ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第92話

翌日 東京 霞が関

 

「報道が、完全にJ社を『悪の犯罪企業』に仕立て上げようとしていますね……」

 

新内閣が発足して初めて開催された緊急閣僚会議。重苦しい沈黙を破ったのは、メディアの動向を最も近くで見ている総務大臣だった。議題は当然、前日に起きた連合J社本社前での大規模デモ。

一応は警察庁の迅速な法的一線(コントロール)により、人的・物的被害ともにゼロのまま解散させることには成功した。しかし、テレビのニュース番組やワイドショーが映し出す絵面は、法的な正当性とは完全に真逆のベクトルを向いていた。

 

連合は無口だ。広報部にマイクを向けたところで、「法に則り、適正な労務管理を行っております」という冷徹な定型句しか返さない。

一方で、番組が連れてきたデモ参加者を自称する「モザイク入りの遺族」は、かつて自分の身内がいかに無惨な被害に遭ったかを、涙混じりに、そして極めて情緒的に、饒舌に語り続ける。

 

「画面の前であれほど饒舌に被害を訴えられるなら、なぜ昨日の現場で、警察立ち合いの一対一の対話に誰一人名乗り出なかったんだ」

 

総務大臣は手元の資料に目を落としたまま、苦々しく吐き捨てる。

一方で、テレビや新聞がこれほどお祭り騒ぎをしているにもかかわらず、インターネットの海は不気味なほど静まり返っていた。

 

理由は明確だった。このデモが起きるよりもずっと前、それこそ前科者を雇用するときからこういう事態になるリスクを想定していた。連合がその圧倒的な資金力と自動化された法務アルゴリズムを用いて、主要な掲示板やSNS上で「元受刑者に対する差別発言」を発見した瞬間、『例外なくすべて』の発信者情報開示請求を機械的に乱発していたからだ。名目は一貫して「従業員に対する名誉毀損、不当な誹謗中傷、および人権侵害」、内容によっては「犯行予告」まで含む。

 

通常の開示請求であれば、プロバイダー業者側も「表現の自由」を盾に渋るケースが多々ある。しかし、連合の法務システムは容赦がなかった。一度拒絶されれば、同一のIPアドレスから過去に放たれたありとあらゆる攻撃的な書き込み(ログ)の全データを列挙し、一切の言い訳を封じる完璧な法理論でプロバイダーのデスクに再度書類を叩きつけるのだ。ネットの海の扇動力は高い、この容赦ない連合による人権の取り締まりの苛烈さも広がるのが早かった。

 

「つまり、そこまで巨額のコストを支払ってでも、彼らにとって元受刑者の人材は『守る価値がある』と判断しているわけですね……」

 

文部科学大臣が感心したように呟いた。だが、その言葉を遮るように、すでに国内の「連合案件」を最も多く取り扱い、彼らの本質を知り尽くしている鷺宮経済産業大臣が冷たく首を振る。

 

「いえ。これは単に、彼らの頭脳(サーバー)が、『開示請求に要する法的コスト』が『元受刑者を再教育して戦力化した際の人材雇用コスト』よりも未だに低いと計算しているからやっているだけです。明日、何らかの理由でその不等式が逆転すれば、彼らは何の手続きも踏まず、一瞬で彼らを守る手を引き、全員を鳴りを潜めさせるでしょう」

 

「な、そんな……。ここまで強固な雇用実績と信頼を築き上げてきたのにですか!?」

 

「そういう連中なのです、彼らは」

 

鷺宮経産相は、感情を排した声で続けた。

 

「事業性(リターン)があれば冷徹に続ける。連合という組織は、世論の評価や好感度など最初から1ミリも考慮していません。思い出してください。彼らが開発した画期的な新薬の特許を、優秀な研究者ごと佐々木製薬にあっさりと譲渡した件を。あの海水淡水化実験のプラントの件もそうだ。もし、少しでも世間体に色気を見せる組織なら、自社の手柄として大々的にアピールしたはず。しかし、彼らは一切それをしない。ドライバー不足の解消も、介護士不足の解決も、堂々と社会貢献として誇ればいいものを、未だに一般メディアに対して『24社連合』という自分たちの組織名すら、公式には一切出させていないのですから」

 

「その割には、我々に対してこんな『脅迫状』のようなシステム変更通知を送って来ているがな……」

 

そう言って、タブレットの画面を閣僚たちに向けたのは法務大臣だった。

昨夜遅く、法務省のマスターアドレスに、連合の中核をなすD財閥とJ社の連名で一通の「質問状」が届いていた。連合が国家に対して能動的にコンタクトを取ってくること自体、極めて異例の事態だったが、一同はその中身の非情さに息を呑んだ。

 

【質問要旨】

『昨日のデモ活動において、当社ログにより身元が完全特定されたデモ参加者、ならびにネット上で執拗な誹謗中傷を行った特定個人の自宅住所に対し、当社J社が受託した貨物・物資の配送依頼をシステム的に一律拒否することは、日本国法において違法性を問われますでしょうか』

 

「なるほどな……」

 

外務大臣が思わず唸る。

 

「元受刑者がハンドルを握る物流の恩恵を100%受けて生活していながら、そいつらを排斥しろと叫ぶなら、お望み通りその物流の網からお前たちを切り離してやる、と。あの連中らしい、システム的に怒髪天を衝いているな。……で、法務省としての見解はどうなんだ?」

 

法務大臣は、眼鏡の位置を直しながら淡々と答えた。

 

「結論から言えば、合法(セーフ)です。独占禁止法における『優越的地位の乱用』を懸念されるかもしれませんが、J社以外の運送会社も国内には多数存在しますから、J社単独での独占優位性を笠に着た行為には当たらない。提示された実務マニュアルによれば、『J社の運送部門で当該顧客の住所宛ての荷物(ECサイト等からの発送)を確認次第、即座に依頼主(発荷主)へ連絡し、他業者への変更を要求する』となっています。代替サービスの提案プロセスが組み込まれている以上、売買契約の履行遅延トラブルは発荷主と対象者の間で発生するものであり、J社に違法性は認められません」

 

「さらに、彼らは法的な逃げ道として、最後のページにこうも付け足していますね」

 

総務大臣が苦笑しながら補足する。

 

『仮に、身元が判明している激昂したデモ参加者や誹謗中傷者の宅へ、当J社の運送員が通常通り配達に伺った際、突発的な不法行為(暴力や監禁)に巻き込まれる恐れを考慮し、労働安全衛生上の観点から当該住所への進入を一時的に制限処置といたします』

 

「……完璧に詰められているね。突っ込みようがない」

 

「ええ。これに国が突っ込みを入れようとすれば、逆に政府が民間企業に対して『危険地帯だと分かっている場所に、労働者を丸裸で無理矢理行かせろ』と理不尽な命令を下す形になってしまいますから」

 

警察庁の官僚たちが前日に下した判断と同様に、この霞が関の最高意思決定機関においても、下される結論は情緒ではなく「冷徹な法的正当性」だった。

 

メディアがいかにJ社を叩こうとも、国家のインフラ維持という大前提の前では、感情論で動くデモ隊は何の役にも立たない。それどころか、物流を滞らせるノイズでしかなかった。

全国で特定された、法の一線を越えた不届き者数百名――彼らの自宅に今後一切、J社のトラックから荷物が届かなくなる。通販の箱も、実家からの仕送りも、すべて配送プロセスの途中で「配送不能(別業者へ引き継ぎ・遅延)」として弾かれ、彼らは日常の裏側で静かに、しかし致命的に不便な生活へと追い落とされることになる。

 

「……彼ら数百名の配送を止めることで、国家全体の物流インフラ(J社)が機嫌を損ねず、明日からも健在であり続けるなら、これほど安い取引はないな」

 

誰からともなく漏れたその言葉に、新閣僚の全員が静かに、深く頷いた。

 

「よし、法務省および総務省の見解として、本件に関する特段の行政指導は行わない方向で処理する。次の議題に移ろう」

 

総理大臣の乾いた声が響き、緊急閣僚会議は次のアジェンダへと進む。

国家の最高権力が集まる霞が関すらも、すでに連合が敷き詰めた「合理性のレール」の上を滑るように動かされていた。感情を武器にして正義の味方を気取ったデモ隊は、自分たちが依って立つ法治国家のシステムそのものによって、静かに市場の限界集落へとパージされようとしていた。

 

同日 東京 鷺宮宅

 

緊急閣僚会議を終え、深夜にようやく帰宅した経済産業大臣・鷺宮は、書斎の重い革張りの椅子に深く身体を沈めた。ネクタイを緩め、冷えたミネラルウォーターを喉に流し込む。

 

「ふう、なんとかインフラは維持されたか……。法的にもJ社の言い分に分がある。私の明日の役目は、この件について法務省が発行する見解文書に添えるための、『経済的重大性に関する影響評価』の定型文を考えるくらいか」

 

机の上に置いた端末には、すでに経産省の官僚たちが叩き台として作った「J社が稼働を1%低下させた場合の国内損失試算」のデータが並んでいる。やるべきことは決まっている。だが、安堵と共に、鷺宮の胸の奥底では「連合」という存在に対する底知れない恐怖が、これまで以上に色濃く、急速に膨れ上がっていた。

 

これまで鷺宮が見てきた連合のシステムは、どこまでも精緻で、合理的だった。

彼らは社会の歪み、人々の不満、インフラの「不便性」や「効率化への渇望」を、次なるシステム改善の格好の「入り口(トリガー)」として見事にハッキングする。しかし、ひとたびシステムが回り始めれば、そこから先は血も涙もない。すべてを数字、データ、現物のみの実績でしか評価しない。

だからこそ鷺宮は、連合とは決して「感情的な行動」など取らない、バグのない機械のような組織だと思い込んでいた。

 

しかし――今回のJ社が突き付けてきた通知は、その前提を冷酷に揺るがしていた。

 

『我々のサービス、および元受刑者ドライバーの存在が嫌ならば、どうぞウチの物流網を使わないでいただきたい』

 

一見、労働安全衛生上のリスクヘッジという完璧な法理論でコーティングされたあの文書。会議室の閣僚たちは、それを連合らしいシステム的な「怒り」や、人間社会の感情論に対する「諦観」の現れだと評した。確かにその通りだろう。データを見ればそう解釈できる。

 

しかし、鷺宮がその文面の行間から感じ取ったものは、もっと別の、ドス黒い何かだった。

 

(……あれは、怒りでも諦観でもない。どこか、隠しきれない『傲慢』が見え隠れしているような、そんな気がしてならんのだ……)

 

そう、あれは「システムによる人間への見下し」だ。

連合は、自分たちが提供するインフラに日本の社会全体が、そして叫んでいるデモ隊自身がどれほど骨の髄まで依存しているかを完璧に理解している。理解した上で、犬に餌をやるような冷めた目で、こう告げているのだ。

『お前たちが感情をぶつけている相手は、お前たちの生命線を握っている神だぞ。その区別もつかないのか』と。

 

これまでの連合は、社会の隙間を埋める都合のいい「道具」として、あるいは優秀な「黒衣」として振る舞ってきた。だが、そのシステムが国家の生存に不可欠なレベルにまで肥大化した今、彼らはついに、牙を隠すことすらやめ始めたのではないか。

 

「感情を持たない機械だからこそ、一度『人間は合理的な管理下におくべきパーツである』と計算を弾き出せば、躊躇なくその通りに執行する……。それが、あいつらの傲慢さの正体か」

 

静まり返った書斎で、鷺宮は自分の両手を見つめた。

法を守り、国家を守っているつもりの自分たち閣僚すらも、彼らの「傲慢な不等式」を成立させるための都合のいい歯車に過ぎないのではないか。窓の外、深夜の東京の街を静かに走り去っていく大型トラックのヘッドライトの光が、まるで怪物の眼光のように鷺宮の瞳を白く照らし、通り過ぎていった。

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