ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第84話

2043年 6月 神奈川県 小室製作所

 

横浜の華々しいみなとみらいの街並みと、大東京の巨大なベッドタウン。そして川崎の広大な臨海工業地帯。神奈川が誇るそんな二枚看板から少し内陸へ離れた第3の政令指定都市、相模原市。

その一角に、従業員わずか10名ほどの小さな町工場、小室製作所があった。

 

この規模の工場ではありがちなことだが、社長も経理を担う親族も、全員が作業着を着て現場でフライス盤や旋盤を扱っている。もはや「社長業」や「経理業」のほうが職人仕事の合間にこなす副業のような状態だった。

だが、経営状態は決して悪くない。大都市圏と巨大工業地帯に近く、必然的に大企業の本社や開発拠点も周辺に集まる立地だ。昨今は世間でどれほど「DXだ」「電子化だ」と騒がれていようとも、試作品や特注部品のミリ単位の細かい変更指示(チョコ変)を、すべてチャットやメールだけで完璧に済ませることなど不可能なのだ。物によっては、軍事転用防止や情報漏洩対策として、図面を電子ネットワークに乗せること自体が法律で禁じられているケースすらある。

そのため、対面で「ここをちょっとだけ落としてくれ」と言いに来る近隣企業からの特急依頼が、小室製作所には毎日のように舞い込んでいた。

 

そこに、Mマシナリーの営業マンが再びやって来たのだ。

 

「なんだい、またあんたらか。今度は何を買い取る話だい?」

 

油の匂いが染み付いた作業着の袖をまくりながら、社長の小室が応対する。実はこの小室製作所も、2年前にMマシナリーの「知見・技術データ買い取り契約」に応じ、職人たちの手の動きのデータを売却してかなりまとまった資金を得ていた。その金は、いざという時のための銀行への融資返済用として、手をつけずに口座へ眠らせてある。

 

「いえ、小室社長。今回は『売る』営業に参りました」

 

「おいおい、冗談言うなよ。ウチはまだお宅の最新の加工機を買えるほど、懐に余裕はできてないぞ」

 

「機械ではありません。以前、御社の職人皆様の加工サンプルを解析し、技術評価をさせていただいたじゃないですか」

 

「おう、よく覚えてるよ。俺の腕をランク5、ウチの若手を13だの15だの、面と向かって数字で叩きつけてくれたなぁ。大したタマだよ、あんたらは」

 

小室は苦笑した。この工場もまた、腕に絶対の自信を持つ頑固寄りの社長兼職人が率いる会社だったからだ。

 

「そのサンプルの詳細解析ですが……定額で『定期鑑定の枠』を買いませんか?」

 

「……何?」

 

「以前の契約時、弊社からの解析結果レポートでは『個別の具体的な改善指導は行えない』という約款になっており、ご承知いただいておりました。ですが、それでは自分の現在の正確な腕前や、他社と比較した立ち位置がモヤモヤしたままでしょう? そこで、年に1回、お渡しいただくサンプルを最新の研究所で測定し、現在のランクや詳細な技術変遷を確認できるという新商品(プラン)を持ってまいりました」

 

たしかに2年前、あの奇妙な営業が来て測定してもらった。そこで生まれて初めて、全国の職人の中での「格付け(ランキング)」のようなものを数値化された。

 

「――終わりがないから『道』と言うんだ。剣道、柔道、茶道とな。職人の腕も同じだ」

それは、すでに引退した父親である先代社長の口癖だった。たしかにそれは綺麗事としては正しい。

しかし、現実は綺麗事だけで舗装できるほど甘くはない。

己の今の力がどれほどのものか見たい、周囲に見せたい、そして自分が正しいと証明したい。その承認欲求と闘争心は、職人であろうと人間なら誰しもが心の底に持つ本能だ。

 

そういえば、ウチの休憩所で若手の職人がスマホを狂ったように操作して、毎月ゲームの「いつ消えるか分からないキャラクターやデータ」に金を払って『ランク上げ』に熱中している話を思い出す。あれもひとえに、デジタルな世界で自分のランクを上げて、力を誇示したいという精神から来るものなのだろう。Mマシナリーがやろうとしているのは、職人の世界におけるその心理の完全なハックだった。

 

「なあ、あんたらの言う『ランク1』ってのは、全国で一体何人くらい出ているんだ?」

 

小室が探るように聞くと、営業マンは営業スマイルを崩さずに首を横に振った。

 

「申し訳ありません。それは他のお客様には一切お教えできない規則になっておりまして……」

 

(なるほどな……)と小室は腹の中で感心した。あえて最高峰の雲の上を見せないことで、職人たちの「次こそは」という射幸心を煽っているのだ。それに、本当は2年前にあの異常なほど丁寧で緻密な技術報告書を配ったのも、最初からこの「格付け鑑定商品」を全国の町工場に定期購入させるための壮大な伏線(マーケティング)だったのだ。こいつらは、ただの愚直な工作機械屋ではない。

 

「で、またあのセンサーがてんこ盛りにされた専用の加工機で削るのかい?」

 

「はい。前回のデータ取得時と同じく、弊社の技術者が作業風景の動画撮影と、削り出したサンプルの持ち帰りを厳重に担当いたします」

 

営業マンの説明によると、ここにも徹底的な不正防止のアルゴリズムが組み込まれているらしい。

例えば、職人が『20年前の古い手動式のM-3型で加工した』と申請してきたにもかかわらず、実際には『剛性が改善された10年前の後継機M-4型』でこっそり加工していた場合、データの鑑定ランクが濁ってしまう。機械の性能向上による恩恵なのか、本人の腕なのかが分からなくなるからだ。

さらに悪質な想定では、他社の超高機能な最新自動マシンのなかにサンプルを放り込んで削り出させ、それを「俺の腕だ」と言って提出してくるケースだ。そんな不正を許せば、『ウチの社長はランク3だぞ』というハッタリの営業ツールとして悪用され、Mマシナリーのレーティング自体の信用が崩壊してしまう。

 

「確かにな。他の真面目にやってる職人の信用を汚す行為だ。だが、追い詰められた町工場ならやりかねん。見張りを付けるのは正解だな」

 

「ご理解いただき光栄です。……では次に、毛色の違うご案内なのですが、こちらも社長のご判断で、もしよろしければご加入いただければと思いまして」

 

営業マンが次にタブレットの画面に表示したのは、『臨時単発加工依頼ネットワーク』という、さらに踏み込んだシステムだった。

考えれば当然の帰結だった。Mマシナリーという会社は、今や日本全国のどの町工場に、自社加工機を使ってどれだけのランクの仕事ができる職人が、何人所属しているかを完璧に把握している。

もし、どこかの大手メーカーから「超高難度のチタン加工を、特急で3日以内にやってくれ」という突発的な仕事がMマシナリーに転がり込んできたらどうするか。彼らは自社で加工ラインを持たない代わりに、その難易度に対応できるランクを持ち、かつ現在「稼働予定が空いている(暇にしている)」全国の町工場をシステム上で瞬時に抽出し、仕事をマッチングして仲介料(マージン)を取るのだ。

 

「おいおい……あんたら、俺たち下請けを都合の良い『動く部品』みたいに使おうってわけか。本当にとんでもない肝っ玉だよ。もっとプライドの塊みたいな頑固ジジイの工場だったら、これを見た瞬間に、さっきの鑑定商品の話がどれだけ進んでいても『俺を舐めるな!』ってすべて破談にされるぞ?」

 

「すべては、お客様のご自由ですので。我々はただ、選択肢をご提示しているに過ぎません」

 

営業マンはどこまでもドライだった。

 

小室が手渡されたタブレットを覗き込むと、そこにはそのネットワークのベータ版の画面が映し出されていた。

職人のランクごとに受けられる仕事が、Mマシナリー側の中央サーバーによって自動で仕分けされ、ズラリと掲載されている。各案件をタップすると、製品の図面や3Dデータ、詳細な加工条件、そして支払われる報酬額に納期が明記されていた。受けるか、無視するかは、100%こちらの自由だ。

 

そして当然だが、そのシステムには相応の「毒」も仕込まれていた。

大手からの突発依頼を自ら進んで受けておきながら、「納期に遅れました」「失敗しました」ということになれば、通常の取引以上の致命的な損害が出る。そのため、規約に書かれた「遅延損害金」のペナルティは、業界の通常相場よりもかなり高額に設定されていた。

さらに画面の隅には、『依頼受託総数』と『依頼失敗率(エラーレート)』という、残酷なパラメーターメーターが設置されていた。

 

「今はまだベータ版ですのでこのメーターは単なる目安ですが、今後の運用次第では、この失敗率を元に、受けられる仕事の制限やランクの一時剥奪といった『ペナルティ判定』を設ける可能性がございますので、ご注意ください」

 

「……よくできてるな、ちくしょう」

 

小室の口から漏れたのは、敗北感の混じった、心からの感嘆だった。

悔しいが、これなら工場の予定がポッカリ空いてしまった暇な時期に、提示された報酬額と図面を見て「これならウチの若手でも2日でできる」と即座に判断し、スマホ一つでノーリスクで仕事をもぎ取ることができる。元請けの営業にペコペコ頭を下げて仕事乞いをする必要すらなくなるのだ。

 

「もし、発注者様との間で『図面のここに記載がない追加の条件を確認したい』といった交渉が発生した場合は、ご依頼ページの中に専用のチャット欄がございます。すべての発言に1秒単位のタイムスタンプが刻まれますので、仮に向こうの担当者が返信を放ったらかしにしていた期間があり、その結果として納期が守れなかった場合にはそれらをこちらの連絡先にご連絡していただければ、弊社がシステム的に仲裁に入ります。……まあ、データをもとに納期を逆計算して『白か黒か』を突きつけるだけですが」

 

「いたれりつくせりか。……あんたら、これを日本中、いや世界中の町工場に売りつけて、世界の加工流通を丸ごと牛耳ろうって腹かい?」

 

小室が半ば冗談めかして睨みつけると、営業マンは初めて、少しだけ困ったような苦笑いを浮かべた。

 

「いえ……残念ながら、これは『日本国内限定』、かつ『我が社の手動機械を実稼働させている職人様限定』のクローズドなネットワークになります。経産省からの大変強いご指導(経済安全保障規制)により、弊社の海外活動やデータの輸出は厳しく制限されておりまして、現段階では国内でのみしか活動が許されていないのです。さらに、他社様の工作機械の剛性やクセまでは弊社の中央サーバーで正確に評価できませんので、弊社の加工機をご購入されていない職人様に仕事を振ることは、実務上、不可能な状態でして」

 

「なるほどね……。国に囲い込まれてるってわけか。まぁいいさ」

 

小室はタブレットを営業マンに返し、自分の使い込まれたフライス盤に視線を戻した。

 

「契約書を置いていきな。じっくり読んで、暇ができたらそのネットワークとやら、試しに1発使ってみてやるよ」

 

日本の製造業の底辺を支えてきた地方の町工場が、Mマシナリーという冷徹なOSによって網の目のように接続され、一つの巨大な「仮想工場」へと変貌していく。国に海外進出を縛られた怪物(連合)は、その巨大な質量を日本国内のミクロな細胞へ向けて急速に凝縮させ、完璧な国内サプライチェーンの要塞を築き上げようとしていた。

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