ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第73話

2042年 8月 山口県

 

山口県ののどかな田舎街に、その古いアパートはポツンと佇んでいた。一見すればどこにでもある地方の格安物件だが、ここには「L不動産」が月影証券と共に撒いた、低信用個人事業主向けビジネスというクリエイティブの種が、確かに芽吹いていた。

 

かつて解散したバグ・ハンター会議の大川が懸念していた通り、連合が低信用層に手を差し伸べる「温情の門戸」は、何も投資トレーダーだけに開かれたものではなかった。あらゆる業種の、社会のシステムからこぼれ落ちた才能がその対象だった。そして、その中の『アニメーター部門第1号』として実験的に用意されたのが、この山口県のアパートだった。

 

事業が始まってまだ1年も経っていないため、組織として巨大な成長を遂げているわけではない。ここに集められたのは、過酷な労働環境や体調不良、あるいは技量不足など様々な背景でアニメ制作会社から弾き出され、かつどこにも拾ってもらえなかった――業界基準で言えば「脱落者」のレベルに位置する人材ばかりだった。

当然、彼ら彼女らのスキルだけで一から商業アニメを作れと言っても、それはまだ無理な話だ。それができるなら、とっくに東京のどこかのスタジオに拾われている。

 

だからこそ、L不動産が彼らに仕掛けた「発注」のシステムは極めて合理的だった。

彼らの仕事は、全国の無数にあるアニメ制作会社の『緊急応援(ヘルプ)』に特化されていた。

 

緻密な予定を組み、膨大な数のサプライヤー(作画スタジオやフリーランス)を噛み合わせて制作を進めるのは、アニメ業界も他の製造業や物流と同じだ。ゆえに、どこか一つのラインで突然のトラブルや遅れが発生することは日常茶飯事である。L不動産はその「遅れ」をシステムで素早く検知し、切羽詰まった制作会社へ駆け込んでいく。「うちのラインにこれくらいの技術の人間が余っていますが、不備の枠を埋めるために買ってくれませんか?」と、住人たちのサンプルを見せて作画の穴埋め契約を勝ち取ってくるのだ。

 

発注元の制作会社からすれば、背に腹は変えられない。「放送を落とす(万策尽きる)よりは100倍マシだ。とりあえず民放のTV放送版は形になって動いていればいい。多少の作画崩壊シーンは、後でBlu-ray版を出すときに修正すればいい」と割り切り、L不動産のこの提案に大体は乗ってくる。

 

その仕組みを最初に説明されたとき、入居者の一人である三浦は複雑な気分だった。

「そこまで哀れまれて、国からも見捨てられたからって、住む場所まで指定されて囲い込まれるなんて」という、プライドの傷つきが最初はあったという。しかし、このアパートに入居してみると、そこには自分と全く同じ境遇の、業界の荒波に揉まれて傷ついた仲間たちが集まっていた。

 

皆、L不動産から「アニメ制作会社の応援業務が臨時で入るから、それを請け負う契約を結ぶなら、格安でこのアパートに入居してもいい」と言われてやってきた。当初は普通のアルバイトも探したそうだが、ここは田舎街であるためそもそもバイト先すら少ない。数少ない求人も、すでに地元の人間で埋まっていることが多かった。

しかし、行き場のない彼らがアパート住人同士のグループチャットを始めると、誰からともなく「暇な時は、みんなで同人誌やらね?」という誘いが飛び交うようになった。

 

クビになったり会社が倒産して放り出されたレベルとはいえ、全員がプロの荒波を一度は経験した元アニメーターだ。その辺の素人に比べれば、画力そのものには絶対的な自信がある。ストーリーや内容はありきたりなものであっても、絵のクオリティ、線の美しさ自体は申し分ないものが仕上がる。そこに購入特典として、自分たちで分担して作ったハイクオリティな「ショートアニメ(GIFアニメ)」を付けたりもした。

 

「まさか、ネット販売でこんなに売れるとはな。良かったな、三浦さん」

 

「ええ。バイト先もなくて困っていたし、自分の絵の練習にもなる。ちょうどいい小遣い稼ぎね」

 

L不動産からの緊急依頼は、チャットツールを通じて本当に突然、前触れもなく滑り込んでくる。

 

『16日後までに、このカットの原画(動画)をここまで仕上げてほしい』

 

そんな内容の業務指示が、全員の端末に一斉に飛ぶ。

しかし、提示される分量は、かつて東京のブラックスタジオで味わったような非現実的なものではなかった。睡眠時間や帰宅の時間を削り、何日もスタジオに泊まり込むような狂ったスケジュールを強要されることはない。

 

(あ、そもそも自分の家で作業するんだから、過酷な通勤自体がないんだった……)

 

三浦はふと気づいて苦笑した。

東京の大手アニメ会社なら完全リモート作業の最新システムを揃えていたが、彼女が以前所属していた弱小の会社では、昔ながらの紙と生身の人間が回収に走るアナログな方法を頑なに取っていた。対して、このL不動産のアパートは、建物そのものはボロボロで築古であるにもかかわらず、光回線や通信環境、作画用タブレットとサーバーの連携といった通信関係のインフラだけは、怖いくらいやたらと充実していた。

 

ある日の夜、住人の一部が一部屋に集まって、静かに宅飲みをしていた。

 

「なあ、俺たち、L不動産のシステムに完全にいいように使われているよな?」

 

唐揚げを口に放り込みながら、若い男がボソリと言った。

「突然、夜中に仕事を入れられるんだもんね。通信関係にはやたらとお金をかけて専用サーバーまで置いてるのに、アパートそのものの壁は薄いしさあ」

 

「でもさ、あの会社が持ってくる応援の仕事、カット単価を考えたらかなり割が良くないか?」

 

「え~、でもスケジュールが明らかに他社の『追い込み期(修羅場)』に集中してるじゃない。だから一気に忙しくなるのよ」

 

「逆に言えばさ、仕事が来る時期が業界のオンエアスケジュールから逆算して読みやすいってことだろ。だから、それ以外の暇な時期を自分たちの同人活動の方に時間を配分しやすいんだよな」

 

「確かに。SNSでも『○月に新作出します』ってあらかじめ予告しやすいしね」

 

最年長である40代の男性住人が、缶ビールを片手に、業界の裏側を透かすような推理を述べた。

 

「まあ、みんな薄々勘付いているだろうが……これ、L不動産がアニメ制作会社の足元を完全に見た、めちゃくちゃエグい商売だろうな」

 

「足元?」

三浦が首をかしげる。

 

「ああ。大手の仕事は、ウチらみたいなラインには回ってこない。逆に、聞いたこともないような弱小の15分アニメの仕事も回ってこない。つまりターゲットは、人手は慢性的に足りないけれど、作画崩壊を起こして放送したらネットの笑いものになって、会社の評判に直撃しやすい『中堅どころの制作会社』だ。あいつら、中堅スタジオが『数日以内にこれを埋めないと死ぬ』ってタイミングを正確に測って、通常より高い特急料金で枠を売りつけてるんだよ」

 

「でも、そのおかげで、東京を追われたウチらがこうやって田舎で家賃に怯えずに生活できているわけだし~。休日だって、繁忙期以外は普通に取れるじゃん?」

 

女性住人がクスクスと笑いながら缶を合わせる。

 

「……そうだな。そういう意味では、決して悪くないな」

 

東京の喧騒から遠く離れた山口県のアパート。社会の「不効率」と、業界の「歪み」を燃料にして回る連合のシステムは、見捨てられた彼らの爪に再びペンを握らせ、商業アニメの崩壊を裏で支える「見えざるセーフティネット」として、静かに稼働し続けていた。

 

「ねえ、月影証券の投資やる?」

 

「そうねえ~、ちょっと怪しいけど、まあ少しだけならいいんじゃない?」

 

三浦ともう一人の女性住人がスマホの画面を覗き込みながら話しているのは、L不動産と提携している月影証券が提供する「L不動産入居者限定」の投資商品だった。

その中身は、すでにこの2社が囲い込んでいる全国の「低信用投資トレーダー」たちに資金を預け、彼らに運用してもらうという、世間一般の投資信託とは一線を画す奇妙な仕組みだった。

 

「石川3号がいいんじゃない?」

 

「うーん、こっちの千葉7号の方が良くない? 」

 

画面に並ぶ「石川3号」や「千葉7号」といった名前は、L不動産が全国で抑えている物件(アパート)のコード番号だった。資金を提供する側は、個人ではなく「そのアパート1棟のトレーダー集団全体」に対して投資を行う。

 

この山口のアニメーターアパートが、部屋ごとに原画、動画、色彩、3Dと得意分野を分散させて1つのスタジオのように機能しているのと同じように、トレーダーアパートもまた、住人ごとに扱う金融商品や取引手法(デイトレ、スイング、マクロ、アービトラージなど)が極力ばらけるように部屋割りが最適化されていた。

彼女たちが見ているのは、その各アパートごとの過去の運用成績を総合した「ポートフォリオの推移グラフ」だ。

 

つまり、月影証券のこのシステムは『どのトレーダー集団(アパート)に資金を預けるか?』を、身内である入居者限定ページで選ばせて循環させているのだ。もしトレーダーが他の物件へ転居すれば即座にシステムから通知が来るため、不安なら違うアパート集団に乗り換えればいいだけ。リスク管理もアプリ一つで完結していた。

 

一方、雇われているトレーダーたちからすれば、自己資金に加えて、全国のL不動産入居者からの「応援資金」まで追加でレバレッジとして運用できる。これはつまり、彼らにとってもリターン(成功報酬)が爆発的に増えるチャンスを意味していた。成績を上げれば上げるほど、信頼のスコアと共に預かる運転資金は膨れ上がっていく。

 

L不動産と月影証券は、国の金融規制の網の目を極めて合法的にすり抜けながら、「住居紐付け型マイクロファンド」を全国に無数に組成していたのだ。

 

当然、プロの世界である以上、損失を出し続ければ容赦なく資金は抜かれ、アパートごとのランクも落ちていく。そうならないために、トレーダーたちもまた、この山口のアニメーターたちと同じように、夜な夜な1つの部屋に缶ビールとタブレットを持ち寄って、チャートを睨みつけながら必死の作戦会議を開いているに違いない。

 

「なんかさ、私たちが泥縄でアニメ会社の穴埋めして稼いだお金が、今度はどっかの田舎のアパートで必死に画面叩いてる元引きこもりのお兄ちゃんたちの資金になるって、変な感じよね」

 

「ほんと。でも、あっちの『千葉7号』の人たちも、私らが作画崩壊を防いだアニメのBDボックスとか、同人誌買ってくれてるかもしれないし?」

 

「あはは、それなら完全なお金の身内回しじゃん」

 

クスクスと笑い合う彼女たちの手元で、地方のアニメーターの小銭が、どこか遠くのトレーダーアパートの軍資金へと瞬時に送金されていく。

かつて霞が関のバグ・ハンターたちが恐れた通り、連合の生態系は国や既存の金融機関の手を一切煩わせることなく、独自の経済圏(マニュアル・エコシステム)の中で、完璧に、そして貪欲に回り続けていた。

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