2006年10月8日、京都競馬場
GII「第41回京都大賞典」が行われるこの日は前回の新潟競馬場を超える大勢の観客でにぎわっていた。
もっとも、馬房の中からだと、それを察することもできないんだけどね……。
『それにしても、まさかスイープ師匠と同じ日に出走とは……』
『何よ、文句でもあんの?』
『いえいえ、むしろ光栄です!』
『ふぅん、あっそ……』
俺とスイープ師匠は隣り合った馬房にてちょくちょく会話をしながら暇を潰していた。
俺が出走するレースは午前の十一時。スイープ師匠が出走するのは15時以降だからだいぶ間があるけど、こうして顔見知りと話しながらというのは結構落ち着くな。前回は俺の厩舎の馬、俺以外1頭もいなかったからな……。俺とスイープ師匠は厩務員さんのくれた草をまぐまぐと食べながら時を待つ……うまうま。
「それにしても、今日のスイープ本当に大人しいですね……」
「マグナアニマを少し意識してるようなんだ……これなら、今後もちょくちょく……」
なんか、厩務員の人達が小声で話してるな。よく聞こえないけど、俺達の事を話してるっぽいな。何話してんだろ?
『一年ぶりだな。随分のんきしてるようだが、勝者の余裕か? スイープ……』
『ん?』
誰かがやってきた。最近は雰囲気で何となくどんな強さの馬かわかるようになってきたけど、これは相当強そうだぞ。少なくとも、今の俺だと勝つの難しいレベルだ。
『ナイトじゃない。久々ね』
スイープ師匠は眠たげにしながらも相手に応えている。基本、興味なければ無視したり睨みつけたりする師匠が気軽に答えるあたり、知ってる仲なのだろう。
『えっと……』
『おっと、これは失礼。俺はトウショウナイト。そこのスイープとは同じ牧場出身の同期なんだ。よろしく』
トウショウナイトさんは礼儀正しく軽く一礼する。
スイープ師匠の同期! しかも、同じ牧場! これはなかなかにヤバそうだぞ……。
トウショウナイトさんはスイープ師匠を睨みつける。どうやら大分敵視してる様子だ。
『……骨折したと聞いてたが、全快したようだな』
『ふん、大したことじゃないわよ』
『それはよかった……』
トウショウナイトさんは少しホッとしたらしく、張り詰めていた空気を緩める。どうやら、同じ牧場出身者として心配していたのだろう。スイープ師匠は興味もなさ下でどこ吹く風だが……。
『てか、怪我がどうとかアンタに関係ないでしょ』
『関係あるさ。万全な状態のお前に勝ってこそ意味があるのだから……。去年の宝塚では不覚を取ったが、今回は俺が勝つ。覚えておけ……』
そう言い残し、トウショウナイトさんは厩務員に連れられて自身の馬房に向かう。口振りからして、宝塚記念でスイープ師匠と戦った馬なのか……これは師匠にとっても因縁深そうな……。
『……宝塚にアンタいたっけ?』
『おい!』
……師匠からするとそうでもないのか。しかし、見るからに強者だと分かる馬を相手にこの態度……流石はスイープ師匠、大物だな。
『でも、流石に覚えとかないと可哀想じゃないっすか?』
『そうだぞスイープ! いくらなんでもひどいだろ!』
トウショウナイトさんもこれにはご立腹の様子。振り返って嘶いてるし……。対してスイープさんはのほほんとしている。
『……そもそも宝塚って去年だしね……ハーツクライやゼンノロブロイとドンパチやったのは覚えてるけど』
『俺は去年でも鮮明に覚えてるぞっ!』
今、さらっとすごい名前言わなかった? ゼンノロブロイに勝ってるのか、スイープ師匠。流石だ。ハーツクライってのはわからないけど……誰だろ。
『ちょっと待って、思い出すわ……確かあの時いたのはアドマイヤグルーヴの奴とオースミハルカ。ダンスインザムードと三冠のくせに大したことなかったスティルインラブと……』
アドマイヤグルーヴにスティルインラブ……またも凄いメンツだな。他の馬は知らないけど、スイープ師匠がわざわざ名前を挙げるくらいだから、それらに並ぶほどの馬なのだろう。どんなヤバいレースだったんだよ、その宝塚。やがて、スイープ師匠は思い出したのか顔を上げる。
『……あ、思い出した。六着にいたわねアンタ』
『あ、意外に低かった……』
『ぐふっ!? ま、まあ、思い出してもらえたんならいい……今回は俺が勝つからな……』
『アンタ程度じゃ一生かかっても無理よ』
そう言いながら、馬房向かうトウショウナイトさん。その背中は心なしか、哀愁が漂っている。もうちょい高いのかと思ってたけど、そんなもんなのか。
……アレで? いや、不憫な感じが否めないけど、あの人贔屓目なしに相当強そうだぞ。大分仕上がってたし、トップオブツヨシさんより強そうな感じしたんだけど?
『そもそもG1は強い奴しか出れないものよ。それも、古馬のG1は3歳のものとは大きく変わる。あのレベルは珍しくも何ともないわ』
困惑する俺に答えてくれるスイープ師匠。マジかよ……あのレベルが珍しくないのか……G1魔境すぎんだろ……。
『ま、私からすれば大したことないわね』
あのレベルの猛者相手にこの自信。流石はスイープ師匠だな。
『流石は天下のスイープトウショウ……こちらとしては、お手柔らかにしてほしいものだがな……』
コツコツとまた一頭の馬が馬房に向かってやってくる。しかし、聞き覚えのある声だな。そう思って、振り向くと、そこには驚きの馬がいた。
『────って、マイねぇ!?』
『よう、坊主……久々だな……』
現れたのは我が牧場出身のマイネベレーザことマイねぇ! トウカイテイオーの娘にして、シリウスシンボリの孫! 幼駒時代、俺に走りを教えてくれた先生と言える存在だ!
『誰? マグの知り合い?』
『マグ……? ああ、そういえばマグナアニマって名前になったとか天野が言ってたな。私はマイネベレーザ。コイツの……先生みたいなものかな?』
『は?』
ピリッとスイープ師匠の纏う雰囲気が変わる。その視線は隣の馬房の俺に向けられている。ジトーっとした視線に俺は思わず目を逸らす。だが、スイープ師匠はお構いなしに「とっとと説明しろ」と言わんばかりにこちらを無言で見つめてる。
『え、えっと……彼女はマイネベレーザさん。俺と同じ牧場出身で、幼駒時代に走りを教えてくれた先生みたいなものですね……』
それを聞いたスイープ師匠から、凄まじいまでの不機嫌オーラが……これは、生沿さんを乗せたまま1時間立ちっぱなしだった時と同じレベルだぞ……。
『ほ〜ん、つまり、私を、師匠と、慕ってる癖に、別に、師匠が、いたと?』
『あ、いえ……』
や、やべえ……スイープ師匠の機嫌がどんどん悪くなってるのを感じる。だが、スイープ師匠は鋭い! 本心からの言葉じゃないと世辞とかは通用しないし嘘にも敏感だ。だから正直に言うしかない。
『た、確かにマイねぇは俺に走りを教えてくれた先生ですけど、師匠はスイープ師匠ですので……』
『……なんだそりゃ?』
マイねぇが呆れながら言うが、スイープ師匠は多少は納得したらしい。
『あっそ、まあ、別にどうでもいいんだけど。師匠なんて、マグが勝手に言ってるだけなんだし』
『……なんか、予想以上に面倒な奴なんだな。スイープトウショウ』
マイねぇが呆れながらも隣り合わせの馬房に入る。てか、マイねぇも俺の隣りなのか……。
『マイねぇも今日のレースに出るの?』
『ああ、そこのスイープトウショウと同じ……「京都大賞典」だよ』
『……へえ?』
それを聞いたスイープ師匠が敵意を向けながら言う。
ほほう、つまりマイねぇとスイープ師匠がバチバチにバトるということか。これはどっちを応援すべきなのか。
『いい度胸じゃない。アンタ、私に勝てると思ってるの?』
『さあ、どうだろうな。そもそも出走はお上が決めることだしね。だが、こっちとしても可愛い弟分の前ではカッコつけたいんでね。そちらこそ、一年ぶりのレースと聞いたが本当に走れるのか?』
俺を挟んで火花バチバチだ。こんなに闘志燃やすスイープ師匠初めて見るかも……。マイねぇも以前より身体ががっしりしてるな……最後に会ってから一年位経つのに、衰えるどころかむしろ力が満ち溢れてる印象だ。そういえば、天野さんが早熟型だの晩成型だの言ってたな。さしずめマイねぇは晩成型だったってことなのかな? よくわからんけど。
対して、スイープ師匠は実は一年ぶりのレースと聞く。何でも、昨年骨折してしまい、一年近くの休養を余儀なくされたのだと言う。オレは調教でのスイープ師匠の動きを知ってるから問題ないとは思うが、本番と練習は違う。先ほどのトウショウナイトもそうだし、スイープ師匠といえど厳しい戦いを強いられるのではないか……そう思った瞬間、スイープ師匠の空気がまた変わった!
『ふん、面白いわね。かかってきなさいよ。格の違いを見せてあげるわ』
ビリビリと凄まじい威圧感を感じる! あまりの威圧感にマイねぇも多少臆しているのか思わず息を呑む。だが、マイねぇは負けじと強い目で睨み返しながらそれに応えた。
『望む所だ……全力で胸を借りるぞ……』
おお、牧場で最後に会った時のナーバスなマイねぇじゃない。強気なマイねぇだ。これはこの一年激戦を繰り広げていたと見えるな……楽しみになってきた。
「よし、マグちゃん。そろそろ時間だよ、パドック行こ!」
ここで由紀さんがやってきて、厩務員さんも馬房を開ける。とうとう俺の出番か。
俺も先輩方に負けていられないな。まずはこの未勝利戦、きっちり勝っておきますか。
マイネベレーザについて
この世界線のマイネベレーザは元ラフィアン
ファウンド解散し現在は別の馬主の元に行ってます。
ずっとラフィアンでもよかった気もするけど、それだとやりたいことができそうにないかもと感じたので……まあ、大目に見てください