」が1人出てくるだけで、西八王子テクノロジーファイターズの誇る精密機械の打線は沈黙し、何の売りもない弱小チームへと成り下がってしまうのだった。

 

「打撃のマニュアル化には成功した。だが、守備と投手という『防御プログラム』が完成しなければ、この肉体規格化パッケージを他の実業団や、あるいは24社連合の警備・実務部門へ横展開することはできない」

 

管理官は、モニターに映る吉岡の「0.9秒の遅れ」を冷酷に消去し、次の投球データのプロットを開始した。

勝利の栄光など1ミリも求められない八王子のグラウンドで、2.5流の選手たちは、未完成の投球マニュアルの「バグ取り」のために、今日も140キロの機械的なボールを、ただ淡々と投げ込まされ続けていた。

 

野球部門が「投手と守備」という外部変数の泥沼でバグ取りに追われている一方で、隣の第2練習場――サッカー部門の研究は、信じられないほどの順調さで最終局面に達していた。

 

ピッチの天井に並ぶのは、軍事用ドローンの追尾技術を応用した、コート全域の動体をミリ秒単位で捕捉する超高精度のトラッキングシステム。一般のクラブチームなら破産しかねない初期投資だが、24社連合の潤沢な資金力(実験予算)の前には、ただの消耗品に過ぎない。

 

彼らが求めたのは、「美しいフットボール」でも「選手の成長」でもない。

このトラッキングデータを創薬や物流用の高速AIに連結させ、『いかに最少の運動量(省エネ)で、攻撃・中継・防御を完結させるか』という、究極のコストカット研究だった。

 

そして3年前、AIが膨大なシミュレーションの果てに弾き出した「前線の最適解」は、これまでのサッカー界の常識を根底から覆す、あまりにもいびつなものだった。

 

「AIの結論だ。前線のFWには、走力も、華麗なドリブルも、チームのための献身も一切いらない。必要なのは、完全に役割の異なる2パターンの『規格品』だ」

 

データ管理官が提示した3Dホログラムの上で、3つの光点がペナルティエリア付近に固定される。

 

1つ目のパターンは、左右の「狙撃手」。

ゴールポストに対して『約150°近いアングル』に位置取り、そこからミリ単位の誤差でサイドネットに球を叩き込める精密なキック精度を持った選手。これを左右に1名ずつ配置する。

 

2つ目のパターンは、中央の「大砲」。

ど真ん中を陣取り、人間の反応速度を置き去りにする圧倒的な「弾速」と、どんな体勢からでも枠へ飛ばせる「飛距離(パワー)」だけを持った選手。これを1名配置する。

 

「この3名は、試合中に『ほぼ走らなくていい』。いや、むしろ陣形を崩すから動くな、というのがマニュアルの指示だ」

 

ピッチ上で展開されるのは、スポーツではなく、配置が完了した時点で勝利が確定するチェスだった。

 

左右の「狙撃手」が150°のエリアに静止しているだけで、相手のゴールキーパーとディフェンダー(DF)は地獄の二択を迫られる。シュートコースを切るためにDFが左右に広がれば、その瞬間に中央の「大砲」へのパスルートが文字通りスカスカに開通する。そこへボールが渡れば、あとは物理的な質量兵器のような強烈なシュートがゴールを強引に破壊するだけだ。

 

かといって、中央の大砲を警戒してDFが中央を固めれば、今度は左右の狙撃手たちに自由な時間が与えられる。彼らの足から放たれる、物理限界を計算し尽くしたカーブシュートは、欧州や南米のトッププロですら「コースが分かっていても骨格の構造上、手が届かない」という絶望的な放物線を描いてサイドネットを揺らす。

 

「必要なのは、90分間走り回るスタミナじゃない。特定の角度から、特定の弾道でボールを蹴るだけの『再現性』だ。それなら、2.5流の素材でも数年の集中デバッグで実装できる」

 

走ることを放棄し、ただ牙(キック)の殺傷能力だけを最大化した3人の歪な兵士たち。

効率という名の怪物を宿した『西八王子データファイターズ』のサッカー部門は、緑の芝生の上で、既存のスポーツが積み上げてきた「汗と涙の戦術」を、冷徹な幾何学の数式でバラバラに解体しようとしていた。

 

もちろん、世界各国のトッププロの指導者やアナリストなら、このような幾何学的な理想論にはとっくに到達している。アングルを埋め、弾速でねじ伏せる。机上の空論としては完璧だ。

 

だが、既存のプロチームと、我々『西八王子テクノロジーファイターズ』の間には、決定的な構造の差がある。

 

それは、【捨てる力】だ。

 

プロのクラブは、どれほどデータ主義を謳おうとも、結局は「プロフットボールの常識」から脱却できない。やれ 90分間戦い抜くためのスタミナ作りだ、やれ 攻守の切り替えの戦術理解だ、やれ組織的なプレスバックだと言って、貴重な練習時間の半分以上を「凡庸な基礎の維持」のために浪費する。プロである以上、満遍なく 80点以上を取らなければリーグ戦を生き残れないからだ。

 

しかし、L不動産に集められたFW候補の若者たちは違う。

彼らは最初から、プロになるためのステップアップなど期待されていない。24社連合の実験体として、ただ1本の牙だけを研ぎ澄ますことを要求されていた。

 

「ここのFW候補は、練習時間の、紛れもなく『9割』をあの計算されたシュートの再現ためだけに費やしている」

 

彼らの練習風景には、サッカー特有の躍動感など一切ない。

ミニゲームも行わなければ、外周を走るランニングもない。彼らはただ、A社製の高性能キックマシーンが弾き出す理想のフォームをトレースし、150°の角度から、あるいは中央の定位置から、AIが指定した座標(ネットの隅)へ正確にボールを蹴り込む作業を、毎日何百回、何千回と繰り返す。

 

彼らは 15分も走れば息が上がるだろう。前線からの守備など1ミリもできない。プロのスカウトが見れば「基礎体力が壊滅している、話にならない素人」と一蹴される肉体だ。

 

だが、試合中のたった一度の好機――中盤の泥臭いシステムがどうにか前線へボールを転がしたその一瞬、彼らは世界最高のプロですら到達できない「神業」を、100%の確率で自動出力する。

 

「走る力も、守る力も、ゲームを作る知性も、すべてゴミ箱に捨てさせた。その代わり、特定のスポットから放たれるキックの破壊力だけなら、プロの一級品に近い。世界最高には届かないがJリーグ下位や大学トップレベルなら破壊できる。」

 

監督は、全く息を切らすことなく、ただ機械的に右足を振り抜き続ける若者たちの姿を不気味な充足感とともに見つめていた。

 

五教科を満遍なく勉強し、総合偏差値 59.7に収まってしまう地方の高校生。

体力や戦術を網羅しようとして、結局は平均的な2.5流で終わるアスリート。

国家や社会が求める「バランスの取れた優秀さ」というシステムがいかに非効率で、個人の突出した才能を殺しているか。

 

すべてを捨て、たった1つのバグ(異常値)を極限まで尖らせた「化学偏差値77」の少女と、「バッティングの悪魔」「150°の狙撃手」たち。

24社連合の冷徹なマニュアルは、地方の教育現場だけでなく、スポーツという一見最も人間的な領域の聖域すらも、効率という名のメスで確実に切り裂き、再構築していた。

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