ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第70話

2042年 3月 東京 霞が関 経済産業省

 

「まずいな……」

 

野上経済産業大臣はある報告書をデスクに広げ、執務室で深く頭を抱えていた。もはや頭を抱えること自体が、大臣としての毎日のルーティンになりつつある気がしてならない。

 

画面に表示されているのは、『連合と資源商社との摩擦に関する報告書』という不穏なタイトルの文書だった。

 

24社連合が「L不動産」の管理する地方の空き地を活用し、そこに「J社」のインドネシア人ドライバーと日本人ドライバーの混成タッグによる圧倒的な輸送力を投入。空き家に簡易コンテナを設置して、国家的な安全保障に関わるレアメタルを分散備蓄するという、空き家問題と戦略備蓄を民間の力だけで一瞬にして解決してしまった大事業。そこで、ちょっとした、しかし致命的な「もめ事」が発生していた。

 

空き地の買収・管理費用も、専用コンテナの設置費用も、運送コストもすべて連合持ち。ただ、中に保管されているレアメタル自体の所有権(荷主)は、既存の資源商社が握っていた。

そのうちの2社が、連合の輸送網に対して不自然極まりない『無意味な移動指示』を連発していたのだ。

 

名目としては「近日中に別の国内工場向けに出荷する」と言って山奥の備蓄庫からレアメタルを搬出させ、トラックが走り出した直後に「やっぱり計画が変わったから元の場所に戻して」というキャンセルを繰り返す。純度100%の非効率なピストン輸送(カラ運送)の強要だった。

 

当然、契約通りの運送費用は発生し、その2社も支払いはするらしい。だが、この執拗な嫌がらせの指示を出しているのは、既存の「旧財閥系総合商社」の息がかかった資源商社だった。河内グループでも紙村グループでもない、別の守旧派財閥だ。彼らは、連合の超効率的なMX(マニュアル・トランスフォーメーション)によって、自分たちのグループ会社の他事業のシェアが文字通り削り取られているデータを掴んでいた。要するに、ただの私怨による現場への嫌がらせだった。

 

だが、まずいのは「連合」の反応だ。

彼らが、この不届きな2社を懲らしめるために法廷闘争を起こすといった、凡百な一般企業の感覚で動くわけがない。連合の論理からすれば、この嫌がらせは「システム内に発生した純度100%の排除不能なバグ(非効率)」だ。

となれば、連中の下す決断は一つしかない。

『意思疎通の通じない旧時代の不合理な荷主が混ざっているなら、この分散レアメタル備蓄事業そのものを即座に全面停止します』

そう言い出しかねない。いや、確実に言う。連中なら、1秒の躊躇もなくインフラごとへし折って撤退する。

 

どうやら、あの河内財閥と紙村財閥の役員たちですら、この事態には青ざめていたらしい。「まずいって……あいつらは相手が悪い、話が通じる連中じゃない」と珍しく連合の肩を持って嫌がらせをした2社を必死に説得している最中だという。

その2社と二大財閥による4者会談の3回目が「来週」開かれるため、経産省からも局長級以上の官僚を派遣して、国家としての本気(圧力)を相手に見せてほしい、と財閥側から泣きつかれていた。

 

これには野上大臣も100%賛同する。するが――。

 

「来週まで、あの連合が待ってくれるわけがないだろう」

 

野上が恐れたのは、まさにそこだった。官僚的な「来週の会議」などという悠長な時間軸は、秒単位でMXを回す連合の世界には存在しない。

 

「すぐに連合に連絡を入れてくれ。明日だ。明日中に、この問題を完全にクリアにした結果を報告する、と伝えろ」

 

報告書を持ってきた連絡係の官僚は困惑した。中身を読めば、財閥たちの会議は「来週」とある。なのに大臣は「明日」と言い切ったのだ。

 

「それから、その嫌がらせをしている資源商社2社のトップに、私の名前で直ちに電話を入れろ。――『今日の17時から、大臣室と直結の緊急ネット会談を行う』とな」

 

空き家を有効活用し、レアメタルを戦略的に備蓄する。2つの巨大な国家課題を自力で解決してしまった連合の仕組み。そこには彼らの持つ圧倒的な物流網があって初めて成立している。それをたかだか2社の嫉妬と八つ当たりで潰すというなら、その2社に国家のあらゆる規制をかけてでも即座にへし折る。野上はそう腹を決めた。

自由競争は認めるし、そこに多少の私情が絡むのも市場の常だ。しかし、この2社がやっているのは「国家インフラの明確な妨害」だ。この名分があれば、即日の行政審判も一瞬で通る。

 

大臣のこの異例の即決には、実はもう一つの隠された理由があった。

経産省は極秘裏に連合に要請し、あのレアメタル備蓄庫(空き家)のスペースに、「H食品」傘下の企業が製造する大量の災害用長期保存食を混載し、河内・紙村財閥が管理する「自衛隊・在日米軍向けの銃弾備蓄庫」と連携させて一体運用・運搬する計画を進めていたのだ。

有事の際、これらの空き家群はそのまま住民の「避難所」として機能する。軍事的な兵站(ロジスティクス)を確保したい二大財閥にとっても、喉から手が出るほど欲しい機能だった。そして、その物資の運搬を今まさに担っているのが、連合J社のドライバーたちだった。

 

ここで連合に事業を降りられたら、国家の命綱であるライフライン強化のグランドデザインが根底から崩壊する。

 

そして約束の17時。

大臣室の大型モニターには、野上大臣と事務次官、そして河内・紙村の両財閥の最高幹部たちが並んだ。対する嫌がらせの張本人である旧財閥系商社2社は、完全に顔面を蒼白にした「全権委任役員」を画面の向こうに出頭させていた。

 

会談、と呼べるような生ぬるいものではなかった。

画面が繋がった開口一番、相手の口から飛び出してきたのは、平身低頭の、狂乱染みた謝罪の言葉だった。

 

二大財閥から「手を引け」と2度も忠告を受け、3度目には突然、経済産業省のトップである大臣と事務次官が『来週なんて生温いことを言っているんじゃない。今日の夕方にやるぞ』と強制介入してきたのだ。商社側は、自社のささやかな八つ当たりで留飲を下げようとした目論見が、国家安全保障の地雷を踏み抜いて制御不能なほど暴走していることをようやく悟ったのだ。これほどの異常事態になれば、どれだけふんぞり返った財閥経営陣でも「ただ事ではない」と理解する。

 

つらつらと続く謝罪の弁は、野上の耳にはほとんど入っていなかった。事務次官が冷徹に議事録を作成し、公印を押して記録している。処分なり行政指導なりは、後からいくらでも料理できる。

それよりも、今この瞬間に「連合へ何と言って報告するか」。そっちの方が、この目の前の2社の命運などよりも遥かに即決すべき重大事項だった。

 

会談は、わずか45分ほどで一方的に打ち切られた。

その直後、野上大臣は自らスマートフォンを掴むと、J社本社のホットラインへ直接ダイヤルを回した。

 

隣にいた事務次官が、ぎょっとして息を呑む。

しかし、すぐに大臣の意図を理解した。これは報連相の『連(連絡)』だ。

官僚的な報告書の一式を精査し、体裁を整えてから提出する――そんな既存の霞が関のスピード感で動いていたら、書類を作っている間に連合は日本市場から撤退している。だからこそ、一見して国家の最大風速に見える「明日」というデッドラインを提示しておきながら、結果が出た瞬間の『今』、ダイレクトに結論だけを通達するのだ。

 

「経済産業省の大臣の野上です。先ほど、貴社のトラックにカラ運送の指示を出していた資源商社2社との緊急会談を終了しました。――今後は二度と、貴社のシステムに対する悪意ある不合理な指示は行わないと、口頭での確約を取り付けました。まずはそれだけを、取り急ぎ。はい、失礼します」

 

あまりにも短い連絡。だが、嘘は一切ない。事実のみの速報。

約束は確かに現段階では口頭だけだし、『悪意ある指示』の厳密な法規上の定義もまだ決まっていない。だが、これでいい。

 

通話を切った野上は、しばらく沈黙した後、突然「ははは!」と激しく笑いだした。

 

「……大臣?」事務次官がいぶかしむ。

 

「聞いてくれ、次官。……向こう(連合)は、どっちでも良かったとさ」

 

「それは……どういう意味でしょうか?」

 

野上は可笑しそうに首を振った。

「――『我が社のサプライチェーンに、そういう不条理なノイズ(客)が紛れ込んできた場合、システムが自動的にどう検知し、どう排除・処理するか』のシミュレーション(耐久実験)をしていたらしい。とりあえず今回の件、向こうは怒るどころか、貴重な『嫌がらせの経験データ』として嬉々として取り込んでいたよ」

 

相手がどのようなトーンで答えたにせよ、それは「この程度の手不際で連合はシステムを止めないし、撤退のトリガーにも引っかかっていない」という、冷徹な生存報告でもあった。

 

「……化け物め」

事務次官が小さく呟いた。

 

あとは、現場の局長たちが今夜中にあの商社2社の関係者を残業させて事情聴取し、明日、詳細な報告書をメールで一本送れば、この国家インフラの危機は完全な鎮火を迎える。

だが、経産省の官僚たちの心に残ったのは、危機を脱した安堵ではなく、国家の最高権力すらも自らの「最適化データ」として吸収して肥大化していく、24社連合というシステムの底知れぬ恐ろしさだった。

 

翌週 高知県 高知FOXタクシー

 

夕暮れ時の営業所、年季の入ったプレハブの休憩室で、数人のタクシードライバーが缶コーヒーを片手に談笑していた。

 

「中井さん、お疲れさん。今日の稼ぎはどう?」

 

「おう、例の『法人ルート』ってやつで何とかな。相変わらずあっちからの回しが良くて助かるよ」

 

高知FOXタクシーは、今や絶滅危惧種となった「報酬制度という名のフリーランス任せ」の旧来通りの経営を続ける地元企業だ。しかし、周囲の同業が次々と倒産する中で、業績はそれなりに黒字を維持し、ドライバーにも安定して仕事と収入が回ってきている。人口減少が進み、日本の総人口1億人切りが目前に迫るこの地方都市において、単一県内のみで経営する中小タクシー会社が生き残っているのは、奇跡に近い。

 

高知の街も、中心部の観光地や大都市圏のようなビジネス利用があるエリアならまだ活気はある。しかし、強力な観光資源もなく、人口40万の県庁所在地からさらに外れたこの過疎地手前の営業所は、かつては深刻な経営危機に喘いでいた。県庁や近隣自治体が「住民の足を守るため」と補助金をジャブジャブと注ぎ込み、なんとか延命させていた足手まといの赤字インフラ。それが、数年前に連合のJ社が参入してきてから一変したのだ。

 

連合は、画期的な新型車両を導入したわけでも、最新のAI配車アプリを無理やり地元に浸透させたわけでもない。

彼らがやったのは、ただ『運賃を既存の2倍にした』、それだけだった。

 

「最初はさ、連合の新しいタクシーが来るっていうから、どんなエグい雑巾絞り野郎が来るかと思って身構えたよな」

 

「なのに、蓋を開けてみれば古い車両そのままで運賃2倍だろ? 何を無謀な自殺行為をやってんだ、って最初はみんなで失笑してたよ」

 

当時、FOXタクシーの経営陣も自治体の担当者も苦笑いしていた。一応、地元企業のFOXが健在であるため、連合による市場独占という独占禁止法の網にも引っかからない。誰もが「高すぎて誰も乗らず、数ヶ月で音を上げて引き上げるだろう」と高を括っていた。だが、彼らは何ヶ月経とうが何年経とうが、平然とそこに居残り続けた。

 

そして、その奇妙な評判は、口コミで徐々に、だが確実に地域へ広がっていったのだ。

 

『J社さんはね、呼べばFOXさんより確実に早く来てくれるのよ』

 

これだけなら、単に車両の配置効率が良いだけで脅威にはならない。本当の脅威は、その価格設定の裏にある「サービス構造」にあった。

 

『それにねえ、J社さんは介護士さんを同乗して家まで迎えに来てくれるから、体が痛くてもデイサービスに行きやすくて本当に助かるの』

『認知症気味のお母さんを1人で乗せるのは不安だけど、外国人介護士のスタッフさんが付き添って優しく面倒を見てくれるから、安心して任せられるわ』

 

さらに、地域の介護施設やケアマネージャー側からも、驚愕の評価が上がり始める。

 

『J社さんが送迎を代行してくれるおかげで、うちの施設側の送り迎え人員を劇的に減らせた。これなら、ちょっとくらいこちらから提携費用(補助金)を出してでも、J社さんに全面委託した方が遥かに安上がりだ』

 

過疎地の「移動」と「介護」という2つの不効率を、連合は1台のタクシーにパックにして合体させてしまったのだ。高額な運賃の正体は、この「オンデマンド型介護・移動インフラ」のコストだった。

 

「しかもさ……」

 

中井がコーヒーを飲み干し、不思議そうに眉をひそめる。

 

「J社のやつら、午前中に施設やスーパーへ高齢者のお客さんを送り届けたら、『帰りの迎えはFOXさん、そっちでやってください』って、仕事を丸ごとウチに投げてくるんだぜ? ライバルに塩を送るなんて、一体何を考えているんだ?」

 

「それ、こないだ営業課長から聞いたよ。介護士を夕方以降の遅い時間まで拘束したくないのが、連合のマニュアルらしいな」

 

同僚のドライバーが頷く。

J社のシステムによれば、午前中にタクシーに同乗させていた介護士のほとんどは、午後以降、J社が提携している周辺の介護施設の「応援要員」や「交代要員」として現場にスライド投入されるという。つまり、介護士の労働時間を1分たりとも無駄にしないためのシフト最適化だ。そしてドライバーは営業ではなく、自社教習所で次なるドライバーの育成やサービス向上の実験などに充てられている。そのため、介護士とドライバーの手が塞がる帰りの時間帯の「ただの移動」と「施設前の待機時間」は、ライバルであるはずのFOXタクシーに喜んでアウトソーシング(丸投げ)してくる。

 

「しかも、最近じゃJ社の営業が『ウチが2倍にしたんだから、FOXさんもそろそろ値上げしません?』なんて言ってきたらしいじゃないか。ウチを一緒に値上げさせて、世間からの批判を躱そうとしているんじゃないかって勘繰っちゃうよな」

 

「……いや、多分あいつらの狙いはもっと冷徹だよ」

 

中井は声を潜めた。

 

「考えてみろ。もし今の運賃競争でウチみたいな地元企業が潰れたらどうなる? 今度はJ社が県庁から『唯一の地域公共インフラ』に指定されちまう。そうなれば結局、自治体から“善意や公共利益”という名目の面倒な縛りや規制を押し付けられて、身動きが取れなくなるだろ。だから、その面倒な『公共の盾』としての役目は、地元のFOXに引き続き担わせておきたいのさ。地元企業だしな、って顔をして」

 

「なるほどな……」

 

「あっちが高付加価値の金持ち向け事業者としてがっぽり儲けつつ、この過疎地が本当に採算割れして死に体になったら、いつでも荷物をまとめて東京や大阪、あるいは香川や愛媛の別の場所にトンズラする準備をしてるんだ。この効率的な仕組み、喉から手が出るほど欲しい自治体も、潰れかけの地元タクシー会社も、今や全国に山ほどいるからな」

 

当初、中井が口にしていた『法人ルート』とは、まさにこの構造のことだった。

現に中井はつい先ほども、午前中にJ社の介護タクシーで大型スーパーへ買い出しに赴いた高齢女性の「帰りのお迎え」を、スーパーのサービスカウンター経由のシステム連携で受注し、自宅まで送り届けたばかりだった。

J社参入当初は彼らの半分だった高知FOXタクシーの運賃は、今やJ社の「60%オフ(つまり当初の1.2倍強)」の水準まで引き上げられている。連合が作った圧倒的な高価格の「傘」のおかげで、FOXは批判されることなく、堂々と生存に必要な利益を確保できるようになっていた。

 

そして、この「地方タクシーの生存 MX」は、当然ながら高知県内だけに留まらなかった。

全国の限界集落や過疎地を抱える中小タクシー会社たちが、雪崩を打ってこの事例に便乗し始めたのだ。

さすがに連合J社が誇る「外国人介護士とドライバーを組み合わせたハイブリッド送迎モデル」そのものは、人材確保のハードルが高すぎて大手の資本でなければ模倣できない。

 

しかし、地方の弱小タクシー会社たちは、そんな高度なシステムがなくとも、ただ「便乗値上げ」を断行した。

 

「地方でタクシーを維持するなら、この価格でなければ成り立たない。高いと言って文句を言う消費者が多いが、現実にJ社を見てみろ、これが過疎地ロジスティクスの正当な『市場相場』なのだ」

 

そう言って、値上げの正当性を怒れる消費者や渋る自治体の目の前に堂々と叩きつける。連合という絶対的な基準(ジャイアント)がいるおかげで、彼らは「悪徳業者」の汚名を着ずに済むのだ。

 

「うちの営業課長も言ってたよ。J社には足を向けて寝られない、とな」

 

同僚のドライバーが笑いながら同意する。だが、その表情にふと、奇妙な引っかかりが浮かんだ。

 

「――でもさ、中井さん。あのJ社って、一体どこからあんなに大量のドライバーを雇ってきてるんですかね? ほら、向こうのドライバーって、どいつもこいつも怖いくらい無口じゃないですか。愛想が悪いとかじゃなくて、徹底して余計なことを喋らない。こないだ仕事の件で少し話し掛けたときも、出身地すら聞き出せなかったですよ。まるでお互いにプライベートを隠すように訓練されてるみたいで……」

 

中井は手元の缶コーヒーを握りつぶし、ゴミ箱へ放り投げた。

脳裏をよぎったのは、数日前に小耳に挟んだ、J社の厳しいマニュアル経営の奇妙な噂だった。

 

「……出身地、か。まあ、聞かないでおくのが、この業界の新しいマニュアル(優しさ)ってやつさ」

 

夕闇が深まる高知のロードサイド。J社とFOX、二つの異なる色を灯したタクシーが、過疎化の進む夜の街へと静かに滑り出していった。

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