ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第8話

2034年 1月 東京 A社本社

 

「……本当に、この設計のまま進めてよろしいのですか?」

 

A社本社の会議室。若手の設計エンジニアが、手元のタブレットに表示された回路図を見つめ、困惑を隠せない声を上げた。

 

彼の目の前にあるのは、A社が買収した台湾の零細基板メーカーの技術をベースに、大詰めを迎えている新型グラフィックボードの設計図だ。

かつて世界を席巻した海外大手の旧世代GPU。その現物を徹底的に分解し、デッドコピー(模倣)した上で、意図的に「歪な変更」を各所に加えた歪な代物だった。

 

「B社が青森のメモリ工場で上手くいったんだ。同じシステムで動く我が社でも、行けないはずがないだろう」

 

上司は表情を変えず、淡々と冷めたコーヒーを口にした。

 

若手エンジニアが戸惑うのも無理はなかった。この設計変更には、グラフィックボードの処理能力を上げるための工夫など、ただの1ミリも含まれていないからだ。

むしろ、最適化されていた回路をわざわざ回り道に書き換えているため、純粋な処理効率は旧式オリジナルより落ちてすらいる。

 

しかし、24社連合がこの設計に求めているのは「高性能」などというセクシーな価値ではなかった。

 

ベースにしたのは、すでに期限が切れた古い特許技術。

現行の特許に触れそうな最新のGPU設計部分に対しては、回路の配置や信号の経由ルートをあえて非効率に変える。

「参考にした部分はありますが、我が社の独自設計です」と、法廷で冷徹に言い張るためだけの、言わば「防犯用の迷路」を回路の中に構築していた。

 

「我々が作ろうとしているのは、最先端のAI研究者が使うような超高性能チップじゃない。世界中の一般ユーザーが『普通に動けばいい』と求めている、枯れた規格の代替品だ」

 

上司は、C社から共有された『半導体設計における法的リスク回避マニュアル』のページをめくった。

 

そこには、どの部分の回路を何パーセント変更すれば、国際法上の「意匠・特許の類似性」から脱却できるかが、冷徹な数値データとして規定されている・・・というのがいつもの24社連合だが、ことGPUに関してはあまりに法的・安全保障的に機微すぎる案件で数値化はできない。

だが、それでもやはりそこに個人の「もっと性能を良くしたい」という職人気質なこだわり(エゴ)は、システムを揺るがすノイズとして定義されていた。

根拠データを持ち、今連合がこだわっている製造コストラインに抵触しないなら採用と昇給されるが、そんな魔法を持ち合わせている者はここには居なかった。

 

「他社から訴えられない。そして、最低限の描画規格をクリアしている。……その2点さえ満たしていれば、このバブルの市場ならいくらでも買い手はつく」

 

上司の言葉に、若手エンジニアは静かに頷き、画面の回路修正案を確定させた。

 

世界を巻き込むAI偏重の濁流の中で、最も激しく揺さぶられていたのは汎用メモリ市場だった。

 

パソコンからデータセンターのサーバー、さらにはスマート家電や自動車に至るまで、現代のあらゆる電気機器の心臓部に組み込まれる汎用メモリは、その絶対的な需要量が莫大すぎた。B社が青森工場を増設してもなお、市場の渇きは癒えきっていなかった。

 

そして、そのメモリの陰に隠れるようにして、もう一つの「悲鳴」が静かに上がっていた。グラフィックボード、およびその中核たるGPUチップの深刻な供給不足である。

 

GPUの用途は、主にパソコンや一部のAIサーバーに限られている。そのため、全産業に直撃したメモリ不足ほど一般のニュースで大騒ぎされることはなかった。

 

しかし、長らくパソコンの買い替えを足止めされている一般のユーザーや、地方の小規模なシステムインテグレーション企業にとっては、依然として頭の痛い、そして解決の兆しが見えない深刻な問題であり続けていた。

 

「最先端の性能など、誰もが求めているわけではない」

 

A社の設計統括は、台湾のラインから送られてきた試作基板の動作ログを確認しながら、確信を深めていた。

 

大手がAI向けの超高価格なハイエンドGPUの生産に血眼になり、一般市場向けのミドルレンジ以下を毎年供給枠を削っているこの瞬間こそ、24社連合の「セクシーさを捨てる戦略」が最も威力を発揮する舞台だった。

 

A社が市場に送り込もうとしているグラフィックボードは、大手メーカーが数年前に発売した旧型モデルの性能にすら届かない、言わば「二世代以上前の遺物」のようなスペックだった。

 

最新の3Dゲームを最高画質で動かす能力はない。最新AIの学習や大規模推論は不可能。しかし、事務作業、動画視聴、CADの軽作業、既存業務システムの運用には十分な性能を備えていた。PCとしての最低限の義務は完璧に果たす。

 

海外大手が権利を放棄した古いアーキテクチャをベースにしているため、開発費はほぼ特許回避の回路関係に回っていた。今も台湾の零細工場で、24社連合の「多言語対応マニュアル」に従った未熟練の作業員たちと「マニュアル不備」を指摘していく熟練作業員たちが、ロボットのように正確に組み立てていく。

 

「これでいい。他社が10万円、20万円という『セクシーな価格』でグラフィックボードを売るなら、我が社は『2万9800円』の規格品としてこれを棚に並べる」

 

今はテスト生産中だが、あと数か月後には秋葉原のショップで、ビニール袋に包まれてワゴンに山積みにされる、名もなき黒い基板。

それは、かつて日本の電機産業が追い求め、そして溺れていった「技術の至高」という呪縛から完全に解き放たれた、24社連合流の「持たざる者のための、静かなる回答」だった。

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