ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第38話

同日 東京 河内・紙村グループ合同会議

 

バグ・ハンターたちを退室させた会議室で、残った二大財閥の首脳陣は、国の前では決して見せなかった本当の「焦燥」を露わにしていた。

 

「……連中、また一歩前に出たな」

 

河内グループの最高幹部が、ネクタイを緩めながら苦渋を滲ませる。

 

「ええ。連中はこれまで、最先端商品(ハイエンド)には絶対に手を出さなかった。半導体と言っても世界が捨てたレガシー品。スーパーも、地方の観光地も、衣服も、すべて最先端とは真逆にある、むしろ枯れ果てた骨董品の部類だったはずです」

 

紙村の役員が、手元の資料を忌々しげに睨みつける。24社連合はこれまで、既存の巨人が見向きもしない「斜陽産業」や「低利益の現場」の隙間を浚うことで成長してきた。だからこそ財閥も、どこかで彼らを「泥にまみれた格下」と侮る油断があったのだ。

 

「だが、あの特殊入試の教育は、一点特化というより完全に独自の最先端だ。さらに今回のKソフトウェアによるIT技術。……これは露骨に最先端市場(ハイエンド)だぞ」

 

「脱皮しかけている」

 

河内の幹部が、短く、しかし決定的な言葉を口にした。

これまで枯れた相場、終わった戦場で利益を泥臭く拾い集めていたあの卑屈さと貪欲さ。その殻を脱ぎ捨て、ついに彼らの触手が、財閥の本丸である「最先端市場」にまで伸び始めたのだ。

 

「……ところで、さっき国(官僚ども)の前で言っていた『提携』の冗談。あれ、本気でしたよね?」

 

紙村の役員が、探るような目で河内の幹部を見つめた。

河内の幹部は端正な顔に老獪な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

 

「さすが紙村グループ、見る目がある。ええ、我が河内グループ内部でもまだ完全に意見が揃っているわけではないが……彼らと提携するのは十分に『有り』だ。いや、それどころか、もはや『日本2大財閥』ではなく、彼らを加えた『3大財閥』として扱うことも視野に入れるべきだと主張する者すら出てきている」

 

その言葉に、室内の空気が一段と重くなる。プライドの塊である旧財閥が、新興の「泥臭い集団」を対等の巨頭として認めざるを得ないところまで追い詰められている証拠だった。

 

「連中の『人材育成力』と『現場統率力(MX)』は、もはや異常すぎるレベルだ。ならば、我がグループの製造現場のコンサルや、中程度以下の煩雑な現場業務を彼らにすべて委託してしまう。そうして浮いた我が方の優秀な人財と資金を、本来の強みである最先端の開発にすべてつぎ込む」

 

「なるほど……両者ともに、最も得意な業務(レイヤー)に集中できる、というわけですか」

 

旧財閥の延命策。それは、24社連合の「人間の利用効率」を、自らの組織の不条理を削ぎ落とすための外注エンジンとして組み込むという、プライドを捨てた悪魔の選択肢だった。

 

同日 東京 霞が関 バグ・ハンター会議

 

一方、霞が関の会議室に戻ったバグ・ハンターたちもまた、別の「絶望」と対峙していた。

 

「まさかITの最先端分野まで手を伸ばしていたとはね……。もはや、あの24社連合は『敗者のゲーム』というお立ち台から、完全に片足を下ろしたということか」

 

宮田が疲れ切った声で呟く。24社連合は「持たざる者」の象徴ではすでになくなりつつある。

 

「いえ、宮田さん。まだ完全ではないです。……こちらをご覧ください」

 

大川が、プロジェクターに新たな調査資料を投影した。それは、Iコンサルティングと城島傘下のファンドたちが、ネット上で常時共同開催している、一見奇妙なコンテストの概要だった。

 

【常設:AI壁打ちコンテスト】

 

「最初は我々も、AIの使い方もよく知らない高齢経営陣の、ちょっとした気まぐれか話題作りのイベントくらいに思っていた。……ですが」

 

大川の目が、自嘲気味に細められる。

 

「ここまで連合の冷徹な布石を見た今なら分かります。その見方が、いかに国家のエリートを気取った我々の、傲慢で愚かな視点だったか」

 

スライドには、コンテストの応募要項が映し出されていた。

募集カテゴリは「小説設定」「空想科学」など多岐にわたるが、その中に、異様な熱量で運営されている項目があった。

 

『カテゴリ:空想ビジネス』

提示されたローカルな問題や業界の不満に対し、AIと壁打ちしたディスカッションログを提出。独自開発のAI検収システムでスコアリングし、そのスコアに応じた対価(現金)を即座に指定口座へ振り込む。

 

「小説や科学の妄想を囮(カモフラージュ)にしているが……本命は間違いなく、この『空想ビジネス』の項目です」

 

大川が資料のページをめくる。

 

「城島ファンドの内部リソースだけじゃない。このコンテストは、一歩も部屋から出られない引きこもりたち、あるいはネットの匿名掲示板で一日中奇抜なアイデアや社会の不満を書き込んでいる住人たちにとって、誰にも顔を合わせずに現金を手にすることができる、最高の『副業』として機能しているんです」

 

会議室のメンバーが息を呑んだ。

 

エリートが「現実味がない」「不合理だ」と切り捨てるような、ネット社会の底に漂う無数の人間の「妄想」や「執念」。

24社連合は、城島ファンドのプロの頭脳すら思いつかないような奇抜なビジネスの調合レシピ(アイデア)を、ネットの住人たちに「AIとの壁打ち」という形で自発的に生成させ、合法的に、かつ自動で吸い上げるシステムを構築していたのだ。

 

それはまさに、社会から見向きもされない者――『エリート』『秀才』『凡人』という、既存のピラミッドからドロップアウトした「枠外の人間(バグ)」を最大効率で回転させ、莫大な富を生み出す永久機関(エンジン)だった。

 

公安の泥臭い潜入調査が弾き出した、24社連合のアイデア源。

 

【推定起案源:人間 + AIの壁打ち】

 

その報告は、1ミリも間違っていなかった。

しかし、バグ・ハンターたちが勘違いしていたのは、その「人間」の規模だった。それは城島ファンドの300人の社員だけではなかったのだ。

 

彼らはネット社会という広大な海に漂う、何万人、何十万人もの「持たざる者たちの脳」を、AIという触手を介してネットワーク化し、自社のビジネスモデルの巨大な炭鉱(リソース)としていた。

 

「使える人間を探すんじゃない……。使えないと捨てられた人間を、脳の隅々まで使い尽くすのか」

 

宮田は、背筋を伝う戦慄を抑えられなかった。

物流、スーパー、教育、前科者の更生、自衛官の再雇用、そしてネットの引きこもりたちの脳のハッキング。

 

知れば知るほど、24社連合という怪物の輪郭はぼやけ、巨大化していく。彼らが戦おうとしていたのは、一過性の新興企業グループなどではない。日本という国家の「影」に潜むすべての不満とリソースを燃料にして、音もなくこの国を侵食し、アップデートしていく、全く新しい「人類の組織形態」そのものだった。

 

2038年 1月

 

「リリース完了。サーバー負荷、正常値です」

 

東京・大手町にある河内スマート証券の本社システム室。画面に並ぶ無数の緑色のインジケーターを見つめながら、開発責任者が深く息を吐いた。

 

河内グループが威信を懸けて敢行した、取引アプリの大規模アップデート。それは、金融庁と公安のバグ・ハンターから極秘裏にリークされた24社連合(月影証券)の製品仕様を、文字通り先回りして市場に投入する、禁じ手の「インスパイア(模倣)」戦略だった。

 

しかし、旧財閥としてのプライドと合理性が、単なるデッドコピーで終わらせることを許さなかった。

大川たちの掴んだ情報によれば、連合の『引け終値複合条件注文機能』は、あくまで手仕舞いのための「決済のみ」に限定されたマニュアル設計だった。これに対し河内スマート証券は、利益誘導や機能制限という批判を完璧に封じ込めるため、「新規注文(エントリー)と決済(エグジット)」の両方を網羅した完全版としてリリースしたのだ。

 

例えば、その日の日中に950円で推移している株があったとする。投資家が「今日の相場が強くて、終値ベースで975円まで登ってきたなら、明日に向けて新規で買いたい」と考えたり、逆に「980円まで急騰して終わるなら、過熱と見て空売り(ショート)を仕掛けたい」と考えたりした際、任意の終値条件に加えて場中のフィルター価格を設定しておけば、システムが自動で大引けの瞬間に注文を執行する。

 

当然、このドラスティックな改修には、河内グループ内から凄まじい反発の声が上がっていた。

グループの祖業に近い伝統的な対面型証券「河内証券」の幹部たちだ。彼らはこれまで、富裕層や大口顧客から「今日の市場がこの条件だったら、引け間際に手動でお前の席から注文を通しておいてくれ」という変則的なオーダーを、人手を介した「割高な手数料」と引き換えに受けることで莫大な利益を上げてきた。スマート証券の自動化は、身内のドル箱を自ら叩き割るに等しい暴挙だった。

 

通常の財閥であれば、対面型の既存利益を守るためにネット証券側にブレーキをかけるか、機能を骨抜きにして調整を図っていただろう。しかし、今の河内グループは違った。そんな殿様商売を続けていれば、あの24社連合という怪物に、顧客の毛細血管ごと根こそぎシェアを奪い尽くされるという凄まじい危機感があった。

 

証券グループ内で泥沼化しかけていた内紛を、最上位の権限である河内グループ本社の総帥が一言で踏みつぶした。

 

『――河内証券(古い身内)は黙れ。スマート証券(新しい足)はそのまま突き進め』

 

旧時代の利権を自ら切り捨ててでも怪物の先手を打つ。その強硬な姿勢によって、河内スマート証券は辛うじて「世界初の機能」としてリリース会見に漕ぎ着け、小規模だが国内に留まらず欧米の個人向けネット証券からも「システムのライセンス使用権を買い取りたい」という商談が舞い込むほどの絶賛を浴びていた。

 

しかし、その栄光はわずか10日しか持たなかった。

1月の末。24社連合のKソフトウェア傘下に入った地方の零細「月影証券」が、金融庁の窓口に提出してきた新機能の申請書類を見て、バグ・ハンターと河内の幹部たちは再び凍りつくことになる。

 

月影証券のネット証券化、そして『引け終値複合条件注文機能』の搭載。ここまでは公安が事前に掴んでいた通りだった。そして、それを河内がグレーな手段で先回りして市場に奪い取った。普通なら、ここで連合側の計画は頓挫するか、修正を余儀なくされるはずだった。

 

だが、月影証券は、河内が追いつけないさらなる「深層」へ平然と足を進めていた。彼らが金融庁に持ち込んだのは、市場の常識を二段階先へ進める、あまりにも狂暴な新機能だった。

 

『基本インジケーター終値基準の注文機能』

 

「……何だ、これは」

 

報告を受けた河内のテクニカルアナリストが、震える指で仕様書をなぞった。

 

それは、株価という単純な数値だけでなく、移動平均線、MACD、あるいはボリンジャーバンドや「RSI(相対力指数)」といった、投資家たちが最も信頼する「テクニカル・インジケーター(指標)の数値そのもの」を、大引けの時点でシステムが自動で計算・判定し、注文のトリガーにするというものだった。

 

例えば、RSIが「70以上」という数値を示して市場が閉まりそうであるならば、それは一般的に相場が過熱しすぎており、翌営業日には反落する可能性が高いとテクニカル上は判断される。

日中にスマホを触れない会社員投資家が、自分の相場観とこのシステムを組み合わせ、「もし今日の引けにRSIが70を超えて過熱しているなら、自動で空売りを仕込んでおいてくれ。ただし、仕事中だから15時半に板を見ることは保証できない」という、究極の放置型(全自動)・戦略注文を可能にしてしまうのだ。

 

「前例がない。法的な整合性と、市場の急変動時のアルゴリズムの安全性を確認するため、当庁にて慎重に審議する」

 

金融庁の担当窓口は、あらかじめ裏から手を回されていた通り、そう言って月影証券の申請を形式的に足止め(ホールド)した。その隙に、資料のコピーがバグ・ハンター経由で河内グループへと一文字違わず転送される。

 

しかし、資料を受け取った河内グループの首脳陣からは、先日のような「先回りしてパクれ」という威勢のいい声は一切上がらなかった。会議室には、ただただ重苦しい、胃を穿つような沈黙だけが満ちていた。

 

「……言えない。これ以上は、もう何も言えん」

 

河内の役員が、自身の顔を両手で覆った。

派手に世界へ向けてリリース会見を行い、海外勢とも商談を進めている『引け終値複合条件注文機能』自体、元はと言えば連合が血を流して開発し、金融庁にお伺いを立てていたアイデアだ。それを河内が国家権力をカツアゲする形でリークさせ、自らの手柄として先回りしたに過ぎない。

 

1回だけなら、「偶然のバッティング」あるいは「我がスマート証券の顧客からの強い要望に基づき、独自開発していた」という、先行参入者の立場を利用した白々しい言い訳も通用しただろう。

だが、彼らが金融庁に次の書類を出した瞬間に、またしても河内が「全く同じインジケーター連動機能」を先出しでリリースしてみせたらどうなるか。

 

それは偶然では絶対にあり得ない。情報漏洩、あるいは国家と財閥が結託した組織的なインサイダー行為(スパイ活動)の動かぬ証拠となる。いくら24社連合が「表舞台」を嫌う性質だとしても、2度も国家規模の泥棒を働かれれば、今度こそすべての証拠を引き連れて法廷に現れ、河内グループと金融庁の息の根を物理的に止めにくる可能性が極めて高かった。

 

現在、月影証券は「Kソフトウェアの傘下」としか名乗っておらず、その背後にいるD財閥や24社連合の全貌は一般には隠蔽されている。

だから、河内や紙村の凄まじい政治力を用い、金融庁と公安が法務省に超法規的な圧力をかければ、月影証券の申請を「永久に不認可」として握りつぶすことも、理屈の上では可能だった。

 

だが、それをやるには、背負うリスクがあまりにも大きすぎた。もしその闇が表に漏れれば、日本の金融市場そのものの信頼性が国際的に失墜する。

 

「……これ以上は、欲張り過ぎというものだ」

 

会議室の最上座に座る、河内グループの重鎮が、深い溜息とともに静かに口を開いた。その眼光には、怪物の底知れなさを前にした、敗者の諦念が混じっていた。

 

「国の連絡役ども(バグ・ハンター)に伝えなさい。……月影証券の申請を、通してやれ、と」

 

その決定に、周囲の役員たちがハッと息を呑む。だが、重鎮の言葉には、財閥としての最後の意地と、冷徹な生存戦略の「但し書き」が付け加えられていた。

 

「ただし、条件がある。向こうが正式にアプリをリリースした、そのちょうど『1ヶ月後』くらいに、我がスマート証券のアプリにも『全く同じインジケーター注文機能』をアップデートとして追加実装する。……業界大手が、新興の零細ネット証券の優れた機能を素早く『キャッチアップ(模倣)』した。それだけのストーリーであれば、世間からも、向こう(連合)からも、文句は出まい」

 

1ヶ月の猶予。それが、24社連合という先行者に支払うべき、最低限の「利子(リスペクト)」だった。

 

物流、スーパー、教育に続き、ついに金融の戦場においても、旧財閥は「怪物のアイデアの後追い(トレース)」をすることでしか自らの市場を守れないところまで、完全にその生命線をハッキングされていた。

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