ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第94話

同日 大阪府 上野運送本社

 

「な、なんだこれは……! 一体どういうつもりだ!」

 

「文字通りですよ、上野社長」

 

大阪に本拠を置き、関西一円の幹線輸送を一手に引き受ける大手運送会社「上野運送」。その社長室に、叩きつけられた1通の通告書。それは、昨今の壊滅的なドライバー不足を補うため、連合J社から供給されていた大量の外国人および元受刑者ドライバー――今や上野運送の全ドライバーの12%を占める「現場の生命線」――を条件次第で引き揚げるという、事実上の死刑宣告だった。

 

上野運送は、自社のブランド認知と荷主へのアピールのために、東京のキー局が全国ネットで放送している有力な情報バラエティ番組のスポンサーを務めていた。

だが、J社が突きつけてきた刃の理由は、まさにそこにあった。

 

そのキー局の番組こそが、連日のように「犯罪加害者企業J社の暴挙!」「更生という名の開き直りを排斥せよ!」と声を大にして叫び、世論の反J社感情を煽り立てて視聴率を稼いでいる張本人だったからだ。

 

1か月前、連合の法務部門から法務省への確認を済ませていた「J社のインフラの恩恵を受けながら、裏でその排斥運動に加担する者へのサービス停止措置」に関する適法性の裏付け。

テレビの前の官僚や世間は、それを単なる「一般消費者向けの宅配サービスの停止」程度に甘く見ていたが、連合の徹底掃討の網はそんな生易しいものではなかった。彼らは、物流の上流である「荷主」から「中間輸送の運送企業」に至るサプライチェーンの全域から、反適合者をあぶり出し、根絶やしにする気でいたのだ。

 

「……『こちらの指定する偏向報道メディア、およびその出資・スポンサー企業宛ての荷物配送、ならびに当該企業への人材供給は、弊社として受け入れる従業員の精神的インセンティブの著しい欠落を招くため、対応しない場合は来月末をもって人材をすべて引き揚げさせる』だと……!? ふざけるな!」

 

「当然の処置でしょう」

 

J社の労務管理担当者は、感情の失せた目で上野社長を冷たく見据えた。

 

「『犯罪者のくせに平均年収600万ももらって何様のつもりだ、犯罪者なら土木の現場で死ぬまでコキ使われて過ごせ』などと公電で抜かす連中のために、我が社の元受刑者ドライバーたちが喜んで御社のトラックを走らせる、とお思いですか?

それを知った弊社の従業員が、どのような精神的苦痛を被るか。我が社は人材企業であり、彼らドライバーは我が社の最も貴重な資産です。彼らの尊厳をスポンサー費という形で間接的に傷つけておきながら、その一方で『人手が足りないから人員の穴を埋めろ』というのは、少々計算が合わないのです。ゆえに、この契約改定書になります」

 

J社がテーブルに提示したのは、逃げ道のない3つの選択肢だった。

 

【1:解約】

J社と上野運送の間のドライバー派遣提携を全面的に解消。来月末をもってすべてのJ社所属ドライバーの緊急契約解除措置を執行する。ただし、一方的な打ち切りの体裁を取り繕うため、事前の契約通り、J社から規定の違約金は満額支払うものとする。

 

【2:スポンサー解約】

上野運送が現在行っている、当該キー局の対象番組におけるスポンサー契約を、今月中に即座に全面解除する。

 

【3:内容修正義務を含む新契約】

今後、出資関係またはスポンサー関係にあるメディアにおいて、J社およびその社員への「客観的な事実」から逸脱した誹謗中傷・偏向報道がなされた場合、上野運送がそのメディアに対して報道を是正させる法的義務を負う。これが機能する限りスポンサー継続と人材維持を認めるが、もし是正漏れの報道が一度でも流れた場合、違約金が上野運送に発生する。

 

「……今すぐには決められん。役員会に報告を上げ、審議する時間をくれ」

 

「期限は2週間後になります」

 

「いや、2週間なんてそんなに早くは……我が社だって株主やキー局との付き合いがあるんだ!」

 

「すみません」

 

担当者はそこで初めて、ドスの利いたマジな眼光を上野に向けた。

 

「これは単なるビジネスの条件交渉ではありません。明確な人権問題、ひいては我が社の人材への精神的・身体的傷害案件です。我々からすれば、2週間という猶予すら本来であれば譲歩しすぎていると、社内システムからは警告が出ているほどです」

 

メディアのトカゲの尻尾切り

上野社長はすぐさま自社の法務部と顧問弁護士を呼び出し、J社の通告書を検証させた。しかし、返ってきたのは絶望的な回答だった。

 

法的な瑕疵は、どこにもない。

J社は「嫌なら引き揚げる。その代わり違約金は規定通り払う」と言っており、代替案(スポンサーの降板)も親切に示している。むしろ、このJ社の要求に対して「加害者を雇う企業を擁護しろというのか」などと感情的に反論し、この件が世間に漏洩した方が、会社にとって致命傷になりかねないというのだ。

 

「社長、もしJ社が全国の運送・物流企業でこの『踏み絵』を一斉に開始し、大半の企業が生き残るために乗ったとします。……その時、最後まで反抗してゴネていた我が社はどう見えるか。マスコミが垂れ流す感情的な世論とは全く違うレイヤー――すなわち、法律上、近代学門上、そしてグローバルな国際基準における『人権と倫理観』を真っ向から否定するブラック企業であると、自ら世界に向けて宣伝することになりかねません。……メディア本人は、いざとなれば『我が局は単に、被害者のインタビューという視聴者の感想の一つを放映しただけだ』と言い張って、表現の自由の盾の裏へ一瞬で逃げることができますが、我が社は逃げられません」

 

法務部長のその乾いた判断を聞いた役員たちは、顔を青ざめさせながら全員一致で「2:スポンサー解約」を選ばざるを得なかった。

 

もし【1】の解約を選べば、来月には12%の物流ラインが消滅する。全国の荷主から遅延損害金の請求が殺到し、食品や医薬品の消費期限切れなどの大トラブルが多発すれば、多額の賠償金や国交省からの厳しい行政処分を受けて会社そのものが倒産する。

かといって【3】のメディアコントロールなど不可能だ。一介の地方運送会社が「報道を訂正しろ」とキー局に怒鳴り込んだところで、テレビ局のバックにいる巨大な広告代理店企業や他の大手資本が沈黙している限り、高確率で無視され、違約金だけをJ社に毟り取られるのがオチだ。

 

「……すぐにキー局の営業局に連絡を入れろ。今期をもって、いや、違約金を払ってでも今すぐあの番組のスポンサーを降りると伝えろ」

 

上野社長は力なく机に突っ伏した。

 

メディアが「正義」の御旗を掲げてJ社を叩き、お茶の間の留飲を下げさせているその裏側で、連合はテレビ局の資金源である「スポンサー企業」の喉元を、物流という絶対的な生存権を使って一つずつ、確実に、音もなく締め上げていた。

テレビ局がどれほど電波の上で吠えようとも、その足元のスポンサーたちが次々と血の気が引いたようにクモの子を散らすように去っていく。

反連合を謳うメディアという名の巨塔は、その土台である資本の鎖から、静かに、そして完全に切り離されようとしていた。

 

2044年 5月

 

特にJ社批判をネタにして視聴率を稼いでいた2つのテレビ局は、ついにその方針を撤回せざるを得なくなった。

外側から見れば、それはまるで「連合」という巨大な黒幕が緻密に仕掛けた完璧な包囲網のように見えた。だが実態は違った。連合のトップがどこかで指揮を執ったわけでも、J社が裏で絵を描いたわけでもない。

 

ただ、関わったプレイヤーの全員が、それぞれの利益とリスクを天秤にかけ、自律的に動いた結果、逃げ場のない「数理的な必然」として局が絞め殺されただけだった。

 

始まりは確かに、J社の大胆な行動だった。

しかし、それは上野運送のような派遣先企業に対し、単に「傷ついた元受刑者ドライバーの離職リスク(損失)」を自律的に計算した結果、『ウチとテレビ局、どちらを選ぶ?どちらも取りたいなら管理しろ。』という白黒に加えてグレーまで揃えた選択を迫るために全国を回った。

 

そしてあの3条件を突きつけられた上野運送他各社の側も、役員会で冷徹にソロバンを弾いた。

「テレビ局への義理」と「明日からの12%の物流麻痺による倒産リスク」。両者を天秤にかければ、前者を選ぶなどあり得ない。彼らはただ自社の生存のために、自発的にスポンサー契約を解除した。この動きが全国の中小・中堅スポンサーの間でドミノ倒しのように連鎖した。

 

次に危機感を覚えたのは総務省だった。

彼らは連合から「テレビ局を潰してくれ」と頼まれたわけではない。むしろ連合はいつも通り一切の陳情も抗議もしてこなかった。

しかし、法務省と裁判所が「刑期満了」とした一国民を、電波を使って公然と「潜在的犯罪者」と呼び、排斥を煽るメディアの暴走をこれ以上放置すれば、国家の根幹である「法治の信頼性」が国内外から疑われる。さらに、それによってJ社がへそを曲げて物流から撤退すれば、日本の経済は一瞬で死ぬ。

 

総務省の官僚たちは、自らの組織防衛と国家の維持のために動いた。

「行政指導に従わない場合は、放送免許の取り消しも辞さない」という、普段なら絶対に抜かない伝家の宝刀を抜いたのは、彼らが自発的に「それが国家にとって最も合理的だ」と判断したからだった。

 

トドメを刺したのは、最大手広告代理店の一角「PUFグループ」による契約破棄の通告だった。

これも、背後にある河内財閥がJ社と手を組んだわけではない。河内財閥の投資管理AIと法務チームが、客観的なリスク評価として、

『自国のインフラ(物流)の恩恵を100%享受しながら、その担い手を理不尽に叩いて喜ぶようなメディアに資金(広告費)を投じ続ける行為は、中長期的に見て極めて重大なガバナンスの欠如(モラルハザード)であり、我が財閥のブランド毀損に繋がる』

と弾き出しただけだった。

 

政府から依頼されて稼働している対連合用の代替物流インフラ・河内総合運輸にとってもまだJ社が担っている巨大な国内物流量をすべて代替はできないための判断でもあった。

 

そして、PUFグループは親会社である財閥の投資基準(ESG・コンプライアンス)に適合するため、ただ機械的に「取引停止」のレバーを引いた。

 

物流業界には見捨てられ、広告代理店大手からは絶縁状を突き付けられ、政府からは放送免許を人質に取られる。

ここで意地を張るほど愚かな者は、テレビ局の上層部には一人も居なかった。

 

局の幹部たちは、一連の事態を「連合による恐るべき陰謀だ」と恐れおののいたが、その実、連合の誰も彼らを潰そうとは考えていなかった。

 

連合というシステムは、最初から最後まで無口だった。

ただ、社会を構成するすべてのパーツ(企業・官僚・財閥)が、連合の敷いた「合理性と法律」という共通のプラットフォームの上で、自らの損得を最も正しく計算して行動した。その結果、バグのような偏向報道を繰り返すテレビ局という存在が、まるで生体の免疫システムに拒絶される異物のように、自動的に、そして完璧にパージされたのだ。

 

意図なき包囲網。思惑なき完全敗北。

それこそが、感情を排して各自が適合していった世界の、最も恐ろしい「自動調和(システム)」の姿だった。

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