ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第68話

同日 東京 霞が関 外務省

 

ネット会談の画面が暗転し、室内に深夜のオフィス特有の重い静寂が戻る。窓の外には、深夜の霞が関を走るまばゆい車の光がテールランプの赤とともに流れていた。

 

「局長、向こうの商務省、やけに穏やかでしたね」

若手官僚が資料をファイルに閉じながら、不思議そうに呟いた。

「『てめえのところのモンスターがウチのシマを食い散らかしやがって、どう責任を取るつもりだ!』なんて、怒髪天を突いて食って掛かってくることも覚悟していたのですが……」

 

「まあ、彼女は元々穏健派な上に、NGO上がりだからね」

内閣府局長はネクタイを少し緩め、冷めたお茶を口にした。

 

画面の向こうに無言で座っていた米商務省の局長クラスの女性高官。彼女はかつて、アメリカ国内の低所得者層へ生活物資を支援する、大規模な民間NGOの出身だった。

彼女の立場からすれば、複雑極まりない思いだったろう。自分たちがかつて、膨大な国費や寄付金、国連の補助金まで注ぎ込んで血を吐く思いでやっていた「最貧困層への食のセーフティネット構築」という大事業。それを、海の向こうからやってきた正体不明の外資が、しかも彼女たちが最も憎むべきウォール街のヘッジファンドたちと手を組み、きっちりと「自活的な利益」を叩き出しながら、100%民間の力だけでわずか数年にして実行してしまったのだ。

商務省の官僚としての敗北感と、元NGO活動家としての「救済」への安堵。喜び半分、複数の屈辱とマイナス感情が半分、といったところが本音に違いない。

 

若手官僚は、少し視線を落としてこう続けた。

「連合の連中は、もしかしたら腹の底でこう思っているかもしれませんね」

 

「何かね」

 

「――『悔しかったら、俺たちより優れた“三方良し”のスキームを提示してみろ』と」

 

局長は、ふっ、と自嘲気味に笑った。

「そうだね。あの合理性の塊たちなら、そう言う可能性は極めて高い。ですが同時に、彼らはこの現状に固執もしない。もし別のビジネスモデルで、もっとリスクが低く、もっとおいしいドルキャッシュの吸い上げ方法を見つければ、今の小売りインフラなど放り出してそちらへ全力疾走するだろう」

 

「そのときは、アメリカ政府が全力で『今の状態のままでいい、言い値で買い取るからシステムを置いていってくれ』と懇願するしかないのでしょうか?」

 

「そう。それが、彼らにとっての最悪のシナリオ――プランBというところだろうね」

 

同席していた経済産業省出身の経済官僚が、硬い声で二人の会話に割り込んだ。

「ご冗談はその辺にしてください。最悪の事態になる前に、ワシントンも我々と同じように、必ず政府主導の『代替インフラ』を構築にかかるはずです」

 

「ああ。向こうには、まだこのスキームの軍門に降っていない、天文学的な資産を持つ大型ファンドがいくらでも残っているからね」

 

「今頃、ウォール街の伝統ある大物たちは、新参の連合とその出し抜けした取り巻きヘッジファンドたちに美味しいところをかっさらわれて、相当悔しがっているでしょうし」

 

経済官僚は頷いた。

「国家の強力なバックアップと、富裕層の免税目的の慈善活動費。さらには既存の年金ファンドへの組み込みによる強固な運営体制。正直、アメリカが本気になれば、日本以上の『持てる者の戦略の極致』での対抗インフラができ上がります。その点は、国内の身内(財閥)の利権調整に振り回されているウチの政府より、よっぽどマシな戦い方ができるでしょう」

 

「ですが……」

若手官僚が、ふと疑問を口にした。

「アメリカでの連中の背後には、ロビー活動を牛耳る巨大ヘッジファンドが控えています。しかし、もしそのファンドたちが連合の『スキームの全貌』を完全に学習し、完全に我が物にしたとしたらどうでしょう? 『もう用済みだ』と契約を切り、一回だけ形式的なロビー活動をして、あとは第三者的な立場に退く……つまり、連合がアメリカの資本に食い逃げされるリスクはありませんか?」

 

「……普通のボンクラな日本企業なら、確実にその生け贄にされているだろうね」

局長は窓の外を凝視したまま、冷徹なトーンで言いたした。

「しかし、今回はあの『連合』だ。下手をしたら、その“食い逃げの動き”すら、すでに計算の内だと言い出しかねん。なんと言っても、連中はすでに全米の草の根から、天文学的な額のドルキャッシュを吸い上げ終えている。……『もう用済みだ』と思っているのは、案外、連合の方かもしれないよ」

 

今回の会談で、商務省側は「すでに初期段階から動きを察知していた」と言っていた。それは外交的なハッタリではなく、紛れもない事実だった。

では、ワシントンのインテリジェンスはいつから動いていたのか。

 

聞けば、NEXAが西海岸のカリフォルニア州で、わずか17店舗を電撃的に開店した段階だったという。つまり、本当に連合とNEXAのアメリカ進出の出発時点ということだ。

アメリカとて、高額な給与を約束される公務員は一握りの上級官僚だけだ。平の地方公務員や末端の治安当局者たちの生活が、昨今のインフレで苦しいのは日本と何も変わらない。

そんな中、物価が高騰し続ける大都市の片隅に、他より圧倒的に「すべての商品が安い」謎の店があるという噂がSNSで広まれば、彼らだって私服で足を運ばずにはいられない。

 

もしこれが1店舗なら『コスト破壊の異端児が現れた』、2店舗や3店舗なら『地域的な価格競争が始まった』で説明がつく。何せ、外見はどれもみすぼらしい個人の居残り売店(個人商店)の体裁をとっているのだから。

しかし、いかに広大なカリフォルニア州とはいえ、完全に同じ奇妙な価格帯、同じ供給システムの店が「17店舗」も同時多発的に存在しているとデータが示せば、優秀な情報分析官なら『この背後に巨大な統括アルゴリズム(何か)がある』と一瞬で察しがつく。

末端の公務員が上げた「気づき」のレポートを、ワシントンの中間層が吸い上げて分析を始めた頃には、NEXAはすでに全米の主要大都市への配置(ドミナント展開)を完了していた。

 

本当に厄介だったのは、まさかこの激安スーパー事業が、裏で「ヘッジファンドの金融商品(証券化)」と合体して初めて機能する全天候型OSだとは、ホワイトハウスの誰も予想し得なかったことだ。

どの都市近郊の店舗も、驚くほど似た陰気な雰囲気をまとっていた。

薄暗い店内、ボロボロの内装、壊れたまま放置された冷蔵庫やレジ。店員は不愛想で、品切れは日常茶飯事。だからこそ、当局も最初の数ヶ月間は『よくある、移民向けの徹底したハイパー・コストカット商法だろう』とタカをくくっていたのだ。

 

しかし、資金の流れ(マネートレーシング)を徹底的に調べ上げると、その経営母体の最深部には常に「NEXA」の名があった。卸売りや仲介といった中間の階層を完全に排除し、ダイレクトに現場へ命令が下る無駄のない構造。

だからこそ、商務省はすぐに対象店舗への電撃的な立ち入り調査とヒアリングに踏み切った。だが、現地の役員たちもさるもの。さすがにすぐには口を割らず、のらりくらりとした法的な回答を繰り返して、冷徹に「時間稼ぎ」を実行した。

 

そのわずかなモラトリアムの間に、連合はウォール街の大手ヘッジファンドを一切挟むことなく、凄まじい先見の明を持ち、なおかつ動かせる潤沢なキャッシュを持て余している「少数の超富裕層(プライベート・キャピタル)」から直接、巨額の資金を集金し終えていたのだ。

そして、その「超富裕層を顧客に持つ」という揺るぎない実績とリターンデータ(果実)を最大の交渉材料にして、今度は本物の巨大ヘッジファンドたちに対し、『アパート型運営の泥臭い実務』と『全米への販売代理店』の役目を、文字通り「肩代わり」させる契約を結ばせた。

 

「まったく……こんな大それた世界規模の国家ハッキングを平然と考える日本企業など、歴史上聞いたことがないな」

局長は深くため息をついた。

さすがの日本の公安警察や経済インテリジェンスも、この「ヘッジファンドの証券化スキーム」の全貌までは事前に入手できていなかった。アメリカ国内でそこまで踏み込んだ金融の闇を調査するとなれば、同盟国相手とはいえ、国家的なスパイリスクがあると踏んでブレーキをかけていたからだ。

連合が米ヘッジファンドに対し、格安アパートという「実業の盾」を貸し与えることで、政府からの吊るし上げや法的規制から身を守る相互防衛の仕組みを唆している……。そこまでは掴んでいたが、その収益還流の速度は予測を遥かに超えていた。

 

「さて……問題は、欧州の『GRID(グリッド)』の方だ……」

 

局長が机の上のタブレットをタップすると、今度はヨーロッパ大陸の地図が青く光った。

NEXAと全く同じ、MXマニュアルによる超効率化スキーム。それが今やフランスとドイツを起点にし、スペイン、イタリアへと延び、さらにはドーバー海峡を越えてイギリスにまで越境進出を果たしている。

さらに厄介なことに、彼らが提示した次の出店予告エリアには、あのギリシャの名が冠されていた。

 

「――『バカンスには行きたいが、インフレで高騰した現地の観光地価格の食事にはびた一文払いたくない。なら、旅先のGRID系列の店で、最安値の味気ない冷凍食品を買って宿で食えばいい』。……次に連中が狙っているのは、ヨーロッパ全土の旺盛な中間・低所得層の、そういう剥き出しの節約本能(インサイト)か」

 

局長は共有されている最新の欧州連合(EU)情勢レポートのページをめくった。

「欧州担当は外務省の別の局だが……間違いなく、こちらの方がアメリカ(ワシントン)との対話より遥かにタフな地獄の会議になるだろうな」

 

「アメリカは、その気になれば一枚岩で強力な代替インフラを自国で作れる。日本はまだ侵食の初期段階だったので、二大財閥に巨額の借りを作って、なんとか国家主導の代替ラインを構築できました。しかし、欧州は……」

 

若手官僚の言葉が重く沈む。

「アメリカ並みにインフレの根が深く、それと同等にGRIDの侵食の根も深い。その上、実質的に複数の『国家』を跨いでいる。仮に主導権を握るドイツやフランスが、自国のプライドをかけて独自の対抗インフラを作れたとしても、経済的な体力の乏しいスペインやイタリアが同じスピードで追随できるかは完全に未知数だ。それどころか、財政破綻の記憶が新しいギリシャや、東欧・南欧の国々は、自国の貧困対策として、連合のGRIDを諸手を挙げて自国へ『招待』するかもしれない。……EU全体での意見統一など、理論上不可能です」

 

「食」という国家の最も根源的なインフラである以上、いずれこれが安全保障上の重大案件として、ブリュッセルの欧州委員会などで採択される日は必ず来る。

しかし、その時――「持てる国」であるドイツやフランスたちは、GRIDの安価な供給に胃袋を掴まれた「持たざる国々」を、一体どんな大義名分で説得できるというのか?

その拒絶と歓迎の比率はどれほどか。それすらも、現在の霞が関のスーパーコンピューターでは、弾き出すことのできない未知の領域(ブラックボックス)だった。

 

「世界中に張り巡らされる、マニュアルという名の蜘蛛の巣か……」

 

局長の呟きは、東京の深夜のオフィスから、遠く地平線を越えてヨーロッパの不穏な夜空へと繋がっているかのようだった。

 

翌日 河内・紙村グループ合同ネット会議

 

ここ最近、静かに鳴りを潜めていた日本経済の双璧、二大財閥。

内閣府のバグ・ハンターたちは「財閥流MXは模倣の限界を迎えているのではないか」と仮説を立てていたが、その洞察は完全に正鵠を得ていた。連合からの転職者へのヒアリングと、現場での地道な実証実験という彼らのアプローチは、今や明確な壁にぶち当たっていた。

 

「で、政府の反応は?」

 

画面の向こうから、河内財閥の重鎮が問いかける。

 

「はい。『対価条件が決まり次第ご連絡ください』とのことです」

 

「ふん。急がない、か」

 

紙村グループの役員は、手元の報告書に目を落としながら苦い顔をした。政府はこちらの足元を見ているかもしれないと感じていたが、それすらもはや彼らにはどうでも良いことだった。

 

「待つというなら待たせればいい。それよりも、現場の数字だ」

 

「はい。予測通り、我がグループのMX改善は完全に頭打ちです。ベンチマークにしている河内さんの商社や銀行、そして我々紙村の造船と自動車。どちらも業績の『増加』自体は続いていますが、その『加速度』は、この8四半期(2年間)で著しく減少傾向が続いています」

 

「真にMXが自律進化しているのなら、まだ見ぬ未知の領域が次々と自動開拓され、加速度は一定以上を保つはず。それが落ちているということは……」

 

「ええ。営業数字、現場のMX開発報告書の事例数、そのどちらを見ても、紛れもない『天井』です」

 

しかし、画面に並ぶ両財閥の役員たちの中に、慌てる者は一人もいなかった。

当然だ。彼らは冷徹に自覚していた。今自分たちがやっているのは、24社連合という怪物の「お零れ」を必死にコピーしているだけに過ぎない。そんな創造性の欠片もない模倣作業で、進化を続ける本物を追い抜けるはずがないのだ。

 

だからこそ、彼らはこの現状に奇妙な満足感を覚えていた。

いや、むしろ――。

 

「とっとと政府は、連合側になびいてくれた方が都合が良い」

 

一人がぽつりと呟いた言葉に、全員が静かに頷いた。

もし政府が覚悟を決めて連合流のMXを導入すれば、秘密協定の有無にかかわらず、霞が関の末端組織や官僚たちの動きに必ず劇的な変化(歪み)が生じる。財閥はその「国家の動き」を外側から観察し、それを新たな改善の種として掠め取ればいい。

最初から連合に勝つ必要などないのだ。結果として自分たちのグループがさらに合理的になり、発展するならそれで構わない。この国のトップという座を連合に明け渡すことになるとしても、それはそれで時代の趨勢だ。彼らには、それほどの乾いた諦観と心構えがあった。

 

「かつては我々、河内グループも、江戸の片隅にある小さな商店に過ぎなかったからな」

 

対する紙村グループもまた、中京圏に集まっていた旧日本軍関係の重工業企業が集められ、軍需によって巨大化した背景を持つ。さらに歴史を遡れば、神社仏閣の修理補修を請け負う一軒の左官屋が原点だ。

 

つまり、彼ら自身もかつて、日本一の座に登りつめる過程で、何万、何十万という競争相手を容赦なく蹴落とし、抜き去ってきたのだ。

ならば今度は、自分たちが時代の寵児に抜かれる側になった。ただそれだけのシンプルな話だった。

 

「――それで、紙村さんの例の『船』は形になりそうですか?」

 

河内側の役員が、話題を切り替えるように尋ねた。

 

「ええ。連合のKソフトウェアさんの力を借りて、極めて順調に進んでいますよ」

 

紙村の役員が不敵に笑う。

海上自衛隊から極秘裏に要求されている『超省人化護衛艦』の開発プロジェクト。対空・対潜・対艦、さらには最新の耐電子戦機能をフル装備しつつ、従来の半分以下であるわずか120名の乗員で運用しきるという無茶な要求だ。

すでに特定用途に特化した省人化艦は存在するが、フルスペックの主力艦をその人数で回すには、艦内のほぼ全機能を高度に自動化・無人化しなければならない。

そこで紙村は意地を捨て、Kソフトウェアに無人化管制システムの開発を丸ごと発注したのだ。

 

政府から「連合と敵対しろ」とも「接触するな」とも命令されてはいない。何より、連合は形式上、純粋な日本企業の集合体だ。ならば、その圧倒的なシステム構築能力を買い、防衛産業の根幹に組み込んだところで、文句を言われる筋合いはどこにもない。

 

連合の「底知れぬ力」を知った今、古いプライドに固執して共倒れになる必要はなかった。その力を都合よく正規契約して、共にこの国の新しいインフラの上で繁栄すればいい。古強者たる二大財閥は、すでにそのように「寄生」のベクトルを切り替えていた。

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