ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第41話

同日

 

第二連合が放ったディスカウントスーパー『スマートディスカ』の店頭には、開店直後から凄まじい人だかりができていた。掲げられた価格は、周囲の並み居るスーパーチェーンよりも明らかに安い。

それもそのはず、この店は端から「赤字経営」を見越して運営されているからだ。もちろん、独占禁止法が定める不当廉売(不当な安売り)で摘発されない絶妙なラインを狙い、赤字額が巨額になりすぎないよう緻密にコントロールはされている。

 

そして何より、周囲や行政から価格設定を咎められた時のために、彼らには完璧な大義名分があった。

『すべては、市場を独占しつつある「スーパー丸得」に対抗するためです』

独占を阻止するための正当な防衛策――そう言い張るのだ。それでもなお司法の場で訴えてくる不届きな相手がいれば、河内財閥が誇る最強の弁護団が総出で揉み消しにかかる。何より国自体がこの計画を裏で全面バックアップしているため、法的な抜け道などいくらでも用意されてあった。

 

この『スマートディスカ』の運営母体は、意外にも河内総合運輸である。運送会社がスーパーを直接経営するという一見すると奇妙極まりない構造だが、外部からの問い合わせに対してはこう返答することに統一されていた。

 

「配送スペースやトラックの待機時間の余剰。これらを有効活用して展開できる新規事業として運営しております」

 

国がこの奇妙な事業を容認し、後押しする理由は明確だった。連合の圧倒的に安価なスーパーが、欧米のいくつかの都市のように「代替不可能な絶対的インフラ」として地域を完全に支配し尽くす前に、少しでもそのパイを奪い、強引にでも競争相手を作り出す必要があったのだ。さもなければ、仮に連合がいつか突然「スーパー事業から撤退します」と言って市場から抜けた瞬間、この国の何万という庶民の家計に突然火が付くことになる。命の綱をひとつの怪物に握らせておくわけにはいかないのだ。

 

とはいえ、国としてもいつまでも財閥の持ち出し(赤字補填)に頼るわけにはいかないことも分かっていた。

 

もし本当に連合が撤退するような事態になれば、河内グループはスマートディスカの価格を段階的に「徐々に値上げ」していく手筈になっている。周辺の一般的なスーパーとあまり変わらない程度の、ごくありふれた安さまで、消費者に気づかれないようゆっくりと引き上げていく。まさに「ゆでガエル理論」を逆用した軟着陸(ソフトランディング)計画だ。

 

そして、その備えが必要なのは消費者だけではなかった。

連合は、アメリカやフランス、ドイツでの海外戦略の際、現地の仕入先、現地の運送企業、現地の雇用を丸ごとコミュニティ化して囲い込む手法をとっていたが、それは国内の「スーパー丸得」でも全く同じように展開されていた。

つまり、もし連合が明日市場から消えれば、彼らと一蓮托生だった地域農家や地元の運送業者も漏れなく契約を失い、周辺の地方経済が一気に干上がって崩壊する危険性を孕んでいたのだ。

 

だからこそ、『スマートディスカ』の出店位置は、執拗なまでに「スーパー丸得」のすぐ側ばかりが選ばれていた。

連合のスーパー丸得は、海外での成功体験を踏襲し、都市部の郊外や中間層以下の住宅エリアを狙ってドミナント出店している。今の財閥と国にとっては「有事の代替インフラ」を構築することこそが至上命題であるため、プライドを捨てて連合の後追いをし、その影にぴったりと張り付くしかなかった。

 

「今は耐え時だ。連合が根負けして市場から退くか、勢いを緩めれば、我々は徐々に値上げして普通に利益を出せる構造に切り替える。……本当の戦線拡張は、それからだ」

 

財閥の指揮官たちは、泥水をすするような赤字店舗のマップを見つめながら、冷酷に牙を研いでいた。

 

同日 東京 バグ・ハンター会議

 

一方、霞が関の会議室では、全く別の乾いた歓声が上がっていた。

 

「そうか! あの『オール・グロッサリー』が乗ってくれたか!」

 

経済産業省の担当官の報告を受け、財務省の担当者が思わず椅子から立ち上がり、喜びの声を上げた。

 

財閥の資金力を使った「第二のインフラ(スマートディスカ)」の構築は順調だった。しかし、それは言葉を裏返せば、連合という怪物を駆逐した後に、今度は『河内や紙村といった巨大財閥が、次の小売り市場の独占インフラ企業として君臨するだけ』という別のリスクを意味していた。国家としては、財閥への一極集中もまた避けねばならないバグだった。

 

だからこそ、バグ・ハンターたちは財閥系グループとは一切毛色の違う、しかしその業界における本物の「巨人」たちへ極秘裏に打診を続けていたのだ。

その執念が実を結んだ。国内小売事業の絶対的な頂点、独立系メガチェーンである『オール・グロッサリー』社が、国家の要請に応じ、財閥にも連合にも属さない「第三のインフラ」としての役目を買って出てくれたのだ。

 

「これで、盤面は『連合』『財閥(第二連合)』『オール・グロッサリー(第三極)』の三つ巴になります」

 

大川がホワイトボードの相関図を書き換える。

 

「連中がどれほど異常な効率で市場を浸食しようとも、これで完全に逃げ道は塞いだ。国家の小売りインフラを、ただひとつの思想にハッキングさせるわけにはいかない」

 

エリートたちの目に、ようやく確かな反撃の光が宿り始めていた。

 

「……それから、もう一つ朗報があります」

 

大川が手元のタブレットに新たな市場予測データを表示させ、会議室の面々を見回した。

 

「数年にわたって続いていたAIバブルですが、いよいよ臨界点を迎えています。これまでAI向け超高帯域メモリや専用GPUの開発・製造ばかりにリソースを極端に振り向けていた海外の半導体メガテック各社が、急速に汎用品市場へと舵を戻す準備を始めているそうです」

 

その報告に、室内の空気は一段と明るくなった。

 

AIバブルの最中、海外大手がこぞって最先端のAIチップ製造へと傾斜した結果、世界の一般市場ではパソコン用の汎用メモリやグラフィックボード(GPU)が深刻な供給不足に陥り、価格が高騰を続けていた。そして、その需給の歪みという「社会のバグ」を突いて、一般消費者向け市場へ津波のように滑り込んできたのが、あの24社連合だった。彼らは連合内のA社とB社を鉄砲玉として送り込み、手薄になった汎用半導体市場をまたたく間に侵食していったのだ。

 

「これでようやく、市場の歪みが正常化に向かいますね」

 

財務省の担当官が安堵の息を漏らす。

 

もちろん、彼らバグ・ハンターとて、日本国内の企業であるA社やB社がビジネスで大負けすること自体を望んでいるわけではなかった。しかし、それ以上に「生活のあらゆる隙間に、24社連合のOSが入り込んでいる」という異常事態の方を、国家の安全保障上の危機として重く見ていたのだ。

 

汎用半導体という、現代社会の文字通りの根幹で幅を利かせ始めていた連合の企業たち。彼らには、そろそろバブルの終わりとともに『夢』から覚めてもらい、元の身の丈に合った場所へと戻ってもらいたい――それが、バグ・ハンターたちが言葉にできない内心の本音だった。

 

「海外大手の大量生産による価格破壊が始まれば、いくら連合の流通・製造効率が異常でも、規模の暴力(スケールメリット)には抗いきれないはずです。彼らの浸食をここで食い止める」

 

流通における『オール・グロッサリー』の参入、そして半導体市場における海外巨人の回帰。

24社連合という怪物にハッキングされかけていた国家のインフラが、いくつもの外圧と戦略によって、ようやくその形を維持しようと押し返し始めていた。

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