ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第83話

2043年 5月 岐阜県 中津川市 双璧アカデミー

 

恵那山の雄大な稜線を望む中津川の広大な敷地に、現代の要塞のごとく聳え立つ「双璧(そうへき)アカデミー」。河内・紙村の日本二大財閥が、国家の枠組みを超えて最高知性を育成するために設立したこの教育機関では、今年の入学生の採点結果共有という重要議題が、滞りなく終了したところだった。

 

会議室に残った財閥お抱えの教授たちは、手元のタブレットに表示された最新のデータを眺めながら、淡々と、しかし確かな優越感を湛えた口調で話し始めた。

 

「……論文の被引用数、今年も日本1位。これで3年連続だな」

 

「文部科学省の反応は?」

 

一人の教授が投げかけたその問いは、純粋な「国から褒めてもらえるか?」という意味ではなかった。彼らが確認したかったのは、役人たちが我々の構造を『誤解しているか?』、そして『まだ誤解し続けているのか?』という冷ややかな観察だった。

 

「はい。今回届いた賞賛の公式文書を見る限り、彼らの認識は『文部科学省の管轄外にある、一風変わった特殊な教育機関(私塾)』としての扱いのままでした。何一つ変わっていません」

 

「一般向けのニュースは、そんな区分などお構いなしに『東大・京大を抜いた民間の最高学府』と大々的に持ち出すがね」

 

これが、役所が勝手に『誤解しているか?』の部分だ。この学校を『管轄外の』という言葉を抜いて『我が国の大学功績』などと表現を省略でもして、自分たちの成果に含めようとしたら即効で修正要求をする気でいる。

しかし、この場にいる知性たちにとっての本題は、もう一つの『まだ誤解しているのか?』という深い呆れにあった。

 

「それで……彼らの公式返答はなんと?」

 

「報告書ベースの回答は、先日のメールの通りです。直接の口頭ベースでも全く同じでした」

 

「つまり、彼らは『まだ気づいていない』ということか。……なぜ東京大学や京都大学が世界のトップ校の背中を見失い、今やアジアの新興大学にまで猛烈に追い上げられ、追い抜かれているのか、その根本的な理由に」

 

双璧アカデミーは、決して理系専門の施設ではない。法学、経済学、文学、社会学といった「文系の最先端教育」にも莫大なリソースを割いている。それは24社連合が運営する日総職(日本総合職業専門スクール)も同様であり、むしろ『理系よりも、社会のルールを設計する文系に偏重気味』な点まで両校は完全に一致していた。

 

その双璧アカデミーの文系研究機関が定期的に発表している教育学論文。そこには、日本の既存大学の国際順位がなぜこれほど凋落したのかが、極めて冷徹に論じられている。

挙げられている項目自体は、ネットの掲示板を漁れば出てくるような「ありふれた問題点」ばかりだ。しかし、それらの要素が大学の競争力にどれほど壊滅的な影響を与えているのかを、数式とビッグデータで完全に数値検証した調査は、国内ではこの双璧アカデミーのものしかなかった。

 

「一番の理由である『教育の本気度』に、なぜまだ気づかないのか……」

 

既存の日本の大学は、必死に欧米のトップ校の後を追おうとしている。しかし、資金、設備、企業との提携規模、教師陣の質、そして何より学生の研究に対する求心力、そのすべてにおいて圧倒的に劣っている。

もちろん、マクロ経済の規模や予算の限界から派生する「資金面」の遅れは、構造上仕方のないことだと教授たちも割り切っている。だが、彼らが何よりも苦言を呈し、軽蔑しているのは「教師陣」と「学生」の質そのものだった。

 

既存の大学で「教授」と呼ばれる人間たちは、教壇に立っても、ただ前時代的な教科書をなぞって読む者ばかりだ。それはなぜか? 彼らの人事評価やキャリアの対象は「自分の研究実績」のみであり、目の前の学生への教育など、評価の足しにもならない雑務だからだ。

企業の社員に「そこらの草むらの雑草を抜いておけ」と命じて、一体どれほどの人間が命がけで真剣にやるだろうか。彼らにとっての講義とは、その程度の消化試合に過ぎない。

結果として、講義に最も情熱を注いでいるのは、自らの熱意をアピールしなければならない准教授や講師、非常勤講師といった立場の弱い若手ばかりになる。

 

「本来、ビジネスや組織運営の観点から見れば、その最も教育に熱意のある生え抜きの戦力こそを、講義の最前線に積極投入するべきなのだ。連合なら当然そう判断するし、我々双璧アカデミーもそうしている」

 

そして、何より深刻なのが「学生」の側だった。

東大や京大に入った学生たちの本心は、決して『研究者になりたい』ではない。その9割以上の本音は、単に『いい企業に就職したい』だ。

そのため、大学の講義で自己研鑽に励む者など極めて少数派になる。大半の学生は、単位を落とさない程度に適当に授業をこなし、3年次になれば「就活」という名の、何の意味もない不毛な移動と精神的コストを数十回も支払うゲームに駆り出される。

 

「ならば、教育の構造そのものを変えればいい。大学側が、あらかじめ学生に対して、本人の適性に応じた複数の『確実な就職ルート』を仕組みとして提供する。これだけで学生は将来の不安から解放される。それどころか、自分がこれから入社する予定の企業の担当者が学内で目を光らせているとなれば、彼らは『無様な姿は見せられない』と、それこそ死に物狂いで勉学に勤しむようになるのだよ」

 

談合、密約、青田買い、囲い込み。

古い倫理観を持った人間たちからは、いくらでも悪口を言われる手法だ。しかし、連合の専門スクールも、この財閥系双璧アカデミーも、それを平然と実行し、そして残酷なまでの「結果」を叩き出してみせた。

連合企業群の驚異的な実業技術発展と、双璧アカデミーが誇る日本トップの研究力。

 

ついに今年、双璧アカデミーは論文の引用数および研究力指数において、中国やシンガポールのトップ校を抑え、実質的な「アジア1位」の座を日本に奪い返した。

既存の国際ランキングでは、いまだに『留学生の受け入れ数』という前時代的な評価項目のせいで順位を落とされているが、そんな見せかけの指標など、双璧アカデミーの経営陣は最初から一瞥もしていない。

 

「『留学生の数』……こんなもの、研究力の向上において何の参考になるというのかね」

 

「留学課の職員が嘆いていましたよ。キャンパスに外国人学生がただ在籍していることと、その大学の研究力が増強されることの間に、どれだけ数式を組み替えて解釈し直しても、有意な相関関係が全く見つからないとね」

 

「確かに、優秀な留学生が多数集まるなら知恵も増え、研究力増強になるだろう。だが、今の日本の一般大学がやっている留学生受け入れの惨状は……」

 

東大や一握りの名門校であれば、最低限のスクリーニング機能が働いているため、質の悪い学生が紛れ込むことは少ない。しかし、地方の中堅大学や私立大学の現場にいくと、今やその実態は目を覆いたくなるものだ。

まともな講義のレベルにすら到底到達していない、日本語も危うい外国人学生を大量に受け入れている。目的は明白、文科省から拠出される「留学生受け入れ補助金」の獲得と、定員割れを防ぐための「学生数の水増し」だ。利権と数字の帳尻合わせのために、教育の質そのものがすり潰されている。

 

だが、その「留学生」という要素の真の活かし方についても、この双璧アカデミーには冷徹で残酷な証拠が存在していた。

今年の入学生の中には、ニジェール人やイエメン人といった、一般の日本の大学ではあまり見かけない国籍の新入生たちが席を並べている。

彼ら、彼女らは、母国においては数百万人に1人の確率で生まれた「神童中の神童」であり、文字通りその国の宝だ。双璧アカデミーのスカウトエージェントは、欧米の有名大学が提示した奨学金などの諸条件を完全にリサーチした上で、さらにその上に破格の条件(色)を付けて、彼らをこの岐阜の山奥へと引っ張ってきた。

 

講義における語学の壁など、現代の超高精度なリアルタイム翻訳アプリと、財閥が開発した専用の教育OSがあれば、いくらでも現場で解決できる。それを完璧に整え、彼らが研究だけに没頭できる環境を作るのが、双璧の留学課や教務課の「本来の実務」だった。

国(文科省)が本気で留学生の数を評価項目に入れたいのであれば、全国の大学がこれほどの「本気の努力」をしているかどうかを監査すべきなのだ。

 

「ま、どうせ霞が関の官僚に言わせれば、一律の基準で縛る方針を『管理の公平性のため』と正当化するのだろうがね」

 

「『公平』と言えば聞こえは良いですが、それは競争の世界においては単なる『停滞』を招く呪いの言葉です。本当に公平性の高い事業……例えば『水道事業』の分野で、ここ数十年に何か劇的な革新(イノベーション)が起きましたか? 起きていない。逆に、公平性もクソもない、資本と知性の暴力による超高層の参入障壁に守られた『AI』や『半導体』の世界こそが、現代の最高速の進化を遂げている。それが何よりの反例です。指標を作るなら、単なる『数』だけでなく、その質を測る別の変数を組み込むべきだった」

 

「と言ったところで、もう手遅れだろう。ここまで日本全国に根を張ってしまった文科省の補助金制度と、それに群がる語学学校や仲介業者などの『利権業界』をひっくり返すことは、政治的にも相当に難しい」

 

「しかし、私には一つ疑問がある。なぜ国は、我々がやっているような入試制度を真似しないのだ? 留学生向けの選抜試験であれば、それこそ民間よりも『国家』という最大の信用を使ったほうが、遥かにやりやすいはずだろうに」

 

双璧アカデミーが課す、あの超高難易度の独自入試。問題文のベースは日本語と英語だが、仮に出願者の中にニジェールやイエメン、あるいは中央アジアなどの極少言語の地域から神童が現れた場合、彼らは事前に『テストを受ける上で、君が最も思考しやすい使い慣れた言語は何か』をヒアリングする。

その上で、国内の外国語大学のネットワークを動員し、日本語版の試験問題との間に一言一句の齟齬(バグ)がないかをトリプルチェックした上で、現地語版の試験問題を個別に作成して提供するのだ。国内の既存大学には、腐るほど暇を持て余している外国語学部の教授やリソースがあるというのに、なぜ国はそれらをこの「知性の争奪戦」に動員しないのか、財閥お抱えの教授たちには本気で理解ができなかった。

 

「官僚たちはこう言うさ。『受験者の規模が大きすぎて、個別の言語対応など物理的に不可能だ』とね。だから、主要先進国の限られた言語だけで網羅した気になっている」

 

「だが、それをやらない限り、留学生という切り口からの本質的な『革新(ブレイクスルー)』など、日本の一般大学にやってくるはずがない」

 

「……皆さん、国の有象無象の大学経営の心配など、もうどうでもいいでしょう」

 

それまで議論を静かに聞いていた経済学の筆頭教授が、苦笑しながらグラスを持ち上げた。

 

「我々はただ、既存の古い教育制度を、我が双璧アカデミーの『完璧な反面教師(サンプル)』として活用し続ければいいだけのこと。ここ中津川から供給される極上の人材と知見こそが、今後の両財閥の全事業の『種』になるのですから。……この不毛な教育論の続きは、また今度、いつもの飲み屋でやりましょう」

 

人口7万人弱の地方都市である中津川市には、政財界の重鎮をもてなすような高級料亭や、ミシュランの星を冠するような店はほとんど存在しない。だからといって、議論のためにわざわざ名古屋の繁華街まで特急で出るのも億劫だった。

結果として、双璧の誇る天才教授たちも、東京から視察に訪れた財閥の最高役員たちも、最終的には地元の駅裏にある、個人経営の小さな居酒屋や小料理屋の縄のれんをくぐることになる。

 

そのために、彼らはある「特別なマップ」を共有していた。学内のローカルネットワークにのみ格納されている、中津川市内の隠れた名店ガイドマップだ。

 

「それにしても……連合の人間は、本当に良い店をよく知っていますよね。さすがは、バブル崩壊後に全国で溢れ返った『不良債権化した地方の小料理屋』を、水面下で根こそぎ買い漁ってデータベース化しているだけはある」

 

双璧アカデミーには、財閥間の人事交流の一環として、24社連合側から派遣されてきている交換留学の教授や学生たちも多数在籍していた。

その中の一人である、連合傘下の「金融学実務分野に精通している教授」が、独自のルートで連合のサーバーから許可を取って抽出した極秘の中津川市内限定の飲食店データを、双璧アカデミーへの「ささやかなプレゼント」として提供してくれたのだ。その利便性と精緻さに、財閥の教授たちも今や完全に依存していた。

 

彼らにとって、もはや「日本の大学の国際競争力をどう高めるか」という高尚な議論は、国家の未来を憂うための重厚なアジェンダなどではなかった。それは、地方の寂れた居酒屋で、美味い酒の肴にしながら『相変わらず上の連中はピントがズレている』と笑い飛ばす、ただの「飲み屋の世間話」へと完全に昇華されていた。

 

なぜなら、彼らがどれほど精緻な提案書を作成し、官公庁へ何度公式の警告(バグ報告)を送ったところで、国側から返ってくるのは中身のない、文字を並べ替えただけの「声明文」だけだったからだ。

口先だけで何も変えようとしない鈍足な巨獣を相手にする時間は、今の日本を裏から駆動させる彼らのタイムスロットには、1秒たりとも残されていなかった。

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