同日 千葉県 千葉7号
東京湾の利便性を一身に受ける千葉県西部の喧騒とは異なり、房総半島の先端に近づくにつれ、車窓の風景はのどかで、時間のスピードまで緩やかな牧歌的なものへと変わっていく。
その静かな土地に建つ、一見ごく普通のアパート「千葉7号棟」。
ここは、日本の硬直した入居審査に落とされた個人投資家(トレーダー)たちが、L不動産に拾われ、身を寄せ合って暮らす奇妙な梁山泊(りょうざんぱく)だった。
「よし、この銘柄はもういいだろ。利食いだ」
住人の一人、多田はスマホ画面の月影証券のアプリを叩き、保有ポジションを完全に決済した。
彼に言わせれば、相場のどこから入り、どこまで着いていくかはすべて「感覚」だ。かつてはテクニカルインジケーターを画面に並べ、トレンドの切り上げラインなどを必死に勉強した時期もあった。しかし、現実は非情だ。上昇サインが出た位置よりも、終了サインが出て決済する終値のほうが低いことで損失になることなど日常茶飯事だった。
画面のインジケーターに振り回され続け、何百万という資産を溶かした多田がたどり着いたのは、プロの投資家が見たら卒倒するような、徹底的な『チキン(臆病者)戦法』だった。
「インジケーターもクソもない。上昇トレンドに入ったと判断したら、毎日100株(最小単位)ずつ、利益を確実に口座へ吸い出し続ければいい。もしその後、その銘柄が火柱を上げて爆騰したら? そんなものは知らない。『ああ、すごい好材料のある会社だったんだな』と他人事のように思うだけだ。それで俺の口座の残高が1円でもマイナスになったか?」
この臆病極まりない手法に変えてから、多田の口座は確実にプラスを刻むようになり、気分も上昇していた。
……前の会社をクビにされるまでは。
当時、多田には十分な貯金があった。しかし、住んでいた都市部のアパートは会社名義の契約だったため、退職に伴い個人名義へ切り替える再審査が行われた。
無職とはいえ、貯蓄と退職金を合わせれば総額600万円はある。ネットの言説では「資産が家賃の36倍以上あれば無職でも審査は通りやすい」と聞いていたため、多田は高を括っていた。
だが、大手保証会社から突き付けられたのは、『不可。速やかに退去せよ』という冷酷なシステムの一文だった。
実家に戻ることも頭をよぎったが、そうなるともう投資は続けられない。彼の両親は「投資=ギャンブルの亜種」という強固な昭和的思想を持っており、家の中でチャートを見ている姿や、ネット証券からの封筒が見つかった時点で家庭内終戦を迎える。
絶望しかけた彼を救ったのが、新興の月影証券とL不動産が提供する『トレード成績連動入居審査』だった。
月影証券は最近参入してきたばかりの手数料がやや高めなネット証券で、当時の比較サイトでは散々な口コミばかりだった。しかし、ダメ元で過去のチキン戦法の取引履歴データを送ってみたところ、即座に審査を通過したのだ。
提示された物件群は、どれもこれも絶妙な田舎に位置していた。
「なるほど、地方のオーナーが住人を埋められずに安値で放り投げた不良物件を、L不動産がゴソッと買い叩いて押さえたんだな」ということは直感で分かった。あまりにもビジネスとして露骨だったからだ。
幸いにも、多田は34歳という「中途採用市場においてまだギリギリ捨てられない年齢」だったため、現在はアパートから車で少し走った場所にある地元の小さな運送会社で営業職として働いている。
前職は大手化学メーカーの営業であり、完全に畑違いの業界だったが、営業の本質的なスキルは共通していた。むしろ、今の運送業のほうが営業としての難易度は遥かに低いと多田は感じていた。
前職の化学薬品営業の新規開拓のハードルは異常に高い。顧客側が契約を変更しようとすれば、工場のパイプラインや製造設備の仕様を大規模に改修せよという話になりかねない。それを役員会で頷かせるための営業は、まさに会社の総力を挙げた泥沼の地獄戦だった。
一方で現職の地方運送営業では新規のサプライヤーとして大手メーカーの物流網に組み込んでもらう際、そこまで高い技術的ハードルはない。
現在は深刻な「ドライバー不足」の時代だが、多田の勤める会社では、『J社』という連合系の人材派遣会社から、東南アジア出身の高度な運転スキルと資格を持つドライバーをまとめて投入してもらうことで、稼働の余裕をギリギリ調整できていた。
物流業界の2024年問題以降、燻り続けるドライバー不足という社会課題は、裏を返せば荷主への「運賃値上げ交渉」の強力な武器になる。営業としてはこれほどやりやすい環境はない。
ただし、運送会社の課長は常に何かを恐れるように、毎朝多田に釘を刺していた。
「おい多田、J社の連中は徹底的な『マニュアル主義』だからな。もしウチの現場が、契約書や約款に反した雑な扱いを彼らの派遣人材にしたと報告されれば、翌日にはJ社の厳格な監査官がすっ飛んでくる。あいつらに絶対に失礼のないように接しろ。それが今のウチの業界の絶対ルールだ」
前職の大手化学メーカー時代に比べれば、当然、地方の泥臭い運送会社では収入は激減した。しかし、新卒カードを失った人間が再び大手に入るには、文字通り血の滲むような実績が要求される現代日本だ。上司の駒として指示通り動いていただけの自分には、十分に上出来な待遇だと多田は割り切っていた。
なぜなら、彼の本命はあくまで「投資」だったからだ。
「なあ多田、今月もちゃんと入ってきたか? 『コミュ金』」
土曜日の夜。駅裏の鄙びた居酒屋の座敷で、千葉7号棟の住人である他の個人トレーダーたちとウーロンハイのグラスを傾けながら、一人がニヤニヤと問いかけてきた。
「ああ、あれマジだったんだな。最初は半信半疑だったよ」
『L不動産入居者コミュニティ出資金』――通称コミュ金。
それは、月影証券と提携しているL不動産のアパート入居者限定で募集されている特殊な出資スキームだった。
自分たちが住むアパートの住人全体の「トレード実績」だけが集計・公開され、一種の投資集団として運用される。それを見たL不動産入居者はどのアパート集団に投資するか、いくら投資するかを選ぶ。その資金を別口座で運用し、利益を『出資者』および『自分たち』に配当金として還元するというものだ。
最初は月に十数万円規模で「生活費の足しにちょうどいい」という程度だったが、住人たちのトレード精度が噛み合い始めた今では、毎月数十万円もの大金が転がり込んでくるようになっていた。年間換算すれば200万円を優に超える。
規約上、アパート単位で全体の運用成績がリアルタイムで公開されているが、仮に成績が悪化したとしても、月影証券やL不動産が住人を追い出すようなことはしない。家賃の滞納がない限り、彼らは一切実務に介入してこないのだ。
だからこそ、余計に同じアパートの住人同士で情報交換をする機会が増えていた。何せ、この千葉7号棟という建物自体が、市場からは完全に「ひとつの独立した投資ファンド」として扱われているのだから。この居酒屋での会話も、専用チャットでのやり取りも、すべては彼らにとっての「社内経営会議」そのものだった。
「やっぱり、現金の逃げ先としては王道のゴールド(金)投信だろ」
「いやいや、ゴールド一本足打法はボラティリティが高すぎるって」
住人たちがスマホの画面を突き合わせながら、激しい議論を交わしている。すべての発端は、先週ある住人が呟いた一言だった。
『利益の再投資は聞こえはいいが、相場のリスクに全張りすることになる。俺は出た分配金の半分を確実な現金口座に逃がして、裏で手堅いディフェンシブな投信を買っているぞ』
その時、多田の手元である奇妙な銘柄が目に留まった。
『全天候型実業ヘッジ投資信託』
その内容を見て、多田は目を丸くした。アメリカの超大手の有名ファンドが組成し、組み込んでいる投資信託だった。
しかし、値動きは極めて地味だ。そのためか、日本国内での総資金量はめちゃくちゃ低く、その割には信託報酬(手数料)がバカ高い。
通常の個人投資家が見れば、『オルカンのパフォーマンスを一度も上回ったことがないくせに、手数料だけは一丁前に取る典型的なゴミ投信』と切り捨てるようなチャートだった。
「なあ、これどう思う?」
多田は画面を皆に向けた。
「はあ? なんだこれ。普通に手数料高いし、月影証券でしか取り扱ってないから流動性も資金量もスッカスカじゃねえか。買う価値あるか?」
「いや、上昇は一応地道にしてるんだ。けど、見てほしいのは『ここ』だよ。ちょっと前に、AIバブルのプチ崩壊調整で、ナスダック(NASDAQ)がガッツリと深い谷を作っただろ?」
「あぜんとするほど落ちたな、あの時は」
「そこに、このゴミに見える投信のチャートを重ねてみてくれ」
一同が息を呑んだ。
まさに「全天候型」の名の通りだった。ナスダックが一時期、月にマイナス5%以上の大きな調整を受けて市場がパニックになっていた間、この投信のドローダウンはわずかマイナス1%未満。さらに、ナスダックが元の水準へ復活するのに2カ月半もの大移動と精神的コストを支払っているのを尻目に、この投信はわずか2週間後には過去最高値を奪還し、何事もなかったかのようにゆっくりと右肩上がりの階段を登っていたのだ。
「なあ……これ、めちゃくちゃいいだろ。俺たちはコミュ金出資者たちにトレード成績を見られて、いくら出資するかを値踏みされてるんだ。下落に対する圧倒的な抵抗力を持つこの全天候型は、ポートフォリオのヘッジとして最高にアリじゃないか?」
トレーダー歴最年長の住人は鼻息を荒くする。
「しかし、この中身(ポートフォリオ)の構成は一体どうなってるんだ? 株、ゴールド、国債は基本として分かるが……なんだこれ、『アメリカのスーパー経営』と『アメリカのアパート経営』って?」
「実業、しかも生活インフラの現場を直接握ってるんだな。だから相場の急落に巻き込まれない。納得のディフェンシブだ。しかも株も一定比率入ってるから、相場全体の地合いの上昇もある程度は拾える仕組みになってる」
多田はウーロンハイのグラスを置き、スマホを操作してこの投信を組成している米国本国のファンドの英語ページへと飛んだ。
データを解析していくうちに、住人たちの間にひとつの共通した疑問が浮かび上がった。
「これ、日本の巨大財閥の雄である河内証券が、最近大々的に売り出した『全天候型ファンド』とそっくりな構成じゃないか?」
その疑問自体に彼らの目先の利益を左右する価値はなかったが、技術者上がりのトレーダーたちの好奇心を刺激した。
そして徹底的にタイムスタンプを遡って調べた結果、背筋が凍るような「事実」が導き出された。
日本のメディアや投資界隈で「目から鱗の素晴らしい大発明商品」「これからの安定資産運用の決定版」と有識者たちからもてはやされていた河内証券の投信よりも、遥か何年も前に、このアメリカのファンドが全く同じスキームをアメリカ国内で完成させ、莫大な利益を上げながら販売していたという事実だった。
「……結局、日本の一流財閥様の金融イノベーションも、アメリカの後追い、ただの焼き直しでしかなかったってわけか」
多田は自嘲気味にため息をつき、ぬるくなったウーロンハイを喉に流し込んだ。
「そりゃ、俺たちみたいな無職上がりの人間が、この国で割を食うわけだよな……」
房総半島の寂れた居酒屋に集まっている彼らも含め、日本の国民の99%は、この歪んだ構造の「真実」を知らない。
なぜ、アメリカのファンドが見向きもしないだろう地味な「スーパーの経営」や「アパートの経営」といった実業インフラを完璧なパッケージにして組成できていたのか。
その元となる、スキームを開発したのは一体誰だったのか。
そして、その驚異的な実績データを持ってアメリカの巨大ファンドの役員室へと乗り込み、彼らに巨額の資金を引っ張り出し、けしかけ、彼らをその「アメリカ国内向けの総販売代理店(フロント)」として都合よく使っていた黒幕。
それが今、自分たちのような日本の落第トレーダーを安いアパートに体よく囲い込み、その脳から24時間体制で投資データをリアルタイムで吸い上げ続けている、月影証券とL不動産のさらにバックに君臨する巨大な怪物『連合』そのものだったということに。
夜の静寂に包まれた千葉7号棟の窓からは、今日も世界の中央サーバーへ向けて、無数のトレーダーたちの欲望と知性の瞬き(データ)が、音もなく送信され続けていた。