ドッドッドッ!
走る。ただひたすらに。
新馬戦まであと一週間。俺は坂路で最後の追い切りを行っていた。ちなみに距離は5ハロン。
坂路を走るコツも大分掴んできたし、スイープ師匠の教えのおかげでだいぶ成長することができたと思う。
この最後の追い切りも俺の中では絶好調のタイムだと思う。もっとも、まだ走り終えたわけじゃないから油断は禁物だけどな。
(今だっ!)
コーナーを勢いよく曲がった俺は、鞍上の合図とともに一気に前へ前へと脚を押し進める!
カチッ!
俺が板を通ったタイミングで鶴田さんが時計をとめる。どうだ? 今、結構早いタイム出てたと思うんだけど?
「どうですか?」
由紀さんが鶴田さんに尋ねると、鶴田さんは笑みを浮かべながら時計を見せた。
「5ハロンでタイムは57.3、38.6、25.0……最後の1ハロンは11.9だ! すごいぞマグ〜!」
「おお、すごい記録ですね! 最後の追い込みでここまで……」
「ああ、全体的なタイムはまずまずだが、最後の反応はとてつもない。かなり実戦向きだ……」
全体的にはまずまずというのが少し気になるが、それでも褒められるのは気分がいい。スイープ師匠の教えを守った甲斐があるというものだ。
「これなら新馬戦勝てるかもな」
「はい。まぐちゃんなら勝てるよね〜」
鞍上で由紀さんが俺の鬣をわしゃわしゃしながら言う。勿論勝つつもりだ。
今の俺はナリタタイシンの子という立場だけでなく、スイープ師匠の弟子という看板も背負っているのだ。
メイクデビューで負けるわけには行かない。
ぶるるっ
「お、気合は入ってるな」
「ですね、頑張ろうね〜まぐちゃん」
こうして最後の追い込みを終えた俺は馬房に戻り、その時を待つ。
暫しの休息を終え、土曜日にやってきた馬運車に乗り込む。久々だな、馬運車。とうとう競馬場に向かうのか……。
俺は昂る気持ちを抑えつつ、静かにその時を待つのだった。
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2006年9月3日、新潟競馬場。
翌年のクラシック戦線を占うGⅢ「新潟2歳ステークス」の行われるこの場所では、新たなるクラシック候補の誕生を見届けようと多くの観客が詰めかけていた。
(ここが競馬場か……)
新潟競馬場の馬房に入ったマグナアニマはワクワクした面立ちで辺りを見回した。
栗東の馬房に少し似ているが、匂いが全然違う。ほかの馬も頻繁に使っているということだろう。少し落ち着かない。
マグナアニマは暫く馬房の中を巡回していると、見覚えのある厩務員がやってくる。
「ようしゅう、元気にしてた?」
(天野さんだ! 久しぶり!)
やってきた厩務員は鶴田の馬房の厩務員ではなく、生まれ故郷の厩務員「天野輝明」だった。マグナアニマにとってもよくお世話をしてくれた思い出の人だ。
「お、元気そうだな〜俺に会いたかったのか〜?」
懐かしい顔に寄り添うようにマグナアニマは天野に顔を近づける。それを見た天野は嬉しそうに笑みを浮かべ、飼葉を与える。
「はい、ご飯ですよ〜」
マグナアニマは飼葉を見ると嬉しそうにバケツに顔を近づけ、まぐまぐと飼葉を口に運ぶ。
(うまうま……草うま…………)
前世では考えもしないことだったが、今世になってから本当に草が美味い。草によって味も違うし、特に久方ぶりに口にする慣れ親しんだ牧場の飼葉はマグナアニマにとって絶品の品だった。
その間に天野はマグナアニマの体調を確認する。輸送熱の有無や脚質などを確認すると、満足そうに頷いて馬房の扉を開ける。
「そろそろパドックに行くぞ〜」
天野の呼びかけとともにマグナアニマは馬房を出、手綱の誘導に引かれながら歩を進めるのだった。
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馬房を出た俺はまず装鞍所と言うところにいき、鞍とゼッケンを装着する。
俺の番号は「12」番か。うん、いいんじゃないか? なんかどこかで縁起がいいみたいな話聞いたことあるし。
ゼッケンを着た俺はそのまま他の馬たちと共にパドックに向かう。ふむ……これが俺と戦う馬達か……どれも強そうだな……。
『ねえ、これから何やるの?』
『わかんない……』
『ここどこ? お家帰りたいよ〜』
『お腹すいたな……もっとご飯ない?』
……前言撤回。どうやら、新馬戦には大した馬はいない様子。なんなら、これから何するかも分かってない馬とかもいる。見た目は仕上がってるだけに少しもったいなく感じるな……でも、転生者である俺が例外なだけで、案外新馬戦はこんなものなのか?
『子供かしら? 人間さんの言う事、ちゃんと聞いてなかったの?』
『よ〜し、頑張るぞ〜』
まあでも、一部の馬はきちんとわかってるようだな。あそこらへんの分かってない組は置いておいて、きちんと理解して準備してきた馬たちは精神的にも強そうだ。
あと強そうなのは────っ!?
瞬間、背後から凄まじい威圧感を感じた。
俺は思わず後ろを振り向く。そこにいたのは一頭の馬。
周囲を警戒しつつもその足取りは軽い。何より、小さい。俺と同じくらいしかないんじゃないか?
だが、それは見た目だけ。その存在感はむしろ、他の馬よりも大きく見えるほどだ。
理性じゃない、本能で感じている。この馬はただ者ではないということを……。
「どうどう、落ち着け……」
落ち着きなく首を振っているが、それは緊張というよりは闘争心だろう。そして何よりオレの目を引いたのは、ゼッケンに書かれた馬名の方だった。
15
ドリームジャーニー
ドリームジャーニー……夢の旅路を意味するその名は前世でもよく知っている名だ。
(マジかよ……)
俺は思わず息を呑む。
スイープ師匠に続いて、またしても知っている名前に出会うなんて思わなかった。
俺はこのレースに波乱の予感を抱きながら、パドックへと歩みを進めるのだった。