ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第25話

同日 アメリカ カリフォルニア

 

日本の沿岸部で330の「鉄の箱」がオンラインにされたその同じ日。

太平洋を挟んだアメリカ・カリフォルニア、シリコンバレーの夜。三ツ星レストランの奥まった個室で、NEXAの役員は、クリスタルのグラスに注がれたワインを静かに揺らしていた。

 

対面に座るのは、巨額の資産を動かす、大手の中では中級のヘッジファンドの最高投資責任者(CIO)。その顔は、困惑と驚愕でわずかに火照っていた。

 

「……つまり、ゴールドも債券も機能不全に陥るほどの、最悪の景気後退(スタグフレーション)を想定しての、スーパーマーケット事業、および低所得者向け住宅(アパート)投資だと……?」

 

「ええ。その通りです」

 

NEXAの役員は、ビジネスライクな微笑を崩さない。

これはNEXAの裏切りでも、独断でもない。すべては島根の「城島ファンド」から送られてきた冷徹なシナリオ。彼はその完璧な台本を、シリコンバベルの頂点に立つ男の前で、忠実に再演しているに過ぎなかった。

 

「他の金融商品ばかりに依存したファンドが、市場の崩壊に巻き込まれてマイナス40%の血を流している時、我々が実物インフラを盾にマイナス20%の微損で耐えてみせる。そうなれば、顧客は解約するどころか、我々を『唯一の避難所』と呼んで群がってくる。……理屈は分かる、理屈はな」

 

幹部は額の汗を拭った。

 

「だが、そんな壊滅的な危機など、数十年に一度あるかないかだ。その『万が一』のために、平時から莫大な維持費とオペレーションコストを支払って小売業や不動産管理を抱え続けるのは、あまりにも資本効率(ROI)が悪すぎる。バカげた机上の空論だ」

 

「ですから、【最終利益率0.87%】に設定しているのですよ」

 

NEXAの役員は、あえて低く、穏やかな声で遮った。

 

「平常時は、最終利益がわずか1セントでも残ればいい。赤字にならず、自活して回り続けてさえいれば、我々のファンドの足を引っ張る『お荷物』にはならない。平時はただ、牙を隠してそこに存在していればいいのです」

 

ここで役員は、城島のシナリオに書かれた「最も重要なト書き」を実行した。

椅子を引き、テーブル越しに幹部へ顔を近づけ、周囲の喧騒に紛れるような小声で耳打ちする。

 

「……もし、ゴールドすら紙切れになるほどの地獄の超インフレが到来した時。怒り狂う大衆をなだめるため、国家が真っ先に『生贄(スケープゴート)』として差し出すのは、一体誰でしょう?」

 

幹部の動きが、ピタリと止まった。

ワイングラスを持つ指先が、微かに震える。

 

そうだ。インフレの引き金を引いたのは、国家の放漫財政であり、中央銀行(FRB)の失策だ。だが、暴動を起こしかけている国民に対して、大統領や政府が「自分たちのOSのバグでした」と認めるわけがない。

その時、最も分かりやすく、最も残酷に屠(ほふ)られるのは、画面の数字を転がして巨万の富を貪ってきた、自分たちのような【ヘッジファンド(金融の怪物)】だ。

 

国家は「市場を歪めた悪徳ファンドを処罰する」という大義名分のもと、資産凍結や巨額の罰金、あるいは法改正によって、彼らを合法的に解体し、その富を没収(ハック)するだろう。

 

「ですが、もし」

 

NEXAの役員は、悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「その生贄に指名されたヘッジファンドが、全米で何百万人もの生活を支える『激安スーパー』の流通網を握っていたら? 低所得者層が明日のパンを買い、飢えをしのぐための『最後のコストパフォーマンス』を供給しているのが、あなた方だったら?」

 

幹部は息を呑んだ。

 

「さらに、彼らが明日路頭に迷わないための『激安アパート』のオーナーがあなた方だったら? ……政府は果たして、国民の『文字通りの生命線』を握っている者たちを、安易に断罪し、潰すことができるでしょうか?」

 

もし、そのファンドを潰せば、翌日から全米の激安スーパーの棚は空になり、数百万人の貧困層が住処を追われて本物の暴動が起きる。

つまり、この利益率0.87%のボロいスーパーとアパートは、平時の利益のためのものではない。

国家という巨大な権力が、自分たちを抹殺しようとした瞬間に作動する、【最悪の相互確証破壊(人質)プロトコル】なのだ。

 

「……信じられん」

 

幹部は完全に圧倒され、背もたれに深く体重を預けた。

 

「君たちのトップは、最初から金融市場(マネーゲーム)の勝ち負けなど見ていない。この世界の『統治権』そのものをシステム的に買い叩こうとしているのか」

 

「お褒め頂き、光栄です」

 

NEXAの役員はグラスを掲げ、静かに微笑んだ。

24社連合の「最適化」という名のハッキングは、日本の僻地の空き家から、アメリカの心臓部であるシリコンバレーの夜まで、確実に、そして一寸の狂いもなく世界を侵食していた。

 

「――さらに信じられないのは、君たちの本当の狙いだよ。これほど完璧な生存スキームを提示しておきながら、我々に求める見返りは、大衆によるファンド排除運動を抑え込むための『ロビー活動の支援』だけだというのか?」

 

ヘッジファンド幹部の疑念は、金融の絶対法則(ギブ・アンド・テイク)に照らし合わせれば、あまりにも真っ当だった。

 

これほど冷徹に計算され尽くした「地獄のインフレにおける免罪符」を他者に分け与えるのだ。普通であれば、NEXAはファンドの莫大な運用益から数十パーセントのキックバックを要求するか、あるいは数億ドル単位のシステム構築費をふっかけるはずだ。それが資本主義における「当然の対価」だからだ。

 

それを、金はいらない、と彼らは言った。

 

NEXAが要求した対価。それは、有事の際に大衆の暴動に怯えた国家権力が理性を失い、資産の「強制接収」という最悪の一手を打つ傾向が見られたとき、総力を挙げてその動きを阻止する政治的盾(ロビー)となれ、という1点のみだった。

 

「幹部、お忘れですか。我々は『捨てる力』を信奉する組織です」

 

NEXAの役員は、デザートの皿を片付ける給仕を一瞥し、再び冷ややかな声を響かせた。

 

「ゴールドすら機能不全に陥る極限の景気後退期において、デジタル上のドル紙幣やファンドの取り分など、ただの無価値なログ(数字)に過ぎません。そんな不確実なものを対価として受け取るほど、我々の計算(マニュアル)は甘くはないのです」

 

彼らにとって、平時の利益率0.87%のスーパーや激安アパートは、国家に対する「人質」だ。だが、もし国家がその常識すらも捨てて、法を無視した強硬手段――「ファンドの資産をすべて国営化し、スーパーの流通網を強制接収する」というバグ、超法規的措置を仕掛けてきた場合、人質戦略は機能しなくなる。

 

24社連合が最も嫌うのは、ルールそのものを力技で書き換えられる「国家の暴走(エラー)」だった。

 

だからこそ、NEXAはウォール街の怪物の「政治力(手綱)」を求めているのだ。今はこの中級レベルのヘッジファンド相手だが、このスキームはいずれ本命の大物たちにも届くだろう。

 

彼らヘッジファンドが長年培ってきた、ワシントンの上院議員や政権中枢への濃厚なパイプ、ロビイストを使った法案の骨抜き(ハッキング)のノウハウ。それを使って、政府の動きを事前に察知し、強制接収の引き金(トリガー)を引かせないための防壁を作れ、という要求だ。

 

「我々が提供するのは、貴方がたが処刑台に送られないための『実物インフラ(盾)』だ。そして貴方がたが支払うべきは、国家がその盾を上から踏み潰そうとした時に、大統領の足を引っ張って止めるための『政治的権能(手綱)』。……これ以上ない、美しい等価交換(トレード)だと思いませんか?」

 

幹部は、目の前の男の背後に透けて見える「城島ファンド」という名の巨大な演算装置の気配に、ただ圧倒されていた。

 

城島ファンドはこのアメリカの地で、NEXAの仮面を借りて「激安スーパー」という大衆の胃袋を握り、ウォール街のロビー力を「頭脳」として接続することで、超大国の法権力すらも飼い慣らすシステムを完成させようとしていた。

 

「……分かった。その条件(プロトコル)で、ファンドの投資委員会を通そう」

 

幹部が降伏を告げるようにワインを飲み干した時、シリコンバレーの夜空には、24社連合の完全なる勝利を祝うかのような、冷たい無機質な星の光がまたたいていた。

 

翌週 東京 外務省

 

「くそ! あいつら、完全に国を舐めてやがる……!」

 

外務省の薄暗い執務室。若手キャリア官僚の宮田は、公安調査庁から極秘裏に回ってきた「NEXAおよびD社同盟企業群に関する動向報告書」を、スチール製のデスクに叩きつけた。パサリと乾いた音を立てて散らばった書類には、カリフォルニアの激安スーパー買収劇と、それに連動する国内330箇所の「鉄の箱」の運行データが並んでいた。

 

今や永田町も霞が関の上層部も、旧財閥D社を中心とする24社連合を「救世主」と崇めて疑わない。

深刻なドライバー不足をジャカルタからの人流で瞬時に埋め、経済安全保障のボトルネックだったレアメタル備蓄を国の予算を1円も使わずに解決してみせた。政治家どもは「民間の活力を生かした奇跡のブレイクスルーだ」と鼻を高くし、D社を『最高に都合のいい便利屋』として飼い慣らしているつもりでいる。

 

だが、宮田の背中に走る悪寒は、別の可能性を告げていた。

手口が、あまりにも鮮やかすぎるのだ。

 

「法改正のタイミング、過疎地の空き家特区の成立、ジャカルタの教習所インフラの拡大スピード……。まるで、政府が数年前に打った政策の『バグ』を最初から予見し、その受け皿を何年も前から1ミリの狂いもなく準備していたかのようだ」

 

これは偶然のトレンドなどではない。国家の政策というプログラムを、裏から逆算(リバースエンジニアリング)してハックしている者がいる。

 

ある公安局員が立ち上げた非公式の調査チーム(通称:バグ・ハンター)のホワイトボードには、24社連合の不完全で歪な相関図が書き殴られていた。その中で厚労省担当が特に目を付けたのは、バイオテクノロジー分野の不審点だ。

 

「なぁ、これを見てくれ」

 

彼はチームのメンバーに、D社傘下の『Kバイオ』の資料を指し示した。

 

「Kバイオは次世代のゲノム編集と創薬において、世界トップクラスの技術と設備をD社支援により自社で保有している。内製化すれば利益を独占できるはずだ。なのに、なぜ彼らは新薬の最も重要で最も泥臭い『臨床試験(治験)』のプロセスだけを、あえてライバル大手の【佐々木製薬】に丸投げした?」

 

メンバーの一人が呟く。

 

「他社に利益を分け与える理由がありませんね。……あるいは、『自社の手を汚したくない理由』が最初からあったのか」

 

「そうだ」

 

「もしあるとするなら、彼らは『美味しい果実』、つまり経過データだけを自分たちのシステム(OS)に組み込み、訴訟リスクや世論の批判、行政指導の対象になり得る『泥水をすするプロセス』だけを、佐々木製薬という外部のモジュールにパージ(切り離し)しているんだ。もし治験で重大な薬害(バグ)が出ても、潰れるのは佐々木製薬だけで、D社のシステムは1ミリも傷つかない。」

 

「関連が疑われているA社とB社はまだ確実な裏は取れていないが、C社はがっつり関わっている。

 この4社は皆、あの7年前の東証ショックでプライム市場から自ら上場廃止したという偶然と処理できないレベルの共通点がある。」

 

「他に一緒に廃止になった企業の中にもおそらく仲間が居るでしょう・・・」

 

「やはりこの『城島ファンド』がカギだ。その4社の資金が共通して流れ込んでいる先だ。そしてNEXAは城島ファンドの傘下。そのNEXAだが、先週に公安が現地ヘッジファンドの役員級と密談を繰り返していることと、どうやってかは分からないが、密談内容の一部が報告された。」

 

「それがこの内容ですか・・・」

 

「もはや一企業の経済活動として放任していいレベルを超えている。一歩間違えれば国家摩擦モノだ。」

 

しかし、バグ・ハンターも公安もある2つの巨大な盾に行く手を阻まれる。それは『すべて合法行為である』『経済効果も政治問題すら実際一部解決してくれている』ということ。

違法な部分があればそこから一気に立ち入り検査ができるのだが、D社関連を探りまわっても、各省庁の官僚たちが呆れてしまうくらい『合法で社会貢献ビジネスをしている優良企業』としか診断できなかった・・・

ドライバー不足には国交省が、Kバイオの件も国内製薬に与えているだけなので厚労省も、レアメタルを空き家跡地に分散貯蔵も経産省が、声を揃えて「むしろ助かってます」と言うのだ・・・

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