ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第66話

翌日 東京 霞が関 経済産業省

 

「では、新たに発生した『連合』の新事業についての対策会議を始める」

 

経済産業省の特設会議室。重苦しい空気の中、進行役の参事官が口火を切った。

当初、24社連合の動向をマークしていたのは、情報収集レベルのいち係長に過ぎなかった。それが事態の深刻化に伴い、課長が呼び出され、局長が加わり、今や経済官僚のトップである事務次官をはじめとする最高幹部陣がズラリと席を並べる大掛かりな会議へと変貌を遂げていた。

 

昨日飛び込んできた、月影証券とL不動産による「野生の投資トレーダー囲い込み」のプレスリリース。その報告書を睨みつけながら、事務次官は深く椅子に背を預け、こめかみを押さえた。

 

「またしても、既存制度の『隙間』を突かれたか……。いや、それ自体は民間の自由な知恵だから批判を浴びせる筋合いはない。問題なのは、その穴を塞ぐどころか、政府の補助金も官公庁のバックアップも一切無しに、単独で莫大な『利益を生む構造』へと昇華させてしまっている点だ」

 

事務次官のぼやきに、室内の誰もが沈黙で同意した。

現在の国家の信用制度は、実績のない「ヒヨコトレーダー」を、現時点で鶏(完成された大口投資家)ではないという理由だけで、リスク要因として市場から叩き出している。住む場所さえ与えない。

しかし、連合は違う。

「あと数年、環境を整えて育てれば立派な鶏になる。今はそのための伏線であり、我慢の時だ」と言わんばかりに、自腹を切って彼らの生存環境(セーフティネット)を丸ごと買い取っているのだ。

 

「一体、どっちが真の意味で『国内産業の保護と育成』の役目を果たしているのか、たまに分からなくなるよ」

 

次官は自嘲気味に息を吐き出すと、すぐに鋭い官僚の目に戻った。

 

「とにかく、我々としては後追いするしかないだろう。すぐに動け。UR(都市再生機構)団地の入居審査基準を改定し、一定の『投資収益成績』を信用情報として反映させる仕組みを構築するんだ。金融庁や国土交通省とのタフな調整が必要になるだろうが、背に腹は変えられん」

 

幸いなことに、これ以上プライドを捨てて二大財閥に協力を仰ぐ必要はなかった。住居という国家の基盤インフラにおいて、政府には「UR団地」という、省庁の裁量と融通が利きやすい強力な手駒が存在する。

 

「だが、ただ真似るだけでは意味がない。連合との明確な『違い』を設ける必要があるな。連合のシステムは、徹頭徹尾、冷徹な企業経営だ。家賃滞納が発生すれば、マニュアル通り容赦なく機械的に退去勧告を出すだろう。一方で、こちらは国だ。家賃の補助費や猶予期間を出して、彼らの『チャンス』を国家の予算で引き延ばすことができる。意味は分かるな? これまでの生活保護のように、ただ生かすだけの延命ではない。この補助金は、彼らが相場で大化けし、再びマーケットで復活する可能性への『国家による投資』だ」

 

「……しかし次官、そうして我が国の制度で復活を遂げた優秀な投資家たちは、結局、連合や二大財閥、メガバンクといった民間の巨頭たちに引き抜かれていくのでは?」

 

若手局僚の指摘に、事務次官は冷徹に首を振った。

 

「それでいい、それしかないのだ。彼ら投資家がどれほど一人前に育ったところで、その才能を直接生かせるような、アグレッシブな運用部署は政府内には存在しない。世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)とて、基本は機械的なインデックス運用のポートフォリオだからな。個人の突出した天才を飼い慣らす器ではない。だからこそ、彼らが大手証券会社や外資系金融機関に転職する際、『この国家制度でチャンスを掴んだ』と大いに宣伝してくれればそれでいい。一人前になった彼らが世界市場から外貨をもぎ取り、日本国に多額の納税をしてくれるなら――国策としては完全な『成功』だ」

 

一呼吸置き、参事官がプロジェクターの画面を切り替えた。

会議は、より巨大で、より不可解な次の重要議題へと移行する。

 

「では続きまして、連合が1年半前に敢行した『食品加工業界の大量買収』、その後の最新動向です」

 

かつて経済産業省が「市場の完全な放任(市場管理放任宣言)」を突きつけざるを得なかった、あの食のインフラを巡る大買収劇。市場の独占を恐れ、国中が身構えてから約1年半――。現在、その戦果は経産省の予測を大きく裏切る、奇妙な局面を迎えていた。

 

「驚くべきことに、この半年間でさらに12社が連合の傘下から『離脱』しました。お手元の資料にある通りです」

 

配られたA4の資料には、買収された企業の数々と、その後の動向が冷徹な数値として並んでいた。

 

連合が買収したのは合計で126社。すでに56社も離脱している。そこに今回の12社が加わった。

残りは58社。これで当初買収した企業の内、半数以上が連合傘下から離脱したことになる。

 

「連合は、これらの企業を自社グループに吸収合併したわけではありません。一部の優秀な経営人材や実務スタッフを自社へ転籍させたものの、企業の大部分は『ほぼ元の経営母体のまま』市場へと突っ返しています」

 

報告を聞いた局長の一人が、怪訝そうに呟いた。

 

「……あまりに大量の企業を一気に抱え込みすぎたせいで、自慢の『MX(マニュアル・トランスフォーメーション)』の浸透と管理が、連合のキャパシティを超えて破綻したということか?」

 

「あるいは、財務関係で何らかの致命的な問題が発生したか」

 

これまで連合という組織は、狙いすました「不採算の1社」を買収し、そこに徹底的なMXを植え付けて化け物企業へと再生させてきた。しかし、あの食品買収劇は、あまりにも大量かつ多品種の企業群を一度に飲み込むという、これまでの鉄則を無視した暴挙に見えた。

てっきり、彼らなりの絶対的な勝算があってのことだと思われていた。

 

だが、この「半数以上の離脱」という惨状を見る限り、霞が関が身構えていたほどの脅威ではなかったのかもしれない――。そんな安堵の混じった空気が、会議室の官僚たちの間にじわりと広がっていく。

 

確かに、現在も連合に生き残っている58社の中には、目覚ましい業績向上でV字回復を遂げ、全国チェーン展開を果たした企業もある。さらに数社は、連合が世界に誇るアメリカの「NEXA(ネクサ)」店舗や、欧州の「GRID(グリッド)」店舗への流通網に乗り、海外販売まで開始している。

 

しかし、半数以上が「脱落」しているのだ。

これには野上経産大臣をはじめ、当時恐慌をきたしていた経産省の幹部たちも、(あの『市場管理放任宣言』は、我々の過剰反応だったのかもしれない……)という思いを抱き始めていた。

 

だが、最前線でデータを分析していた情報政策局の課長だけは、凍りつくような表情のまま、ポツリと呟いた。

 

「……違います。破綻でも、財務の失敗でもない。これは、先ほどの『トレーダー囲い込み』と全く同じ、彼らの基本戦術です」

 

室内の視線が課長に集まる。

 

「彼らは最初から、126社全てを育てる気などなかった。まずは網を大きく広げて大量の企業を『スキャン』し、手をつけてみて、自社のマニュアル(MX)に適合するシステムや、本当に見込みのあるコア企業だけを冷酷に抽出し、強固に取り込んだんです」

 

課長は手元のペンを握りしめた。

 

「いや、もっと身近な例があります。連合の物流を支えるJ社の『人材採用』と同じですよ。彼らは、前科者や社会不適合者のような、既存の労働市場では『低品質』とされる人材であっても、まずは面談して一律に採用する。しかし、そこから先が冷徹だ。自社のマニュアルに従えない者、適応できない者はシステムの外へ容赦なく弾き出し、マニュアルの指示に適応できた『磨けば光る人材』だけを残す。そして、残った選りすぐりの人間に、彼らが出せる最高効率の仕事を指示する……」

 

一息つき、課長はスクリーンの数値を指し示した。

 

「彼らは、これと全く同じ『人間選別(スクリーニング)』の残酷なシステムを、個人ではなく『企業規模』で実行したに過ぎない。生き残った58社は、連合の最高純度のマニュアルを宿した、真の精鋭企業群だ。手放された68社は、彼らにとって『吸い上げるべき価値のない、ただの出がらし』なんですよ」

 

会議室を包んでいた安堵の空気は、一瞬にして消し飛んだ。

効率化という名のマニュアルを使い、人間を、そして企業すらも巨大なフィルターにかけ、極上の果汁だけを搾り取るシステム。

 

経済産業省の官僚たちは、連合という組織の「真の合理性」の底知れなさに、再び背筋が寒くなるのを禁じ得なかった。

 

弾き出された企業には当然、経済産業省の官僚が即座に接触を図っていた。連合のH食品が突き付けてきた生々しい「業務改善命令」の文面やデータを、今後の政策シミュレーションのために提供してほしいと打診したのだ。

しかし、結果は例外なく拒絶だった。どの企業の経営陣も一様に青い顔をして、「秘密保持契約(NDA)の縛りがあるため、物理的な情報は一切開示できない」と首を振るばかりだった。

 

だが、非公式な懇親の席、口頭でなら僅かに話を聞き出すことができた。

連合傘下にいた頃の通常業務や改善命令のやり取りは、すべて連合直系の「Kソフトウェア」が開発した独自OSを介して行われていたという。そして、驚くべきことに加盟した瞬間に、連合側から平然とこう告げられていた。

 

『これらのOSを通して生成・やり取りされるすべての電子データには、強固な追跡機能が付与されています。万が一、連合外の企業や組織にデータを送信・転送した場合、瞬時にこちらの監視サーバーに通知が行く仕様ですので、くれぐれもご注意ください』

 

報告を受けた情報政策局の幹部は、苦笑しながら書類を机に放った。

 

「まあ、そんな軟な作りじゃないよな。むしろウチの省(霞が関)のシステムにも導入したいくらいの、完璧なセキュリティだよ」

 

ある地方の食品加工会社を訪問した若い官僚の話によれば、その管理ファイルの実態は奇妙なものだったという。

連合の傘下にあった時代は、市販の汎用OSの上でさらに「連合OS」が二重に起動しているような状態であり、PCの動作は常に若干重かった。しかし連合籍を抜けた現在は、KソフトウェアのOSがアンインストールされ、市販OSのみの軽快な動作に戻っている。

 

「ですが、それですとPC内に残ったデータが、かつての『連合監視ファイル』なのか、それとも離脱後に最近作ったファイルなのか、外見から区別がつかないのでは?」

 

若手官僚が疑問を呈した。

 

「だからこそ、仕掛けがあるのさ」

 

先輩官僚がタバコに火をつけんばかりの勢いで説明を続ける。

 

「KソフトのOSが起動している間は、作成されるすべてのファイルのタイトル頭に、自動で【AKTRF】という謎のアルファベット記号が強制付与される仕組みになっていたんだ。これが連合管理下にあるという冷徹な目印だ。当然、ユーザー側が手動でリネームしてその文字列を消すことはできない。ある企業のシステム部が、意地になってレジストリからその記号を消去してみたらしいが……なんと、そのわずか1時間後には、H食品の監査部から『そちらのデータに不穏な挙動が見られますが、何をしておられますか?』と直接問い合わせの電話がかかってきたそうだ」

 

おそらく、OSのソースコードの根底に、ファイルの整合性を常時チェックするトリガーが仕込まれていたのだろう。

しかし、ここで一つの疑問が生じる。連合は、契約切れした(籍を抜けた)企業のサーバーに、その後も監視ソフトを常駐させ続けているのだろうか。もしそうなら、それは流石に契約の範疇を超えた不法占拠であり、逆にあらゆる情報を盗み見る「連合のバックドア(不正侵入経路)」として、国費で叩き潰す大義名分ができる。

 

その疑問を元傘下企業の担当者にぶつけたところ、男は力なく笑ったという。

 

「さあ、どうなんでしょう? うちのシステム部の見解では、KソフトさんのOS自体が完全に消去された今となっては、データを他社にメールで送ろうが、技術的には何の検知アラートも飛ばないはずだと言っていますが……。ただ、何分NDAがありますので、試す度胸のある人間はいませんよ」

 

帰り道、官僚は夜の帳が下りる街並みを眺めながら、思考を巡らせていた。

元担当者の言う通り、今そのファイルを他社に送信しても、技術的なアラートは鳴らないかもしれない。しかし――それが巡り巡って、どこか別のマーケットで発見されたとき、たとえタイトル頭の【AKTRF】という記号が綺麗に消去されていようとも、バイナリデータ(ソースコード内部)の奥底には、確実に個別の「判別コード」が埋め込まれているはずだ。

 

それをフォレンジック(解析)すれば、どこの馬鹿な離脱企業が、どのルートで国家や競合に情報を漏洩させたのかが、一瞬で、かつ法的な証拠能力を持って白日の下に晒される。

「もし、そのコードすら巧妙に編集・改ざんして隠蔽されていたら?」

 

官僚はそこまで連想しかけて、自嘲気味に笑った。即座に「連合はそんなこと気にすらしない」という絶対的な結論に行き着いたからだ。

 

彼らにとって、1年や2年も経った「過去の業務改善命令」など、もはや前時代の遺物、旧式化したただの基準に過ぎない。

他社が必死になって隠蔽されたデータを盗み出し、古い利権や業界基準を守ろうと汲々としている間に、連合はそんなもの全てを置き去りにして、次の、さらに次元の違う合理化(MX)へと突っ走っている。それこそが連合という組織だ。

 

時代遅れの過去の改善マニュアルを掴まされ、鬼の首を取ったように喜んでいる他社や政府を、連中はただ、冷めきった硝子の瞳で見下ろすだけだろう。そして、感情を一切挟まないビジネスライクな声で、こう告げるのだ。

 

「さて、契約違反が発覚しましたので、マニュアルの規定通り、賠償交渉(ペナルティの請求)を始めましょうか」と。

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