ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第33話

同日 東京

 

河内グループがハノイで外国人ドライバー育成の準備を泥臭く進める一方で、東京にてこの国の土台そのものを変質させる「別の手」を打っていた。

 

それは、教育(インフラ)の支配だった。

 

24社連合が岩手県の山奥で実験的に始めていた英才塾『総和アカデミー』。その不気味な校舎は、ここわずか2年のうちに、日本各地の「隙間」へと一気に6校まで触手を伸ばしていた。

 

彼らがターゲットに選んだのは、やはり大都市圏ではなかった。既存の教育システムが見落とした、あるいは見捨てた地方の孤島ばかりだった。

北海道、青森、新潟、鳥取、高知――そして極めつけは、伊豆諸島の八丈島だ。

 

総和アカデミーがすくい上げるのは、万人受けする秀才ではない。

岩手で見せられた、

「総合偏差値は55クラスだが、化学の偏差値だけは77」という突出した偏りを持つ少女、

「学校の成績はパッとしないが、物理チャレンジで銅メダルを獲得した」という、尖った才能を持つ少年。

 

かつて岩手の地で、規格外の「怪物たち」を誕生させたあの特異な一点突破型の教育システムが、今や陸と海の孤島へ容赦なく持ち込まれていた。

 

一見すれば、それは地方の学力格差を埋める、これ以上ない「善行」に見えるだろう。メディアもこぞって美談として取り上げるはずだ。

だが、見方を変えれば、それは都市部ではない過疎地に、意図的に「既存の社会と調和しない、一点突破の異能」を大量に発生させることを意味していた。そして、周囲に理解されず、連合の尖った教育によってのみ己の存在価値を証明された彼らの価値観は、必然的に「連合流(OS)」へと深く染まっていく。

 

さらに恐ろしいのは、現在の日本の高等教育システムとの「ミスマッチ」を計算に入れたかのような、その後の動線(トラップ)だった。

 

総合偏差値が55であれば、いくら1科目だけが70を超えていようとも、一般的な大学入試(共通テスト)ではじき出され、地方国立大学にすら合格することは難しい。推薦入試の狭き門を突破できなければ、彼らの行き場はなくなる。

裕福ではない地方の家庭なら、学費の高い都市部の私立大学へ進学できるケースは少数だろう。

 

となると、行き着く先は一つしかない。

 

24社連合が自ら設立している、文科省の管轄外となる専門スクール。既存の硬直化した大学制度を嘲笑うかのような、最先端の機材と圧倒的な奨励金、そして卒業後の高待遇を約束された、ほぼ連合の直属機関といっていいあの教育機関だ。

 

総和アカデミーは、最初からそうなるように精緻なインセンティブ(誘導路)を設計していたのだろう。地方の「歪んだ天才」たちを既存のシステムからこぼれ落ちさせ、自らの網で安全に回収する。

 

河内と紙村は、秘密裏に両グループが保有する巨大な財団の資金を統合し、24社連合の「刈り取り網」を破るための2つの防壁を構築した。

 

対策1:『異能救済』給付型奨学金プラン

総和アカデミーが狙うような「歪んだ天才」たちを、24社連合の専門スクールに囲い込まれる前に、財閥の資金力で強奪するプラン。

特定の1科目、あるいは独自の成果物(論文、プログラム、各種コンテストの入賞実績など)で「偏差値70以上」の異能を感じさせる根拠があることを条件に、「返済不要の学費全額肩代わり」、さらに「月額10万円の生活費補助」を支給する。

地方の困窮家庭の神童にとって、これ以上ない強力な防護ネットであった。

 

対策2:異形の新設私立大学『双璧アカデミア(仮)』

24社連合の文科省管轄外スクールに対抗するため、旧財閥が政治力と資金力をフル動員して設置した超格安の私立大学。

理系、さらには看護・医学分野でありながら、「学費は国立大学の半分」という、既存の大学経営の常識を完全に入道雲のように踏みつぶす価格破壊を設定した。

 

その入試要項は、日本の教育史上、最も歪で最も洗練されていた。

 

【完全1科目入試】:受験生は英・国・数・理・社から自由に科目を選択。あるいは全科目を受けてもいいが、「最も成績が良かった1科目のみ」を合否判定に採用する。

 

【学科選択権の剥奪】:1科目突破の代償として、合格後に「どの学科に配属されるか」の選択権を学生側はほぼ失う(例:数学だけが天才的な人間が、医学部のデータ解析部門や重工の流体力学研究所へ強制配置される)。

 

【教科書を逸脱した超記述式試験】:単なる暗記を排除するため、出題レベルは大学もしくは大学院水準。ただし、問題文の中に膨大な「ヒント(思考の足場)」が記述されており、知識量ではなく「その場で未知の課題を解決できる本物の地頭(思考力)」だけを測定する。

 

大川や宮田たちバグ・ハンターは、提出されたこの特例大学の設置計画書と予算書を前に、目を見開いたまま絶句していた。

 

「……正気ですか? 毎年こぼれ落ちる数人の尖った人材をすくい上げるためだけに、両財閥で一体何百億円の赤字を垂れ流す気です?」

 

大川が、めくった書類を机に叩きつけるようにして問い詰める。大学の経営計画書としては、最初から天文学的な大赤字が確定している自殺行為にしか見えなかった。

 

しかし、対峙する河内の最高幹部は、老獪な笑みを浮かべたまま動じない。

 

「大川さん、宮田さん。我々はこの大学で利益を出す気など、最初からないのですよ」

 

「では、一体何でこの巨額の赤字を回収する気ですか? 国の補助金にも限度がありますよ」

 

宮田が詰め寄ると、幹部は静かに人差し指を一本、立ててみせた。

 

「学生、たった一人で十分です」

 

「……一人?」

 

「そうです」

 

幹部の目が、冷徹な投資家のそれに変わる。

 

「我がグループの命運を握る次世代半導体装置を作る、あるいは紙村さんの重工で次世代エネルギーのパラダイムシフトを起こす。そんな、『年間数百億円の純利益を永続的に生み出す怪物(天才)』が、10年に一人、いや、大学の歴史の中でたった一人でも現れれば、大学経営の赤字など単なる『誤差』に過ぎんのですよ」

 

長年、日本の富を独占し、世界と戦ってきた財閥という生き物の「投資のスケール」がそこにあった。

24社連合が「マニュアルと教育」でシステマチックに人間を規格化しようとするならば、旧財閥は「物量と確率」で、数万の凡俗の底から一人の神童を引きずり出す博打(ガチャ)を始めたのだ。

「真似できるなら真似してみろ」と挑発してきた24社連合に対し、旧財閥は、自分たちが持つ最も凶悪な武器――「どれだけ大赤字を出しても絶対に痛まない、無限に近い内部留保」という名の暴力を振りかざし、チェス盤を力任せにひっくり返しにかかっていた。

 

さらにこれで終わる財閥ではなかった。

彼らは網(ネット)を張って待つだけでなく、自ら鉱石を「精製」する工場をも同時に囲い込みにかかった。

 

新設大学の特殊入試(1科目・超記述式)に完全特化させた、異能のための英才教育塾を東京・大阪をはじめとする主要都市圏へ一斉に展開したのだ。

当然、ここでも24社連合や世論からの「富裕層の優遇、機会の不平等」という批判を完璧に封じ込めるための計算が働いていた。表向きには、経済的に困窮している家庭の児童であっても、才能の片鱗さえ見せれば特待生として月謝・教材費を完全無料化する仕組みを導入。塾の運営自体も、最初から「赤字前提」の予算が組まれていた。

 

すべては、24社連合へのカウンターとして、完璧な純度の天才を財閥のラボへ送り込むための前処理(スクリーニング)工程だった。

 

「連中は地方の隙間から、誰も見向きもしなかった奇妙な人材を掘り出した。その嗅覚は見事と言うほかない」

 

河内グループの首脳は、代々木のオフィスから夜の首都高を見下ろしながら、確かな自負を込めて呟いた。

 

「だが、忘れてもらっては困る。我々旧財閥は、この国が近代化を始めてからの百有余年、常に日本中から最高の人材を集め、競わせ、組織を動かしてきた歴史そのものだ。泥に塗れた鉱石をどこから掘り出すかの勝負では一歩遅れをとったかもしれんが……」

 

首脳は、都市圏に配置された英才塾のロケーションマップを指先でトントンと叩いた。

 

「掘り出された鉱石を、最高純度の兵器(テクノロジー)へと精製する技術と設備なら、歴史の長さの分、こちらに一日の長がある。これからは、我々の土俵だ」

 

24社連合が地方の「孤島」から、既存の社会に適応できない規格外の怪物を生み出そうとするならば、財閥は都市の「中枢」で、自らのシステムに直結する超高純度の異能を培養する。

 

ただの出来レース、ただの国家へのアリバイ作りのはずだった「第二連合」の構築は、こと人財(コア)の争奪戦において、旧財閥という巨大な怪物の眠れるプライドと底力を完全に呼び覚ましていた。

 

だが、ここまでレッドオーシャンを通り越したマグマの海に飛び込んでなお、両財閥は『手慰み』としか思っていない。

 

「国の若造どもは、我が財閥の圧倒的な資本規模や、百年という時間軸の長さにばかり目を奪われ、感心していた。……だが、そんなものは本質じゃない。ただのオマケ程度の要素だ」

 

河内グループの最高幹部は、手元の極秘調査資料をデスクに放り出した。その顔は、先ほどまでの傲慢な自負が嘘のように青ざめ、苦渋に満ちていた。

 

「金や歴史じゃない……向こうは、用意している『講師陣』と『設備』そのものが、文字通りの化け物なのだよ」

 

いくら潤沢な内部留保があろうとも、いくら赤字前提の特例大学や塾を新設しようとも、教育の「中身(カリキュラム)」の狂気においては、24社連合の専門スクールに逆立ちしても勝てない。旧財閥の首脳陣は、その冷酷な現実に直面し、完全に白旗を上げていた。

 

集まった報告書に記載されていたのは、民間企業の常識、いや、国家の教育予算の枠組みすら遥かに超越した「異次元の現場」だった。

 

B社の世界レベルからははるか後ろではあるが、2棟保有しているレガシーメモリ工場。その中の、たった1本で年間数百億の富を生み出すはずの「予備生産ライン」を、24社連合は『学生たちが自由に弄(いじ)り、実験するためだけ』に丸々1本、完全な状態で常時保管しているという。

 

それだけではない。1機あたり10億円以上の価値があり、世界中のメーカーが順番待ちをしている超精密研削機。それも、日本のものづくりを支える伝説的な「キサゲ職人」の、ミクロン単位の手先の感覚を極限まで再現した最高峰の国家機密級デバイスだ。連合のスクールでは、その10億の機械を学生たちに「一度バラバラに分解させ、自らの手で再び組み直させ、調整させ、微差を競い合わせるゲームをする」という実習を平然と行っているのだ。

 

「無理だ……こんなもの、真似できるわけがない」

 

役員の一人が、乾いた声で呟いた。

いくら河内や紙村に金があると言っても、メモリ工場を1棟建てるだけで、どれだけ低く見積もっても4000億円は下らない。そして、何より致命的なのは「金」では買えないリソースの欠如だった。

 

そんな超弩級の設備を、教育目的のためだけに「はいどうぞ」と提供できるB社との異常なまでの信頼関係。そして、それを学生相手に教え、導くことができる、現役エンジニアであり、同時に保守員でもある「講師陣」の層の厚さ。そんな生きた人財は、一朝一夕に金で囲い込めるようなシロモノではなかった。

 

真似しようとしたら大手半導体メーカーから講師を呼び、スクリーン上で映像を流して抗議させる程度。

 

その一方で24社連合は、ただ机の上の学問を教えているのではない。

数千億の生きた工場と、世界最先端の職人の脳をそのまま「教科書」として、10代の子供たちに文字通り肉体で叩き込んでいるのだ。

 

「我々は1科目入試で『地頭の良い原石』をすくい上げ、座学と莫大な資金で甘やかすのが限界だ……」

 

河内の幹部が、深く、重い溜息をついた。

 

「だが、連中は違う。原石を最初から『4000億の戦場(ライン)』に放り込み、10億の武器を持たせて、本物の怪物の手で実戦教育している。……勝負にすらなっていらんよ」

 

旧財閥が誇る「無限の資金力」という暴力すら、24社連合が構築した「狂気と凶器の教育エコシステム」の前には、ただの虚しい数字の羅列に過ぎなかった。

大見栄を切ったあの採算は半分本心だが、もう半分は願望であり、またこの圧倒的な教育環境の差に対する強がりでもあった。

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