ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第24話

2035年 3月 東京 八王子

 

浅い春の風が吹き抜ける東京・八王子のL不動産実業団チーム、略称テク・ファイ専用グラウンド。

 

ピッチ上では、L社のサッカー部と、実業団リーグの強豪『西荻窪サンダーズ』による練習試合が行われていた。

西荻窪サンダーズは、全員が満遍なく走り、組織的な連動で隙のない五角形を描く、いわば「古き良き日本のサッカー」を体現した堅実なチームだ。当初は拠点が近いというコスト上の理由だけで組まれた練習試合だったが、今やサンダーズ側が半ば懇願する形で、この定期戦は継続されていた。

 

サンダーズの監督や選手たちは、恐怖していたのだ。

目の前で走っている、テク・ファイというチームの「あまりの異形さ」に。

 

「相変わらず、いびつなチームだな……」

 

サンダーズのベンチから、苦々しい声が漏れる。

テク・ファイのバックラインを固めるディフェンダー陣は、他チームを解雇されたような30代後半のロートルばかり。走力もスタミナも全盛期には程遠い。さらに、そこから前線へボールを運ぶミッドフィルダー陣のドリブルやパスワークにいたっては、並の高校生でも止められるほど凡庸で、洗練さのかけらもなかった。

 

通常のサッカーのOS(基本セオリー)から見れば、これは完全に組織として破綻した「2.5流のチーム」のはずだった。

中盤までは、サンダーズの洗練されたプレスが面白いようにハマる。だが――。

 

ひとたび、その凡庸な中継ルート(モジュール)を泥臭くすり抜け、ボールが前線のFW(フォワード)に回った瞬間、ピッチの支配権は180度反転する。

 

サンダーズのディフェンス陣は、突如として、脳の処理速度を焼き切るような「恐ろしい3択」のデスゲームへ強制的に引きずり込まれるのだ。

 

ボールをキープしたテク・ファイのFW。彼らは、遠野のアカデミーが物理の1点突破で灘や開成を穿った連合の「ハッキング思想」の最高傑作だった。

 

彼にボールが渡った瞬間、ディフェンスに突きつけられる選択肢は常に3つ。

 

【150°の狙撃】:マークを1歩でも緩めれば、バイタルエリアの全くあり得ない角度から、ゴールのわずかな隙間をミリ単位で射抜く超高精度のシュートが飛んでくる。

 

【物理的突進】:角度を潰そうと2人がかりで距離を詰めれば、走る力を捨てて「体幹の筋肉量と反発力」だけにパラメータを極振りした巨体が、重戦車のようにDFを弾き飛ばして直進する。

 

【最適化された空白へのパス】:その2つの脅威を警戒してディフェンス全体が歪んだ瞬間、あらかじめ計算されていたかのように、相手の視野の「死角(バグ)」に居る別のFW2名のどちらかへとボールが配給される。

 

「くそっ、どっちだ! 距離を詰めるか、コースを切るか――!」

 

サンダーズのセンターバックの脳内で、DFラインの統率という古い仕様(セオリー)が悲鳴を上げる。

満遍なく90点を目指して鍛え上げられた自分たちの組織力が、たった1つの「一点突破の120点」によって、構造の根底から解体されていく。

 

テク・ファイのサッカーには、「美しさ」や「全員の連動」といった綺麗事は一切ない。

彼らは中盤のプロセスを、ただ「前線へ弾丸を送り届けるだけのベルトコンベア」として完全に割り切って捨てている。ミッドフィルダーが高校生レベルなのは、そこに高い人件費(リソース)を割く必要がないからだ。DFも経験があれば使えると判断。最低限、前線にボールが転がりさえすれば、あとはこの「いびつな天才」という特化型エンジンが、力技で帳尻を合わせてシステムを勝利へと導いてしまう。

 

「あいつら、サッカーをやってるんじゃない。……俺たちの守備の『バグ』を突く、冷徹なプログラムを走らせてるんだ」

 

ベンチで戦況を見つめるサンダーズの監督は、背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。

公教育が「バランス」に拘って身動きが取れず、私立大学が尖った駒の青田買いに走り始めたこの2035年。

八王子のピッチで繰り広げられているのは、単なるスポーツの試合ではなかった。万能であることを諦め、特定のパラメータのみを劇物のように研ぎ澄ました「24社連合の最適化ロジック」が、古い社会のあらゆるセオリーを塗りつぶしていくための、冷徹な実証実験そのものだった。

 

サッカーピッチの喧騒から少し離れたテク・ファイ専用野球場でも、やはり浅い春の陽光の中で、破天荒な「実験」が幕を開けていた。

 

対戦相手は、都市対抗野球の常連である実業団の強豪チーム。バックネット裏には、春のオープン戦データを集めるべく、競合チームのスコアラーたちがビデオカメラとスピードガンを手に陣取っていた。

だが、彼らがノートに書き込むデータは、野球の定石(セオリー)を真っ向から否定する奇怪な数字ばかりだった。

 

「おい、またヒットだぞ……。これで今年最初の試合の、1回表から【6者連続ヒット】だ」

 

スコアラーの一人が、信じられないものを見る目でスピードガンを置いた。

 

「今年も打撃『だけ』は、異常な調子の良さだな。テク・ファイは」

 

テク・ファイ野球部。彼らもまた、サッカー部や遠野のアカデミーと同じ、24社連合の「選択と集中(切り捨て)」思想によって設計された、いびつな戦闘集団だった。

 

彼らのチーム打率は、実業団リーグの平均を遥かに超越した「.360」という異常値を叩き出す。

打席に立つ打者たちは、凡庸な配球論や綺麗な流し打ちなど狙わない。24社連合のデータアナリティクスが導き出した「自身のスイングスピードと、投手の球種の回転軸が最も美しく噛み合う角度」だけを脳内(システム)でサンプリングし、そこへ100%の力でバットをぶち込んでくる。バットがボールを捉えた瞬間の金属音だけは、セミプロのトップクラスのそれだった。

 

しかし――このチームが社会人野球の勢力図を完全に「破壊」し尽くしていない理由は、その裏にある凄まじいマイナスパラメータにあった。

 

「……よし、ライト前ヒット! バッター一塁を回って二塁へ――あ、タッチアウト」

「今の当たりで二塁で刺されるか?」

 

相手ベンチ側から、呆れたような声が上がる。

テク・ファイの選手たちは、打撃以外のパラメータ――すなわち「走塁の判断」や「ベースランニングの技術」、そして「守備の連係」といった泥臭いプロセスを、リソースの無駄として完全に切り捨てていた。

 

鋭い打球が外野の前に落ちても、鈍重な足のせいで単打にしかならない。内野ゴロで俊足を飛ばしてセーフになるような泥臭さもない。守備に回れば、並のチームなら併殺(ゲッツー)に取れるような当たりを、もたつく連係のせいでオールセーフにしてしまう。

 

だから、試合自体は「打つだけ打って、走塁死と守備のミスで勝手に自滅する」ため、大差のゲームにはなりにくい。本塁の手前でアウトにできるため、辛うじて試合の形は保たれていた。

 

だが、データを持ち帰るスコアラーたちにとって、これほど不気味なチームはなかった。

 

「スコアブックがバグを起こしてやがる。守備も走塁も、高校の野球部未満だ。それなのに、打席に入った瞬間に全員が『別の生き物』になる」

 

一塁側ベンチに座るテク・ファイの監督――やはりC社から送り込まれたデータサイエンティストあがりの男――は、選手たちの凡ミスによるタッチアウトを見ても、眉一つ動かさなかった。

 

彼らにとって、野球の試合に勝つことは通過点に過ぎない。

本当に必要なのは、「限られた人間のリソース(時間と体力)を打撃のみに特化させた時、人間の脳と筋肉はどれほどの確率で球を芯で捉えられるか」という、24社連合の人間拡張タスクのデータ収集だった。

 

同日 L不動産本社

 

八王子のグラウンドで、いびつに研ぎ澄まされた「弾丸(FW)」や「打撃マシーン」が古いセオリーを破壊しているその同じ時刻。

 

高層ビルに構えるL不動産(L社)の本社役員室では、プロスポーツの熱狂とは対極にある、冷徹な「空間のハッキング」が最終段階を迎えていた。

卓上の大型スクリーンに映し出されているのは、日本列島の白地図。その青森、鳥取、高知の3県の沿岸部に、赤く細かなドットが不気味に群生している。

 

「――青森、鳥取、高知の候補物件、すべて押さえました。D社から要求されていた計画始動の『トリガー(引き金)』――3県沿岸部の空き家確保は、本日をもって完了と言っていいでしょう」

 

調達担当の執行役員が、画面のデータを指し示しながら淡々と告げた。

端末のステータスは、すべて『買収済/信託設定完了』の緑色に切り替わっていく。

 

「総数にして、およそ330件。D社からの最低要望ラインは完全にクリアしています。地方自治体が『空き家バンク』で何年も持て余していたゴミ物件を、端からバルク(一括)で買い叩きました」

 

L社の役員たちは、手元のタブレットに集計されていく坪単価と登記移転の進捗ログを見つめていた。

これだけの規模の不動産を、しかも特定の沿岸地域に絞って急速に買い占めるなど、通常のデベロッパーの動きではない。だが、これだけの巨額の資金を動かしているにもかかわらず、彼らL社のトップ層ですら、この330件の空き家が「何に化けるのか」を誰も知らなかった。

 

連合のルールは絶対であり、極めて冷酷だ。

D社から降りてきたオーダーは、ただ『指定の座標(レイテンシー・エリア)に含まれる、法的な権利関係がクリーンな物件を300以上確保せよ』という仕様書(プロトコル)のみ。

 

「それにしても、D社は一体これを何に使うつもりなんだ? 港湾の近くとはいえ、過疎化でインフラも死にかけた限界集落の家ばかりだぞ。リゾート開発でもなければ、まともな物流倉庫を建てる広さもない」

 

一人の役員が、怪訝そうに呟いた。

 

「我々が知る必要はありませんよ」

 

専務が冷ややかに笑い、コーヒーを口に運んだ。

 

「用途を考え始めたら、それは不動産業(古いOS)の思考です。我々はただ、D社のインフラが正常に駆動するための『ハードウェア(土地)』を最適化されたコストで提供した。それだけでD社からのインフラ配当の利率が跳ね上がる。――それで十分でしょう」

 

翌日 東京 D財閥本部

 

L不動産が日本列島の外縁部に330の緑色のチェックマーク(買収完了)を灯した翌日。

東京・丸の内のD財閥本部。重厚なガラス張りの作戦室では、L社から送られてきた座標データが、D社の物流・資源管理システムへと完全に同期されていた。

 

「L不動産から、青森・鳥取・高知の330件、すべての物件確保が完了したとの報です」

 

オペレーターの報告に、中央のホログラムデスクを囲む役員たちが冷徹に頷く。

 

「こちらの資材、および施工人員はすでに現地近郊で待機中。いつでも『箱』の設置に入れます」

 

「海外の鉱山会社、および租借権を持つ採掘プラットフォームとのスマートコントラクト(自動契約)も、すでにアクティブだ。日本の受け入れ態勢が整い次第、運搬船が順次、外洋から各沿岸ノードへ向けて出航する」

 

D社が、地方の生ゴミ同然だった空き家を網羅的に漁っていた理由。

それこそが、24社連合が国家の頭越しに進める極秘プロジェクト――【分散式小型レアメタル貯蔵庫計画】の正体だった。

 

現代になっても、この国の資源自給率は絶望的な水準にとどまっている。

コバルト、リチウム、ニッケル、ネオジウム。次世代のドローンバッテリーや超伝導モーターなどに不可欠なレアメタル(希少金属)は、その9割以上を特定の輸入国と細い海路(シーレーン)に依存していた。

 

むろん、内閣府や経産省といった国家機関も、お題目としては「戦略物資の国家備蓄増強」を掲げ、数ヶ月分の在庫を確保している現状からさらに増加させると主張している。だが、D社から見れば、そのシステムは「脆弱すぎて、話にならないバグ」の塊だった。

 

国は備蓄基地を、需要地に近い臨海工業地帯の大規模コンビナートに集中させている。だが、ひとたび有事(臨海部の封鎖や精密誘導弾によるピンポイント攻撃)が起きれば、一撃で日本の全機能が停止する。

採石場跡地などを利用した大規模保管は、風雨による鉱物粉末の飛散を招く。周辺住民への健康被害リスクが高く、結果として環境保護派の反対運動(ノイズ)によって計画が何年も遅延する。

そもそも、一等地の臨海部をただの「物置き」として占有し続けること自体が、不動産アセットの観点から最悪の最適化エラーである。

 

「お役所どもは、100万トンの資源を1箇所の大規模基地に収めて満足している。管理が楽だから、というただそれだけの理由でね」

 

D社のプロジェクト統括は、ホログラムで表示された青森の小さな空き家の3Dモデルを指で弾いた。

 

「有事の際、その1箇所を封鎖されたら、この国の『脳(インフラ)』は一瞬で思考停止する。その程度の地政学リスクすら計算に入れていない」

 

国家が綺麗事と管理の手間で硬直しているなら、自分たちが代替システム(プライベート・インフラ)を組むまでだ。

それが24社連合のやり方だった。

 

D社の最適化ロジックは、全く新しい答えを導き出していた。

1箇所に100万トンを置くのではない。日本中に点在する330の空き家に、3000トンずつ「分散」して隠匿する。・・・まあ、これは例えであり、今後もっと空き家という格安の空き地を買い取り、施設を増やせばさらに1か所あたりのトン数は減る。

 

L不動産が買い叩いた、日本の端の、誰も見向きもしない過疎地の平屋。

その畳と床板を剥ぎ取り、地面の補強だけを行って、防湿・防爆加工を施した頑強な「鉄の箱(モジュール・コンテナ)」を、ただ無造作に設置する。

 

「これなら、風に粉末が舞うこともない。住民の反対運動など起きる余地すらない。何より、敵国がこの国の資源を干上がらせようと考えた時、日本列島の外縁部に不規則に散らばる330箇所のタンクを、すべて同時に爆撃することなど不可能です」

 

過疎という、古い行政が諦めた「社会のデッドスペース」。

D社はそこを国家の生命線を握る「無人の資源城壁」へと書き換えてしまった。

 

だが、D社の作戦室に集まった役員たちは、誰も楽観視していなかった。

日本列島の外縁部に配置された330の「点(ノード)」。それらをただ設置しただけでは、国家のOSをハックする防壁としては未完成だ。

 

この超分散型レアメタル貯蔵庫計画において、最も破綻しやすいボトルネック――それが、【圧倒的な輸送力(ロジスティクス)】だった。

 

「空き家という限られた敷地に設置できる『鉄の箱』の容量など、1箇所あたり高が知れている。これを330箇所、そして今後1000、2000と増やしていくとなれば、物資の循環(搬入・搬出)に必要な運行密度は、通常の物流企業の限界を遥かに超越する」

 

1箇所に大量に埋めておく中央集権型の備蓄なら、太いパイプラインや大型トラック数台で済む。しかし、細い血管のように張り巡らされた限界集落のネットワークを維持するには、絶え間なく列島を這い回る「無数のアリの群れ」のような、異常な輸送リソースが必要になるのだ。

 

日本の物流業界は、2024年問題以降、慢性的なドライバー不足というバグを抱えたままだ。まともな求人をかけたところで、青森の最果てや鳥取の僻地まで、毎日レアメタルのコンテナを運んでくれる熟練の運転手など集まるはずがない。

 

「だからこそ、ここで『あのインフラ』を完全に結合させる」

 

統括が画面を叩くと、白地図の上に、もう一つの巨大な青い動脈が重なった。

 

――【ジャカルタ教習所】。

 

24社連合のC社がインドネシアの現地に構築し、今もなお規模を拡大しながら、ロボットのように正確な外国人ドライバーを日本市場へ怒涛の勢いで送り続けている、あの生体規格化プラットフォームだった。

 

「これで、物流(プロセス)のコストも完全に削ぎ落とせる。国が莫大な予算を使って運送会社に頭を下げている間に、我々はジャカルタから中抜き無しの価格で大量に供給される規格化ドライバー集団を使って、ガソリン代と最低限の労務コストだけでレアメタルの大動脈を維持できる」

 

すべては24社連合という、マニュアルと効率を絶対正義とする一つの巨大な基本OS(システム)の上で、完全に調和して駆動していた。

 

「ジャカルタ本部へ通達。第1陣のドライバー120名を、青森・鳥取・高知の各D社集積センターへ配属せよ。――日本の血液(レアメタル)を、我々のルートで循環させる」

 

かつて広瀬に言っていてた『例の事情』。

それは確かにドライバー不足であった。しかし、それを解消し、政府に『よしよし』されてご褒美を貰って終わるような潔い連中ではなかった。

そのノウハウを生かしチッタゴンで介護業界に乗り込み、生み出し続けるドライバーを一部浚ってさらなるインフラ化する。

当然、この件を成功させれば日本国家としては経済安全保障強度がぐんと上がるし、やりたかったことからズレてもいない。

褒美をさらにおねだりすることができるだろう。

 

「この一連のピースが繋がれば、日本国家としての『経済安全保障強度』は、皮肉にも彼ら自身の力では到達し得なかったレベルまで爆発的に跳ね上がることになる」

 

D社の役員は、手元のタブレットでシミュレーションの数値を弾き、冷酷に笑った。

 

有事の際にも干上がらないレアメタル。それを、日本の法律を完璧に守り、文句一つ言わずに過疎地へ運び続けるインドネシア人の動脈。そしてバングラディシュ人の介護人員。

既存の官僚組織が「縦割り行政」の壁に阻まれて何十年も成し遂げられなかった『資源の分散防衛』と『地方のラストワンマイル確保』を、24社連合は民間企業のロジックだけで、で完成させてつつあるのだ。

 

連合にとっても、政府にとってもやりたかった本質(国家インフラの完全な代替)からは、1ミリもズレていない。

 

「国は我々に足を向けて寝られなくなる。経済安全保障を我が社のインフラに依存せざるを得なくなった時――我々が次に政府におねだりする『ご褒美』の価値は、ただの補助金や特区の指定などというレベルではなくなるな」

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