ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第34話

2036年 10月 東京 霞が関 文部科学省

 

文部科学省の高等教育局。その閉ざされた会議室の空気は、完全に凍りついていた。

 

机の上に並べられているのは、河内グループと紙村グループが共同で申請してきた新設私立大学の認可書類。そして……旧財閥側が「提出を義務付けられたから」という建前で、わざとらしく添付してきた「24社連合の専門スクールにおける実習内容の極秘調査レポート」だった。

 

目を通した文科省の官僚たちの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

彼らの脳裏に、数年前の苦い記憶が鮮明に蘇っていた。

かつて24社連合が青森県に『青森総和短期大学』を設立した際、文科省は前例主義と役人の独善的なプライドから、執拗なまでの「指導(いやがらせ)」を繰り返したのだ。

 

『特定の半導体工場と独占的な提携を結び、学生を実習生として投入するカリキュラムは、公平な教育理念の是非を問わざるを得ない』

 

『それほど高価で実践的な最先端装置があるならば、地方の短期大学ではなく、東大や京大の教授陣の研究機関、あるいは彼らの実験場として提供されるべきだ』

 

『青森に最先端の工場を置くというのなら、地元の弘前大学の学生にも等しく門戸を開き、共同研究の場にすることこそが、日本をリードする企業の果たすべき社会的責任である』

 

正義の味方にでもなったつもりで、上から目線の要求を突きつけ続けた結果、総和学園側から返ってきたのは、乾いた一言だった。

 

『――ああ、そうですか。じゃあ、お前らの狭苦しい管轄から抜けて、ただの「専門スクール(認可外)」に格下げしてやりますよ。二度と口を出すな』

 

そう言い残し、24社連合は文科省のすべての利権と天下り枠を蹴飛ばし、管轄外の闇へと鮮やかに逃亡した。

 

財閥の推測通りのコストなら実習のためだけに4000億円ものレガシーメモリ工場を自前の資金で建てて、そのうち1本のラインの上流から下流までを平然と学生に渡してしまうような怪物からすれば、文科省の言い分など「虎の威を借る狐が、他人の財布で泥棒を働こうとしている」ようなもの。呆れ果てて当然の暴挙だった。河内も紙村も、当時そのニュースを聞いた時は「役人の世間知らずにも程がある」と、冷笑を通り越して哀れみの目を向けたほどだ。

 

青ざめる官僚たちを前に、書類を提出しに来た河内グループの高等教育事業担当役員が、これ以上ないほど皮肉な笑みを浮かべて、静かに口を開いた。

 

「……我々も、しがない『財閥』ですからね。それなりの教育事業や学校法人はいくつか抱えておりますよ。ですがね、文科省さん」

 

役員は、レポートに記載された「4000億の予備ライン」の文字を指先でなぞった。

 

「もし我がグループの学生の実習のためだけに、『半導体工場を丸々1本、お遊び用に建てろ』と株主や取締役に言われたら、私は全力で断ります。というか、そんな寝言を言えば即座にクビでしょう。赤字覚悟の人材育成とはいっても、さすがにこのレベルの投資は我々も尻込みしてしまう。」

 

一拍置き、役員は官僚たちの顔を一人ずつ、値踏みするように見据えた。

 

「しかし、24社連合はそれを実際に建てた。彼らは本気で、10代の子供たちに本物を触らせるために4000億をドブに捨てられる狂気を宿している。……そして文科省(お前たち)は、あろうことか、その彼らが血を流して、さらに維持費と資材関連費という血もずっと流しながら作った最先端の聖域を、『東大や他校へ無償で開放しろ』と上から目線で宣ったわけだ」

 

ふっ、と役員の口から乾いた嘲笑が漏れる。

 

「いやはや……さすがは最高府の官僚様方だ。民間の金銭感覚を置き去りにしたその『豪胆さ』、我が河内グループも、爪の垢を煎じて飲みたいくらいですな」

 

痛烈な皮肉が、会議室の壁に跳ね返る。

文科省の役人たちは、反論の言葉を完全に失っていた。

 

自分たちが「教育の平等のため」という大義名分で追い出した存在が、どれほどの手が届かない化け物だったのか。そして、その怪物を自らの独善で「国家の管理(檻)」の外へと完全に解き放ってしまったという取り返しのつかない致命的なバグに、彼らは今更になって気づき、ただガタガタと震えることしかできなかった。

 

文科省の庁舎を出たところに、大川が立っていた。

 

「大川くん、君の言う通り一言、釘は刺しておきましたよ」

 

河内グループの役員がそう言うと、大川はわずかに頷いた。

 

「ありがとうございます。これで当分は文科省も、24社連合に余計な横槍は入れにくくなるでしょう」

 

一拍置いて、大川は空を見上げる。

 

「彼らはようやく理解したはずです」

 

「何をですか」

 

「自分たちが相手にしていたのが、地方の専門学校ではなく――国家の外側に形成された経済インフラそのものだということを」

 

そして視線を戻し、静かに言った。

 

「脇腹を突こうとしていたつもりが、最初から喉元に手を入れていたことにも気づかずに」

 

新設される大学の設置場所は、岐阜県に決定した。

 

理由は単純な一つではない。むしろ、条件を積み上げていった結果として、残ったのがそこだった。

 

まず第一に、設備搬入の現実的な制約があった。

 

この大学の理系学部は、24社連合の教育モデルを部分的にトレースすることが前提となっている。金属加工設備、小規模発電インフラ、検査装置、実験用生産ライン――いずれも研究室レベルの機材ではなく、実際の工業設備に近い重量物だ。これらの搬入・更新・再配置が定期的に発生する以上、港湾・高速道路・幹線物流の負荷が少ない内陸拠点が必要だった。

 

東京圏・大阪圏は既に物流網が飽和しており、重機輸送の自由度が低い。結果として、候補地は自然と中京圏へと収束していった。

 

第二に、産業への接続性である。

 

中京工業地帯は、紙村グループの関連工場群に加え、航空産業、軍需産業、鉄鋼・非鉄金属といった重厚な製造業が密集している。学生インターンという形を取りながら、実質的には産業現場そのものへ接続できる環境が整っていた。

 

第三に、拡張余地である。

 

当初は愛知県も候補に挙がっていた。しかしキャンパス・寮・実習棟に加え、今後増設されるであろう実習工場群を考慮すると、都市部では用地が不足する。さらに沿岸部は、将来的な地震・津波リスクを無視できない。

 

その結果、最終的に残ったのが内陸部――岐阜だった。

 

「消去法で決まった」と言えばそれまでだが、その実態はむしろ逆である。

 

条件を積み上げ続けた結果として、“最も現実に耐える土地”だけが残ったのだった。

 

2036年 11月 東京 霞が関 デジタル庁

 

デジタル庁にも、やはり河内グループは呼び出されていた。

 

「国は本当に我々を便利屋と思っているのではないか?」

 

応接スペースに座った幹部の一人が、書類を受け取りながら小さく毒づく。

 

海外人材育成、教育、物流連携、地方実証事業。

既に通常業務の数倍の案件を抱えているにもかかわらず、また新たな案件が追加された形だった。

 

「お呼び立てして申し訳ありません」

 

デジタル庁の担当官は、開口一番そう頭を下げた。

 

「新しい動画プラットフォームの件です」

 

「……例の、24社連合の?」

 

「はい」

 

机に置かれた企画書には、見慣れた名前が並んでいた。

24社連合・新動画プラットフォーム計画。

この計画の本質は、既存サービスの“否定”ではなかった。

 

むしろ逆だ。

 

既存プラットフォームの“限界だけを吸い出す”設計になっている。

現代の動画配信サービスが抱える最大の問題は、技術ではない。

AIによる自動判定の暴走だった。

 

根拠の曖昧なアカウント停止。

説明なき収益化剥奪。

再審査のない一方的決定。

 

それが積み重なり、配信者の“信用の基盤”そのものを崩壊させていた。

連合の設計は、そこに逆から入っていた。

 

AIではなく、人間がまず見る。

ただし感情ではなく、マニュアルに従って判定する。

 

判定者は「審査員」ではない。

連合式マニュアルに基づいた“処理ユニット”だ。

 

動画は即時公開されない。

だが、一度承認されれば、原則として消えない仕組みの予定だそうだ。

規約変更の可能性も同時に残っているが、その場合は何がどう変わったのかを明記することは宣言している。

 

収益は爆発的ではない。

だが、ゼロにもならない。

 

さらに特徴的なのは、推薦アルゴリズムではなく“タグの強制固定”だった。

配信者・コンテンツ・コラボ関係はすべて構造化され、見逃しリスクもない。

 

広告もまた異質だった。

動画の中に差し込まれるのではない。

画面の外側に、常に一定の形式で表示される。

視聴体験を侵食しない代わりに、広告単価は高くない。

 

幹部は資料を閉じながら呟いた。

 

「これ……派手さはないな」

 

「はい」

 

「だが、死なない設計だ」

 

同日 東京 河内グループ本社

 

「ということだそうです」

 

「確認だが、それは第二連合案件ではないのだな?」

 

「はい。確認しました」

 

幹部たちは一様に息を吐き、背もたれへと体重を預けた。

ようやく、純粋な“別案件”だ。

第二連合の設計と並行して走る、あの終わりのない調整地獄からは切り離されている。

 

これ以上、「追加でこの地域も」「この業界も」「この制度も」と積み増されることはない――はずだ。

 

「……助かったな」

 

誰かが小さく言った。

重苦しい空気が、わずかに緩む。

 

「それならPUFグループに投げればいいだろう」

 

河内グループの幹部の一人が、淡々と口を開いた。

 

大手広告代理店PUFグループ。

河内グループと深い資本・人材面での関係を持ち、エンタメから情報設計、世論形成までを一手に担う民間シンクタンクに近い存在だ。

 

「彼らなら何かしらの対抗策を思いつくだろう」

 

一拍置いて、幹部は続ける。

 

「24社連合の実態と現状の冷戦状態を、可能な限り具体的に、そして詳細に共有した上で投げろ」

 

空気がわずかに引き締まる。

 

「簡単な仕事じゃないことは最初に釘を刺しておけ」

 

それは依頼というより、宣告に近かった。

 

この案件は、“広告”の領域ではない。

もはや国家インフラと企業OSが衝突する構造問題だ。

 

それでもPUFなら――いや、PUFだからこそ、

“情報を商品に変換する回路”として成立する可能性がある。

 

翌週 東京 河内グループ本社

 

「もう回答が来た……?降りるという答えではないのだな?」

 

幹部の一人が眉をひそめる。

 

「はい。計画資料も併せて送信されています」

 

数人の視線が、一斉にテーブル上の冊子へと落ちた。

 

表紙は過剰なほど整っている。広告代理店PUFグループのロゴだけが、やけに無機質に浮いて見えた。

 

そこへ、説明担当の男が静かに入室する。

 

「皆さんのゴールは共有されていますね」

 

男は一度だけ全員を見回した。

 

「デジタル領域において、河内グループ、そして可能であれば紙村グループの存在感を、24社連合と同等まではいかずとも“無視できない規模”で成立させる」

 

沈黙。

それは肯定だった。

 

「では、サイネージ戦略を提案します」

 

幹部の何人かがわずかに顔を上げる。

 

説明は続く。

 

「配信者が成立している理由は二つあります。一つはコンテンツの収束性。つまり、特定の趣味嗜好に人が集まり“同好会化”する構造です」

 

その言葉に、ある幹部が内心で苦笑する。

 

――それはまさに、あの連中の得意分野だ。

 

「そしてもう一つは、リアルタイム性です。視聴者のテキストと配信者の音声が交差することで成立する“半双方向コミュニケーション”」

 

男はそこで一拍置いた。

 

「ならば、完全な双方向にすればいい」

 

空気がわずかに動く。

 

「東京駅、新宿、渋谷、原宿。主要動線上の壁面・支柱に大型サイネージを常設します」

 

指が軽く机を叩く。

 

「そこに配信者を“時間割”で配置する」

 

幹部の一人が目を細めた。

 

「……イベント常設型、ということか?」

 

「その通りです」

 

説明担当は頷く。

 

「通行者はその場で質問できる。冗談でも、相談でも、罵倒でもいい。それに対して配信者が“生の声”で即時応答する」

 

沈黙のあと、誰かが小さく息を吐いた。

 

「VTuberイベントの拡張版か……」

 

「ええ。ただし違うのは、“常設”であることです」

 

男の声は淡々としていた。

 

「そして最大の差は、資本です」

 

「……資本?」

 

「深夜帯を除き、都市の主要動線でこれを“途切れさせずに回す”だけの配信者供給と運営コストを、単一事務所で成立させられる企業はほぼ存在しません」

 

一拍。

 

「そこを、我々と河内グループの支援で成立させる」

 

幹部たちは、ようやく理解する。

 

これは広告ではない。

 

都市そのものを“放送局化”する構想だ。

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