ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第63話

2041年 11月 徳島県 D財閥徳島本社

 

24社連合の中核をなす4つの巨大な矢――A、B、C、D社。

かつて日本を代表した大手電機メーカーである4社は、今も変わらず家電製品や産業機械の製造を続けている。

しかし、二大財閥が恐れていた通り、MX(マニュアル・トランスフォーメーション)の徹底がもたらした世界は異様だった。新規の開発案件は以前の20分の1にまで激減。その代わり、既存商品のコストパフォーマンスは圧倒的な領域に達していた。

 

テレビ、洗濯機、冷蔵庫、掃除機。一般家電から産業機械に至るまで、「新機能」などという手垢のついた付加価値は一切出ない。だが、値段は下がり続ける一方だった。ついには、新興国のローコストメーカーと並ぶか、それをも下回るレベルまで原価を徹底的に抑え込んでいた。

 

その4社の中で、さらに歪な中核を担うのがD財閥だ。

徳島県に深いルーツを持ち、本社機能は東京と徳島の双方に置かれている。東京本社は、あくまで「東京の一等地に立派なビルを持ってこそ一人前の大企業」という旧時代の商習慣のために維持されているだけの抜け殻だった。

 

連合思想に完全に染まって以降、東京本社は「東京営業所」あるいは「東京オフィス」へと事実上格下げされ、本物の本部機能はこの徳島本社へと移転していた。

そして今日、この地を内閣府局長、財務官僚、法務官僚、経済産業官僚の4名からなる政府調査団が訪れていた。

 

もちろん、彼らの影には2名の公安警察が極秘に張り付き、周囲を警戒している。

 

「……ラスボスとの邂逅、ですね」

 

車窓から見える光景に、一人の官僚が緊張の混じった声を漏らした。

官僚たちの目の前に鎮座していたのは、威厳や華美さとは対極にある、無骨な白亜の平べったい工場群だった。その機能的な建屋のどこかに、日本経済を揺るがすMXを生み出した頭脳が存在している。

 

「東京や名古屋の一等地に何十階建ての超高層ビルを密集させている、あの財閥の本部とは文字通り人種が違いますね……」

 

「ここには飾り気が一切ない。まさか本当に、辺境の工場群のド真ん中に財閥の本部を置いているとはな」

 

沿岸部の広大な工業地帯を、D財閥は連合結成時にすべて売却していた。そのため、現在の拠点は内陸部の過疎地域へと移転している。それは逆を言えば、敷地内のすべてが最新の規格で建て替えられたことを意味していた。

かつてのD財閥の「目に見える繁栄」を知る内閣府局長からすれば、敷地面積は明らかに小さくなっている。だが、それは単なる坪面積の話に過ぎない。

 

「効率が異常なまでに上昇しているから、敷地面積がどれほど小さくなろうとも業績には1ミリも響かない、という計算か」

 

「あるいは、連合結成のために24社中20社の上場を廃止せねばならなかった。その後も融資の繰り上げ返済を最優先したはず。そうなれば、見栄を張るための資産など真っ先に削る対象です。工業の一等地や商業の超一等地をすべて売りさばいたのは、そのためでしょう」

 

事実、連合結成時にA、B、C、D社は工場やオフィスビルの大規模な売却を敢行し、その物理的規模を3分の1以下にまで圧縮していた。大手電機メーカー4社がMBO(マネジメント・バイアウト)を成立させるために、それだけの血を流す必要があったのは想像に難くない。

だからこそ、隣国の家電メーカーたちは彼らの衰退を確信して一時株価を爆上げし、国内シェアも実際大幅にダウンしたのだ。

 

「――つまり、それほどの出血を引き換えにしてでも、24社連合の組織結成とMX開発に文字通りの『心血』を注いだ相手だということだ。分かっているだろうが、我々が官僚だからといって、国が要請してやっているなどという横柄な態度は微塵も出すなよ」

 

「……そんなことを考える浅はかな人間は、もう今の霞が関では絶滅していますよ」

 

車は守衛所に到着した。その瞬間、私服公安の一人からインカムを通じて緊張した通信が入る。

 

『局長、左右の山林に4名。こちらを完全にロックオンして監視しています』

 

「そうか……。噂の準PMC(民間軍事会社)は、すでに動き出しているか」

 

官僚たちはその無言の威圧をこらえながら、守衛所でアポイントの確認を求めた。事前に聞いていた通り、官僚だろうが内閣府の局長だろうが、一切の特別扱いはなく身分証明書とマイナンバーカードの提示を厳格に要求される。すべてはマニュアル通りに淡々と処理されていく。

 

「こちらが構内車両の鍵になります。お進みください」

 

警備員から手渡されたのは、この広大な敷地内を移動するための社用車の鍵だった。

紙村グループの自動車企業が製造している、実用性だけを追求したコンパクトカー。軽自動車でないだけマシか、と官僚の一人が苦笑する。

 

しかし、なぜ構内移動にわざわざ車が必要なのかは、手渡された地図を見た瞬間に理解できた。

 

「なるほど。登記情報から受ける印象より妙に敷地がコンパクトに見えたのは……この奥の山林すべてが敷地の内側だったからですか」

 

地図には、建屋ごとに「A-1棟」といった記号と番号が振られていた。それが山と山の狭間に、まるで隠れ里の集落のように延々と連なっている。山奥に点在する施設はいずれも小規模で、大型の生産工場という雰囲気ではない。

そして、肝本の本部建屋の配置は完全にバラバラだった。案内された目的地は、全体のバランスから見ても非常に中途半端な、小規模建屋の余った空きスペースに「ついでに建てました」と言わんばかりの適当な位置にあった。

 

普通なら、幹部がふんぞり返る建屋は一番奥の安全な場所か、さもなくば利便性の高い手前に置くものだ。しかし、直接利益を生む機会が少ない幹部こそ最も低コストに扱う――連合の思想なら、それすらも徹底的な合理化の結果なのだろう。

 

車で走ること15分。山間に切り拓かれた広い一本道を進む。敷地内の山の中となると、さすがの公安の車両も追尾して監視することは不可能だった。通り過ぎる建屋は、どれも入り口付近で見かけたものと同じ、均一で無機質な外観を維持している。

 

『こんな奇妙な企業敷地が、日本に存在していたとは……』

 

一同が車内の沈黙の中で圧倒されている中、経済産業省の官僚が、ある奇妙な違和感に気がついた。

 

「……おかしいですね。駐車場が、どこにも一つも見当たりません」

 

「敷地内を循環するバスか何かが運行しているのでは?」と財務官僚が返す。

 

「だとしても、我々のような臨時ビジターの行き来は必ずあります。そのたびに毎回タクシーを手配すると思いますか?」

 

「いや……あの連合がそんな無駄なコストを許容するはずがないな」

 

「ということは、建屋の内部――屋内、あるいは地下に大型の駐車場が隠されているということです」

 

「単にそういう豪雪対策のような設計というだけでは?」

 

「違います。連合はコストに狂的な組織です。建屋一体型の屋内駐車場のほうが、外置きの平地駐車場よりも建築費も維持費も遥かに高くなる。つまり、その余計なコストを支払ってでも、車両を外から隠さねばならない『理由』があるということです」

 

内閣府局長がハッとしたように呟いた。

 

「……航空衛星による撮影対策、ですか」

 

「はい。トラックによる資材の搬入量だけでなく、どの社員の車が、どの建屋の駐車場に移動し、誰が乗り降りしているかという『人間の動線』を外部に絶対に察知させない。そこまでして組織の内部情報を秘匿するためなら、彼らはコストを払ってでもこの構造を採用します」

 

まさに、得体の知れない怪物の腹の中に生身で潜り込んでいる。そんなジワジワとした緊張感が、車内の空気を限界まで膨らませていった。

 

「ここですね。止めます」

 

応接室があるという建屋は、何の変哲もない4階建てのビルだった。だが、周囲の白亜の平屋工場群の中にあっては、その垂直な構造がかえって異様に目立っていた。

 

「なるほど。そこまで徹底しますか……」

 

今度は財務官僚が、建物のエントランスに足を踏み入れた瞬間に絶句した。

 

建物の内部は、まるでビジネスホテルの客室廊下のように、ひたすら同じ意匠の「応接室」の扉だけが等間隔で左右に並んでいた。確かに、本部の機能がある工場や研究所の核心部に、外部の人間を直接招き入れるリスクを考えれば、この構造は正しい。

だがこれは、相手が町工場のオヤジであろうが、メガバンクの頭取であろうが、国家の高級官僚であろうが、全員を等しく「ただの外部の客」として画一的に処理するという、強烈なメッセージの具現化でもあった。

 

「これはまた……徹底的だな」

 

案内された2階へ上がるためのルート。そこにあるはずの「階段」が存在しなかった。代わりに入口の脇に設置されていたのは、緩やかで幅の広いスロープだった。

 

「機材を台車に載せて、サンプルや試作品を直接見せながら商談することを想定しているのか。なら、人間しか上り下りできない階段など非効率の極みと割り切ったわけだ」

 

「間違っても『優しいバリアフリー』なんてお題目でこれを作った連中じゃありませんよね……」

 

連合の拡大に伴って新築された建屋とはいえ、ただの応接オフィスという末端の構造の時点で、すでに容赦のない「無駄の削ぎ落とし」が完了していた。二大財閥の豪華絢爛な本社ビルとは真逆の思想。かといって、口を開けば「効率経営」を掲げる巷の凡百の企業が、ここまでの執念を形にできるだろうか。

 

案の定、通された応接室「2-11号室」の中も、簡素なプロジェクターとモニター、大きめの長方形の机と椅子があるだけだった。絵画の一枚も、観葉植物の一つもない。

ここまで徹底された合理のシステムを見せつけられた官僚たちは、もうこの部屋の素っ気なさに驚くことはなかった。もし彼らが昔の「お役人」のプライドを抱えたままここに乗り込んでいたら、危うく自滅していたところだろう。

『仮にも大財閥の本社だろう! 国家の官僚をこんな町役場の控室のような部屋に通すとは何事だ!』などと口走った瞬間、彼らは交渉の席につく権利すら剥奪されていたに違いない。

 

机の上には、『到着したら押してください』とだけ書かれたプラスチック製のボタンが置かれていた。

 

「……ファミレスか」

 

誰かの呆れたような呟きが漏れた。時間効率を最優先に考えればこれが最も正しいインターフェースだろうが、国家の、しかも内閣府の局長級を相手にして、この「誰が来ても変わらない」普遍的な対応。

 

ボタンを押すと、わずか2分と経たずに、廊下から足音が響き、役員と思しきスーツ姿の男たちが5名、淀みのない動作で部屋に入ってきた。

この広大な山奥の敷地で、ボタンを押されてからこの短時間で移動できるはずがない。おそらく、この建物の3階や4階には、彼らのような対応要員が同じく画一的な「社員待機室」にシステムの一部として時間を潰して待っていたのだろう。そしてその部屋も、役職や階級の差によって区別されることのない、冷徹な均一さで満たされているはずだった。でなければ、この異常な登壇速度の整合性がつかない。

 

「――以上の顛末により、我が国としても、御社のお知恵をお貸しいただきたく、ここに参りました。もちろん、相応の対価はお支払いする用意がございます」

 

内閣府局長が、これまでの霞が関と連合の攻防、そして総理の決断に至る経緯を丁重に説明し終えた。

官僚たちの胸中にあるのは、ただ一つ。

(さて……この怪物は、国家を相手にどんな巨大な見返りを要求してくる?)

 

「MXのシステム、およびその運用のノウハウを政府機関へ輸出すること。これ自体は、我々としても別に構いませんよ」

 

中央に座るD財閥の労務担当役員が、あっさりとそう言った。

官僚たちは一瞬、張り詰めていた肩の力を抜いた。向こうはMXを、国家を脅かすための「最重要機密」として抱え込むつもりはないらしい。対価さえ適正に支払われるのであれば、それは彼らにとって単なる売買可能な「商品」に過ぎないのだ。

 

「ですが、官僚の皆さん。少し考えていただきたい」

 

役員は組んだ指の隙間から、冷徹な視線を官僚たちに突き刺した。

 

「MXに近い思想を持つマニュアルとして世界的に有名なのは、航空業界の『血のマニュアル』です。我々24社連合という組織も、過去の凄惨な工場事故や経営危機の中で、現場が文字通り血を流しながらこのシステムを構築してきました。ですが、航空マニュアルが世界中の数百の航空会社や各国の国家機関、そして何より乗客の尊命と引き換えにした『共有財産』になれたのは、全員が当事者として等しく血を流したからです。――翻って、あなた方政府はどうです? 今回の要請にあたって、何か血を流しましたか?」

 

「それは……」法務官僚が言葉に詰まる。

「つまり、流した血の価値を金銭に換算することはできない、と?」

 

「いえ、逆です。我々が懸念しているのは、あなた方にその劇物を扱う覚悟があるのか、という点です。MXを組織に導入すれば、初期段階において現場は必ず未曾有の混乱に陥ります。

例えば、ビル内で火災報知器が鳴り響いたとする。しかし、既存のマニュアルには『避難放送の指示があるまで、各員はその場で待機せよ』と書かれていた。もし、その組織の人間が我々のようにマニュアルに狂信的に従った結果、放送機器の故障によって多くの職員が逃げ遅れて亡くなったら? ――これはあくまで、今この場で思いついた極端な悪例の一つに過ぎません。時間をいただければ、国家のインフラが麻痺するような実例をいくらでもシミュレーションしてお見せできます。MXとは、それほどの劇薬なのです。そちらの事情説明を聞いていると、どうも『MXさえ導入すれば、自分たちは返り血を浴びることなく、綺麗でクリーンな政府運営が手に入る』と勘違いされている節が見受けられる」

 

隣に座る別の役員が、冷酷な追撃を加える。

 

「現に、政府運営の効率化と仰いますが、あなた方の予算編成において『福祉費』と『地方インフラ維持の補助金』は未だに聖域化されたままでしょう? システムの内部に例外(聖域)がたった一つ存在するだけで、MXは100%機能不全を起こして破綻します。我が社のシステムを買って本気で使うというのであれば、無駄な福祉費を容赦なく削り、地方の農家に対しても補助金をカットした『残酷なまでに正しい市場価格』を叩きつける。それくらいの痛みを引き受ける確約を、この場で総理の全権委任として頂かなければ、我々としては売るわけにはいかない」

 

「それは……流石に政治の領域です。我々一官僚の裁量で、国家の社会保障や聖域を解体する約束などできるはずが――」

 

「であるならば、その聖域が本当に『国家の存続に不可欠である』という客観的な数値の証拠と根拠を、我々のシステムへインプットするために提示してください」役員は淡々と言い放つ。

「もちろん、あなた方が身内で勝手に決めた都合の良い基準や材料を使う時点で、MXのアルゴリズムはそれを『データ汚染(バグ)』と判定して弾きますがね。あ、ちなみに形だけの『第三者委員会』が作った報告書も一切認めません。身内が混ざっている限り、そこには必ず人間の『甘え』というノイズが入る」

 

(ダメだ……)

内閣府局長は、背中に冷たい汗が伝うのを感じていた。

これはつまり、国家の方針を管理・判断する中央省庁の「政策策定機能(意思決定)」そのものを、官僚の手から奪い取り、一切の感情を持たない外部の計算機、あるいは本物の第三者のOSへ完全に委ねろと言っているに等しかった。

 

「つまり……お売りすることは可能だが、そのシステムを使用すれば、国家の既存の枠組みに多大な損害(血)が高確率で発生する。しかし連合としてはその責任は一切負わない。そして、それを受け入れた上で、国の判断基準の策定には、人間の情を一切挟まない本物の第三者による完全な監視体制を敷くことが条件……ということですか」

 

「その通りです。例えば――」

 

一人の役員が、手元のノートパソコンのキーを叩いた。壁面の大型モニターに、ある有名なインターネットの匿名掲示板やSNSのスクショが次々と映し出される。

 

「『生活保護、パチンコ』『生活保護、ギャンブル』。ご覧ください。ネットの片隅だけでなく、現実の街角でも、これほど堂々と国費の規則違反を宣告している受給者が溢れている。あなた方中央省庁は、これを今日までどれほど厳格に取り締まれましたか? 不正が発覚した際、過去の支給額を全額冷徹に差し押さえ、説明要求の後に財産を強制執行しましたか?

逆に、霞が関の厚生労働省の幹部たちは、この現場の稼働状況をリアルタイムの数値として把握しているのですか? もし知っていたというのであれば、なぜすぐに『パチンコ等の遊興費への流用は、総支給額の何%までを上限とし、一円でも超えた場合は即座に受給資格を永久剥奪する』という冷徹なラインを、システムとして構築しなかったのですか?」

 

議場にいた4人の官僚は、誰も声を発することができなかった。

――つまり、連合のMXの仕様書に忠実に従うということは、こういう血も涙もない世界を自らの手で執行するということなのだ。連中はそう突きつけている。

 

官僚の側にも、言い分はいくらでもあった。

社会の現実とは複雑怪奇であり、すべてをパチッと数値化して規制できるほど単純なものではない。だからこそ、白黒つけられないグレーゾーンを調整するために、我々中央省庁という巨大な人間の組織が存在し、日々「裁量」という名のクッションを挟んで社会の崩壊を防いでいるのだと。

 

しかし、その「調整」という甘えの歴史が歪に進化し、肥大化した成れの果てが、今まさに自分たちの目の前に突きつけられている現実だった。

『これは民間の中堅企業や地方の行政には手に余る案件だから、我々国と特権的な財閥が便宜を図って管理しましょう』

そうやって、当時は必要だったはずの政治的判断が、時を経るごとに既得権益となり、アンタッチャブルな「聖域」へと変わっていく。このOSの制度疲労が、今やあらゆる省庁の足枷になっていることを、彼ら自身が誰よりも熟知していた。

なにせ、その最高傑作が目の前に座る『財閥』という組織だから。

 

「……持ち帰って、総理、および全閣僚と至急、検討いたします」

 

内閣府局長は、乾ききった声でそう答えるのが精一杯だった。ファミレスの注文ボタンのような簡素なスイッチの向こう側にいたのは、国家という曖昧な概念をその根底から解体し、再起動させようとしている、恐るべき「合理の怪物」たちだった。

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