大心を宿して   作:はんたー

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新馬戦、開幕

 パドックでの巡回。

 周囲にはたくさんの人がいる。見識者らしい人があの馬がいいだの、この馬は走りそうだの、あの馬は小さいだの、あんなに小さくて走れるかだのごちゃごちゃ言ってるな。てか、最後の2つ明らかに俺ともう1頭見て言っただろ。

 俺は勿論、こいつも滅茶苦茶走れると思うぞ……。

 そう思いながら、チラリと後ろを見る。

 

 アレがドリームジャーニー。

 

 オルフェーヴルの姉……いや、ここでは兄か。とにかく、三冠馬の兄貴にして本人も相当強いと言われている馬だ。確か、G1何個も勝ってるんだっけ? 

 

『……君、何見てるの?』

 

『……いや、なんでもないっす』

 

 目線に気づいたのか、ドリームジャーニーは苛立たしそうに言う。思わず目をそらしてしまったよ。

 

『ああそう……もし、喧嘩を売る気なら噛みつこうと思ったよ』

 

 怖えな! だけど、本当に威圧感がすごい。俺と大して変わらない馬体なのに、俺より大きく見える。

 ……いや、これはむしろ他の馬が幼すぎるのか? 他の馬が「人間さんたくさんだ〜」と呑気してたり、「人多くて怖いよ〜」と萎縮したりしてる中、コイツは堂々としてるから余計に違って見える。

 てか、何頭か普通にう◯こしてない? 汚いな……今、かなり動揺してるのに情緒おかしくなるからやめい! 

 

『全く、どいつもこいつもここが重要だとわかってないのかしら?』

 

 そう言うのは俺の真後ろ……13番の「デスコベルタ」か。彼女も落ち着いてるな。

 

『当然よ。私はこんなところで躓く馬じゃないのよ。何せ私は天才だから!』

 

 自信満々だ。よほど仕上げてると見える。牝馬なのにこんな堂々としてるのは少しスイープ師匠を思い出すな。まあ、あの人はまた別格だけど。

 そうこうしているうちに、パドックでの巡回が終わり騎手たちが駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だよまぐちゃん。まぐちゃんだって負けてないから」

 

 そう言いながら由紀さんはポンポンと俺の首を叩きながら、俺の背にまたがる。

 ……どうやら、緊張を見抜かれてしまったようだ。

 そうだよな……こっちだって、たくさん練習したし、スイープ師匠に特訓してもらったりもしたんだ。

 相手が後のG1馬だろうが知ったことか! ナリタタイシンの子として、スイープ師匠の弟子として、ドリームジャーニーだろうがなんだろうがぶっちぎってやる! 舐めんな! 

 俺は意気込みながらパドックを後にした。

 

 

 

 

 ****************************

 

 

 

 

 

 

『さあ始まりました。新潟競馬場第6レース、2歳新馬戦芝1400m。デビューを迎える18頭の若駒たちがパドックから本馬場へと姿を見せています』

 

 俺達が本馬場へ足を踏み入れた瞬間、割れんばかりの歓声が降り注いだ。

 

(うおっ!?)

 

 パドックとは比べものにならない熱気に、思わず耳がぴくりと動く。

 

(そうか……俺は、本当にここで走るんだな……)

 

 ワクワクしてきた。この大観衆の中で走ることができる。

 しかも、相手はあのドリームジャーニー。ウマ娘になるほどの一流馬だ。いくらメイクデビューといえど、強敵なのは間違いない。相手にとって不足はなしだ。

 

『ふふん、ここが競馬場……ここから私の伝説が幕を開けるのね!』

 

 そう言いながら、デスコベルタちゃんはキョロキョロとあたりを見回している。

 彼女も彼女で強そうではあるな。他の馬たちよりは完成度が高い……気がする。

 

『注目は一番人気の牝馬13番デスコベルタ。海外から来た評判馬がここでどんな走りを見せるのか注目されています』

 

『既に古馬との併せで先着する程の優秀さと聞いていますし、楽しみですね』

 

 ほほう、あの娘が一番人気なんだ。しかも海外から来たのか。道理で他とどこか違う雰囲気なわけだ。

 古馬と併せで先着というのも凄いな。俺もたまに同じ厩舎の古馬と併せを行ったりするけど、なかなか勝てずにいるからな……。トップオブツヨシさんとか強いなって思うし……。

 

『二番人気15番ステイゴールド産駒ドリームジャーニー。小柄な馬体ながら調教で鋭い動きを見せており、こちらも期待を集めています。その下に三番人気エーシントゥルボー。父は米G1馬ブロードブラッシュ。母はセントウルステークス勝ち馬テネシーガール』

 

 ドリームジャーニーは二番人気なのか……一番人気なのかなと思ってたから少し意外だ。でも、あの三番人気の娘からは威圧感みたいなのは感じないけど、どうなんだろ? なんか、体調が微妙に悪そうな気もするし……。

 その後も馬達の紹介が続く。知らない馬の子供もいれば、メジロライアンやキングヘイローなんかの子供も紹介されている。ふむふむ、これは警戒する必要がありそうだな。特にキングヘイローとかアスケラのリーダー格だしその子供となると走るに決まってる……なんか、おどおどしてるけど、俺は騙されんぞ。

 

『そして、12番マグナアニマ。ナリタタイシン最後の子。母はナリタブライアンの娘ロマンハート。十番人気です』

 

 うむ、いい紹介だ。ナリタタイシン最後の子というフレーズはやはり特別感があっていいな。そして十番人気か……うんうん、なるほど。十番人気……十番人気……。

 

 ────って、え? 

 

 じゅ、十番人気!? よ、予想よりも低い!? そ、そんな馬鹿な……俺ナリタタイシンの子よ? しかも、最後の子供なんよ? 

 もう少しうえでも良くない? 一番人気とは言わんけど、せめて五番以内であってほしかったよ!? 

 い、嫌でも冷静に考えよう。18頭もいる中で十番人気は逆にすごいのだと! ほ、ほら、アレよ。ビリじゃないから大丈夫って寸法よ。……悪い、やっぱつれえわ……。

 おかしいな? ナリタタイシンの子でブライアンの孫とか血統的には滅茶苦茶いいと思うんだけどな……どっちも有名な馬だし……。

 てか、今ちらっと聞こえたけど、あのキングっ子12人気かよ! ライアンっ子も11人気だし、どうなってんの!? 血統が良ければいいって話はパチだったの!? 

 

「大丈夫大丈夫……こんな下馬評覆せばいいんだから……」

 

 由紀さんの言葉に俺は少し落ち着きを取り戻す。

 そうだよな……下馬評が低いというならば覆せばいいだけだ。

 舐めんな、観客ども! ナリタタイシンの子として凄いところを見せてやる! 

 

 ぶるるっ

 

「お、まぐちゃん気合い入ってるね〜、お互い頑張ろう……」

 

「そろそろお願いします」

 

「はい、お願いします」

 

 気合を入れたところで係員の誘導が来る。係員に促された俺はそのまま前に進み、ゲートの中に入る。

 

『各馬、順調に収まっています……』

 

 ゲート入りの反応は様々だ。落ち着きなく足踏みする馬。耳を伏せて緊張を隠せない馬。

 そんな中、ドリームジャーニーは悠々とゲートに入り、デスコベルタちゃんもまた気合を入れながらゲートの中に入る。

 それ以外の馬たちも係員に誘導されながら徐々にゲート入りしていく。

 そして、とうとう最後の1頭が収まる所まで来た。

 

『最後に1番アサクサヴェール。ゲートに入りました』

 

 全ての馬がゲートの中に収まった。

 騒がしかった馬達までも、その異様な雰囲気を察しているのか、緊張した面立ちをしている。

 時間にして数秒にも満たない僅かな静寂。それなのに、やけに長く感じる。

 

『態勢完了────』

 

 心臓が跳ねるかのような感覚だ。いよいよ始まる。俺は一瞬の合間に息を整え、目の前のゲートを静かに見据える。

 そして、いよいよその時が来た! 

 

 ────ガコンッ! 

 

『スタートしましたっ!』

 

 扉が開く。視界が一気に広がる。

 ゲートの開く音とともに俺は勢いよくターフを蹴って前へ飛び出す。

 いよいよ、俺のメイクデビューが幕を明けた!

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