ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第23話

2034年 8月 岩手県 遠野市

 

盛夏の熱気が満ちる遠野総合高校の職員室の空気が、たった一枚のFAXと、そこに記された「あり得ないリザルト」によって完全に氷結した。

 

全国の並み居る超進学校――灘、開成、筑波大駒場、渋谷幕張といった、日本の最高峰の頭脳が集い、競い合う『物理チャレンジ(オリンピック日本選考)』。その本選である2次チャレンジ(合宿形式の理論・実験試験)において、遠野総合高校2年の男子生徒が、見事に【銅賞】を受賞したのだ。

 

それは高校物理の界隈における、文字通りの「天変地異」だった。

この手の競技科学の表彰台は、幼少期から英才教育を受け、中高一貫の特権的な環境で鍛え上げられた「本物の天才」たちが独占するのが不磨の通例であり、構造的な必然だったからだ。

地元の平凡な公立校の生徒が、その強固な城壁を真っ向からこじ開け、全国上位のメダルを首に下げて帰ってきた。

 

職員室の教師たちは、興奮で上気しながら、職員室に呼び出されたその男子生徒を囲んでいた。

 

「本当にすごいよ、大快挙だ!……でも、あと一歩、本当にあと少しで世界大会(国際物理オリンピック)の日本代表候補(一握りの金賞・銀賞)に残れたのにね。惜しかったなあ……!」

 

担任の教師が、自分のことのように拳を握り、悔しさを滲ませて言葉をかけた。

 

だが、当の少年から返ってきたのは、歓喜でも悔恨でもない、拍子抜けするほど淡々とした――そして底冷えするほど無機質な一言だった。

 

「いえ。英語できないので、仮に上位になって誘われても行く気はなかったですね」

 

「え……?」

 

教師たちの言葉が凍りつく。

 

少年の表情には、強がりも、照れ隠しもなかった。ただの冷徹な事実として、自分の「仕様(スペック)」を述べているだけだった。

 

彼が所属するクラスは、『総和アカデミー』という24社連合のC社マニュアルによって24時間体制でバグ取りを施された高校生向け指導塾という名の特化育成ラインだ。

一般的な高校生が、受験のために「英語の長文読解」に3割、「現代文や古文」に2割、「数学」に3割……と、全教科を満遍なく 80点にするためにリソースをすり潰している間。

彼は、24社連合のAIマニュアルの指示通り、社会や英語といった「世界大会に不必要な汎用科目のすべて」を初手でゴミ箱に叩き捨てていた。

 

彼の全高校生活、そのリソースの8割は、物理という名の幾何学と数式、その1点のみにレバレッジをかけて投資されていた。

 

だからこそ、英語の語彙力は中学卒業レベルで止まっており、模試の総合偏差値は50台前半の「平凡な生徒」の枠を出ない。しかし、こと「物理の構造解析」という単一の戦闘領域においてのみ、彼は灘や開成の天才たちが3年かけて学ぶカリキュラムを、わずか1年半の『物理特化デバッグ・プログラム』によって脳内に強制インストールしていた。

 

世界大会に行けば、当然、英語でのコミュニケーションや国際的な論文の読解が求められる。

プロになるためにスタミナや守備力を捨てられないサッカー選手のように、普通の天才なら「英語も物理も」と両方を追うだろう。

 

だが、この少年は、八王子のピッチで「走ることを捨て、150°の角度からシュートを撃つことだけに9割の時間を捧げた狙撃手」と全く同じ、連合の歪なエリートだった。

 

「僕の役割は、物理の特定のパラメータを限界まで処理することですから。世界の名誉なんて、ROI(費用対効果)が合いません。英語の論文読解はアプリかAIにでやらせれば事足りませんから。」

 

少年の視線は、すでに手元の端末に表示された、B社の次世代半導体研究所(青森)のインターンシップ募集要項へと向いていた。

 

文科省の役人たちが、既存の教育指導要領(5教科7科目)の檻の中で「バランスの取れた全人教育」を説いているその足元で。

24社連合の『捨てる教育』は、地方の平凡な少年を、特定の領域だけなら世界の壁すら穿つ「片刃の劇物」へと、確かに造り変え始めていた。

 

一方で、この知らせを事前に受け取っていたD社の広瀬は少年は自分が全国銅賞を取ったことよりも、試験中に自分が躓いた設問のログを総和アカデミーへ送信していた。

 

「ここで誤差が出たか」

 

東京の広瀬はそう呟き、マニュアルの最新版へ修正を加える。

 

物理チャレンジの銅賞は、世間にとっては栄誉だった。

 

だが24社連合にとっては、ただ一つの意味しか持たない。

 

――そのマニュアルが、日本最高峰の高校生たちに対しても有効であるという検証データとなっていく。

 

同日 青森県

 

「ふむ。この空き家、裏の土地も含めて総額30万円か」

 

L不動産の現地買い付け担当は、手元の端末に映る登記簿と、目の前の惨状を見比べながら呟いた。

八王子でスポーツ解析と訓練をしていたL不動産に声がかかったのだ。今までは大きな案件ではあるが、少数の物件なのでフル稼働していなかったが、今回は様子が違った。

 

そこにあったのは、もはや「幽霊屋敷」と呼ぶにふさわしい、完全に朽ち果てた木造二階建ての日本家屋だ。生い茂った雑草が建物の半分を飲み込み、瓦屋根は自重でわずかに傾いている。

だが、見方を変えれば、柱の太さや佇まいには古き良き日本の風情が残っていた。もしこれが一般のベンチャー企業なら、「安く買い叩いてリフォームし、インバウンド(外国人観光客)向けの趣ある古民家民泊にでもしよう」と色めき立つところだろう。

 

しかし、D社からL不動産へ直接下された『指令』――地方の限界集落に眠るタダ同然の空き家を、文字通り網羅的に買い漁れという密命の条件を見る限り、連合の狙いがそんな牧歌的な観光ビジネスではないことは一目瞭然だった。

 

D社が突きつけてきた買い付け条件(仕様書)は、以下の6項目。

 

【地方空き家 取得要件定義】

① 港湾指定区域から該当地までのアクセス道路の50%以上が、『Kソフト製ナビのレーティング:星2以上』を満たしていること。

② 当該地は独立した「一軒家」であること(集合住宅、長屋は不可)。

③ 敷地面積(裏山のぞく)が大きいものを最優先で確保すること。

④ 可能な限り値切ること(価格交渉のログを本部に提出)。

⑤ 該当地は広域に「ばらけて(分散して)」存在していても一切問題ない。

⑥ 「農地(田・畑)」が含まれる物件は、いかなる安値でも完全に避けること。

 

Kソフトにおける「星2」とは、景観の良さでも、舗装の美しさでもない。 いわゆる生活道路。すれ違いが困難で、ミラーを畳んでギリギリ通過できるレベルの道幅であるということだ。

条件のパズルを脳内で組み立てるにつれ、担当者の背中に冷たいものが走る。

 

なぜ、一軒家で、敷地が広く、かつ「ばらけて」いてもいいのか。

それは、ここが単なる倉庫ではなく、24社連合が張り巡らせる「分散型ネットワークのノード(結節点)」だからだろう。一箇所に巨大な物流センターを建てれば目立つが、過疎地の幽霊屋敷に偽装した小さな拠点が点在しているだけなら、誰も怪しまない。敷地さえ広ければ、庭にドローンの離着陸ポートを設置することも、地下に密かにB社のサーバーラックを埋め込むことも容易だ。しかし、その答えはまだD社から明かされない。

 

そして「⑥ 農地を避ける」という徹底した合理性。

日本の法律において、農地の売買や転用には、農業委員会や地元の水利組合といった「前時代的な人間関係のバグ」が大量に絡んでくる。手続きに数ヶ月を要し、進捗が読めない農地は、時間効率を絶対正義とする連合にとって、最も嫌うべき「ノイズ」なのだ。その点、どれほどボロくとも「宅地」であれば、D社の法務チームにかかれば数日で名義変更を完了できる。

 

「観光客どころか、人間を一人も入れる気がないな、これは……」

 

地元の弱小不動産会社の社長にとって、L不動産という正体不明の企業は、間違いなく「救世主」だった。

 

青森の沿岸部に点在する、相続放棄されたボロ屋敷や限界集落の空き家。あれは不動産業界における、最もたちの悪い「バグ」だ。放っておけば、SNSで聞きつけた若者が「肝試し」と称して不法侵入を繰り返し、最悪の場合はタバコの火の不始末で火事を起こす。それだけならまだしも、夜間に大型トラックで乗り付けた悪質な業者に、産業廃棄物を不法投棄されるリスクすら常に付きまとう。

 

売れもしない、価値もない、しかし所有しているだけで管理責任と固定資産税という血を流し続ける、呪いの土地。

 

それを、L不動産は「150°の角度から狙撃する」かのような冷徹な手際で、片っ端から、文字通り秒速で買い取っていったのだ。

 

だが――救世主の横顔は、あまりにも平坦で、血が通っていなかった。

 

「……さすがにね、これだけ異様なペースで買い付けを入れられると、こっちとしても表向きの用途くらいは書類に書かなきゃならんからさ。一応、L不動産の担当者に聞いてみたんだよ。『この物件、最終的には何に使うんですか?』って」

 

地元の不動産会社の事務所。パチパチと音を立てる古い扇風機の前で、社長は苦い顔で茶をすすりながら、隣町の同業者に声を潜めて語りかけた。

 

「そしたら、あの若い担当者、表情一つ変えずにこう言ったんだ。『未定です』ってさ」

 

「これだけ大量に空き家を買い取っておきながら、用途が『未定』?」

 

聞き手の同業者が、怪訝そうに眉をひそめる。

何十軒、何百軒という単位で不動産を動かすビジネスにおいて、用途未定のまま資金を寝かせるなど、通常の経済合理性ではあり得ない。民泊にするのか、更地にして太陽光パネルでも敷き詰めるのか、何かしらの「出口戦略」があるからこそ、企業は動くはずだ。

 

だが、L不動産から返ってくる回答は、いつ、どの物件において一貫して「未定」の2文字だけだった。

 

その不気味さは、いつしか沿岸部の不動産業界や、役所の納税課の間で、一つの「怪談」として噂されるようになっていた。

地元の人間たちは、それを「金を持て余した大企業の奇行」か、あるいは「オカルト染みた不気味な投資」として語り合うしかなかった。

 

用途は「未定」。それは嘘ではない。C社のマニュアルによって、前線の末端社員には本当に何も知らされていないのだ。

人間の感情やコミュニティの常識を置き去りにしたまま、24社連合の冷徹なインフラハックは、青森の夜の霧に紛れて、限界集落の心臓部を一つ、また一つと、確実に「無人化」のシステムへと書き換えていた。

 

2034年 11月 岩手県 遠野市

 

『総和アカデミー』の簡素な応接室に、場違いな重苦しい空気を纏った3人の大人が座っていた。

遠野総合高校の教頭教諭、そして岩手県教育委員会から派遣された2名の役人。彼らがわざわざこの民間主導の特化クラスに足を運んだ理由は、この夏、アカデミーの2年生が「物理チャレンジ銅賞」という天変地異を起こしたこと、そしてその少年が放った「英語ができないから世界大会に行かない」という痛烈な一撃が、公教育側のメンツを跡形もなく粉砕したからだった。

 

対応するのは、C社から総和アカデミーの責任者(塾長)として出向してきている、洗練されたスーツ姿の男だ。

彼の前に突きつけられた行政側の言い分は、お役所特有の「全体のバランス」という建前にまみれた、あまりに身勝手な要求だった。

 

「――つまり、我がアカデミーに対して、物理だけでなく、国語や英語、社会も含めた『全教科』を網羅して教えろ、ということですか?」

 

塾長は、あらかじめ用意していたかのように、完璧に形骸化された「お手上げ」のジェスチャーをしてみせた。

 

「失礼ですが、ご覧の通り。本校の講師陣は40名ほどしかおりません。彼らは特定の科目を極限まで引き上げるための『特化型講師』です。全科目の授業をこのクオリティで展開するなど、リソースの観点から物理的に不可能なのですよ」

 

「確かに、こちらの指導力が目覚ましいことは認めます。だからこそ、偏りのない人間を育てていただきたいのだ!」

 

教育委員会の役人が、机を軽く叩いて気炎を上げる。

 

「彼らはまだ高校生だ。物理だけができても、英語ができずに世界を諦めるような歪な子供を育てるのは、教育指導要領の精神に反する。総合的な人間力を育むのが義務教育の延長にある高校の――」

 

その傲慢な説教を、C社出身の塾長は、1秒間に何万回もの演算を処理するプロセッサのような、冷徹な無表情で見つめていた。

 

本来、ここは24社連合が資金を投じて運営している私企業の領域だ。県教育委員会の「指針」や「精神」などという、法的強制力のないノイズに従う義務など1ミリもない。

 

もし、生徒の英語力が足りないというなら、日中の高校の通常授業で、彼ら自身が死ぬ気で教育すればいいだけの話だ。

現実に起きているのはその逆だった。アカデミーの生徒たちは、高校のあまりに事務的で退屈な英語や古典の授業中、机の下でアカデミーから支給されたB社製タブレットを開き、黙々と高度な数理物理の課題をこなしている。完全な「内職(スルー)」だ。

 

もしそれを止めたいのなら、高校側が「内職をさせない厳格なルール」を作るか、あるいは生徒がタブレットを閉じて聞き入るような「圧倒的に興味を惹く授業」を自力で提供すればいい。

その努力と指導力不足から目を背け、生徒の関心を引きつけられない無能さを棚に上げて、彼らは「お前たちが全教科を肩代わりして、生徒を均質な80点にして高校へ返せ」と怒鳴り込んできているのだ。

 

塾長は、憤慨する役人や教頭の嫌味を、まるで高性能の防音ガラスのように顔色一つ変えずに受け流した。そして、席を立とうとする彼らの背中に、低く、だが鼓膜に冷たく残る声をかけた。

 

「先生方。怒る前に、逆にお考えください」

 

その場にピタリと足が止まる。塾長は組んでいた手を静かに解き、卓上の端末に、今回の物理チャレンジのデータ――灘や開成といった超進学校の生徒たちの「完璧な五角形のレーダーチャート」を映し出した。

 

「彼ら彼女ら地方の子供たちが、なぜあの化け物たちに割って入ることができたのか。それは、自分の全リソースを物理や化学、歴史という『たった一つのパラメータ』に集中させたからです。だからこそ、ここまで尖った人材に化けることができた」

 

塾長は画面をスワイプし、今度は遠野総合高校の一般的な生徒の、綺麗に縮こまった「小さな五角形」を表示させた。

 

「もし、我々があなた方の言うような『普通の教育』を提供していたらどうなっていたか。総合偏差値は52か53のまま。これといった武器もなく、ただ満遍なく凡庸な、それこそ【平凡の中の平凡】として、誰に見出されることもなく社会に埋もれていたはずです。それがあなた方の望む『全人教育』の結末だ」

 

応接室の空気が、さらに一段、冷え込んでいく。塾長の言葉は、教育者としての理想論ではなく、24社連合の血も涙もない「最適化の数式」そのものだった。

 

すべてを80点にするための努力は、地方の凡庸な学生のキャパシティを簡単に食いつぶす。

英語も、国語も、数学も、物理も、すべてをやらせれば、彼らは中央の「生まれついての天才」に物量と環境で確実に踏み潰される。ならば、最初から勝てない領域(英語や国語)をバグとして切り捨て、残ったリソースのすべてを物理の1点に注ぎ込む。それこそが、C社のマニュアルが導き出した、持たざる者が城壁を穿つための唯一の「ハッキング」だった。

 

「総合値では平凡。しかし、ある特定の1点においてのみ、中央のエリートを凌駕する超高数値を叩き出す人材。――先生方、日本の、いや世界の縮むこの時代において、どちらの将来がより広く開かれているか、真剣にお考えいただきたい」

 

教頭も、教育委員会の役人も、もはや言い返す言葉を持たなかった。彼らの信じる「バランスの取れた教育」という正義が、連合の圧倒的な「成果」と「生存戦略」の前に、ただの甘えとして解体されていく。

雪の混じる遠野の風が窓を叩く音が、まるで古い時代の教育システムが完全に凍りつき、割れていく音のように室内に響いていた。

 

肩を落とし、初雪の混じる遠野の夜へと消えていく3人の背中を、塾長は3階の窓から冷ややかな目で見下ろしていた。

彼らが守ろうとした「全人教育」という名の均質な檻は、すでに内側から錆びて崩壊しかけている。

 

「――例の2校は、何と言ってきた?」

 

塾長は視線を窓の外に留めたまま、背後に控えていた教務課長に尋ねた。

 

「『英語など関係ない。我々が欲しいのはその片刃の切れ味だ』と。……こちらが詳細の通信ログと条件提示の報告書です」

 

課長が差し出したB社製のタブレットを受け取り、塾長は画面をスクロールした。

 

あの夏、物理チャレンジで銅メダルをもぎ取った高校2年生の少年。

「英語ができないから世界大会へ行かない」と公教育のメンツを粉砕したあの異端児に対し、一部の日本の高等教育のシステムは、すでに驚くべき速度で「バグの修正(最適化)」に動いていた。すでに都内の私立大学2校から、極めて具体的な打診(アプローチ)が届いていたのだ。

 

むろん、旧帝大をはじめとする最上位の国立大学からも、形ばかりの案内は届いていた。だがそれらは、大学側の「我が校は多様な特化型入試を推進しています」という文科省へのアピール、あるいはパンフレットの彩りに過ぎない。提出書類の隅には、やはり「最低限の共通テストの点数」や「英語資格」といった、古いOSの基準がしっかりと残っていた。

 

しかし、この2校の私立大学が提示してきた条件は、完全に一線を越えていた。

 

【特定領域特化型人材・招聘要件(プロトコル)】

 

・総合選抜(推薦)における、英語および国語他科目のスコア提出の「完全免除」。

 

・入学後4年間の学費・研究費の「全額支給(特待枠)」。

 

・文科省の定める教養科目の最低単位を除く、専門領域における「単独の隔離型エリートカリキュラム」の編成。

 

それは、他の学生たちが受けるような画一的な講義(枠)に彼を収めず、大学の予算を使って「物理の怪物」をそのまま培養しようとする画策だった。文科省が定める「大学設置基準」という形骸化したルールを、カリキュラムの特例措置というバグの隙間を突いて完全にハックしている。

 

「英語ができないなら、大学に入ってから我々のリソースで翻訳AIの扱い方を徹底的に叩き込めばいい。あるいは、最初から英語のバグ取り(通訳)を専属で張り付ければ済む話だ、か。……ふむ」

 

塾長の口元に、今日初めて本物の笑みが浮かんだ。

 

「この国にも、まだ『見る目がある』学校が残っているとはね」

 

彼らが提示した条件は、まさに24社連合が総和アカデミーで実践している思想そのものだった。

すべてをこなせる万能の秀才など、今の時代にはコストパフォーマンスが悪すぎる。それよりも、語学や一般常識というパラメータを完全に切り捨ててでも、世界の最先端と数式で殴り合える尖ったパーツ(モジュール)を1つ確保する方が、研究機関としてのROI(投資対効果)は圧倒的に高い。大学側もまた、生き残りをかけて「綺麗事(バランス)」を捨て始めたのだ。

 

「県教委の役人どもが『歪な子供を育てるな』とここで怒鳴り散らしている間に、当の子供は既存のシステム(受験)を完全にスルーして、次のステージへのシートを確保してしまったわけだ」

 

塾長はタブレットを課長に返した。

 

「この2校の条件、本人と保護者に開示して進めてくれ。高校側の調査書が必要なら、あの教頭の首を縦に振らせるだけの材料(ログ)はいくらでもある。――午前中は高校の机の下で内職をさせ、夜は我々の城壁で刃を研ぐ。その刃を、大学がそのまま買い取る。美しいラインじゃないか。できれば我々の専門スクールに入れたいがね。」

 

遠野の夜空から降る雪が、校舎の窓を白く染めていく。

古い公教育の基本OS(システム)が「全員を平均にする呪い」にかかって身動きが取れずにいるその裏で。24社連合と、その思想に共鳴した大学の触手は、地方に眠る「いびつな天才」を古い社会の仕組みから、静かに、そして完全に引き剥がしつつあった。

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