ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第39話

2038年 2月

 

「……どこまでも不気味な連中だ。まるで自分たちの名前が売れることを恐れているかのように見える」

 

バグ・ハンターの会議室で、宮田がノートPCの画面に映し出された新型セキュリティソフトのパッケージを睨みつけながら、苦々しく呟いた。

 

24社連合の「白血球」たるKソフトウェアの一般向けセキュリティソフトが、ついに市場に投入された。企業向けサービスは「人員やサポート体制の構築がまだ追いつかない」という理由で未定とされていたが、それすらも財閥や官公庁の予測通りだった。まずは一般市場に数百万のソフトをばら撒き、世界中のハッカーから受ける「迎撃履歴」のビッグデータをAIの炉に直接吸い上げる。システムを限界まで研ぎ澄まし、完璧な状態で本丸である企業向け・国家インフラ向けの超高額サービスへ参入する――その冷徹なロードマップが透けて見えていた。

 

そして、その製品特性(スペック)もまた、彼らの予想を裏切らない「一点突破型」の怪作だった。発売前のベータ版の時点で、ギークや専門家たちの評判は異常なほど高かった。

 

「驚きました。PCデバイス内のファイルを隅々までスキャンしてウイルスを見つけ出す性能は、ぶっちゃけて言えば業界平均以下、凡庸なものです。ですが……」

 

報告する大川が、画面のグラフを切り替える。

 

「外部からの不正アクセスの入り口となる『インターネットワークセキュリティ』、この境界防衛の遮断能力においては、文字通り競合を圧倒する軍用レベルの牙を剥いています。『中に入られたら諦めて隔離しろ、その代わり、家の敷居は1ミリも跨がせない』。まさに、あの連合らしい極端な実戦思想の塊ですよ」

 

だが、真に財閥と官公庁の首脳陣を呆れさせたのは、その製品の「売り方」だった。通常、これほどの超高性能ソフトを開発した企業であれば、自社のブランド価値を最大化するために『Kソフトウェア』の名を前面に押し出し、派手な広告を打って直販サイトで市場を独占しようとするのがビジネスの常識だ。

 

しかし、彼らはそれをあろうことか、すべて「代理店販売」という形にして丸投げした。しかも、その代理店に指名されたのは、国内の大手家電量販店と、マニア層に絶大な信頼を誇るPCパーツチェーンのわずか2系列のみ。

 

「自社での販売力強化(マーケティング)を最初から100%放棄し、既存の小売インフラにそのまま寄生している。彼らには、一般消費者の間に『Kソフトウェア』というブランドを育成し、ファンを作るという色気や虚栄心が、最初から1ミリも存在しないんです。売れればいい、機能すればいい。ただそれだけだ」

 

宮田の言葉に、大川は静かに頷くしかなかった。

 

それと並行して、厚生労働省が血眼になって追跡していた、もう一つの動きが大きな局面を迎えていた。D財閥・Kバイオ・佐々木製薬のチームが極秘裏に開発を進めていた緩徐麻酔薬の論文が、ついに世界的な医学誌に掲載されたのだ。

 

通常、新薬の開発プロセスにおいては、作用機序、動物実験、試験的な臨床試験と、段階ごとに何回にも分けて論文が出され、その都度業界の検証を受けるのが鉄則であり常識である。しかし、連中はこれを、たったの1本の異様に長い医学・薬学論文として同時に発表するという暴挙に出た。

 

あまりの前例のなさに、厚労省の担当官が「なぜこのような不作法な出し方をしたのか。段階を踏むべきだ」とお伺いを立てたところ、著者の一人は悪びれもせず、平然と言い放ったという。

 

「いや、だって、何回にも細かく分けたら、後から資料を探して繋ぎ合わせて読むの面倒じゃないですか。1冊にまとまっていた方が親切でしょう?」

 

提出された論文の著者欄には、佐々木製薬所属の研究者8名の名前が連なっていたが、その全員の経歴を洗うと、かつてKバイオに籍を置いていた人間だった。そして、その背後にある協力者的なポジションとして『Kバイオ』の名が載っているだけで、莫大な資金を拠出しているはずの『D財閥』の文字は、一文字たりとも論文のどこにも存在しなかった。彼らは意図的に名誉から身を隠していた。

 

「お上のメンツなんて、連中には本当にどうでもいいゴミ屑なんでしょうね。だが、この内容は本物だ……。海外のメガファーマ(巨大製薬企業)たちも、すでにこの論文に凄まじい勢いで食いつき始めている」

 

厚労省の担当官たちは、焦燥感に駆られながら山積みの審査書類に手を伸ばしていた。国際的な注目が集まっている以上、厚労省としてもこの新薬の承認審査を最優先で、超特急で進めざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。

 

すべては、あの「24社連合の作った店舗や事業所のおかげで、生活保護受給者が減っていた」という、お役所のプライドに刻まれた深い傷を埋め合わせるため。

 

「結局、またしても連合がもたらした成果の威を借りる形になってしまう。だが……今回は違う。今回は、正式に国家機関としての『審査・承認』という権力執行の働きだ。ここで迅速に動くことで、我々の存在意義を中央に示す。今度こそ、自分たちの手で失地を挽回できるはずだ!」

 

そう自分たちに言い聞かせるように、厚労省の官僚たちは、連合の用意した圧倒的な成果の上で、狂ったようにペンを走らせていた。

 

2038年 4月 愛知県 紙村グループ・日向グループ合同会議

 

「では、自衛隊および在日米軍の『共同備蓄増強計画』に関する基本合意は、これで無事締結ということですね」

 

「ああ、そうだ。防衛省、ならびに司令部側からの内諾もすでに取れている」

 

紙村グループの最高幹部が、重々しく頷いた。

自衛隊が冷戦時代からずっと抱え続けてきた、そして近年さらに深刻化していた「弾薬不足問題」。巷の噂では、周辺国との本格的な武力衝突に発展した場合、現有の弾薬類はわずか3日で底を突くとまで囁かれていた。現代戦における継戦能力の欠如は、国家存亡のバグそのものだった。

 

今回、紙村グループが提示した解決策は異様だった。弾薬の中でも比較的爆発のリスクが低い各種「弾丸」の保管場所として、地方に無数に点在する『空き家』を活用するという計画である。

もちろん、いくら火薬量が少ない弾丸とはいえ、火災や落雷に巻き込まれれば二次爆発の危険はある。そのため、選定されたのは住宅地ではなく、林の中に孤立したド田舎の空き家や廃屋だった。万が一の事態が起きても周辺への被害を最小限に抑えられる場所。

そして何より、その配置には軍事的な合理性があった。仮に敵勢力が海から上陸し、自衛隊と米軍が市街地を捨てて内陸の山林へと後退する事態に陥った際、それらの空き家はゲリラ的な「前線銃弾補給庫(デポ)」としての役割を果たすことになる。

 

(……連中の『レアメタル分散貯蔵庫』の発想、そのまま使わせてもらったよ)

 

紙村の幹部は心の中で不敵に笑った。中央集権的な駐屯地内の巨大倉庫に物資を集めれば、開戦初頭に巡航ミサイルで一網打尽にされる危険がある。社会の隙間にリソースを小分けにして隠すという24社連合の生存戦略を、彼らは防衛の領域で丸パクリしたのだ。

しかし、この計画を現実のものにするには、九州地方を地盤とする「日向グループ」の協力が絶対に不可欠だった。

 

不動産網という点だけを見れば、河内グループが日本トップクラスの規模を誇る。だが、河内の持つ物件は一等地や市街地のど真ん中が多く、山林の泥臭い空き家など専門外だ。その点、日向グループはそういう地場不動産とのパイプを持つ全国不動産協会の顔役の一人。

そして何より、紙村も河内も「弾丸」そのものを作る製造ラインすべてを抱えてはいない。

一方で日向グループは、火器・弾薬製造を作っており、自衛隊契約企業として長い歴史がある。

 

だからこそ、彼らに声をかけるのは必然だった。ただし、紙村は日向に対して「第二連合」の全貌や、24社連合という怪物の存在については一切明かしていない。

成果を分ける気がないわけではない――いや、一部の本音を言えばその通りだが、最大の理由は別にある。中途半端に神輿に担ぎ上げられた二流財閥(日向)が、あの24社連合の本当の恐ろしさを小馬鹿にして足元をすくわれるか、逆に知りすぎて恐れをなして逃げ出すか、どちらに転ぶか分からなかったからだ。最悪の場合、恐怖から裏切る可能性すらある。

 

彼らは何も知らぬまま、第二連合計画の忠実な「手足」になってくれればそれでいい。

その意図を込めて、紙村は日向側に対し、弾丸の買い取り単価を相場より「割高」にして提示した。二流とはいえ歴史ある財閥だ。日向のトップ層であれば、この異常な提示額の裏にある「政治的意味(口止め料と命の値段)」を嫌でも察するはずだった。

 

「……話は分かった。だが紙村さん、実際の保管や管理はどうするのかね?こちらが決めてもいいのかね?」

 

この件で日向グループ側の全権を握る幹部が、老獪な目を細めて尋ねてきた。

 

「さすがに林の中の空き家に、弾丸の詰まった木箱をただ積み上げて鍵をかけるだけ、というのは不味いだろ。当然、お宅の手配した空き家であっても、管理の主体は日向と自衛隊の共同タスクにするのだろうな?」

 

「ええ、もちろんその通りです」

 

紙村の交渉役が滑らかに微笑む。

 

「どのような防犯・防湿形態で保管するか、その具体的なスキームについては、すべて製造元である日向グループさんの裁量にお任せします。こちらに口出しする権限はありません」

 

(こちらが第二連合の核心を隠すように、向こうも弾薬管理のノウハウという手の内を明かす気はない、ということか。丁度いい)

 

「素晴らしい。では、全体のサプライチェーンとしてはこうですな。製造に必要な鉛や真鍮、その大元の原材料調達は『河内商社』が海外から一括で輸入する。それを我が紙村財閥のサプライヤーが引き受け、国内で精錬と鋳造を行い、素材に変える。そして最後の工程――火薬類の調達、組み立て、パッキングと分散備蓄の運用とその先を、日向グループさんが担当する。……完璧なリレーだ」

 

この壮大な国家防備の裏付けとなったのは、他ならぬ「24社連合」の存在だった。

連合が地方の困窮者や前科者をMX(マニュアル)で雇用し、生活保護受給者を劇的に減らしてくれたおかげで、厚生労働省の予算、ひいては国家の社会保障福祉費が実際に「数十億円」規模で浮いたのだ。

政府はその浮いた予算を、そっくりそのまま「防衛費(この共同備蓄計画)」へとスライドさせて割り当てた。これが、財務省と政府によるこの計画への強力なバックアップの正体だった。

 

自衛隊と米軍の共通規格弾丸(5.56mm/7.62mm等)の国内補給網強化、という名目を大義名分に掲げられては、文句を言える人間は少なくとも与党内には存在しない。

一応、対外的に「平和主義」と「与党による軍国化否定」のポーズをアピールするため、身内に囲っている露骨な反戦主義の案山子(かかし)役の与党および野党議員には派手に反対の声を挙げてもらったが、それすらも出来レースの範疇だった。

 

「これで、連中(24社連合)への盾がもう一枚完成したな」

 

日向の幹部が去った後、紙村の役員は窓の外を見つめながら呟いた。

怪物が社会のバグを喰らって生み出した余剰利益を、旧財閥が国家の防壁へと変えていく。歪み切った日本の構造の中で、第二連合という偽物の防壁は、本物の軍事インフラの形をとりながら、音もなくその根を広げていた。

 

翌週 東京 バグ・ハンター会議

 

愛知での密約からわずか一週間後。バグ・ハンターたちの元に、防衛省と経済産業省が主導する「地方空き家弾薬庫計画」の始動に関する極秘報告書が届いた。

資料に目を通していた財務省から出向中の担当者が、怪訝そうな顔でペンを置き、正面に座る防衛省の担当者へと視線を向けた。

 

「あの、軍事に関しては素人なもので純粋な疑問なのですが……なぜ備蓄対象が『銃弾(小火器弾薬)』だけなのですか? 厚労省の浮いた予算を回したとはいえ、数十億の規模がある。調達数に限りがあるとはいえ、ミサイルやロケット弾、あるいは重迫撃砲の砲弾などを分散隠匿した方が、敵の侵入に対して効果的な抑止力になると思うのですが」

 

国家の財布を握る財務省らしい、費用対効果(ROI)を念頭に置いた当然の質問だった。

防衛省の担当官は、自嘲気味な笑みを浮かべて首を振った。

 

「理由は至極簡単ですよ。今回の計画で選定されている保管場所は、すべて住宅地から離れた『山林や過疎地の廃屋』です。そんな場所に、ミサイルやロケット弾で狙うべき敵の戦車や装甲車が侵入してくると思いますか?」

 

「いや……道もないような山林には入ってこられないでしょうね」

 

「その通り。万が一、山を抜けるルートに車両が侵入しようとしてきても、我々は舗装路を数箇所爆破して物理的に遮断するだけで、敵の機甲部隊の進軍を完全に止められます。……しかし、歩兵やドローンは別だ」

 

防衛省の担当官は、デスクに置かれたドローンの運用データを指で叩いた。

 

「道なき山林を徒歩で踏破してくる敵の歩兵部隊、そして木々の隙間を縫って襲いかかってくる無数の自爆型ドローン。これらを迎撃し、足止めするために必要なものは何だと思いますか? ――圧倒的な物量の銃弾をバラまく、それだけです。どれほど兵器がハイテク化しようとも、近代戦において最も泥臭く、最も桁違いの数が消費されるのは、結局のところ小火器の弾薬なんですよ」

 

調達コストの安さ、狭い空き家でも劣化させずに隠せる保管の容易さ、そして山林ゲリラ戦という想定される戦況。3つの要素の冷徹な合理性を突き詰めた結果、導き出された最適解が『銃弾』だったのだ。

24社連合の「レアメタル分散」という思想をハッキングし、防衛の現場へ工業規格的に落とし込んだ紙村・河内の手腕に、官僚たちは黙り込むしかない。

 

「まあ、もっとも……」

 

防衛省の担当官は、背もたれに深く体重を預け、天井を見つめた。

 

「この空き家の銃弾たちが実際に使われるような事態になっているということは、航空自衛隊と海上自衛隊の防衛網が完全に破られ、陸上自衛隊すら市街地を捨てて山へ後退している絶望的な局面(場面)ですからね。現場はさぞ地獄でしょうな。……だが、これが無かった場合は、国が滅ぶという意味でもっと悲惨なことになる」

 

24社連合が社会の底辺をすくい上げたことで浮いた「福祉の金」が、今度はこの国が敗戦した後の「泥沼のゲリラ戦の準備」へと形を変えて、山林の空き家に静かに積み上がっていく。

主客が転倒し、バグとパッチが複雑に絡み合ったこの国の防衛線は、もはや誰も全貌を制御できない領域へと突入しつつあった。

 

防衛省の担当官は、手元の極秘資料を静かに閉じた。その顔には、どこか自虐的な苦笑が浮かんでいる。

 

「……現場は、それはもう驚いていましたよ。陸自の幕僚も、在日米軍の将校たちもね。我々の説明を聞いた途端、『防衛省さん、何か変なものでも食べましたか?』と大真面目に聞いてきたくらいです」

 

張り詰めていた会議室の空気が一瞬だけ緩み、小さな笑いが漏れた。大川が眼鏡の位置を直しながら「そんなにですか」と先を促すと、担当官は大きく肩をすくめて見せた。

 

「ええ、無理もありません。これまで我々が彼らの元へ持っていった話といえば、長射程ミサイルや新型の迎撃能力、あるいは次世代の統合指揮システムといった、派手なハイテク兵器の話ばかりでしたから。ところが今回提示したのは『山林の空き家に銃弾を全国規模で分散備蓄する。平時は民間の不動産を活用し、弾薬は自衛隊と米軍の共通規格とする。いざという時は前線の後方補給網として機能させる』という、前代未聞の泥臭い計画だったわけです」

 

財務省の担当者が「確かに、米軍の将校からすれば怪訝な顔をしたくもなりますね」と苦笑すると、担当官は「将校クラスほど露骨に眉をひそめましたよ」と即答した。最初は質の悪いジョークだとすら思われたのだという。

 

「ただ……」と、担当官は言葉を繋いだ。その目は一切笑っていなかった。

 

「説明を続けるうちに、彼らは皆、一言も喋らなくなって黙り込むんです。保管性、輸送性、分散性、補給距離、そして既存インフラの利用。どこをどう突いても完璧に理屈が通っている。それどころか、最後には米軍の作戦参謀から『なぜ日本は今までこれをやらなかったんだ?』と、激賞混じりに詰め寄られる始末になりましてね」

 

今度は、誰も笑わなかった。水を打ったように静まり返った会議室で、防衛省の担当官は深く重いため息をついた。

 

「私はその時、身に染みて理解しました。24社連合の連中が一番恐ろしいのは、彼らが最先端の技術を持っているからでも、天才の集団だからでもない。世間の誰もが『当たり前すぎて見向きもしなかった物』を、本気になって拾い集めている。本当に、ただそれだけなんです」

 

その言葉に、大川が「敗者のゲーム……」と、かつて宮田たちが口にしていたフレーズをぽつりと呟いた。

 

「ええ」と、担当官は重々しく頷いた。

 

「そして何よりも厄介なことに、彼らが泥の中から拾い上げてくるそのやり方が……時々、とんでもなく正しいんですよ」

 

他国ではすでにこのような配備をしている前例はある。画期的な軍事戦略では決して無い。ただ防衛省が目を逸らしていただけだった。

まさに抗いようがなく、こちらの傲慢を連合だけでなく、ついに財閥たちまでもが射貫いていたということに皆が気付いた。

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