『ふぁ〜……、まだ眠いな……』
未勝利戦まで残り一週間を切った。
俺はウォーキングマシンと呼ばれる器具の中を歩いていた。
このウォーキングマシンでの調教は1日の始まりに行うもので、後ろから来る板に追いつかれないように歩くことでゆっくりと身体を目覚めさせることができる。
『眠そうですね、マグナさん』
『まあ、昨日は少し寝不足でね……』
そう言うのは最近厩舎に入ってきた2歳の牝馬「フジノラウリオン」ちゃん。なんでも、俺と同じ森沢さんの持ち馬でデビューも間近に控えているとのこと。
父親はフジキセキらしく、名前もそこから来ているのだろう。
(最近わかってきたけど……父親がウマ娘の馬って案外普通なのか?)
思えば、この厩舎のリーダーをやっているシーイズトウショウさんはサクラバクシンオーの子どもだっていうし、ラウリオンちゃんと同じ同い年の牝馬「シリウストウショウ」ちゃんはスペシャルウィークの子どもだ。
前回の新馬戦でもキングヘイローだのメジロライアンだのの子どももいたわけだし、もしかしたらそういうのは珍しくないのかもしれないと近頃思えてきた。
(まあ、それを踏まえてもナリタタイシンの子は珍しいんだろうな。何せ、最後の子どもだって言うし)
実際、周りに俺と同じ
『あ、そろそろだな』
しばらくぐるぐる回っていると、ウォーキングマシンはゆっくりと停止していく。どうやら、時間のようだな。
二十分近く歩いてたおかげで眠気もそこそこ解消できてきたし、気分的には悪くない。
『ふう、終わりですね。じゃあ、厩舎に戻ってゆっくり……』
『いや、多分まだあるよ。そろそろ一週間だし、次があるんじゃないかな』
『え? まだあるんですか……?』
新入りである彼女はまだよくわからないようだが、ウォーキングマシンは人間でいうところの準備運動みたいなものだ。この後、プール調教だったりキャンターだったり追い切りだったりを行うわけだ。まあ、行うのは一日にどれか一つなんだけど。
『俺は多分今日は坂路だな……まあ、坂道走る感じ?』
『坂道か……競走馬って大変なんですね……このハミにえりあしっていうのも中々落ち着かないし……』
『基本的に調教とか午前だけだから大丈夫よ。午後からはのんびりしていいと思うよ。それに、多分だけどラウリオンちゃんはまだ坂道はないと思うよ』
『あ、そうなんですね』
『うん、まだ入って二週くらいだし、多分ロンギ場で走る練習とかするんじゃないかな』
俺も最初はそうだったな。まず、一週間くらいはずっとウォーキングマシンでぐるぐる回ってまず厩舎の環境に慣れる。その後ロンギ場で右に左に走る練習をする。
俺は行ったことないけど、育成牧場でもそんな感じの事をするらしい。馬が慣れたらデビューに向けての本格的なトレーニングだ。坂路で走ってパワーをつけたり、ウッドチップやニューポリトラックとかで本格的に走る練習をしたりする。
『じゃあ、それが終わったら一緒に走る機会とかも?』
『あ、うん。普通にあると思うよ』
『なるほど……じゃあ、その時に備えて今は特訓してますね』
厩務員さんに連れられて、ラウリオンちゃんはスタスタと別方向に歩いていく。なかなかに燃えているな。
俺も由紀さんに連れられて坂路……ではなく、ウッドチップコースへと向かう。
……予想は外れたか。今日はローテーション的に坂路かな〜と思ってたんだけどな。まあ、そこら辺は鶴田さん達が決めることだし俺のとやかく言うことではない。
そこにいる相手は────っ!?
『やっと来たわね……待ちくたびれたわよマグ』
『す、スイープ師匠!?』
『だから師匠って呼ぶなっての……』
なんとウッドチップコースの前で待っていたのはまさかまさかのスイープ師匠! その後ろに控えるようにいるのは同じ厩舎の先輩であるトップオブツヨシさん。
スイープ師匠を警戒してるのか、少し距離を置いているが、俺より二歳年上の古馬であり、ダービーに出走した経験もある実力者だ。
『え、なんで二人ともここに……?』
『決まってんじゃない。私も今週レースに出るからよ』
え? 来週スイープ師匠も出るの!? 初耳なんですけど!?
『まあ、調教とか私には必要ないんだけど……蒲田さんがどうしてもっていうからね』
蒲田さんというのはスイープ師匠が唯一心を開いてる厩務員の人だ。あの人に言われてきたのか……。
ということは、後ろの二人もレースに出るのか?
『まあな、今特訓して次のレースで少しでもいい順位につきたいから……』
『ごちゃごちゃ話してないでとっとといくわよ』
『あ、はい』
トップオブツヨシさんは少しビクッとしながらスイープ師匠についていく。俺また、同じように後ろについていく。
「スイープ……今日は走ってくれよ……」
『うるさいわよイケゾエ! まあ、今日は気分だから走ってあげるけど』
そう言いながら、スイープ師匠はチラリと俺を見る。目が合っただけだと言うのにすごい威圧感を感じる!
なんだろう……すごいワクワクしてきた!
『言っとくけど、この私と走るんだから全力で来ないと怒るわよ』
それはもちろんだ。疲労が残る危険もあるが、スイープ師匠と走るというのならこの機会を是が非でも生かしたい。
俺達はウッドチップコースに入ると、騎手の合図と共に少しずつスピードを上げていく。
『よし、行くぞ』
そう言いながら先頭を走るトップオブツヨシさん。とにかくスイープ師匠を警戒してるらしくチラチラ見ながら逃げている。
『慌てないでよマグ……もう少し足を溜めてなさい』
『はい!』
スイープ師匠のアドバイスを聞いて俺は精神を落ち着かせる。落ち着いてトップオブツヨシさんを見据える。
残り1200m……このタイミングでトップオブツヨシさんは少し息を吐いて足を緩める。
『今!』
俺はそう言うと同時にダッと強く地面を蹴る! そしてそれと同時……いや、俺とタイミングをずらしてスイープ師匠も地面を蹴った!
『先に行くわね!』
師匠はあっという間に俺よりも早くツヨシさんを追い抜く! 俺も負けじと足を伸ばし、力強く駆け抜ける!
『くそ、スイープならまだしも、後輩に負けるか!』
そう言いながら意地を見せるトップオブツヨシさん。だが、俺の目にいるのは師匠だけ。
トップオブツヨシさんを抜き去り、俺は師匠の影を踏む。
しかし、先にゴール板を過ぎたのは師匠。その差は一馬身はあるだろう……大きい差だ。
『やっぱり、師匠はすごいですね……』
『当然よ……アンタが私に勝てるわけないでしょ。でも、悪くない走りだったわ。これなら未勝利の同い年なんかに負けないわね』
そう言いながら背を向けるスイープ師匠。その背は見た目以上に大きい。でも、追いつけない差じゃないはずだ。
「よしよし、いい感じだよマグちゃん。今週の未勝利頑張ろうね」
そう言いながら由紀さんが俺を撫で回す。そうだな……今は目の前の目標を見据えなければならないな。
師匠からもお墨付きをもらった。トップオブツヨシさんよりも早く先着できた。これなら未勝利……行けるかもしれない!
この未勝利戦を勝てば重賞……それに勝てばG1だ!
(……G1クラスのレースなら、アイツも出るはずだよな……っ!)
ここで勝たないと師匠どころかアイツと戦える機会もなくなるかもしれない。ならば絶対に勝たねばならないレースだ!
よし、俺も燃えてきた! 待ってろよG1! 待ってろよドリームジャーニー! 今度こそ俺が勝ってやる!
俺は決意新たにコースを駆け抜けるのだった。
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『ふぅ……こんなもんか』
私は調教師である嘉藤さんを背に乗せてのコースを走る。嘉藤さんは満足そうに私を撫でてくれた。
「流石だな、これならば次の京都大賞典も行けそうだ……」
「これに勝てば、厩舎初の中央重賞ですからね。楽しみですね」
嘉藤さんは和やかに助手の方々と談笑している。だが、その最中でも闘志が燃えてるのがなんとなく感じられる。
それだけ、こんな私に期待してくれているってことか……。
(まあ、期待には応えてやらないとな……)
彼らの期待だけじゃない。私は故郷の牧場の可愛い後輩の期待まで背負っているんだ。
やるだけやった。
私みたいな似非競走馬だって、勝てるんだってところを見せてやる。
「期待してるぞ、マイネベレーザ」
嘉藤さんの言葉に私は低く嘶いた。
フジノラウリオン
父 フジキセキ
母 トワノハーモニー
実は史実にも存在する馬だが、デビューすることも馬名がつくこともなかったがこの世界線だと森沢が購入。馬名も森沢が付けている。
マグナアニマ購入の影響で予算は少なかったが、叔父の時から懇意にしている牧場+兄弟にも活躍馬が存在しないため格安で譲ってもらった。
馬名の由来
父+母方のご先祖様のフジ+小説『シルマリルの物語』の二つの木『ラウレリン』と『テルペリオン』を組み合わせた造語