大心を宿して   作:はんたー

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デビュー前に弟子入しました

 2006年8月下旬。

 

 俺がトレセンにやってきて、早くも六ヶ月が経過した。

 

「今日もおつかれまぐちゃん! 新馬戦まであと一週間だし頑張ろうね」

 

 そう言うのは俺の主戦騎手の「由紀心華」さんだ。まさか、女の子が俺の主戦騎手になるとは夢にも思わなかったな。それもかなりの美人さん。正直、元人間の感性としては滅茶苦茶うれしい。でも、だからといって鼻の下を伸ばしたりすることはない

 なにせ、メイクデビュー……新馬戦が近いのだ。

 もうすぐ新馬戦とのことで、調教のレベルも上がり俺自身の能力が上がっていってるのがわかる。

 

『何がレベルが上がってるよ。全然まだまだじゃない……』

 

『はい! 精進します、スイープ師匠!』

 

『だから、師匠って言うなって何度言ったらわかるのよ!』

 

 スイープトウショウさん……いや、スイープ師匠が呆れたように言う。

 俺はあの後、紆余曲折あって、ついにスイープトウショウにお近づきになることができたのだ(感動)。

 まあ、最初の方は結構難儀したけど……、他の馬に比べると良好な関係を築くことができたと思う……。

 

 

 

 

 ****************************

 

 

 

『何よ、アンタ誰?』

 

『あ、はい。俺、マグナアニマって言います』

 

 キッカケはスイープトウショウさんの放牧の様子をじっと観察していたことだ。ウマ娘においてスイープトウショウはナリタタイシンと同じ追込のスペシャリスト。その力の一端でも掴むことができないかと、密かに彼女の様子を観察していたのだ。

 スイープトウショウさんは4月の調教中に不運にも骨折してしまい、全治三ヶ月との診断が下ってる。走りを観察することはできないが、それでもなにか掴めるものはないかと思ってのことだ。

 それに気づいたスイープトウショウさんは腹立たしげに俺を睨んだ。というか、隣の馬房になったのに覚えられてなかった……。悲しく思いつつも、スイープトウショウ程の強い馬にとって自分はまだ覚える価値もない存在なのだと改めた。

 実際、3月の調教で見たスイープトウショウさんの走りはとんでもなかった……。俺が苦労して出した5ハロン68秒という記録を大幅に上回る、5ハロン65秒台という記録を出してみせたのだ。アレは衝撃だった……。しかも、走った後はケロッとしてて、堪えた様子がまるでない。たぶん、本気で走ってないな……それでこれか……。

 もちろん、年齢の差とかもあるだろうけど、俺が何度かやって68から70秒を行ったり来たりしてる中でのそれだ。

 これがG1を勝った馬の力……。正直あこがれた。

 それはさておき、気づかれたのなら仕方がない。俺は意を決してスイープトウショウさんにずっと言いたかったことを言ってみる。

 

『スイープトウショウさん、お願いがあるんですけど、走りを教えてもらえたりとかってできますかね?』

 

『はあ? なんでこの私がアンタなんかのためにそんなことしないといけないの? 絶対嫌よ!』

 

 当然のように撃沈。ぷいっとそっぽを向いて馬房に向かうスイープトウショウさん。ショックこそ受けたものの、今の俺はスイープトウショウさんにとって見向きもされない存在だ。仕方がない。

 その時はそう思っていたのだが、8月の初めくらいの時。突然、俺にこう言ってきたのだ。

 

『アンタ、それでちゃんと走ってるつもりなの? 見た所、追込で走りたい感じよね?』

 

『へ?』

 

『追込で相手を差し切りたいのなら、もうちょっと脚を溜めたほうがいいわよ。今の相手、十分ぶっちぎれたでしょ』

 

『は、はい?』

 

 それは同世代の馬と併走した時のことだった。俺は何とか相手の馬より速く先着したが、その差はほとんどない。こんなんじゃ駄目だと思っていた時にスイープトウショウさんが話しかけてきた。

 困惑する俺を他所にスイープトウショウさんはそのまま併せ馬に入る。骨折自体は順調に回復し、6月終わりにはもう治っていたらしく、今回病み上がりの併せ馬を行うようだ。

 相手は今年のダービーに出走したという「トップオブツヨシ」さん。世代としてはえーねえと同世代になるわけだ。重賞こそ制していないが、ダービーという舞台に出れるだけでどれだけ強い馬なのか分かるというものだ。

 ウマ娘でも特別なものだった日本ダービー。鎌田さんに聞くまで知らなかったが、全国七千頭いる馬の中でもわずか18頭の選ばれた馬にしか出ることができないレース……。そんなレースに出るほどの馬だ。ただでさえ病み上がりなのだがら、スイープさんでも苦戦するのでは? 

 

 ダッ! 

 

 調教助手さんの時計の合図とともにトップオブツヨシさんは勢いよくスタートし、そのままハナを取る。

 ぐんぐんと伸びていき、スイープトウショウさんとはだいたい三馬身も差が開いた。

 

『へへ、G1馬だって言うからどんなものかと思ったけど、大したことないな!』

 

 そう言いながら、さらにスピードを上げるトップオブツヨシさん。このまま押し切るつもりだ。

 対してスイープトウショウさんは後方から。差はかなり開いている。いくら追込とは言え、あんなに差が開いて本当に大丈夫なのか? 

 

 ────そう思った俺は愚かだった。

 

『────そろそろね』

 

 ドンッ! 

 

 スイープトウショウさんはある地点を越えると一気に加速した! 

 

『なっ!?』

 

 トップオブツヨシさんは迫ってくるスイープトウショウさんに負けじと粘るが徐々に追い詰められていく。

 止まらない。スイープトウショウは止まらない。

 ────そして

 

『うそだろ……』

 

『ま、こんなもんね……』

 

 ゴール板を過ぎる頃には、スイープトウショウさんが半馬身前へ出ていた。

 文句無しでスイープトウショウさんの勝利だ。格が違う……そう思わせるレースだった。トップオブツヨシさんは呼吸を荒げてスイープトウショウさんを見つめている。その瞳には、僅かに怯えの色があった。

 見ると、調教師である鶴田さんまで驚いてる。

 

「……病み上がりとは思えんな。軽い併せのつもりだったが……流石はスイープだ……」

 

「よく走ってくれたなスイープ〜。……いつも、これくらい素直ならな……」

 

 ポンポンと首筋を叩きながらそう言う生沿さん。それに対してスイープトウショウさんは不機嫌そうに嘶く。

 

『いやよ。今日は気分だったから走っただけだもん。イケゾケはとっととどきなさい』

 

 悠々自適にジョッキーを乗せたスイープトウショウさんは厩舎に戻ろうとする。俺が衝撃で震える中、すれ違いざまにスイープトウショウさんが言う。

 

『今のアンタはただのもどきよ。追込したいのなら、アレくらいやんなさい』

 

『え?』

 

『アンタ、走るときは最初は抑えて最後に全力を出すことを意識してるわよね。その点に関しては及第点よ。でも、前との差が離れすぎるとその差を埋めようと道中前に進もうとする……そこで消耗して最後に全力が出せなくなってるのよ』

 

 その言葉に俺はハッとする。確かにそうだ。俺は最後の直線で力を発揮するために最初は抑えることを意識する。でも、併せをしてる馬が自分の予想以上に前に行き、差が開いてしまうとこれ以上はマズイのではないかと前に行こうとする。だから、最後の直線で全力が出せないのか。

 先ほどの併せはまさにそれだ。道中二〜三馬身の差が開いたタイミングでこれ以上はよくないのではと前に行こうとした。それがよくなかったというのか……。

 

『まずは脚を溜めることを意識しなさい。どれだけ差が開いても、最後に差し切っちゃえば問題ないんだから。あとは、どの地点から全力出すかを考えながら走ることね。位置取りも大事よ。馬場や他の馬達の状態にもよるけど最後方からの一気は基本的に滅多にやるもんじゃない。中段で構えて差すのもありね』

 

 ま、そんな事考えながら走るなんてアンタ程度には一生無理かもだけどね。ぽかーんとしている合間にスイープトウショウさんはそう付け加えて、鞍を降りた生沿さんに威嚇しながら厩舎へと戻っていく。それを見て、俺は思わず頭を下げた。

 

『ありがとうございます! スイープトウショウさん……いや、スイープ師匠!』

 

『ちょっと! 何よ師匠って! そんなものになった覚えはないわよ!』

 

 その日から俺にとってスイープトウショウさんは、スイープ師匠になったのだった。

 

 

 

 

 

 ****************************

 

 

 

 そんな感じでスイープ師匠の元、ちょくちょくアドバイスをもらいながら走ることで、俺は自身の厩舎の同い年の馬には滅多に負けないレベルに成長した。

 勿論、年上の馬にはまだまだ勝てないけど、大分レベルアップしたことが自身でもわかる。あとはメイクデビュー……新馬戦とやらに出るだけだ。

 さあ、舐めんなよ、まだ見ぬ強敵たちよ! 俺はその日を楽しみにするのだった。

 

 

 

 

 

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「ふう、今日もいい感じね」

 

 由紀はマグナアニマから降り、ヘルメットを取る。

 マグナアニマの調子は絶好調と言っていいだろう。これならば、来月の新馬戦でも十分好走を見込めるだろう。

 

「いい調子だね」

 

 マグナアニマの首筋を撫でていると、鶴田調教師が声をかけてきた。由紀は手を止めることなく笑顔で応える。

 

「はい、絶好調です。これなら、新馬戦は勝てると思いますよ」

 

「それはよかった。こちらとしても、マグナアニマは間違いなく傑作の有望株だ。初戦で勝って勢いをつけたいところだね」

 

 鶴田の言葉に由紀も頷く。マグナアニマは過去に乗った馬たちのなかでも間違いなく一番の馬だ。素質はもとより、素直な性格の分乗り心地もいい。かつて、地方時代に重賞を獲らせてもらったセルヴァブレイブよりも上だと由紀は感じていた。だからこそ、初戦に勝ってこの馬の強さを証明したい。そう強く思っていた。

 

「ところで何時頃デビューかはもう決まってるんですか?」

 

 マグナアニマのデビューは9月頃を予定しているとは聞いたが、具体的な日にちはまだ決まっていない。由紀は疑問をぶつけると、鶴田は笑みを深めて言う。

 

「もちろん。マグナアニマの記念すべきデビュー戦は9月3日。新潟競馬場の第6レースだ」

 

「新潟か……頑張ろうね、まぐちゃん」

 

 ぶるるっ

 

 由紀がマグナアニマの顔を抱きかかえると、マグナアニマもそれに応えた。

 

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