ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第37話

2037年 6月 東京 3者合同会議

 

「くくく、そうか。連中はそこまでやっておったか」

 

重苦しい沈黙が支配するかと思われた会議室で、最初に声をあげて笑ったのは河内グループの幹部だった。J社の凄まじい潜入調査結果を突きつけられてなお、その表情にはどこか愉悦すら混じっている。

 

「格下財閥とはもう呼べませんな。いっそプライドを捨てて、彼らと全面提携でもしてしまいましょうか? 河内さん」

 

紙村グループの役員が、わざとらしい調子で肩をすくめる。

 

「まったく、頼もしい味方(ライバル)よな。停滞して、何でも他人のせいにする他責思考に染まりきった既存企業と国民どもの中に、これほどの反骨精神の塊が実っていようとは。実に痛快じゃないか」

 

「……」

 

対峙する大川や宮田らバグ・ハンターたちは、一言も返せなかった。

これまでの彼らなら、国家の威光を背景に「冗談を言っている場合ですか」と冷徹に苦言を呈していただろう。だが、今の彼らは知っている。この2大財閥の「無限の内部留保」と「代替インフラ(第二連合)」の支えがなければ、明日にもこの国の経済機能が文字通り麻痺しかねないという残酷な仮の未来をより鮮明にイメージできてしまっていた。官僚のプライドなど、すでに砂上の楼閣だった。

 

「まあ、冗談はこれくらいにしましょう」

 

「そうですな」

 

幹部たちの目が一瞬で冷徹なビジネスマンのそれに変わる。

提携など、口が裂けてもできないことは百も承知だった。実は両財閥とも、開発系業務を除いた一般の現場やオフィス、店舗に24社連合の「MX」を部分的に模倣して導入する実験を行っていた。だが、結果は散々だった。染みついた「古いプライド」や「甘え」を捨てきれない既存社員との摩擦があまりにも大きすぎたのだ。

ITソフトのように「慣れて覚えろ」で済ませられるレベルの摩擦ではない。MXとは、組織の肉体と精神を根底から解体し、再構築する劇薬なのだから。

 

「まあ、そんなわけで……国の皆さん。少し気になる兆候がありましてね。あなた方の力で、一つ調査をお願いしたい」

 

紙村の参加幹部が、大川たちに1枚のメモを滑らせた。

大川は「まさか、あり得ない」と心の中で否定したかった。だが、連合の後塵を拝し続け、その底知れぬ深淵を覗き見たいま、もはや「彼らなら、合法の範囲内であるなら、どんな狂ったことでもやっているかもしれない……」と思わざるを得なかった。

 

2037年 8月 東京 3者合同会議

 

2ヶ月の月日が流れ、再び3者が顔を揃えた。

公安、外務省、法務省のネットワークをフル稼働させ、極秘裏に進められた追跡調査。その結果は、紙村グループの冷徹な予想を、寸分の狂いもなく射抜いていた。

 

「……エストニア、イスラエル、そしてアメリカ。24社連合の『Kソフトウェア』に在籍する技術者30数名が、ここ数年で断続的にこれらの国々へ渡航、滞在していました」

 

報告する大川の声は、いつになく低く、徐々にかすれていく。

 

「また……法務省の協力を得て、電子情報関連の犯罪を起こした、しかし組織犯罪のバックボーンを持たない日本人の前科者……いわゆる単独サイバー犯罪者ですね。彼らをKソフトウェアが秘密裏に雇用していることも、数名の追跡調査の結果……判明、いたしました……」

 

会議室に冷たい風が吹き抜けたような錯覚を覚える。

 

「お国の皆さん。間違っても、そのKソフトウェアに『国家安全保障』だの何だのとチャチャは入れないでくださいね」

 

この可能性を最初に嗅ぎつけ、調査を依頼した紙村グループの幹部が、釘を刺すように冷たく言った。

 

「これが、すでに5年前から静かに、計画的に行われていた。彼らの渡航先での研修内容は、さすがに軍事最先端の国家機密クラスではないでしょう。だが、それでももはや我々財閥系も含めて、国内のハリボテIT企業ではKソフトウェアの足元にすら及ばないでしょう。それどころか、正規のルートで最先端技術のおこぼれを貰っているだけの、警察庁や自衛隊のサイバー専門部隊ですら、本気でやり合って相手になるか分からないかもしれない。この企業は……J社のドライバー並みに、いや、それ以上に重要な存在です」

 

「J社のドライバーがこの国の経済を回す『血液』なら、Kソフトウェアは外敵の侵入を防ぐ『白血球』だ」

 

河内の役員が、冷酷な比喩を重ねる。

 

「もし、彼らに国外へ拠点を移されたらどうなるでしょう? 我々旧体制のインフラは、他国からのサイバー攻撃というウイルスに対し、輸血(海外製セキュリティの購入)だけで果たして何年、延命できるか」

 

通常であれば、国家の牙を用いて「国家安全保障規制に基づき、外為法で技術者やノウハウの国外移転を禁止する」と脅すことは可能だ。

だが、それをやった瞬間に連中がどう動くか、今の官僚たちにも容易に想像がついた。

 

「じゃあ、Kソフトウェアは本日をもって解散します」と笑顔で言うか、「連合各社のソフトウェア部門に人員を分散転籍させましょう」と返すだけだ。

前者をやられれば、日本という脆弱な肉体から、最強ランクの白血球がごっそりと消滅することを意味する。その瞬間、日本は世界のサイバー空間において、永久に「IT後進国」という十字架に磔の刑に処される。

後者をやられれば、これからK社が市場へ投入しようとしている、国内全域の基幹インフラを守るための新型セキュリティソフトと、企業向け防御システムのサービスが完全に頓挫する。結果はどちらも同じ、国家の死だ。

 

国家の法という網で捉えようとした瞬間に、その網の隙間からサラサラと漏れて形状を変えるスライム。それが今の彼らだった。

 

3つの陣営の誰もが、絶望的な共通認識に達していた。

24社連合は、もはや「物流」や「スーパー」といった、一点特化の組織などではない。彼らが打ち込んできた突出した『点』の数はあまりにも多く、気付けばそれらが『面』となり、点と点の間で知見、資本、そして人財のネットワークを網の目のように循環させている。

 

「お国の皆さん。我々『第二連合』の必達の役割は、あくまで物流、看護人材、そして資源在庫という3つの社会インフラの代替手段を構築すること。……そこに変更はありませんね?」

 

紙村の幹部の問いに、大川は力なく応じる。

 

「……はい」

 

「では、我々旧財閥が、自らのシステムを守るために『Kソフトウェア』の商品を正式に購入し、導入したとしても、第二連合の理念としては文句はありませんね?」

 

「……はい」

 

宮田もまた、声を絞り出すのが精一杯だった。怪物を排除するための組織であるはずのバグ・ハンターが、怪物の防壁(ソフトウェア)を買わなければ自らの身を守れない。これ以上の皮肉はなかった。

 

今度は、河内グループの証券部門を統括する役員が、静かに発言を引き継いだ。

 

「そのKソフトウェアだが……最近、地方の零細企業である『月影証券』を買収した」

 

「ええ、金融庁にも報告は入っています。実際は買収というより、不良債権化して実質破綻していた仙台市の地場証券を、二頭引きの馬車を買い取るような値段で引き取っただけですが」

金融庁から出向してきたバグ・ハンターの担当者が、不思議そうに応じる。

 

「そちらの公安と河内グループの証券法人が掴んだ情報によると、連中、これをただのネット証券にするつもりはない。Kソフトウェアの技術を使い、株、FX、先物取引、CFDにおいて、これまでにない『複数条件付き引け終値指値・逆指値注文』機能を標準搭載した取引アプリを市場に投入するそうだ」

 

通常、大手の有名ネット証券アプリであっても、「引け(市場が閉まる瞬間)」の注文としては、すでにある。

だが、彼らが作ろうとしているのは、その日の1日の相場の強さを決定づける最も重要な価格――「終値」そのものに加えて、個人投資家があらかじめ設定した条件に複合合致した場合にのみ、自動で注文が作動するシステムだ。

この違いは大きい。

 

実は、デイトレーダーやスイング投資家の中には、「今日の終値がこのラインを超えて終わったら、翌営業日のために買い(あるいは売り)を入れる」という判断基準を持つ層が、一定数確実に存在する。ただ、これは従来のネット証券アプリでも対応可能だ。しかし、「でも、場中にこの価格を一度でも下割ったら買いはしない。その場合、ダマシの可能性があると私は見ているから。」といった追加の条件を出されると対応はできない。

「こんな機能欲しいですか?」なんてアンケートをしていないから需要が分からない。すると、リスクを取ってシステム改修する必要も、金融庁や日本券取引所にお伺いを立てる労力も取りたくない。今のままでいい、となる。

 

つまり連合は、またしても市場が飽和しきった金融という巨大な海において、「需要の隙間、誰もが見落としていた痒いところ」にピンポイントで届く商品を引っ提げてやってくるのだ。今度は、金融の血を浚うために。

 

もちろん、既存の大手証券会社でも、同じようなことは泥臭くやれば可能だ。伝統的な対面型の証券会社で、お抱えの営業マンに電話で頼めば、複雑な注文でも対応してくれる。

だが、その代償として、投資家はネット証券の何倍、何十倍もの莫大な「対面手数料」を毟り取られることになる。24社連合は、そこをシステム(Kソフトウェア)の力で一部を完全に無人化し、格安の手数料で解放しようとしているのだ。

 

これがどれほどのインパクトを引き起こすか。金融部門をグループの巨大な大黒柱として保有している河内グループの役員たちは、瞬時にその「恐怖」を悟った。

またしても、一枚上手を出し抜かれた、と。

 

その役員たちの青ざめた様子を見て、金融庁の担当者が首を傾げた。

 

「……あの、失礼ですが、たった『その程度』のニッチな注文機能ひとつで、そこまで警戒を強める必要があるのですか? ネット証券のシェアを根底から覆すほどの大事とは思えませんが」

 

部屋の温度が、すっと下がった。

河内グループの証券部門のトップが、自嘲気味な、しかしこれ以上なく冷徹な苦笑を浮かべて、若き官僚を見据えた。

 

「――だから、我々は負け続けているのですよ」

 

「え……?」

 

「我々はいつも、連中のやることを『そんな程度のこと』と笑った」

 

役員は、1本の指を立て、そして次々と折っていく。

 

「物流の時もそうだ。『トラックのインカムなど、そんな程度』と言った。

スーパーの時もそうだ。『倒産ラインすれすれの激安スーパーなど、そんな程度』と言った。

教育の時もそうだ。『地方の1科目特化の英才教育など、そんな程度』と言った。

そして今度は、証券だ」

 

役員はデスクに両手を突き、金融庁の担当者に顔を近づけた。

 

「いいですか。連中は、我々が必死に守っている『巨大な市場』を正面から奪いに来たりはしない。我々が『そんな程度』と見向きもしなかった、顧客の、現場の、人間の、爪の先ほどの小さな不満を確実に奪っていく。

そして、我々が気付いた時には……その『小さな不満』を解消してもらった人間が、日本中に何十万人、何百万人と集まり、連中の強固な信徒(経済圏)になっている。国も、我々財閥も、その時にはもう、彼らの毛細血管のネットワークを切り離すことすらできなくなっているんだよ」

 

金融庁の官僚は、言葉を失って椅子に深く沈み込んだ。

 

24社連合という怪物は、クジラのように巨大な口を開けて市場を丸呑みにはしない。

アリの集団のように、社会の「隙間」にある小さな需要と不満を、ただひたすらに、完璧なマニュアルと半人力テクノロジーの力で削り取っていく。そして、そのアリの歩みが重なった場所には、国をも呑み込む巨大な新大陸が、音もなく形成されているのだった。

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