ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第99話

2044年 9月 アメリカ デラウエア州

 

アメリカ現地法人「NEXA」のオフィスに、連邦政府の官僚や調査員たちがぞろぞろと乗り込んできた。

連合と城島ファンドが一切の抵抗をせず、即座にすべての権利を手放して撤退したという「不意打ち」により、ワシントン側の対応は後手に回っていた。それでも、大統領の厳命を受けた商務省はわずか1週間でこの特別調査団を編成し、送り込んできたのだ。

 

かつてカリフォルニア州の現場で、NEXA進出のための最初の店舗物件を血眼になって探していた生え抜きの社員・ロバーツは、オフィスの隅からその役人たちの姿を見つめ、ただ猛烈な情けなさを感じていた。

 

なぜ政府がここまで血相を変えて乗り込んできたのか。理由はあまりに残酷だった。

実質的な接収と国家管理化が始まったのは1か月前。だが、その時点ですでに、全米に展開するすべての店舗が目に見えるレベルの大赤字に転落していたからだ。

歴史的なインフレに苦しむ庶民の味方だったはずの超格安スーパーは、連合の頭脳が抜けた瞬間から、凄まじい勢いで現金を食い潰すお荷物へと変貌していた。これはクリスマスセールだとか、ブラックフライデーといった一過性のイベントや小手先のマーケティングで埋められるようなレベルの赤字では到底なかった。

 

焦り狂ったホワイトハウスが、NEXAのサーバーへ強制立ち入り調査を行うために派遣したのが、今ロバーツの目の前で繰り広げられている醜態だった。

 

「おい……なんだよ、これ……意味が分からんぞ!」

 

端末の前に群がる調査員たちは、画面に映し出される情報の洪水に早くも脳をやられ始めていた。

「コスト削減のために品種を極限まで絞る」という思想はわかる。例えばケチャップなら、全米の系列店で流通させるのは常に1品種のみだ。ここまでは大統領の経済顧問たちも理解できた。

しかし――不可解なのはその先だった。

その唯一のケチャップが、ある週はA社製、別の週にはB社製、さらに次の週にはA社のカロリーオフ版、といった具合に、仕入れ先がめちゃくちゃに変動していたのだ。さらに最悪なのは配送業者だった。C社、D社、E社の3社でカリフォルニア州内を綺麗に回していたかと思えば、翌日には突然何の関係もないF社がスポットで割り込んできたり、ある週になると突然C社がルートから完全に抜けたりする。

 

「なぜこの日にこの業者を選んだのか」という判断のアルゴリズムは、すべて日本国内の島根県松江市にある城島ファンド本社のホストサーバーの中にあった。デラウエアにあるNEXA本部のサーバーに残されているのは、そのアルゴリズムが弾き出した「結果(指示書)」のログだけなのだ。

 

「なあ。お望み通り、国からストックオプションがつくってさ。だいぶ前に、お前が言っていた通りになったじゃないか」

 

ロバーツは隣のデスクにいる同僚に、冷ややかな皮肉の声をかけた。

 

「そうだな……」

同僚は力なく自嘲する。

「こんな大赤字を垂れ流す国家管理企業の株なんて、タダでもらったって嬉しくもないがね。それより、そのオプション付与の帳尻合わせとして、毎月の確実な現金給与のベースが下げられた。こっちの方がよっぽど致命傷だよ」

 

「おいおい、15年前のベンチャー気取りだった頃の愚痴と、綺麗に逆のセリフじゃないか」

 

「よくそんな昔のことを覚えているな、お前は。そうか……俺は昔、そんな生意気なことを言っていたのか」

 

商務省の役人たちが犯した最大の誤算は、彼らが接収して地方オフィスに乗り込んだ『その初日』に稼働していたサプライチェーンの状態を、城島ファンドの固定された「完成された経営方針」だと誤解し、そのままの条件で物流と仕入れを固定化して運営してしまったことだった。

 

連合のシステムにとって、最適化とは「秒単位、日単位で常に変動する流動体」だった。日毎に、週毎に、気象データや周辺の交通量、燃料価格、さらには生産者の在庫状況に応じて仕入先や配送業者をパズル級に変える。そんな前提のシステムに対し、前時代的な「固定契約」を持ち込んで従来の利益を出せる確率など、数学的にゼロに近かった。

 

「すぐにこの仕入先と配送業者全社に、過去の契約書の控えを供出させろ!」

 

現場の指揮官である商務省の総括官が、オフィス中に響き渡る声で檄を飛ばす。なぜこんな奇妙なローテーションが成立していたのか、少しでもシステムの手がかり(証拠)を掴むためだ。

 

「ですが、総括官。もし彼らと連合の間の契約が、『システムから指示のあったその時だけ、その価格で出荷する』という完全なスポットの自動特約契約だったとしたら、書類を集めても意味はありませんが……」

 

「なに、その時はもう一度、日本政府を脅せばいいだけの話だ! システムのノウハウ一式を丸ごとこちらへ寄越さないなら、安全保障上でどうなるか、とな!」

 

ロバーツは、この傲慢の塊のようなセリフをオフィスの廊下で平然と言い放つ役人の姿に、激しい嫌悪感を抱いた。

確かに今度の大統領は、歴代でも類を見ないほどのタカ派の中のタカ派だ。国内貧困層からの支持が弱いからこそ、「アメリカ第一主義」と「強硬なナショナリズム」を前面に押し出すイメージ戦略を最大の武器にしている。

 

だからこそ、この状況はワシントンにとって致命的にまずかった。

国家権力を使って目障りな外資を追い出し、略奪的なインフラを我が国家の管理下に取り戻した、と大々的にホワイトハウスから凱旋パレード並みの宣伝をしたのだ。その結果が「大赤字による公費注入」で、国の財政をさらに悪化させましたなどという真実が世間に知られたら、政権は一瞬で崩壊する。だから彼らはこれほど焦っているのだ。

 

そして、彼らを襲うもう一つの致命的な焦り――それは、地元の仕入先や配送業者たちに、急速に「仕事が回らなくなってきた」ことだった。

 

連合が行っていたあの異様なローテーション仕入れと配送選定。それは見方を変えれば、「一定の期間内において、地元の中小業者に公平に仕事と利益が回るように計算された、地域経済の循環システム」でもあったのだ。

それを、無知な政府が『接収した初日の業者』だけでガチガチに固定してしまったため、たまたまその日に当番でなかった残りの7割の地元業者たちにとっては、自国政府のせいで理不尽にサプライチェーンから叩き出された形になった。

 

「外資の日本企業(連合)がアメリカ人に公平に仕事を振り分けていて、我々自国の政府がそれを一部の身内に専有させた」という構図が地元民にバレれば、いよいよ『我が国が掲げる自由主義とは一体何だ?』という暴動レベルの思想的危機になりかねない。

 

「まずい……そんなことになったら、我々は国民を救った英雄ではなく、ただの中小企業を虐げる独裁者になりかねないぞ……」

 

総括官は、青ざめた顔で一人、廊下に差し込む西日の中で呟いた。

 

やがて、社内のサプライチェーン企業との過去の取引データや契約書の控えの束が、NEXAの会議室へと運び込まれた。しかし、息を呑んでそれをめくった官僚たちの前に現れたのは、またしても冷酷な「現実」だった。

 

そこには具体的な取引単価も、配送ルートの指定も一切記載されておらず、ただ一言、こう書かれていた。

 

【価格および数量の決定は、当社規定フォーマット(API)に入力し、中央サーバーへ送付されたデジタルコードをもって確定とする】

 

「当然だ……! 経営方法をリアルタイムで改善していくなら、必要とするデータの種類もその都度見直さなければならない。だから『当社規定のフォーマット』として契約を抽象化させているんだ……くそったれが!」

 

総括官は、持っていた高級なボールペンを激しく机に投げつけた。ペンは跳ね返り、無機質な床を転がっていく。

 

「この過去ログのどこからでもいい! その『フォーマット』の送信画面を押さえろ! スクショでも、システムのダンプデータでも何でも構わん! 奴らが使っていた『数字の入れ物』の形だけでも掴むんだ!」

 

怒号が飛び交う会議室のガラス越しに、ロバーツはただ静かに目を閉じた。

国家がどれほど巨大な権力と暴力を行使して「ハコ」を奪い取ろうとも、連合というシステムは最初から、紙の契約書にも、現地法人のサーバーにも存在していなかった。彼らはただ、傲慢な大国が自ら招いた赤字の沼の中で、もがき苦しむ様子を、海の向こうから無感情に見つめているだけなのだろう。

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