『さあ、始まりました。京都3R2歳未勝利戦。芝、1800m。右回り11頭立てでお送りします』
パドックでの巡回も終わり、俺は由紀さんを背に乗せて京都競馬場のレース場に来ていた。天気はあいにくの曇模様だが、俺自身は絶好調だ。今日のレースも楽しみだな。俺の馬番もナンバーワンの「1」だし、気分も上がるというものだ。なんていうか、フクキタルの気持ちがよくわかるわ。何より……。
(俺の人気は……三番人気。前回より上がってるな)
よしよし、トップ5以内に入るとなんか安心するな。前回の8番人気はやはり低かったしな……ナリタタイシン最後の産駒というどっからどう見ても人気出そうな要素あるのに、何故あんなに人気低かったのやら……。
『今日こそ勝ってやるぞ……』
『よ〜し、頑張るぞ!』
他の馬たちも気合が入ってるな。前回みたいに何をするのか分からないなんて馬はいなさそうだ。全員が走る気満々という感じがする。
『あ、しゅうじゃん! 久しぶり!』
『ん? あ、「ごう」じゃん……元気してた?』
幼名で呼ばれ、思わず振り返る。パドックの時は気合が入っていて気づかなかったが、よく見ると顔見知りがいた。
ごうは同じ牧場出身でえーねえの実の弟だ。まさか、同じレースに出走するとは奇遇だな。
『しゅうも未勝利なのかよ……絶対新馬戦勝ってると思ってた……』
『いや、一頭強いのいてさ……新馬戦2着だったんよ。そっちは?』
『え? お、俺は……そこそこかな?』
あ、これは大分低かったやつだな。しょうがない奴だ。ちらっとゼッケンを確認する。どうやらごうは「ゴールデンエビス」という馬名のようだな。確か、えーねえも同じ馬主に引き取られてたと思うけど、どんな名前になってんだろ。
『ま、お互い頑張ろうぜ』
『おう、俺も結構速くなったし負けねえからな』
ごうはそう言いながらゲート入りする。
久々の旧友の再会に少し嬉しくなりながらも俺は気を引き締めてゲートの中に入る。今回はゲートに入ることに躊躇いを持つ馬もいるものの、基本的には問題なくゲート入りを進めている。
『各馬ゲートイン完了』
全ての馬がゲートの中に収まった。前回同様異様な雰囲気が周囲を包む。ここで勝てば重賞挑戦、負ければプランはすべて白紙……ふふ、なかなか緊張感があるじゃないか。
(舐めんな)
今回の馬は見た感じ、ごうも含めてドリームジャーニーのような雰囲気を感じる奴が一頭もいない。こんな所で負けてちゃ、ドリームジャーニーにリベンジするなんて夢のまた夢だ。
『態勢完了────』
俺は視界を覆うゲートの扉を見据える。────来る。そう、感じ取った次の瞬間。
────ガコンッ!
扉が開き、視界も開けた!
『スタートしましたっ! 各馬バラっとしたスタート。外からトレド、間からゴールデンビックが行っています。さらに最内からサンマルミシルも先行争いに加わっております』
まず先手を取ったのはトレドとゴールデンビッグの二頭。そこから最内のサンマルミシルが行く形だ。今回は誰の子だとか実況の人特に触れてないから分からないけど、雰囲気的には大したことなさそうだ。
(この三頭からはドリームジャーニーのような威圧も、師匠のようなオーラも感じない……警戒すべきなのは……)
そこそこの威圧感を放ってる一番人気のウィルビーキング。雰囲気的にはデスコベルタちゃんに近いのかな? なんか、実況も古馬相手に先着したとか言ってたし、警戒して然るべきだろう。
(ウィルビーキングは中段の位置……差しを狙ってるな?)
『一番人気ウィルビーキングの後ろはゴールデンエビス。そこから二馬身間空いてハッピーオーラ。最後方三馬身差セレスディーン、マグナアニマ並んでいる』
ごうも差しを狙ってるな……幼駒時代よりだいぶ速くなってやがる。
俺のすぐ横にいるセレスディーンも気になるな。俺と同じく最後方の位置だが、この馬も追い込みを狙ってるのか?
『ふう、ふぅ、みんな速いな……追いつけるかな……』
う〜ん、微妙! 追い込みを狙ってるのかもしれないし、ただただ遅れてるだけかもしれないし、口振りからでは判断つかないな……って、今はレースに集中しろ。こういうアレコレ考えちゃうの俺の悪い癖かもな。
今回は前回よりも400mも距離が延びている。その分、ほかの馬の消耗も激しくなるはず。気を取られたりして消耗しては意味がない。落ち着かなくては……。
『各馬、外回りコースの第3コーナー目指し、残り1000mを通過。ペースを握ってるのは7番サンマルミシルと11番トレド。これから坂の頂上を登ります』
来た、俺は一気に上り坂を駆け上がる! 序盤で脚を温存できたので、消耗はほとんどない。これなら行けるな……。俺はコーナーを曲がると同時に微妙に前に出る。後ろ過ぎても届かない、前過ぎてもスピードを出し切る前に終わってしまう。故にここでの位置取りが重要だ。
『第四コーナー回って最後の直線! 先頭はサンマルミシル。粘ってはいますが、間からはディジュリドゥー、シゲルマルル、外からウィルビーキングと4頭の追い比べ。ゴールデンエビスも伸びている!』
ごうも含めた五頭が一気に加速していく。だが、一気に五頭もの馬が前に出てくれたおかげで隙間ができた。
最後の直線に入った俺はピタリと一直線の道筋を見据える。あの間……うまくいけば通り抜けられる。由紀さんも同じことを感じたのか、口角を上げながら鞭をたたく。それを合図に俺は一気に加速した!
『ウィルビーキング、抜けた。一馬身、二馬身というリードを……おっと、ここで後方マグナアニマ一気に捲ってきた!』
『まじか!?』
俺は一気に加速して目の前の馬たちを抜き去っていく! 一頭、また一頭と抜き去り、とうとう先頭のウィルビーキングにまで届いた!
『馬群の間を通ってマグナアニマ来た! このまま差し切るか!? ウィルビーキングは苦しいかっ!?』
『ぐっ……!』
ウィルビーキングも負けじと粘ろうとするが、スピードに乗った今の俺なら一気に差し切れる!
残り五十メートル。俺はウィルビーキングを抜き去り、そのまま前に進み、誰よりも先にゴール板を駆け抜けた!
『マグナアニマ、抜けた! そのまま半馬身差でゴールイン! 二着にウィルビーキング! ゴールデンエビスは三着です!』
瞬間聞こえる大歓声! 俺はゆっくりと脚を緩め、チラリと電光掲示板を見る。そこには俺の一番の文字が確かにあった。
『だあ、負けた……やっぱしゅうは速いな……』
ごう……いや、ゴールデンエビスが疲労しながらも俺に話しかける。それに対して俺は少し笑みを浮かべながら、言う。
『しゅうじゃねえよ……今の俺は「マグナアニマ」だ。覚えとけよ、「ゴールデンエビス」』
『お、かっこいい名前じゃん……わかった、おめでとうなマグナアニマ。でも、俺も負けねえからな。次の未勝利は俺も勝ってやる』
ゴールデンエビスの祝福を受け、俺は改めて観客たちに向き直る。満員というわけではない。それでも、こんなにたくさんの人が俺を祝福してくれている。感極まっている中、実況の声が耳に入る。
『後方一気! マグナアニマ、父を思わせる鮮やかな差し切り! 見事に未勝利脱出です!』
父を思わせる……その言葉に俺は思わず嬉しくなる。ナリタタイシンの子どもとして頑張ってきたこれまでが少し報われた気がしたのだ。
(一着……初めての一着……っ!)
勿論、これはただの未勝利戦。ようは、前回勝てなかった馬達の集まりでしかない。それでも、初めての勝利の味に俺は思わず酔いしれていた。
(やったぜっ!!)
ヒヒンッ!
喜びのあまり、思わず嘶いてしまう。
この日、俺は記念すべき初勝利を収めたのだった。
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『とうとう俺も未勝利脱出です!』
『そんなの当たり前でしょ。未勝利脱出なんて前提条件みたいなものよ。むしろ、新馬戦で勝てなかったこともう少し反省すべきね』
あの後、俺は森沢さんや鶴田さん達とウィナーズサークルとやらに行って記念撮影をした。
「ありがとな、マグ……」
ポンポンと俺を叩きながら、嬉しそうにする森沢さんが印象に残った。
その後は異常がないかの馬体検査。それをとっとと終わらせて、馬房に戻ったあと、スイープ師匠にこの事を報告したら少し呆れられた。
まあ、スイープトウショウ程の名馬なら、メイクデビューも文句無しに一着だろうし、この反応も仕方なしか。
『そいつの言うことなんか気にするな。私も未勝利脱出には苦労したし、むしろ二戦目で脱出は上出来だと思うぞ』
『ちょっとアンタ。コイツをそんな甘やかすんじゃないわよ』
マイねぇが俺を慰めるように言うと、スイープ師匠がまた少し不機嫌オーラを放つ。それに苦笑しながらも、確かに感じる緊張感に思わず気を引き締める。
俺の出番はこれで終わり……だが、今日の主役は俺じゃない。
「よし、行くぞスイープ」
「さ、行くよマイネベレーザ」
二頭の馬房が開き、厩務員の方々が手綱を引く。
普段は手綱に引かれることを嫌がるスイープ師匠も今日は不気味なほどに従順だ。
二頭がパドックへと進んでいく。いや、二頭だけじゃない。先ほどスイープ師匠を挑発していたトウショウナイトさんに、見ただけで威圧感を感じる馬が何頭も後に続いている。
これから始まるのはG2「京都大賞典」。選りすぐりの兵が戦う舞台。
「スイープトウショウにマイネベレーザも出るわけだし、しゅうもレースの様子気になるよな。一緒に見ような」
今回はマイねぇの厩務員として同行していた天野さんが備え付けの画面に指差しながら言う。
俺もまた、この戦いの結末を見守るためにジッとモニターを見つめるのだった。