ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第67話

2041年 12月 東京 佐々木製薬本社

 

「佐々木製薬が、水虫薬、ですか……?」

 

新商品のプレスリリースを手にした業界アナリストたちは、一様に首を傾げた。

佐々木製薬といえば、国内の連合非加盟であるが大手製薬の中でも、分子標的薬や抗がん剤治療に伴う重篤な副作用を抑えるための高度医療薬に特化した、いわば「尖った」技術を持つ製薬会社だったはずだ。それが突然、あまりにも毛色の違う大衆向けの衛生薬品を発表したのだ。

 

『水虫・足の臭い対策の強力殺菌剤』

 

製品は小袋に分けられた粉末状の薬品で、使い方は極めてシンプル。風呂場で洗面器にお湯を張り、そこに一袋を溶かして数分間、両足を漬けるだけ。

成分の濃度の関係上「第一類医薬品」に指定されてはいるものの、新規の治験を必要としない既存成分の最適化(フォーミュレーション変更)であったため、比較的軽い試験だけで迅速に販売許可が下りていた。

 

販路は当然、全国の薬局やドラッグストアだ。

一見すると、利益率の高い大衆薬(OTC医薬品)市場へ色目を使った、ありふれた路線変更(ピボット)のようにも思える。だが、この開発の裏に連合直系の「Kバイオ」が深く関わっているという事実を知る者は、それが単なる既存市場への参入ではないことを見抜いていた。

 

同日 東京 バグ・ハンター会議

 

「お忙しいところ、無理を言って来てもらった。辻君という。」

 

大川が、会議室のドアを開けて入ってきた青年を迎え入れた。

招かれたのは、警察庁サイバー捜査課に所属する若手官僚で大川がこれまで連合の情報源としても活用していた。彼はキャリア組でありながら、かつて「連合」のセキュリティ部門で実務を経験したという、極めて異色の経歴を持っている。

 

連合の快進撃は年を追うごとにその規模を拡大している。彼らは最先端の量子コンピューターや宇宙開発といった、国家が何兆円も注ぎ込むような華々しい先端技術にはほとんど手を出さない。ターゲットにするのは、いつも食品加工や地方の不動産、そして今回は大衆向けの水虫薬といった、泥臭く地味な業種や製品ばかりだ。

しかし、ひとたび彼らが手を付ければ、それは数年後には必ず「準国家インフラ級」の利権や社会構造へと変貌を遂げている。

 

もう、既存の官僚機構の硬直した思考だけでは、彼らの思考パターン(MX)も、その圧倒的な実装スピードも追うことが不可能だった。大川が公安局長に直談判し、幾重もの承認手続きを経てようやくこの元連合人の席を確保したのだ。

 

なぜ、そこまで厳重に扱う必要があったのか。

理由は冷徹だ。この若手官僚が、予算も人員も限られた今の警察庁サイバー捜査課の旧態依然とした環境に失望すれば、いつでも「連合」という巨大な受け皿に戻る恐れがあったからだ。

 

もし彼が連合へ帰れば、NDA(秘密保持契約)で縛られた警察の機密データそのものを持ち出すことはないだろう。だが、「現在の霞が関が何に怯え、どの程度の解像度で連合の動きを把握できているか」という、会議の『空気感』や『危機感のレベル』は、本人の知覚を通じて確実に連合側に筒抜けになる。個人の記憶や思考の変遷までを法律で縛ることは、思想信条の自由を定めた憲法にすら抵触しかねないグレーゾーンだった。

 

「……大川さん、そんなに身構えなくても、私は今のところ警察を辞める気はありませんよ」

 

青年官僚は、会議室を包む張り詰めた空気を察して、苦笑しながらパイプ椅子に腰掛けた。

 

「ただ、あなたがたが『佐々木製薬の唐突な水虫薬』に首を傾げているのを見て、いかにも霞が関らしいな、とは切実に思いました。まだ気づいていないんですね。彼らが本当は『何を』殺菌しようとしているのか」

 

その言葉に、大川を含めたバグ・ハンターたちの視線が一斉に突き刺さった。

 

「どういうことかな?」

 

長い付き合いの大川は、目の前の元連合の若手官僚・辻に、椅子の背をもたれかけさせながら問いかけた。

 

「以前にも大川さんに説明した通り、連合やKバイオなど加盟企業たちは『快適性と非効率』を潰すために、佐々木製薬を医薬品セクター攻略の『駒』にするつもりです。彼らが今回、あの薬で真に殺菌しようとしているのは……まさにその『非効率』ですよ」

 

「つまり、佐々木製薬は連合に良いように使われている、ということか。前回の『腰椎麻酔前の経口麻酔薬』という巨大なインセンティブ(利権)を貰っているから、その見返りとして、今回は地味な大衆薬市場への商品進出を要請されただけではないのか?」

 

「はい。そのバーター取引(見返り)である可能性は極めて高いでしょうね。そもそも製薬という事業は、厚生労働省の複雑な政治や規制が大きく絡みます。いかに全知全能に見える連合といえど、国内の泥臭い臨床試験や承認申請の知見は一切持っていない。だからこそ、そのノウハウを持つ佐々木製薬は彼らにとって絶好の『隠れみの』であり、提携相手なんです」

 

大川は手元の資料をめくり、辻の意図を汲み取ろうとする。

 

「そこに連合お得意の、ユーザーの『水虫になりたくない』『足の臭いを弱めたい』という原始的な不快感(感情)を起点にした、超高速のPDCAサイクルを回しだした、ということか」

 

「その通りです。ただ、ここで重要なのは製品の『形態』です。調べたところ、この手の殺菌・治療薬はすでに市場に五万と存在しますが、その大半は『クリーム状』や『液体を直接塗るタイプ』です。ですが、合理主義の塊である連合の視点になって考えてみてください。――『ユーザーは、毎日わざわざ自分の手でそれを足に塗るのか? 足の形状は複雑だし、指の間や、一番厄介な爪の下まで、本当に塗りムラなく行き渡らせることができるか?』と」

 

なるほど、と大川の脳裏に電撃が走った。

 

だからこそ、あえて「粉末を湯に溶かす方式」にしたのだ。

足を洗面器の液体に漬ければ、重力と流体力学に従って、人間の複雑な足の形状、指の隙間、爪の生え際まで、1ミリの塗りムラもなく自動的に薬品が行き渡る。

 

手で揉み込むという「非効率な労働(手間)」を極限まで排除し、かつ「確実に効果が出る環境」を物理的に強制する。しかも、クリーム薬を大量に消費させるよりも、1回分の粉末スープのような小袋にする方が、製造コストも輸送コストも圧倒的に安く済む。安価でありながら、効果はこれまでのどの市販薬よりも確実。

 

「家庭で、誰でも、1分で完璧な殺菌ができるインフラ。彼らが潰しにかかっているのは、既存の製薬会社が延々と売り続けてきた『効きめの薄いクリームを毎日塗り直させる』という、市場の怠慢と非効率そのものなんですよ」

 

辻は冷徹な口調で、連合の恐るべきロジックの片鱗を暴いてみせた。

 

「以前、帝国ホテルで君が言っていた通りになったな。」

 

「たまたまです。次に何を狙って商品化していくるか、何の不快さを解消しようとするかは私も推測するしかありません。」

 

翌週 東京 霞が関 外務省

 

この日、外務省の一室で、アメリカ側外交筋との秘匿ネットワークを用いたビデオ会談が持たれていた。

議題は、全米で急速にインフラ化しつつある低所得者向けディスカウントスーパー「NEXA(ネクサ)」への対応について。

 

日本側は内閣府局長の指示通り、情報を極めて精緻に「小分け」にして提示していた。直接『24社連合』という巨大組織の名を出すことはせず、あくまで「ある日本企業がバックに付いた、アメリカ現地の個人経営店舗に対する経営再建・支援事業」という体で説明を進める。

 

「――当該の日本企業は、現地の法律や規制に対して極めて忠実(コンプライアンス重視)です。しかし同時に、コストとリスクの計算が一定の防衛ラインを超えたと判断された場合、恐ろしい速度で全米市場から『一斉撤退』するポテンシャルを持っています」

 

画面の向こうで、米商務省の高官が苦い顔をして深くため息をついた。

日本側がその「特性」を一言添えただけで、ワシントンのエリートたちには、その先にあるあまりに理不尽な構造の全貌が見えてしまうからだ。

 

すでにアメリカ政府は、国内で急速にドミナント展開を進めるNEXAのアメリカ人役員たちへの極秘ヒアリングを行っていた。そのため、スキーム自体はすでに把握している。

金融ショックなどで市場が後退したとき、実業であり、かつ生活必需事業である食品スーパーがどれほど強固か。しかもそれが「圧倒的低価格」であれば、その破壊力は言うまでもない。

個々の店舗ではごく微量ながら黒字が出ているし、仮に原材料の高騰や関税強化などで一時的に赤字に転落したとしても、NEXAは城島ファンドの、ひいては24社連合の巨大な投資ファンドの中の一部門に過ぎない。金融部門の莫大な利益から「ポートフォリオの防衛」として合法的に補填されてしまうため、連邦取引委員会(FTC)が「不当廉売(ダンピング)」で摘発することすら不可能なのだ。

 

だが、ワシントンにも対抗策がないわけではなかった。例えば「NEXAのアメリカ法人を、ドメスティックな資本が丸ごと買収する」というカードだ。

確かに買収してしまえば、それ以上のマニュアルのアップデートは止まるだろう。しかし、現時点でさえすでに数十万人以上のアメリカの貧困層の「食のセーフティネット」と化しているシステムだ。そのまま据え置きで運用すればいい。

 

しかし――もし政府の圧力による『接収』に近い過激なカードを切れば、どうなるか。

これほど効率重視の日本企業だ。アメリカ市場への参入自体を「巨大な国家政策リスク」とみなし、即座に資産を全処分して去っていくだろう。結果として、NEXAが支えていたラストワンマイルの地域は、誰にも顧みられない「見捨てられた飢餓の地」になりかねない。

 

かといって、このまま放置すればどうなるか。

いずれ、これら激安個人店の経営母体がNEXAであり、そのNEXAをコントロールしているのが「日本の勢力」であるという事実がメディアに露呈する。それはそれで、アメリカ政府が「自国の低所得者福祉に対して完全に無力である」ということの、これ以上ない不名誉な象徴になりかねなかった。

 

「……気づいてはいたのですよ。NEXAという隠れ蓑を使った、地方都市への電撃的な出店攻勢については」

 

商務省の高官が、画面越しに頭を抱えた。

 

「しかし、仕入れルートも、運送網も、末端の従業員にいたるまで、雇用されているのはすべて我が国のアメリカ市民たちだ。法的にホワイトである以上、分かっていても止める手立てがなかった。……それどころか、お宅のその企業は、我が国のヘッジファンドたちに余計な知恵を吹き込んでくれたおかげで、事態はさらにややこしいことになっている」

 

日本側の外務官僚は、表情を変えずに相手の言葉を待った。

裏で動いていたのは連合直系の「城島ファンド」だ。彼らがNEXAの現地法人に出した指示は、あまりにも悪魔的だった。

 

『NEXAの成功スキームを基にした「格安アパート版」のノウハウを、アメリカの巨大ヘッジファンドたちに布教せよ。そして、連邦政府や州政府が我々に規制や接収をかけようとした場合は、そのファンドたちの資金力で全力のロビー活動を展開させ、防壁とせよ』

 

暴利を貪る金融資本が、冷徹な投資で貧困層を作り出しながら、同時にその貧困層へ超格安の住宅を供給して利益を回収するというマッチポンプ。この強欲と合理性が美しく噛み合った「毒のスキーム」は、今や全米の主要都市で見事に回り始めていた。

特に都市部では、ヘッジファンドが同スキームで管理する物件と、通常のアパートとでは、同じ築年数・同じ部屋割りでありながら「家賃が30~40%も安い」という異常事態がザラに起き始めている。当然、貧困層はファンド側の物件に殺到する。

 

「今やNEXAの買収に動こうとすれば、その格安住宅の利権を握っている我が国自身のメガファンドたちから、全力でロビー活動(足止め)を食らう構造になっている……。身内の身動きすら取れない」

 

「……そうでしょうね」

 

日本の外務官僚は、静かに同情の意を込めて頷いた。

 

この「格安スーパー事業(NEXA)」と「格安アパート事業」を組み合わせ、金融ショック時のドローダウン(資産下落)を大幅に抑え込む『全天候型・高耐久金融パッケージ商品』は、すでに全米の富裕層向けに発売され、爆発的な資金を集めていた。

そして当然、スキームを提供している根幹――スーパー部分の構成比率の分だけ、連合の城島ファンドとNEXAには、莫大な「スキーム利用料(ロイヤリティ)」が自動的に流れ込む。連中は、アメリカの富裕層から吸い上げたその潤沢なドルを、次のNEXAの店舗拡張や、日本国内におけるさらなる企業買収・MX化の軍資金として容赦なく還流させていた。

 

世界的にはまだ無名に近い「城島ファンド」が単独で動くよりも、ウォール街で富裕層や超富裕層に名の通った米系巨大ヘッジファンドたちを「販売代理店」として巻き込んだ方が、段違いの巨額資金を世界中から引き出せる。手数料として同じ数%を抜くにしても、得られる利益の絶対額には雲泥の差が出るのだ。

 

またしても、既存の巨大インフラに寄生し、その養分を吸って自らを肥大化させる、24社連合の「最悪の悪癖」が完璧な形で炸裂していた。おそらくこれこそがあの連中の最大の資金源・・・

 

商務省の高官は、力なくペンをデスクに置いた。

 

「……これは発明ですらない。まさに、既存の法制度の盲点を突いた『ビジネススキームの特許料』だ。そしてどこまでも、反吐が出るほど合法(ホワイト)だ……」

 

ワシントンのエリートが放ったその言葉は、そのまま、日本の外務省の会議室に重く、冷たく響き渡った。

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