ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第45話

2039年 1月 東京

 

経済産業省から、食品加工業界の各団体や関連組合に向けて「例の判決文」とも言える冷酷な通達が突き付けられた。

当然ながら、その通達が発せられる直前、閣僚会議の場では激しい議論が交わされていた。そして、この方針に対して最も強く、かつ唯一牙を剥いて反対したのは農林水産省であった。

 

それも無理はない。農家や漁業関係者を各地の組合で縛り、価格と供給、さらには生産量そのものを微調整することこそが農水省の権益であり、存在機能そのものだからだ。ましてや彼らの組織力は伝統的な衆参両院の議員票の源泉として重視されており、政治的な発言力も他省庁を圧倒していた。

 

「そのような徹底した放任主義を市場で許してみろ!」農水大臣が色をなして机を叩く。「競合に晒された地方の農家や漁師たちが、次々と生産を放棄するか、あるいはどれだけ汗を流して生産しても一切採算が合わなくなる暗黒時代がやってくるぞ!」

 

その怒号を、円卓の最上席から冷徹な視線が射抜いた。

 

「――では、一次産業だけは『聖域』として、我が国から24社連合や二大財閥の首脳陣へ頭を下げ、直々に温情を懇願するしかありませんね」

 

国のトップたる内閣総理大臣の発言だった。

「予算も相応の額を用意しましょう。……これで満足ですか、農水大臣」

 

総理の冷ややかな一言に、農水大臣はぐうの音も出ず、黙り込むしかなかった。反対の声を上げた瞬間に「では特例措置の予算を組んでやるから黙れ」と対策案を提示され、官僚組織としての抵抗の大義名分(意義)を完璧に消し去られたのだ。

 

「なお、その特例予算の財源ですが、文部科学省の予算枠から補填することにします」

 

次に口を開いた官房長官の発言に、今度は文部科学大臣の顔がサッと青ざめ、すぐさま苦言を呈した。

 

「……官房長官、それは例の、青森総和短大に対する我が省の不手際(傲慢な強要問題)の責任を取らせる、という懲罰的な意味合いですか?」

 

「そんな子供じみた理由ではありませんよ」

 

官房長官は淡々と首を振った。

 

「単に、私立大学への巨額の国庫補助金を見直すという、極めて合理的な事業仕分けです。実際のところ、それらの補助金でこれまでどれほどの教育効果がありました?」

 

「それは教育という国家の優秀な人材補給という基幹機能を――」

 

「連合の専門スクールたちや、二大財閥が囲い込んでいる『双璧アカデミー』。現代の日本における実務エリートや高度技術者は、すでにこの2校の系統だけで十分に充足されつつあります。文科省の管轄下にある地方の私立大学、その定員割れ学部の数が、5年前の3倍に膨れ上がったというデータが出ているのはご存知ですか?」

 

官房長官の冷徹な指摘が、文科大臣の言葉を容赦なく遮る。

 

「正直なところ、一般企業に対しては『政府の保護なしで自力で生き残れ』と市場競争を強いているのです。それなのに、同じ私費運営であるはずの私立大学へ、学生の集まらない無駄な延命補助金を注ぎ込み続けるのは著しく不公平である。……そうは思いませんか?」

 

教育組織と営利組織を同列に並べて議論するな、という正論で突っぱねることはいくらでもできた。しかし、文科大臣とて現実は嫌というほど知っていた。

 

24社連合の専門スクールたちがやっているのは、本物の巨大工場や最先端の巨大オフィスをキャンパスとし、ほぼ正社員クラスの過酷かつ高密度なOJTを毎日叩き込む超実戦教育だ。一方、二大財閥の「双璧アカデミー」にいたっては、学費無料どころか学生の生活費すら財閥側が全額負担して、世界基準のトップエリート教育を施している。

 

このあまりにも完成された2つの巨大な育成系統に並ぶ価値を、地方の閑散とした、しかし箱物(校舎)だけは新築の大学が出せているのか。

 

これらの卒業生が社会に残す実績の差は、もはや統計データを見るのも嫌になるほど残酷な開きが出ていた。

一方は、巨大工場のシステム運営・管理・補修・修理を二十代前半にして自在にこなせる現場指揮官の集団でありながら、その中から国際学会で名を売る博士課程のポスドクを定期的に輩出。もう一方は、海外の超一流エリート学生と対等以上に渡り合える最先端の研究者や国際金融のプロを多く輩出する。

 

国内のトップ企業たちは、既存の大学を素通りし、これら2系統からこぼれた人材ですら競い合って奪い合っているのが現状だった。偏差値の高い有名私大や主要な地方国立大学であれば、まだ研究機関や一般企業としての需要は十分にあるため持ち堪えてはいるが、偏差値が45を下回るローエンドの私大にいたっては、もはやほぼ全ての大学で、就職できない一部の学生たちに『今年は就職を希望しません』という届出を就職課に強制的に提出させ、政府への就職率統計を不当に操作している実態までが、公安や内調の報告書で暴露されていた。

 

この惨状で、国費の投入を正当化する反論などできるはずがなかった。

 

なにより文科大臣にとって致命的だったのは、文科省が管轄するご自慢の国立研究開発法人や独立行政法人たちの人事部が、その2系統から輩出される優秀な、実務運用型の連合人材と理論運用型の財閥人材を、最も血眼になって漁っている張本人(当事者)であるという事実だった。

 

「これ以上の反論は……無意味か」

 

文科大臣は力なく俯き、閣僚会議の円卓には静かな諦念が満ちた。

24社連合という冷徹な「裁判官」がもたらした激震は、食品加工業界という経済のレイヤーを軽々と突き破り、国家の根幹たる農林水産業、そして教育の制度にまで、容赦のない構造改革の刃を突きつけ始めていた。

 

同日 バグ・ハンター会議

 

「のらりくらりと時間稼ぎの神学論争をするのがいつもの閣議だと思っていましたが……今回はさすがに、中身が詰まりすぎていて目が滑りますね」

 

地下の会議室で、大川は上層部から降りてきたばかりの閣僚会議の議事録を読み込みながら、感嘆とも呆れともつかない溜息を漏らした。いつもなら官僚が書いた作文を政治家がなぞり、薄い議論でシャンシャンと終わるはずの場が、今回の記録では異常なまでの密度と、刃物のような鋭さを含んでいた。

 

「……お上の連中、本気でこの国を外科手術(改革)する気ですね」

 

宮田が議事録の文面を指でなぞりながら呟く。

 

「いや、というよりも、野上大臣が『裁判官』という言葉で行き着いた結論に、総理も官房長官もとっくにシンクロしていたということでしょう。さすがに高齢化で膨れ上がる社会保障費(福祉費)の蛇口を閉めるのは政治的に不可能ですが、24社連合という外圧を『大義名分』にすれば、これまで誰も手を付けられなかったゾンビ企業への補助金や、Fランク大学の中でも学生すらいないレベルのハリボテ教育機関を一網打尽に削れる。これ以上ない、最高の免罪符ですからね」

 

「まあ、今回の一番の被害者は、文科省にぶら下がっていた天下り先の私大や、地元の利権を守っていたお付きの族議員たちでしょうが」

 

宮田はパタンと議事録のファイルを閉じ、椅子の背もたれに体を預けた。

 

「しかし……それにしても、農水大臣も文科大臣も、なかなかの名演技だったんでしょうね。このレベルの『予定調和のプロレス』は、そうそう見られるものじゃありませんよ」

 

大川のその言葉に、室内のバグ・ハンターたちから乾いた笑いが漏れた。

 

閣僚たちとて、この国の最高エリートだ。24社連合の異常な成長スピードや、地方経済を内側からハッキングしていく動向については、各省の次官や局長から毎日のようにレクチャーを受けている。今回提示された「食の防衛線」や「補助金打ち切り」という冷酷な現実の前に、既存の古い理屈が1ミリも通じないことくらい、彼らはとっくに自覚していたはずなのだ。

 

覆せないこと、そして今さら守ろうとしても手遅れな既得権益のために、わざわざカメラの回らない閣議の席で「あまりに身勝手で、感情的な反対論」を叫ばなければならなかった大臣たちの胸中。

 

すべては、ただの『アリバイ作り』に過ぎない。

 

もし将来、この構造改革によって地方の農家や私立大学がバタバタと倒産し、その遺族や関係者から「国はあの時、一体何をやっていたんだ!」と突き上げを食らったとしても、この議事録さえあれば『我々は閣議の席で、限界まで激しい議論を戦わせた』と言い張るための法的な証拠(盾)が残せる。反対した大臣たちも、地元の支持母体に対して『私は不利な条件の中でも、皆さんのために最大限の抵抗は試みた』という政治的なメンツ(面目)だけは保てるのだ。

 

「討議するまでもなく、結論は最初から全員の脳内で決まっていた。これはただの確認作業であり、儀式ですよ」

 

大川はホワイトボードに、24社連合、二大財閥、そして国家の三つ巴の構図をさらに太い線で書き加えた。

 

怪物がもたらした冷徹な「正論」の激流は、すでに霞が関の頂点にいる政治家たちの思考をも完全に支配し、飲み込んでいた。彼らは戦うことを諦めたのではない。怪物の圧倒的な合理性を、長年放置されてきた国家の「バグ」を一掃するための巨大な重機として、冷酷に利用し始めようとしていたのだ。

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