ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第86話

2043年 8月 佐賀県 佐賀みらい銀行

 

真夏の厳しい日差しが有明海の干潟を焼き、アスファルトから陽炎を立ち上がらせる8月。佐賀県を主戦場とする第一地方銀行「佐賀みらい銀行」の融資部の一角では、重苦しい沈黙が流れていた。

 

現在、この地ではライバル地銀との間で、地域の絶対的なトップの座をめぐる熾烈なシェア争いが続いていた。そしてこうした「地銀同士の泥沼の消耗戦」は、今や九州のみならず全国の都道府県でちらほらと見られる光景になっていた。

だが、その苛烈な競争を引き起こした本当の引き金(トリガー)は、やはりあの「連合」の影だった。

 

ここ数年以上、連合傘下のファンドは日本全国の地方を回り、不良債権化している、あるいは赤字を垂れ流している個人事業主や中小企業を片っ端から買い取って回っていた。

潰れかけの小料理屋があれば、その職人の長年の「腕」を徹底的に分解・マニュアル化し、欧米の連合系列スーパーチェーン会社、NEXAとGRIDで『日本の伝統的な健康惣菜』と銘打って高額で売り込む。また、製造ラインが死にかけている赤字企業に対しては、連合独自の「MX(マニュアル・トランスフォーメーション)」を注ぎ込んで強引に復活させる。

もちろん、彼らのやる企画のすべてが成功するわけではない。途中で「見込みなし」と判断されれば、ゴミのように放り出される企業も多かった。――しかし、銀行からしてみれば、彼らがその後どうなろうと知ったことではなかった。

 

売却の際、銀行側は相手に思いっきり足元を見られ、二束三文で買い叩かれたのは事実だ。だが、不良債権など自分たちの帳簿(バランスシート)に載っているだけで自己資本比率を蝕む「毒」でしかない。

それを端た金とはいえ、「今すぐ一括で買う」と言うのだから、当時の経営陣としてはその神風のような提案に乗らざるを得なかったのだ。

 

当然、売却した赤字店舗が息を吹き返したという情報は、契約関係が切れて決算書類が上がってこなくなっても、地元の仕入れ業者や商店街の噂(ネットワーク)として自然と銀行の耳に上がってくる。

 

風変わりだったのは、その再生のプロセスだ。

買い取りを実行した連合系ファンドの人間が、閑古鳥の鳴く店の厨房に入り込み、頑固な老料理人の横にぴったりと張り付いて、まるで高速で動く指先をスキャンするかのようにタブレットへ凄まじい勢いでメモを取っている姿が目撃されていた。店自体は、相変わらず地味に営業しているというのに、だ。

 

「普通なら、逆だろう」と行内では囁かれていた。

どこかの一流料亭のカリスマ料理人を連れてきて、その隠し味や接客のコツを、赤字に苦しむオーナー料理人に教え込んで店をリニューアルする。それが一般的なコンサルタントや銀行の考える「事業再生」だ。

しかし、連中は違った。教えるどころか、地元ですら忘れ去られかけている赤字小料理屋の親父から、必死になって何かを「学んで」いたのだ。

 

最初は行内でも、買い取ったファンドとやらの意図がまったく見えなかった。

「何か奇妙なことをしている」

それはある種、地方の金融界隈におけるオカルト、都市伝説的な笑い話として語られていた。

 

だが、ある時、ウチが長年融資している地元の食品仕入れ業者の社長が、極秘裏に信じがたい情報を持ってきたことで、そのパズルは最悪の形で噛み合った。

 

――なんと、連中はその料理人の「レシピ」と「技術」を、パッケージにしているのだと。

しかもそれは、日本国内の市場向けなどではなく、海を越えた海外市場を向いているのだという。

 

「ニュースで最近、アメリカや欧州の都市部で『パック詰めの日本食総菜(J-SOUZAI)』が爆発的なブームになってるってやってたが……まさか、あれの原料(ソース)は、うちが叩き売ったあのボロ店だったのか!?」

 

そして今日、かつて銀行がファンドに売却した、あの小料理屋の元オーナーが、青真っ青な顔をして再びウチの融資窓口にやって来た。

仕入れ業者にぽろっと漏らしたファンドの手口がどこからか漏れ、バックにいるファンドから契約違反として「多額の違約金」を申し付けられたのだという。

 

机を挟んで涙を流す元オーナーを前に、融資担当の私は冷徹に首を横に振るしかなかった。さすがにこの背景、この凄惨な理由で「融資」のハンコを押せるわけがない。コンプライアンス的に完全なるアウトだ。

ましてや、ここで哀れみ半分で金を貸し、そこから自分たちの敵(ライバル)と見ている連合の手口や情報を聞き出そうなどとしたら、それこそ連合の法務部隊に銀行ごと何をされるか分かったものではない。

 

「お願いします……! 4億、4億円なんて、個人の小料理屋が払えるはずありません! 破産して首を吊るしかなくなります、どうか助けてください……!」

 

「申し訳ありません。その金額はさすがに当行の個人向けの融資枠を遥かに超えていますし、ましてや『他社への違約金を埋めるための補填資金』となると、融資の大義名分が立ちません。……非常に心苦しいのですが、お引き取りください」

 

違約金、4億円。

一軒の小さな小料理屋に突き付けるペナルティの金額としては、あまりにも理不尽で、あまりにも過酷な天文学的数字だった。ちょっと地元で繁盛させて小銭を集める程度の経営を邪魔されたというだけなら、ここまでの金額を設定するはずがない。

 

しかし、だからこそ――この違約金の「重さ」そのものが、そのバックで動いている海外総菜ビジネスの「真の市場価値(スケール)」の証明に他ならなかった。漏洩によって失われる連合の利益が数億、数十億の単位だからこそ、4億という見せしめの鉄槌が下されるのだ。

 

オーナーが力なく去った後、私は誰もいない応接室で一人、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。

 

「もし、仮に私のこの妄想が当たっているのだとしたら……だから何だと言う話だがね」

 

もし、連中が日本の地方に眠るオリジナル料理や職人の絶妙な塩梅に「無限の価値」を見出し、不良債権ごと丸ごと買い取って、その作り方をアメリカや欧州の自動調理プラントに持ち込んで現地で再現する。それを『最先端のオーガニック健康食』として富裕層に触れ込む。

そのグローバルな巨大サプライチェーンを少しでも脅かされたり、情報を漏らされて邪魔されたと感じたからこその、4億円の違約金。

さらにこの仮定が正しいなら、この違約金の事例は全国の職人たちに対する強烈な「見せしめ」だ。

 

おそらく、あの1店だけではないはずだ。佐賀県内だけを対象にする必要すら、向こうにはない。

現地の味と調理が分かるスタッフを1名だけ派遣して職人に張り付かせ、データを吸い上げさせればいいだけなのだから、極論、日本全国のすべての不良債権店舗が、彼らにとっては「無限に掘り出せる宝の山(未開拓資源)」になる。

 

「そうか……。思い返せば、ウチの融資部が出している『事業再生案』なんて、せいぜい仕入れ先を1割見直しましょうとか、電気代を浮かすために厨房の冷蔵庫の温度設定を少し上げましょう、とかその程度だ。……見比べたら、向こうのやっていることの方が、よっぽど文字通りの『立派な事業再生』じゃないか」

 

赤字どころか、銀行が見捨てた「不良債権」という名のゴミを、世界で通用する超高付加価値の「商材(ゴールド)」へと見事に転換する完璧なスキーム。

さすがにこのあまりにも飛躍した妄想を書面にして上に提出することはできないが、私はその日の夕方、融資部の頼れる上司に雑談ベースでこの一連の仮説を話してみた。

 

すると、上司はタバコを揉み消しながら、意外にも真面目な顔をして呟いた。

 

「そうか。お前の言う通りかもしれん。……実を言うと、最近、うちの地域一帯の『地方税収』が、わずかだが底を打って改善傾向にあるんだ。人口が減っているはずなのに、なぜか数字が動いている。案外、その連合の連中、我々の想像を絶する規模とスキームで、この地方の底流を丸ごと書き換えている最中なのかもしれないな」

 

「だとしたら、マズくないですか?」

私は思わず身を乗り出した。

「それって、我々地銀が一番おいしいところを、全部連合に持っていかれているということになりますよね……?」

 

「おいおい、勘違いするなよ」

上司は自嘲気味に笑った。

「本当においしいビジネスなんだったら、そもそも最初から不良債権になっていないだろう? 既存の『地方で店を開いて地元の客を待つ』という正攻法のビジネスで行き詰まり、不良債権になるしかなかったレベルの商品を、まったく違う角度から切り取って、世界という全く違う巨大な商流に流し込む。お前の話は、まさにそういうことだろ?」

 

上司の言葉に、私は言葉を失った。

 

脳裏に、底知れない恐怖と危機感が去来する。

私の妄想に、さらにいくつかの仮説を繋ぎ合わせただけの、確証がほぼゼロのシナリオだ。しかし、もしそんな化け物じみた連中が実在し、地方財政の数字を裏から動かすレベルで稼働しているのだとしたら――。

 

極論として、銀行がこれまで誇ってきた「地域の事業を育てる、再生する」という大義名分(役割)は、すべて彼らに奪われてしまうのではないか?

そして役割を剥奪された地方銀行は、いつの日か、ただ事務的に金を右から左へ流すだけの「両替商人」と、担保をキッチリ取って利息を貪るだけの「金貸し商人」という、数百年前の原始的な姿へ先祖返りさせられてしまうのではないだろうか。

 

窓の外では、沈みゆく佐賀の夕日が、銀行の巨大なビル影をどこまでも長く、暗く、街並みに伸ばしていた。

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