乃依がプリセットアバターのツクヨミご新規さんをプロデュースする話   作:天号

2 / 3
本文中の歌詞はオリジナルです。それと、三人称視点と一人称視点が切り替わる方式は、昔読んだ読み物から取って『聖エルザクルセイダーズ』方式と呼んでます。


乃依がプリセットアバターのツクヨミご新規さんをプロデュースする話・その2

 仮想空間『ツクヨミ』に、今日も夜がやってきた。

 

 ツクヨミでも一際賑わうライブ区画の片隅、ちょっと小さめのイベント会場。そこには期待の新人のデビューを一目見ようと、ツクヨミの住人が詰めかけていた。

 

「さあーーーー! ここまで大きな盛り上がり見せているこのイベントも、次のライバーでいよいよ最後! エントリーナンバー11番! ブラックオニキス 乃依プロデュース! もみじーーーー!!」

 

 忠犬オタ公のMCトークが響き渡る。彼女自らがプロデュースするイベント『第1回かぐや記念 ぐんぐんつくしカップ』は、クライマックスを迎えようとしていた。

 

 そしてステージの上では、もみじと呼ばれた少女が、観客たちの視線を浴びてガチガチに固まっていた。

 

 

 

 

 

 話は数時間前に遡る。

 

 

 酒寄彩葉と朝日の母、酒寄紅葉は、自室で考え事をしていた。

 

 紅葉の目の前には、小さなケース。

 

 ウェアラブルAR/VRデバイス『スマコン』のケースだ。

 

 先日、紅葉は息子の朝日に「久しぶりに彩葉と電話できたけど、彩葉に生意気を言われた。ただ、何かを決意したような感じだった」というような内容のメールを送った。

 

 そしたら朝日から、「母さんも立場とか一旦忘れて、息抜きをした方がいいよ。ツクヨミに来なよ。人生変わるぜ?」というメッセージと共に、このスマコンが送られてきたのだ。

 

 紅葉はスマホを手に取る。

 

 

『ツクヨミ』

 

 

 数ある仮想空間の中でも、最大規模のものだという。

 

 仮想空間内では、自分ではない自分になったりできるらしい。

 

 そしてクリエイターが自己表現をしたり、人の心を動かしたら、ふじゅ~という仮想通貨がもらえたりと、ツクヨミの紹介ページには色々な事が書いてある。

 

 紅葉はしばらくスマホで、ツクヨミの情報を集めていた。そして、

 

(今後、仮想空間絡みの弁護の依頼もあるかもしれない……)

 

 そう思ってから少し考え、意を決してスマコンのケースを開けた。

 

 

 

 

 

『太陽が沈んで、夜がやってきます』

 

 紅葉は、大きな赤い鳥居の前で、透明感のある、不思議な雰囲気を纏った少女と対面していた。

 

『私はツクヨミの管理人、月見ヤチヨでーす』

 

 管理人を名乗る少女は、ツクヨミでの基本的な決まり事を紅葉に伝え、

 

『出かける前に、その恰好じゃあつまらない!』

 

 と言って、紅葉の目の前にポップアップスクリーンを出した。ツクヨミ内で身に纏うアバターのカスタマイズ画面だ。基本のカスタマイズパーツだけでも、凝りだすと時間が溶けるものなのだが、

 

「あ、私そういうのいいので」

 

『えっ』

 

 紅葉の返事は、ヤチヨの想像の埒外だったので、ヤチヨにとっても新鮮だった。

 

「早くツクヨミを見て回りたいので、簡単なのってありません?」

 

『そういう事なら、簡単作成プリセットアバター! これでどうかな?』

 

 紅葉は新しく出されたスクリーンを見る。そこには、出来合いの12種類くらいのアバターが並んでいた。カスタマイズ要素を極力少なくした、プリセットと呼ばれるアバターだ。

 

『でもいいのかなー、ツクヨミを見るって事は、あなたもツクヨミに見られてるというわけで、もっと自分らしさをアピールした方が……』

 

「これでいいです。お気遣いありがとう」

 

 どれにしようか、これがいいな。若い頃、私も髪を伸ばしていた。そんな事を思い出させる、少女の姿のプリセットアバター。昔の私は赤毛じゃなかったし、鹿の角も生えてなかったけど。

 

『髪の色とか変えられるよ。アクセサリーも付け外しできるよ』

 

「いいです」

 

 服装も、プリセットのものは、ツクヨミによくある和装と洋装のハイブリッド、その平均的な装いだった。これもこの若草色の着物を中心にまとめたこの格好でいいや。

 

 紅葉は自分の纏うアバターをパパッと決めていく。よくわからないところはパパッと飛ばしていく。こうして見た目が整うと、

 

「これで大丈夫です」

 

 アバターのカスタマイズが完了した事を、ヤチヨに告げる。

 

『本当に?』

 

「はい」

 

『ふむ、プリセットまんまなんて滅多にない事だけど、これもツクヨミの自由と秩序の証! じゃあツクヨミに行ってみる?』

 

「お願いします」

 

『それじゃあ、いってらっしゃーい』

 

 ヤチヨが紅葉の手を引く、そのまま大きな鳥居へと駆け寄ると、紅葉だけ鳥居の中に放り込まれた。

 

 鳥居はツクヨミへ入るための門となっており、ツクヨミの外と内との境目でちょっとウェイトがかかるようになっている。この感覚に慣れてないツクヨミ初心者は……

 

「どべっ!」

 

 鳥居をくぐったところで転ぶという洗礼を受けるのであった。

 

 起き上がろうとして、紅葉は下を見る。

 

 足元はごく浅い水面になっており、紅葉がじっとしていると水面が静かになっていき、紅葉の今の姿を映した。

 

「これが……私」

 

 さっき選んだプリセットアバターそのままだった。少女の頃の自分に似ている顔立ち。長く伸ばした赤い髪に、頭には鹿の角。若草色の着物を中心にまとめた和装と洋装のハイブリッド。

 

 選んでいる時と身に纏っている時とでは、同じ姿と言えど、感覚は大違いだった。

 

「もうちょっと凝ればよかったかな。でもまあ、ええか」

 

 紅葉は立ち上がると、ツクヨミへの第1歩を踏み出したのであった。

 

 

 

 

 

(ここからは、紅葉の一人称視点ですよー)

 

「わあ……!」

 

 仮想空間ツクヨミは、私にとってワクワクの連続だった。

 

 空を泳ぐ巨大な魚群にぎょっとなり、現実世界では作れないだろう木造の高層建築を見てまじかーとなり、広大なフィールドの野山を駆けて櫓を取り合うゲームを配信大型スクリーンで見てすごすぎてありえんだろとなった。

 

 犬も歩けば棒に当たるではないが、少し歩くとワクワクする何かを見つけて立ち止まる。そんな事を繰り返していた。

 

 親切なツクヨミの先輩住人と立ち話となり、ちょっとしたお得情報を教えてもらったりもした。

 

 なんというか、いいところだなツクヨミ。そういう気持ちが私の中に芽生え始めていた。

 

 確かに朝日の言う通り、人生観変わるわとなった。いや、朝日は人生変わると言ったんだっけ? どっちだったかな。

 

 たくさんのワクワクを一身に浴びて、少し疲れた私は、休憩に適した場所でひと休みしていた。

 

 ちょっとした高台になっていて、ベンチが並んでいて、城というには高層建築すぎる城を一望できる、見晴らしの良い広場。

 

 ベンチに腰掛けると、私は何となく空を眺める。

 

 そこには月の代わりなのかミラーボールが浮かんでいた。

 

「ミラーボール……そうだ、朝久さんが連れて行ってくれたあの演奏会は、会場にミラーボールが吊ってあったっけ」

 

 ワクワクに触発されたのか、思い出の引出しの中でも鍵がかかっていた部分が、今は開いていた。

 

 久々に取り出した故人との思い出は、きれいにしまわれていて、今も色褪せていなかった。

 

 楽しい。

 

 ツクヨミは、世界は、楽しいでできている。

 

 簡単な事を忘れていたなー。

 

 楽しいなー。

 

 そんな事を考えていると、自然と歌が口からこぼれだす。

 

 

 

 朝焼け色した空に 背中を押されながら

 

 昨日まで知らなかった 景色を探しに行こう

 

 

 

 実は朝久さん作曲だったりする、お気に入りの曲だ。 

 

 

 

 転んだって笑いながら また立ち上がればいい

 

 誰だって 新しい事を始める時は みんな初心者

 

「……はっ!」

 

「えっ!」

 

 私は歌うのを止めて、声の聞こえた方へと振り向いた。

 

 そこにいたのは、可愛い女の子だった。長い髪を両サイドで結び、そのすぐ上には猫耳。和装アレンジのスカートがひらひらしている。あれ、聞こえた声は男子だったんだけど、声の主はどこ?

 

「この歌だ……」

 

 この子だったー。しかし私の中で、可愛い女の子から男の子の声がすることに、違和感と警戒心が出てくる。

 

 なので、

 

「何なの君、お嬢ちゃんなの? 何か用なの?」

 

 と尋ねた。相手はじっとこちらを見つめている。

 

「私の顔に、何かついてる?」

 

 自分の顔に何もついてない事はわかっている。ただ、相手が何で私を見つめているのか、それが知りたかった。

 

「この子だ……!」

 

 え、私が?

 

「な、何ね?」

 

 するとおもむろに、私は手を引かれた。その力は、男子のそれだった。

 

「来て! 君の歌を、みんなに聴かせたいんだ!」

 

「ちょ、ちょっと! えええええ!?」

 

 女の子の恰好をした少年に手を引かれて、君の歌を聴かせたいんだって、まるで昔読んだ少女漫画じゃん。いくらツクヨミでも、こんな事ってあるー??

 

 

 

 

 

 というわけで、私は少年――乃依くんという――に手を引かれ、『第1回かぐや記念 ぐんぐんつくしカップ』というイベントに参加する事になり、その過程で入力を忘れていたツクヨミネームを登録した。

 

 そして、乃依くんのプロデュースで、このステージの上で歌う事になり、突然すぎる展開に理解が追いつかないでいる。

 

 しかもさっき、乃依くんに「名前かわいいね」とか言われて、赤面したのが自分でもわかりました。

 

「緊張してる? さっき歌ってたみたいに、普通に歌ってくれればいいからね。おっけー?」

 

 乃依くん、簡単に言ってくれるじゃないの。ギャラリーはざっと100人くらい。仕事で見る傍聴席よりずっと多い。視線はずっと私に集中している。アニメの演出だったら私は、カチコチの石か氷になっているだろう。

 

「さあーーーー! もみじが歌うのは、懐かしのナンバー! 『世界は楽しいでできている』! 歌ってもらいましょうーーーー!」

 

 犬っぽい人がシャウトする。

 

 懐かし? たった14年前の曲なのに、懐かしって言われちゃうの? あ、干支が一回り以上してるのか。そりゃ言われちゃうわ。

 

 会場のスピーカーからイントロが流れ始める。あああああ、もう始まるー!?

 

『彩葉、音楽は自由に楽しむんやで――――』

 

 今日は思い出の引き出しの鍵が、どこもかしこも開いているなあ。こんな思い出にも私は鍵をかけていたのか。朝久さん……

 

『彩葉、音楽は自由に楽しむんやで――――父さんもな、母さんの歌の自由さに惹かれて、母さんを好きになったんよ。なあ、紅葉さん』

 

 !? こんな出来事あったっけ?

 

『さあな、ここはツクヨミやからな。不思議な事の一つも起きるんちゃうか?』

 

 朝久さん……助けてー。

 

『それは堪忍な。でもな、ワタの味やで、紅葉さん』

 

 !!

 

 そうだ、そうだった。失敗したってワタの味だ。私は意を決する。ここまで一瞬でたくさんの事を考えた。私は息を吸い込み、イントロが終わり……

 

 歌おう! もみじ!!

 

 

 

 

 朝焼け色した風に 背中を押されながら

 

 昨日まで知らなかった 景色を探しに行こう

 

 

 

 

 転んだって笑いながら また立ち上がればいい

 

 誰だって 新しい事を始める時は みんな初心者

 

 

 

 Aメロ歌えた! 次はBメロ!

 

 

 

 涙のあとに笑えるなら それで大成功さ

 

 失敗の味は 美味しい焼き魚のワタの味

 

 

 

 ちょっと苦くて でもなんだかクセになる

 

 次はもっと上手にできるって 心が歌い出す

 

 

 

 ワタの味、やっぱここ好き! さあ、サビだ!

 

 

 

 Hello New World 新しい世界に さあ飛び込んでみよう

 

 昨日の自分も連れて 明日の空へ駆け出そう

 

 

 

 まだ知らない「好き」が どこかで待ってる

 

 ワクワクの種に じょうろで水を振りまいて 

 

 

 

 Hello New World 笑顔の続きを描こう

 

 君の「好き」が 未来を照らしていく

 

 

 

 どこまでも どこまでも

 

 この世界は 楽しいでできてる!

 

 

 

 

 私が歌の最後にポーズを決めると、歓声が沸き起こる。姿勢を維持しながら、私は肩で息をしていた。

 

 歌って、踊って、とても楽しかった。高揚感が心地よい。

 

「もみじーーーー! いい歌でした! ありがとうございましたーーーー! さあ、これで11組の……」

 

 犬っぽい人が叫んでいるけど、私には遠くの出来事のように思えた。

 

 歌っている時に近くに感じていた、朝久さんの存在感の残り香のようなもの。それが手のひらから零れ落ちる感覚を、私は愛おしく思っていた。

 

 

 

 

 

 目を開ける。スマコンの機能がVRからARに切り替わる。

 

 そこは私の部屋だった。

 

 あれから、終わりまでイベントに参加して、乃依くんから後日契約の話をしようねと言われて、その後ツクヨミからログアウトしたのだった。

 

 まだ少し興奮が残っている。私は息を整える事にした。

 

 息を吐いて、吸い込んで、吐くタイミングで、息は声帯を震わせ、言葉になった。

 

「ああ、朝日が言ってたの、『人生変わる』の方やわ……」

 

 人生観が変わるではなく、人生が変わる。

 

 そんな予感に、武者震いがした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。