ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第47話

翌週 東京 バグ・ハンター会議

 

「――この件、絶対に外には漏らすな!」

 

公安から出向している大川の第一声は、怒気すら孕んだ緊迫したものだった。経産省の担当官官僚も、珍しく青い顔をして大きく頷き、全面的に賛同する。

 

「今度の今度こそ、完全な国家安全保障の名目で、連合に対して法的な『情報封鎖命令(秘密保持命令)』を出します」

 

「ああ、そうしてくれ。じゃないと連中のことだ、来月の社内報告書か、最悪の場合は『これだけの効率化に成功しました』などと呑気に一般の技術論文にしかねない。これまでは市場原理の範囲内として放置してきたが、これだけは絶対にダメだ!」

 

財閥から回ってきた双璧アカデミーの議事録を読み、バグ・ハンターたちは文字通り戦慄していた。連合自身は、この実戦演習が持つ「経済的価値」にすら無頓着であり、ましてやこれが意味する「軍事的なサイバー・物理ハイブリッド防衛能力」という安全保障上の価値にいたっては、考慮すらしていなかったと記録されていたからだ。

 

国家の諜報機関から見れば、これは小学生に核ミサイルの発射ボタンを持たせているようなものだった。しかも、会議の席で連合の教授たちは、製造ラインを最も効率的に機能不全に陥れる方法について、平然とこう語っていたという。

 

「仮に100枚のウエハがライン上で動いているとして、一番最初の『成膜』や『露光』の装置をハッキングして止めても、すでにラインを流れている先行の100枚はそのまま完成してしまいますから、訓練としては手ぬるい。やるなら、検査直前の『製造ラインの最終工程装置』を狙い撃ちにして止めるべきです。そうすれば、手前の工程から流れてきたウエハが逃げ場を失い、すべてのラインが瞬時に凄まじい詰まり(スタック)を起こしますからね」と、嬉々として会話していたという。

 

「食のインフラを握られて慌てていたら、今度は半導体の基幹インフラを合法的にブチ壊す訓練を始めたと言い出して、また右往左往している……。クソ、我々は完全に後手後手だ……!」

 

大川は頭を抱え、自身の無力さに激しい毒づきをぶつけた。

 

2039年 8月 青森県 B社メモリ工場第2棟

 

ついに、実験の時が来てしまった。

劇薬のような訓練が行われるB社の最新メモリ工場、および隣接する青森校の周囲は、不測の事態を警戒する公安警察と私服警官によって幾重にも包囲され、異様な警戒態勢が敷かれていた。

 

事前に連合のパトロンであるD財閥、およびB社のトップに対し、政府から「本件に関する情報封鎖命令」を直接手渡した際、連中は抵抗するどころか「分かりました」と一言で、あっさりと承諾した。

 

ただ、その際に連合の現場担当者が「ちぇっ、じゃあ今回はレーダージャミング車は使えなくなったな……」と、心底残念そうに呟いたという報告が入り、大川たちの上司である公安局長は、生きた心地がしなかったという。

 

なんと連中は、建屋の外に停めた運送トラックの荷台に高出力の電波ジャミング装置を隠し、そこから工場へ向けて最大出力で電波を照射する計画を立てていたらしい。それにより、製造装置内部の電子制御に「ナノメートル単位の磁気誤差」を意図的に発生させ、システムハックなしで不良品を大量発生させることができるのではないか、という狂気的な物理テロの仮説を実験しようとしていたのだ。

 

「止めておいて本当に良かった……」

 

公安局長は即座にそのジャミングデータを文科省管轄の『産業技術総合研究所(産総研)』へ緊急移管させ、国家の研究対象として隔離した。民間の、それも学生の実験にそんなものを投入されてはたまらない。まだ国家組織の中に囲い込んだ方が、制御ができるからだ。

 

「……さすがに、中央制御室や製造現場(クリーンルーム)には入れてくれませんでしたね」

 

「そりゃそうだ。我々はあくまでライバルであり、見学者だからな」

 

工場の厳重なセキュリティで仕切られた応接室。そこに双璧アカデミーの財閥教授たちが招かれ、工場所有の無骨なノートパソコンが数台渡された。画面には、クリーンルーム内に設置された何十台もの定点カメラのリアルタイム映像が映し出されている。

さすがに、連合の最大の武器である「MX(マニュアル)」の現物や、それを運用するためのウェアラブルデバイスの画面を真横から盗み見られることに対しては、彼らも冷徹な警戒心を持っているようだった。

 

ジリリリリリリ!

 

突如、ノートPCのスピーカーから、耳を劈くような硬質な金属アラーム音が鳴り響いた。

 

「……始まりましたね」

 

財閥の教授たちが身を乗り出し、画面を凝視する。しかし、次の瞬間、教授の一人が奇妙なノイズに気づいて声を上げた。

 

「あれ? 待ってください、学生たちの動きがおかしい。最終工程ではなく、前段の中間工程(エッチングエリア)に向かって一斉に走っていますよ!?」

 

「最終工程をハッキングして止めるという計画じゃなかったのか?」

 

「欺瞞(フェイク)だったということですね。見てください、この22番カメラの映像を。……最終工程の装置モジュールが、最初からラインから切り離されて、台車に載せられた状態で壁際に隔離して置いてあります。おそらく予備パーツでしょう。」

 

「……!!」

 

財閥の教授たちは息を呑んだ。高知校のハッカーチーム(攻撃側)が、事前に伝えていた作戦とは全く違うエリアを奇襲したのだ。

 

「事前の予定とは全く違う、最悪のイレギュラーが起きた時の『現場の生々しい反応』を見たいと? ……サディストか、あの高知と青森の教授どもは……!」

 

画面の中には、一切の説明係も説明字幕もない。ただ、作業服を着た若者たちが無言で、しかし恐るべき速度で交錯する映像だけが流れる。訓練の全容を教えないことで、見学している財閥側にも凄まじいプレッシャーを与えてくる。いや、しかしだからこそ、この「地獄のような実戦」をリアルタイムで目撃できること自体が、数兆円の投資にも勝る莫大な価値だった。

 

音声回線を繋ぐと、ノイズ混じりのスピーカーから、あるエリアのリーダーと思われる若い学生の鋭い指示が飛び込んできた。

 

『――3班に分ける! 1班はエッチング機の部品を順次、物理的に外して分解、手動修理。2班は機体制御盤のプログラムにバックドア(ウイルス)が無いかパッチを走らせて調べろ。3班は残ったラインを手動運転に切り替えて臨時生産だ。詰まりを少しでも解消しろ!』

 

『リーダー、やられました!』

 

別のカメラから悲鳴のような報告が上がる。

 

『リードボンド機のボンド位置座標設定がデタラメに書き換えられています! 自動補正が利きません!』

 

『応援は!?』

 

『すでにそっちに動いています!』

 

『よし、ボンド機の手前でラインを一時ホールド(停止)する!』

 

財閥の教授たちは、その画面越しの会話に完全に圧倒されていた。

普通、一般の大手半導体メーカーの工場であれば、現場の交代勤務のリーダーごときが、1機数十億、全体で数百億の製造ラインを自分の判断で「一時停止」にしたり、「手動運転」に切り替えるなどという決断は絶対に下せない。上層部にお伺いを立て、稟議を通し、本社のエンジニアが到着するのを待つのが業界の常識だ。

 

しかし、この現場の若者たちは、己の判断でラインを「生き物」のようにコントロールしている。これこそが、人間の肉体を極限まで標準化し、判断の迷いを無くす「連合流のOS(MX)」なのだと、財閥は思い知らされた。

 

「……なるほどな。国内の大手ハイテク企業が、学歴を無視してでも彼らを血眼になって取り合うわけだ」

 

「この復旧スピードの実績を見せつけられたら、大手半導体製造装置メーカーなら、彼らを『工場常駐の保守スペシャリスト』として雇うためだけに、年間で億単位のサポート費用を言い値で支払うでしょうね」

 

画面の中では、なおも息を呑むような攻防が続いていた。

 

『――ボンド機の修理応援、到着した!』

 

防塵服を着た別のグループが画面に滑り込んでくる。

 

『症状は?』

 

『中央の制御メモリをクリーン洗浄中だ。とにかく原因が分かるまで、俺たちがモニターに張り付いて、少しでも座標がズレたら物理ボタンで手動停止させる!』

 

『リーダー! 俺たちはボンド後のチップの品質を顕微鏡で目視確認する! 速度を維持するため、全数検査ではなく20個に1個の間引きになるが、いいか!?』

 

『――クソ、それしかないだろ! やれ! 品質保証の最低ラインは死守しろ!』

 

その後も、高知校のハッカーたちが仕掛ける「システム上の嫌がらせ」が次々と工場を襲う。

数値を完全に破壊するような分かりやすい攻撃ではない。正常値からわずかに外れた設定に書き換えられたり、正常範囲内だが製品がじわじわと不良品になるような「絶妙な補正値ズレ」を起こさせる。機械を物理的に壊すことなく、大量のゴミ(不良品)を量産させるという、極めて悪質なサイバー攻撃に対し、高知校のディフェンスチームのIT学生と、青森校の学生がネットワーク越しに犯人の足跡を追う。

 

そして、演習開始からわずか40分後。ノートPCから高知校のオペレーターの声が響いた。

 

『――捉えた。1階の第2サーバー室、11号機の第4スロット。そこに通信用の不正な物理ドングルが刺さっている。すぐに抜いてくれ』

 

『了解!』

 

学生が走り、サーバー室のピンを引っこ抜いた瞬間、工場の金属アラームがピタリと止まり、緑色の正常シグナルが点灯した。訓練の終了だった。

 

スピーカーから、疲れ果てた、しかし達成感に満ちたリーダーの声が漏れる。

 

『……よし、ハックの解除を確認。これよりテスト生産に入る。ウエハの状態と完成品の同ロットを取り出して、品質確認(クオリティ・チェック)を急げ!』

 

その声を最後に、応接室のスピーカーが切られた。

財閥の教授たちの間には、鉛を流し込んだかのような、重苦しい沈黙が広がっていた。

 

「……最後まで、一切の抜かりなし、ですか」

 

一人の教授が、眼鏡を外して深く溜息をついた。

 

「システムを復旧させて終わりではない。最後に『製品の品質チェック』まで完了して初めてラインの復旧であると、身体が覚えている。……これで、まだ『学生』だというのだから、恐ろしい」

 

「今後、あらゆる分野の物流や実業で、我が河内・紙村グループは彼らと正面からかち合うことになる。……これほどの狂気的な現場主義の怪物たちと戦うことになるのか。現場のグループ企業たちは、想像を絶する苦戦を強いられるだろうな」

 

現場現物主義。

それは、日本の製造業が何十年も前から使い古し、耳にタコができるほど唱え続けてきた、ありふれた標語(ワード)だった。

しかし、24社連合という存在は、その泥臭い概念すらも、最新のテクノロジーとマニュアルの力によって「日本史上最高濃度」にまで研ぎ澄まし、国家をも脅かす独自の準軍事インフラ級へと昇華させてしまっていた。

 

財閥の天才たちは、ノートPCの黒い画面を見つめながら、これから始まる終わりのない暗黒の競争時代を予感し、ただ静かに身震いするしかなかった。

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