ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第9話

2034年 3月

 

台北郊外の産業地区に拠点を置くA社に買収された零細基板メーカー『瑞晶電路』の出荷口から、地味な段ボール箱が次々とトラックへ積み込まれていった。

 

中身は、A社が法的な防壁を施し、瑞晶電路が組み立てた新型グラフィックボード。

発売にあたって、華やかなプレスリリースも、テック系メディアへの広告出稿も一切行われなかった。ただ静かに、製品リストの末尾にその型番が追加されただけだった。

 

東京のA社本社は、このサプライチェーンのどこにも名前を表していない。

 

すでにB社が青森工場を起点に汎用メモリ市場の「一般向け需要」に参入し出したこの時期、グラフィックボードというもう一つの要衝まで日本企業が露骨に囲い込み始めれば、国際的な経済摩擦や競合からの法的・政治的な反発を招くのは火を見るより明らかだった。

 

「設計の図面はA社が引き、製造の全責任は台湾の瑞晶電路が追う」

 

この古典的かつクリーンな国際分業の建前こそが、24社連合の「盾」だった。外から見れば、それは台湾の一企業が、古い特許をやりくりして一発当てようとしている、よくある業界の風景にしか見えなかった。

 

しかし、広告のないその黒い基板は、市場に投入された瞬間から凄まじい勢いで吸い込まれていった。

 

最初に発注したのは、秋葉原の中堅ショップ数社だった。

 

売れ筋にはならなかった。

 

しかし返品もなかった。

 

二週間後、同じ数量の追加注文が入った。

 

このような現象が積み重なったある時、一気に注文が殺到する。

 

長引くGPU不足に頭を悩ませていた秋葉原や大須のパーツショップだけでなく、最も供給に飢えていた国内の主要BTOパソコンメーカーから、数千、数万単位のバルク(まとまった)注文が殺到したのだ。彼らが求めていたのは、ベンチマークの最高スコアを競うセクシーなグラフィックボードではなく、「予定通りの価格で、予定通りの数が、来週確実に届く基板」だった。

 

「瑞晶電路の単独ラインでは、これ以上のバックオーダー(受注残)を処理しきれません」

 

台北からの悲鳴に近い報告書を、A社の担当者は静かに見つめた。

A社自身の出資で工場増設も可能ではあるが、それでは先ほどの独占敵視リスクが高まってしまう。

 

A社が下した指示は、工場の自社増設ではなく、台湾国内での「共同受託製造業者」の募集だった。

 

資金繰りに苦しむ周辺の零細基板加工屋を巻き込み、瑞晶電路を中心とした「即席の製造連合」を組織する。彼らに提供されるのは、C社の出向組が磨き上げた『多言語対応・製造マニュアル』だ。

 

これさえあれば、昨日まで別の家電基板をハンダ付けしていた現地の作業員でも、今日から瑞晶電路と全く同じ品質のグラフィックボードを、一切の迷いなく量産できるようになる。

 

「広告は出すな。技術を誇るな。ただ、注文書通りに手を動かせ」

 

台北の湿った夜風の中、名もなき零細工場の窓から、深夜まで途切れることのないラインの明かりが漏れていた。

巨大メーカーがAIという名の蜃気楼を追う中、24社連合は誰も利益にならないと思っていた隙間を埋め続けていた。

 

それは世界を変える事業ではなかった。

 

ただ、誰かがやらなければ消えていた需要を拾い集める、ひどく地味な仕事だった。

 

同日 アメリカ カリフォルニア

 

「おひたし……に、魚の煮付け、ですか?」

 

サンフランシスコ郊外のNEXA米国オフィス。現地社員たちは、城島ファンドの向島から送られてきた新事業の提案書を画面に映し出し、一様に首を傾げていた。

 

アメリカで「日本食」といえば、誰もが色鮮やかなロール寿司や、濃厚なとんこつラーメンを思い浮かべる。しかし、目の前のリストに並んでいるのは、出汁で色鮮やかに茹で上げられたほうれん草や、生姜の香りを利かせた地魚の煮込みといった、日本のどこにでもある地味な家庭用の「惣菜」ばかりだった。もちろん食材は現地のものを使い、保存が効く調味料は日本から輸送する。

 

しかも、提示された価格設定は、従来のNEXAの常識からはかけ離れて高価だった。

 

これまでのNEXAの店舗展開は、いわば「貧困の足元を見た経営」そのものだった。

品揃えは少なく、お世辞にも健康的とは言えないジャンクな冷凍食品を、低所得者層に向けて安価に大量に売りさばく。それが彼らのビジネスモデルだったからだ。

 

しかし、向島が主導する新店舗形態のコンセプトは、その真逆をいっていた。

効率的なオペレーションのため、メニューは数種類に厳選というのは変わっていない。だが、可能な範囲で化学調味料を削減し、塩分とカロリーを極限まで計算し、パッケージに表記。素材が持つ本来の滋味を前面に押し出す。

 

「狙いは、明日の食事代を削る貧困層ではない。オーガニックやウェルネスに大金を投じる、シリコンバレーの中間上位層だ」

 

本国からの出向社員は、現地スタッフに向けて淡々と説明を始めた。

 

カリフォルニアの中間上位層は、常に「クリーンな食事」に飢えている。

カロリー過多なアメリカの食生活に疲れ、さりとて毎食高価なオーガニックレストランに通うわけにもいかない彼らにとって、パッキングされた「健康的で、すぐ食べられる日本の惣菜」は、最も効率的で魅力的な選択肢になり得るかもしれない。

 

「味付けのブレは一切許されない。出汁の濃度から野菜の茹で時間まで、すべてC社が監修した『調理・温度管理マニュアル』に従ってもらう」

 

彼らが提供しようとしているのは、職人の技術を必要としない、システム化された健康だった。

F金属のベトナム人少年や台湾の基板職人たちをマニュアルで動かしたように、カリフォルニアのキッチンでも、現地スタッフがマニュアルの数字通りにタイマーをセットし、正確に「日本の味」を再現していく。

 

「他社が派手なSUSHIバーで利益を競うなら、我が社は静かなオフィス街の片隅で、この緑のパックを並べればいい」

 

NEXAによって新たに仕入れられた不良債権の店舗たちの古びた看板が、カリフォルニアの街角に静かに、再び点灯しようとしていた。

華やかさも、エンタメ性もない。ただ「身体に良い」という冷徹なまでに合理的な価値だけを詰め込んだ惣菜パックが、意識の高いアメリカ人たちの生活へ、静かに溶け込み始めていた。

 

「ああ、日本食であることと健康食品であることなどは盛大に広告してください。」

 

これは向島の指示だった。

べつに日本食に誇りを持っているわけではない。ただ『日本食=健康的』という図式が世界的に繋がりやすくブランド化できる利点があっただけの話だ。

中華料理でこの図式が成り立つなら中華料理と銘打っていたのが向島という男の思考だ。

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