2043年 4月 東京 東京大学
赤門をくぐり、満開の桜が散り始めた本郷キャンパスを歩く新入生たちの顔には、日本最高峰の学び舎に足を踏み入れたという確かな誇りと、輝かしい未来への期待が満ちていた。ここを卒業すれば、官公庁のキャリア官僚、政府系金融機関、あるいは日本を代表する大企業たちが、彼らを両手を広げて待ち受けている。それがこれまでの日本の、そして「東大生」というエリートの絶対的な約束手形だった。
熊本の地方進学校からはるばる上京してきた太田(18歳)も、そのキャンパスに身を置いていた。彼もまた、人並み以上の経済的幸福を望み、己の頭脳に絶対の自信を持っていた。
――あの「選別」を経験するまでは。
時計の針を1年ほど巻き戻し、2042年6月。
高校3年生だった太田は、狂ったように受験勉強に励んでいた。だが当時、彼の第一志望は東大ではなかった。
彼が、そして日本中の狂気的な神童たちが血眼になって目指していたのは、河内・紙村の両財閥が莫大な資金を投じて岐阜の山奥に設立した全寮制の超エリート校、『双璧(そうへき)アカデミー』だった。
授業料は完全無料、それどころか日々の生活費まで一定額が支給されるという破格の待遇。さらに、そこに集められた最先端の機材や国内トップクラスの講師陣による教育の質とスケール、個人あたりに割り当てられる設備では、すでに東京大学や京都大学を遥かに凌駕していると噂されていた。
そして、彼の第二志望が、あの24社連合が運営する専門スクール『日本総合職業専門スクール(通称:日総職)』である。
こちらも双璧アカデミー同様、学費と生活費は完全保障、教育環境に至っては「連合の全現場リソースがバックにある」ため、双璧以上の実戦力を養える場所として君臨していた。しかし、太田にとって志望度が二番手だったのは、そのあまりにも不気味で異常な試験内容に起因していた。
双璧アカデミーの試験は、まだ「努力の延長線上」に思えた。高校生の範囲を遥かに逸脱した大学レベルの難問が出されるが、絶妙なヒントが散りばめられており、数学オリンピックの国内上位ランカーなら解ける、という類のものだ。つまり、圧倒的な知識と閃きがあれば突破の可能性はあった。
だが、日総職の試験はまるで違った。
提示された要項は、『リモート面談のみ』。
拍子抜けするほどシンプルだと思ったが、詳細を見て戦慄した。その面談は、平日の放課後に予約を入れ、「2週間(計10日間)、毎日1時間」にわたって行われる。しかも、毎日日替わりで異なる科目の、異なる教員が画面の向こうから現れるのだ。
ネットの掲示板やSNSで飛び交う受験報告から、その内容は完全に割れていた。毎日行われる1時間の面談は、正確に30分ずつの2部構成になっている。
【日総職・スクール部門選抜試験】
前半30分:『徹底的な仮説とその妥当性の打ち合い』
「もし、世界中の銅の採掘量が明日から半分になったら、君が専攻したい超伝導分野のサプライチェーンはどう変化し、それをどう迂回するか?」といった問いに対し、その場で仮説を立て、教員の鋭い反論とデータによる突っ込みに耐え続けなければならない。
後半30分:『リアルタイム・トラブルシューティング』
ある生産ラインや開発現場で起きた致命的なバグや、人間関係の破綻といったケーススタディを提示される。考える時間はわずか15分。その後の15分間で「自分ならどう対応するか」を教員と1対1で徹底的に討議する。
これを10日間、ありとあらゆる分野のスペシャリストから浴びせられ続けるのだ。しかも、採点基準や「何を評価されているのか」のフィードバックは一切明かされない。
本来、学校教育法に照らし合わせればこのような不透明な入試はグレーゾーンだが、双璧アカデミーも日総職も、文部科学省の管轄外にある独立した「専門スクール(私塾)」の扱いであるため、どんな選別をしようが国の法律は届かない。
双璧の試験は高3の6月に一斉に行われるが、日総職に至っては「高1から高3の間のいつでも、好きな時に受けていい。ただしチャンスは人生で一度きり。」というシステムだった。対策のしようがなく、試験を後ろにズラしすぎると、面接官(教員)のスケジュールが埋まって枠自体が消滅するリスクがあるため、多くの受験生が太田と同じ「高3の6月」までに勝負を挑んでいた。
結果は、どちらも無残な不合格だった。
それもそのはずだ。東大や京大、旧帝大を確実視されている全国の化け物たちが、「学費・生活費免除」「世界最高峰の環境」という果実に惹かれて一斉に群がっているのだ。今や、本番の東大入試よりも、この二校の席の奪い合いのほうが遥かに熾烈で、倍率などという言葉が意味をなさないほどのデスゲームと化していた。
不合格通知を受け取り、肩を落として熊本の実家に帰宅したあの日、太田を迎えたのは当時中学3年生だった妹の暢気な声だった。
「ねえ、お兄ちゃん。私、受かったよ」
「……え? そうか、良かったな」
妹が受けていたのは、日総職の「スクール部門」ではなく、日総職と提携する連合企業群の「中卒・高卒ダイレクト採用試験」だった。
妹は私立の超進学校に通っているわけでもなければ、天才の片鱗を見せたこともない。むしろ、地元の公立中学での成績は下から数えた方が早いくらいだった。
「緊張しなかったか?」と太田が尋ねると、妹は「ううん、いつもの部活の部室(教室)だったし、すぐ終わったよ」と笑った。
連合の企業群は、中学卒業の子供であっても、そこに「適性」があるとアルゴリズムが判断すれば、直接雇用する。かといって、それは単なる単純労働(ブルーカラー)や事務職の補充を意味しない。適性の種類によっては、15歳であっても「製品設計者」や「次世代ラインの開発者」として英才教育を施しながら雇用することが普通に行われていた。
さらに驚くべきは、その採用プロセスの効率性だ。「本社へ面接に来い」とも言わなければ、「1次、2次、3次……」と何度も呼び出すこともしない。
『応募者様の学校、あるいはご指定の場所まで、私どもの採用担当(エージェント)が直接足を運びます。適性試験は数種類受けていただきますが、最低でも半日後、早ければ数時間後には合否の結果をお出ししますので、お手を煩わせることはありません』
それが、彼らのマニュアルだった。あの、2週間かけて志望者をじわじわとすり潰すようなスクール部門の選別とは真逆の、徹底的な「ローコスト・超高速選別」だった。
「で、もう配属まで言われたんだろ?」
「うん、B社(連合傘下の電機メーカー)の、最新メモリ工場のラインオペレーターが第一候補だって。でも、勤務地が青森になっちゃうから、もし15歳で一人暮らしが不安なら、熊本の近場でもう一回別の配属先(マッチング)を探すって言ってくれた。お兄ちゃん、どう思う?」
「そうだったな……。お前、バレー部だったもんな」
普通の中学の、弱小バレー部。県大会の成績も凡庸。だがおそらく、妹の脳は「バレーのラリー中、ボールが宙に浮いているわずか1〜2秒の間に、味方の位置と敵の動きを瞬間的に把握し、最も適切な位置へ体を滑り込ませる」という、空間認識とリアルタイムの状況判断力において、良好な数値を叩き出していたのだろう。B社の半導体製造ラインを統括するAIシステムは、その「野生の適性」を見逃さなかったのだろう。
「そうか。じゃあお前、来年からは俺より一足先に、大企業のエリート技術者(オペレーター)になるってことか」
「えへへ、なんか凄そうだよね」
そして時は流れ、太田は「第三の選択肢」として切り替えた勉強が功を奏し、最高得点圏で東京大学に現役合格した。
だが、本郷キャンパスで出会う同期たちの顔ぶれは、誰もが熊本の地でも名前が轟いているような、灘、開成、筑駒といった超有名進学校の人間ばかり。そして彼らが学食やラウンジで交わす会話は、一様に同じだった。
「お前、やっぱり双璧と日総職受けた?」
「落ちた落ちた、両方ともな。っていうか双璧の数学、あれ何なんだよ。高校生の知識で解ける風を装った、ただのパズルだろ。エグすぎる」
「俺は日総職の面接で心が折れたわ。画面の向こうの教員がさ、めちゃくちゃニコニコしながら『じゃあ、今君が言った前提条件に、この法規制とこのコスト制約を追加したらどうなる? 10秒で答えて』とかズバズバ追加してくるんだよ。冷や汗出まくりで、5日目で辞退したわ」
東大のキャンパスは、いわば「双璧・日総職の超エリート選抜から漏れた、秀才たちの敗者復活戦の場」のようになっていた。もちろん東大生は優秀だ。しかし、この国の真の最高知性、あるいは真の特異点たちは、すでに本郷ではなく、岐阜の山奥か、あるいは連合の冷徹なシステムの中に消えているという現実を、彼らは誰もが皮膚感覚で理解していた。
太田が今、何よりも気になっているのは、15歳で単身青森へと引っ越していった妹のことだった。
スマホの画面越しに「仕事の調子はどうだ?」とメッセージを送ると、妹からは「毎日美味しいご飯食べてるよ! 先輩たちも優しい!」と、すぐに楽しげな自撮り写真付きで返信が来る。
だが、太田が少しだけ兄としてのプライドと好奇心を覗かせ、
「ちなみに、どんな感じの仕事なんだ? 工場のオペレーターって、やっぱりボタン押したり監視したりするの?」
と、踏み込んだ話題を振った瞬間、妹の文体は途端に、のらりくらりとした、どこか掴みどころのないものに変わるのだった。
『んー、なんかね、画面に流れてくる色んな色の光の波を、ゲームみたいにプチプチ整える仕事! 上手くできるとAIが褒めてくれるんだよね。あ、でもこれ以上は社外秘だから言っちゃダメって言われてるから、お兄ちゃんには内緒! 東大のお勉強頑張ってね!』
妹が悪気なく放ったその言葉に、太田は本郷の図書館の片隅で、奇妙な疎外感と戦慄を覚えていた。
太田はスマホを閉じ、目の前に広がる、分厚い「近代経済学」の教科書に目を落とした。
日本最高峰の学び舎で紡がれる整然とした活字が、なぜか、急速に色褪せていくような錯覚に囚われていた。