ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第48話

2039年 9月 東京 霞が関

 

警察庁の奥深く。いつになく重苦しい空気が漂う会議室で、幹部たちは24社連合が青森で行った「あの狂気の実験」に関する報告書を読み込んでいた。財閥の教授陣の視点から克明に記録されたそのレポートを前に、数人招かれていた自衛隊サイバー防衛隊のメンバーも、一様に険しい表情で腕を組んでいる。

 

「……君のいた学校は、一体全体何を目論んでいるのかね」

 

サイバー捜査課の課長が、胃を押さえるようにして目の前の若い部下に尋ねた。

問いかけられたのは、今回関与したIT特化の「高知校」を卒業し、サイバー捜査課に配属されたばかりの若い警察官だった。

 

IT先進国であるエストニアやイスラエルの防衛技術、さらには元アンダーグラウンドのハッカーから収集した一線級の攻撃技術。それらを過酷な紅白戦で叩き込まれた連合の卒業生を、警察や自衛隊が国家の防衛戦力として見逃すはずがなかった。

 

「連合の全容を知っているわけではないので何とも言えませんが」

 

若い課員は、取り乱す課長を前に至って冷静に答えた。

 

「連合という組織は、基本として何か『一芸』を極めようとします。そして同時に、その極めた一芸を守るために、ありとあらゆる施策を打とうとするんです。当然、考案されたアイデアのすべてが採用されるわけではありません。コストも考慮しますし、法律だって考慮します。今回は、半導体工場という複雑極まりない製造ラインが、もし本当にハッキングされたら物理的にどういう挙動を起こすのか、その事実を調べただけでしょう。学術論文などではシミュレーション結果が山ほど出されていますが、実際に生きたラインを止めて実験したという報告は、世界中どこを探しても上がっていませんから。連合の思想なら『じゃあ、教育用の本物のラインもあるし、ハッカー役のIT学生も、現場の保守要員も揃っているんだから、実際にやってみよう』となるのは至極当然の流れです」

 

「……君の口ぶりだと、今回の青森の騒動は、あくまで『お試し(ファーストテスト)』に過ぎなかったという風に聞こえるのだけど?」

 

課長が恐る恐る尋ねると、青年は事もなげに頷いた。

 

「そうですね。『防衛成功。やったー!』というだけの一過性の結果で満足するような連中じゃありません。むしろ、上層部の教授たちは今頃、『ハッキングされた時の現場のトリアージ対応を検証したかったのに、防衛成功されちゃったら、肝心のライン停止後の行動判断サンプルデータが足りないじゃん』と怒り出しているはずです」

 

課長は思わずこめかみを押さえた。

配属にあたって、上層部の先輩から言われた『連合案件に関わる時は、あらかじめ頭のネジを何本か外しておけ。常識という物差しが通じる相手じゃない』という言葉。初めて連合の生態系に生身で触れた課長は、激しい頭痛に襲われながらも、あの助言があったからこそ辛うじて正気を保てているのだと痛感した。

 

連合の企業やスクール出身者であっても、外部の一般企業や国家団体に移る者は、ごく稀ではあるが存在する。そして不思議なことに、彼らを一人の技術者として尊重し、古い縦割り組織の理不尽を押し付けなければ、彼らはその分だけ、連合のシステムを読み解く貴重なヒントを国に提供してくれた。

 

連合は別に、既存の社会を逆恨みしているわけでも、ましてや世界征服を目論む悪の組織でもない。彼らはただ、狂信的なまでに『もっと快適で、もっと効率的な経営方法がこの世にあるはずだ』という純粋な思想(OS)だけで動いているのだ。

 

だから今、警察庁のサイバー捜査課にいるこの青年も、警察官としての治安維持の仕事に真摯に邁進しているし、可能な範囲で連合の人間と接触も保ち、同期たちと普通に飲みに行ったりもする。ただそれだけの、至って「普通の人間」だった。

 

ただし、彼らをただの使い捨ての便利な兵隊(コマ)として扱うような真似をすれば、一瞬でそっぽを向かれて転職されるか、あるいは即座に連合のセクターへと戻られてしまう。

彼らの人生における絶対的な評価軸は、先ほど彼が口にした『快適さ』と『高効率』だ。その真逆を行くような、昭和の悪癖を残したまま連合流の「MX(マニュアル)」を頑なに拒絶する古い企業は、彼らから瞬時に「非効率なゾンビ」として見捨てられる。

 

この特徴を一番最初に見抜いたのが、河内財閥だった。

だからこそ河内グループは、いち早く自社の労働環境を最適化して連合のドロップアウト組を数多く受け入れ、彼らの頭脳を通じて「MXの前身」や「進化するマニュアルの思想」を極秘裏に収集することに成功していたのだ。

 

警察庁でも財閥の提言に従い、少なくともこのサイバー捜査課内においてだけは、彼の提案や業務効率化のアイデアを可能な限り受け入れる土壌を根付かせていた。もちろん課長としては「ここが官僚組織の限界だ」とも彼に伝えてはあったが、彼はその環境を「それなりに快適だ」と評価して居残ってくれている。

 

「さて……あの化け物ども、次は一体何をしてくるか……」

 

「次、ですか? 課長、おそらくもう『やってしまっている』可能性が高いですよ」

 

青年の冷淡な言葉に、課長は「だろうね」と肩をすくめて諦めのジェスチャーをしてみせた。

あの青森の実験からすでに1か月が経過している。特に高価な半導体機材が物理的にぶっ壊れたわけではないのだ。データの収集が足りないとなれば、彼らがすでに2度目の実験に手を染めていても何の不思議もなかった。

 

「『普通の企業の3年分が、連合にとっての1か月』……か。河内財閥の報告書にあった通りだな」

 

「ええ。それで言うなら課長。事前に公安が差し止めたあのトラックの『電波ジャミング』ですが……高確率で、すでに2度目の実験に形を変えて投入されていると思います。連合の気質からして、一度頭の中に浮かんだ検証可能な仮説を、そのまま放置しておくなんて生殺し、絶対に耐えられない性分ですから」

 

「まさか……! 国が情報封鎖命令を出して、ジャミング車両の運行は禁止したはずだぞ!?」

 

「車両搭載で外から撃つのがダメだと言われたのなら」

青年は、クイズの正解を教えるかのような平坦な声で言った。

 

「工場のクリーンルームの内部、それこそ露光機やボンド機の真横に、最初から『検証用の小型ジャミング装置』を正規の実験機材として直に設置して、電波を当ててみる。……連中なら、100%やりそうでしょ?」

 

「……」

 

課長は天井を仰ぎ、深く、果てしないため息をついた。

「連合出身の君がそこまで断言するなら……きっと、本当に現場で電波をバリバリ照射しているんだろうな……」

 

国家がどれほど法を整備し、財閥がどれほど包囲網を築こうとも、怪物はただ「より優れた真理」を求めて、自分たちの遥か先を全力疾走し続けている。霞が関のサイバー捜査課は、未だ見ぬ怪物の次なる実験データに怯えながら、ただその背中を追いかけることしかできなかった。

 

「課長さん、残念ながら彼の予想は当たってます。先ほど連合から経産省に忠告が入っていますよ」

 

背後のドアが開き、公安の大川がひょっこりと顔を出した。その手には、つい数分前に経産省のバグ・ハンターから回ってきたばかりの極秘の共有端末が握られている。

 

「……マジで言ってるのか?」

 

課長はついに頭を抱えた。冗談であってほしかった。

 

「はい、大マジです」

 

大川は苦笑しながら、画面のデータを若い連合出身の課員に見せるようにスクロールさせた。

 

『電磁シールド材の厚さと電磁波条件、それによる周波数帯別減衰率、レーザー励起部への影響、照射点の平均ブレ量、歩留まりへの推定影響、推奨安全係数について』

 

「装置に直に当てて実験した成果がこれです。要するに連中は、『次から国産の半導体製造装置は、このデータに基づいて電磁シールド能力を向上させた設計にした方がいい』と、親切丁寧にレポートを送りつけてきたんですよ……」

 

課長はもう何も言えなかった。これ以上何かを言えば、それが全て不吉な現実となって自分たちの目の前に降ってきそうだったからだ。

 

「納得ですね」

 

連合出身の青年は、画面の数式やグラフを淡々と眺めながら、納得したように顎を引いた。

 

「連合は基本的に重工業への直接参入は避けますから、あまた有る国内の装置メーカーを『資材供給の協力企業』として見ているのでしょう。自分たちの工場で後から外装を引っぺがしてシールドを補強することも可能ですが、最初からメーカー側がその厚みを織り込んだ設計をしてくれれば、内部のスペース不足に悩まされることもない。外装改造という面倒な二度手間を省くための、ただの『効率化の動機』ですよ、これは」

 

「……自分たちが現場で改造するのが面倒だから、国を使って1発の報告で数十社のメーカーに同時に仕様変更を迫った、と。なんという横着な怪物だ」

 

課長がうめくように言うと、大川は肩をすくめた。

 

「ですが、経産省のバグ・ハンターたちも、これには文句を言えないどころか、むしろ渡りに船だと喜んでいましてね。メーカー側としても、元々付いている電磁シールドが少し分厚くなったところで、国防や安全保障の観点からの『アップデート』と言い張れば、国際市場でも怪しまれずに価格転嫁できる。役所としても『ちょっと安全寄りの基準に改定しただけです』で通せるから、誰も損をしない、と」

 

「……」

 

敵に塩を送られているのか、それとも都合よく手のひらで転がされているのか。

国家のインフラを守るはずのバグ・ハンターたちすらも、連合が自らの「快適さ」のために垂れ流す圧倒的な実利データの前には、そのシステムの一部として組み込まれるしかなかった。

 

「お上のネジが外れるわけだ……」

 

課長はもはや笑うしかなく、窓の外の霞が関の空を遠い目で見つめていた。

 

「さらに言えば、これと同じことが他の産業機械でも起きる可能性が極めて高いですね」

 

連合出身の若い課員のその言葉に、公安の大川が「やはり君もそう思ったかい。さすがは元連合人だ」と、苦い笑みを深めた。

 

今回の連合の動きは、彼らの「組織としての思想」を完璧に体現していた。

半導体製造装置の致命的なバグや改善策を自社で見つけたからといって、世界トップクラスの精密機械を何十種類も自前で製造しようなんていうのは、あまりに非効率だ。投資が巨大すぎるし、何よりそんな独占行為に走れば独占禁止法で一発で引っかかる。それこそ世界中から敵視されるのが目に見えている。

 

しかし、改善された最高の機械(インフラ)は使いたい。

ならば、メーカーに「特注(カスタム)」で発注するか? いや、それはあまりにもマヌケな慈善行為だ。特注仕様の莫大な割り増し料金を請求される上に、『どこをどう改造すれば性能が上がってバグが消えるか』という極秘の技術的知見を、メーカーにタダで教える羽目になる。

 

ならば、財閥と同じ冷徹な合理主義で『工場というひとつのグループ(生態系)を見た時、最も低コストで効率的に改善版を手に入れるにはどうするべきか?』を考えた時、連合が出した答えがこれだった。

 

『経産省に国家安全保障を屁理屈にした、国内メーカー各社への同時仕様改善要求(規格改定)をさせる』

 

知見を差し出すことに変わりはないが、これなら特定の政治的な敵を作らない。国が「基準を変える」と言い出すのだから、メーカーに特注費用をふっかけられることもなく、公認の「標準品」として最安値で改善版の新型機が手に入る。

 

「連合は、この知見を日本の半導体業界に下ろす代わりとして、メーカー側に対して『現在、連合の工場やスクールで稼働している古い機体の簡易改造と、そのための補強資材調達をすべて無料で行うこと』を条件にしているそうです」

 

大川が呆れたように追加の条件を読み上げると、サイバー捜査課の課長は椅子からずり落ちそうになった。

 

「そ、そんなケチ臭い見返りのために、国家機密クラスの物理テロ実験レポートを国に売ったというのか……!?」

 

「課長、彼らは上場企業ではありません」

 

連合出身の青年が、冷淡に課長を諭す。

 

「連合加盟のメイン24社はすべて非上場であり、100%自己資金運営です。彼らに文句を言える法的立場にあるのは、唯一、国(行政)だけです」

 

「ええ、彼の言う通りです」

 

大川が引き取る。

 

「株主の顔色を伺う必要もなければ、銀行の融資枠を気にする必要もない。工場の雇用が守られるなら、地方自治体なんて国に向かって連合への援護射撃のロビー活動をしてきますよ。だから国、あと強いて言うなら自分たちの財布の中の現金くらいですね、連中の制約条件は。それに、連合は『この仕様変更は国内企業のみでもOKだ』と言っています。海外の競合メーカー製の装置については、自分たちのクリーンルーム内でやれるだけ自前で違法改造(カスタム)するから放っておけ、と。こうなるとこの件では正直、彼らの暴走を止める者が、この国には誰も居ないんですよね」

 

連合出身の青年は、手元のタブレットで世界の半導体市況のチャートを見つめながら、他人事のように言葉を継いだ。

 

「まあ、海外の大手メーカーが一時しのぎで汎用製品(レガシー市場)に戻ってきたせいで、連合内での半導体生産の過密スケジュールは少し落ち込んだ。だけど彼らは痛くも痒くもない。赤字にはならなかったのでしょう。だから上層部は『じゃあ、もっとラインの稼働効率を上げるために、今やれる改善は何がある?』と考えた。暇になった今のうちに、やれる開発をやってしまおうという理屈です。しばらくは、半導体製造関連周りの製品の効率アップに注力するはずですよ」

 

「……食品インフラの買収劇の方はどうなんだ? あっちは放置か?」

 

課長がすがるように尋ねると、青年はあっさりと首を振った。

 

「あっちはおそらく、既存のMX(マニュアル)による徹底的な現場の『無駄削り』がメインフェーズのはずです。やってもAIの導入とか一部の生産ラインの改造くらいでしょう。これ以上の巨額の資金は、しばらく食のセクターには注入しないのでは?」

 

課長はもとより、公安の大川すらも、怪物のあまりにも目まぐるしい「全自動の最適化サイクル」に苦笑いするしかなかった。世界中がバブル崩壊の恐怖に怯えている最中、彼らはただ「ちょっと暇になったから、工場の機械の電磁シールドでも強化するか」と、国家の安全保障基準を書き換えているのだ。

 

「次はおそらく、製造装置の『洗浄関連』か、あるいはクリーンルーム用の『充填ガス』あたりが熱いセクターになるのではありませんか?次に多い出費ですし。」

 

「……おい、よしてくれ」

 

課長が顔を引きつらせる。

 

「あのあたりの技術は、国内メーカー製がすでに世界最高水準だぞ。これ以上どこに改善の余地など……」

 

「いえ、性能の天井を上げるような『最先端の性能アップ』は、連合の枯れた技術(レガシー)では不可能です」

 

青年は、不気味なほど確信に満ちた目で笑ってみせた。

 

「コスト削減、安全性の向上、そして有事の供給安定。……彼らは必ず、その辺りの『泥臭いバグ』を見つけ出して、また国に強烈な提言をしてくると思いますよ」

 

日本のインフラを隅々までハッキングし、自らの手足として組み替えていく24社連合。

その次なる標的が「世界の最高水準」と謳われた日本の精密化学セクターへと向けられていることを、霞が関の誰も、まだ止める術を知らなかった。

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