また新入りが入ってきた。
最初の印象はこの程度。名前を名乗ったら妙な反応をして何だコイツとは思ったけど、言ってしまえばその程度の印象しかない。
『ひぇ、スイープさんだ……』
『今日も不機嫌そうだな……あっち行こ……』
今まで何頭かここに入ってきたけど、どいつもこいつも根性無しばかり。少し怒鳴っただけでこのザマだ。
たまに生意気なヤツもいるけど、そういう奴らも何度か併走すれば同じになる。
結果として、たいていは遠巻きにこっちを見るだけ。新しく入ってくるヤツらだけじゃない。正直、一部を除いた競走馬達はどいつもこいつもそんな感じ。そんな奴ら、覚える価値も関わる価値もないわ。
『なあ、スイープ……お前も新入りに関わったほうがいいんじゃないか? 案外、仲良くなれるやついるかもだぞ』
『嫌よ! なんで私がわざわざそんなことしないといけないの?』
シーイズの奴が何かごちゃごちゃ言ってくるけど、私からすれば知ったこっちゃない。
そもそも、なんでこの私が時間を割いてまで他の奴らと関わらなくちゃいけないのよ。私はやりたくないことは絶対にやりたくない。今までもこれからもそこを変えるつもりは一切ないわ。
「スイープ、そろそろ調教の時間だ。一緒に行こう」
『あ、蒲田さん! わかったわ! 付いて行ってあげる!』
シーイズと言い合いしていると、厩務員の蒲田修司さんが私を読んだので、いそいそとそちらへ向かう。それを見たシーイズは何故かため息をついた。
『……お前、蒲田さんの前だとやけに素直だな……その素直さ、十分の1でも生沿さんとか鶴田さんに分けてやらないか?』
『嫌よ。あいつら、私がやりたくないことばかりやらせようとするんだもん!』
『それもお前を想ってのことだろ……はあ……』
またため息ついてる。喧嘩売ってんのかしら? それなら言い値で買うわよ。蒲田さんとのお散歩で機嫌が良かったというのに、一気に萎えちゃったじゃない。
このイライラはイケゾエに早くぶつけないとだわね。
『……ん?』
『どうした?』
『……別に、なんでもないわよ』
妙に足に違和感があった。まあ、それも一瞬。大したことないわと気にもとめずに調教に向かった。
バキィ!
『────────っ!!?』
その日、私の足は砕けた。今までに感じたこともない信じられない痛み。普段は私が走り終わらないと絶対に降りようとしないイケゾエもすぐに飛び降りて私の脚を押さえた。
「大丈夫か、スイープ! 今、救急が来るからな!」
私は骨折したらしい。なんでも、左第2中手骨? とか言う場所が折れたらしく、春の「ヴィクトリアマイル」は諦めなければならなくなった。
『ちょっと、巫山戯ないでよ……私は全然走れるわよ!』
私の気分でレースに出ないのは別にいいわ。正直、人間が期待してるとか知ったこっちゃない。でも、こんな形でレースに出れないというのは流石にムカつくのよ。
特に今回のレース、シーイズの奴を倒したラインクラフトとかいうルーキーも出るっていうじゃない! そういう舐めた奴はぶっちぎってやらないと……っ!
「ごめんね、スイープ……でも、私たちは君が大切だから、無理してほしくないんだよ……私も気づけなくて、ごめんな……」
厩務員の蒲田さんがそう言いながらポンポンと首をなでる。イケゾエとかは別にいいけど、蒲田さんにそんな顔をされちゃ、私としても引き下がるしかない。
正直、全然納得できてないけど、ひとまず私は怪我を治すために安静にすることとなった。
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『スイープさん、ケガしたんだってね』
『まあ、自業自得じゃない? あんなに偉そうにしてたわけだし』
『…………』
『ひぇ、し、失礼しました……』
骨折してからというものの、他の馬たちはこぞって私の噂ばかりするようになった。
今もヒソヒソと他の馬たちの囁き声が聞こえる。正直、かなりムカつく。
遠巻きからコソコソ言う割には、どいつもこいつも真正面から来ないってもの腹が立つわね。
私が一睨みしただけで離れるような奴が、私を憐れむんじゃないわよ。
『……それにしても、退屈ね』
シーイズのやつは調教で忙しい上、新人の面倒まで見ている。同じように蒲田さんも付きっきりというわけにもいかない。
必然的に、私は一人で馬房にいる時間が増えた。
『……まあ、別にいいわ。イケゾエが上に乗って走らせようとすることも、
そう自身に言い聞かせ、とっとと寝ようとした時の事だった。
『…………』
『…………』
なんか、隣の馬房から覗き込んで、変な目で私のことを見ている変な奴がいた。
何だっけ、コイツ……ああ、そうだ。数カ月前にここに来た新入りだ。思えば、ずっとこっちのこと見てるわね、コイツ。最初は馬鹿にしてるか哀れんでるかのどちらかなのだと思っていたけど、なんかそういう感じの目じゃない。
この目は……そう、人間だ。私がレースに出たとき、私が勝ってウィナーサークルに上がった時、私のことをずっと見ている人間達に近しい……キラキラとした目を向けているんだ。
馬房にいるときだけではない。放牧に出たときも、治療に行くために少し出かけようとするときも、コイツずっと同じ目で私のことを見つめている。
何なのコイツ。ストーカー? ある日、我慢の限界に来た私はとうとうコイツに真意を問いただすことにした。
『何よ、アンタ誰?』
『え……あ、はい! 俺、マグナアニマって言います!』
そいつ……マグナアニマは何故か嬉しそうに返事をする。
私は少しドン引きしながらも、取り敢えずコイツがどういうつもりでずっと私のことをみていたのかを聞いてみた。
『えっと……俺、スイープトウショウさんみたいな強い馬になりたくて……』
『……私みたいな強い馬?』
『あ、はい! シーイズトウショウさんから聞いたんですけど、スイープトウショウさん、宝塚記念や秋華賞みたいなG1レースにも勝ってるんですよね? 俺も早く一人前の競走馬になりたいって思ってて、そのための近道と言うか……スイープトウショウさんみたいな凄い馬を観察してたら、何か掴めるんじゃないかなって……』
そいつは随分変わったやつだった。何でもコイツの父親はナリタタイシンとか言う馬らしく、そいつに憧れて一人前の競走馬になりたいらしい。
そもそも、父親の顔すら知らないくせに、よくそんな気になれるわね。
『あっそ、でも、私ジロジロ見られるの好きじゃないから。やめてくれる? 迷惑なのよ』
『う……は、はい……』
私の言葉にコイツは露骨に落ち込む素振りを見せた。そもそもレディの1日をジロジロと覗き込むんじゃないわよ。失礼ね。
呆れながらも馬房に帰ろうとするマグナアニマ。だが、コイツはピタリと立ち止まると少し悩むような素振りを見せ、言う。
『あの……スイープトウショウさん、お願いがあるんですけど、俺に走りを教えてもらえたりとかってできますかね?』
『はあ? なんでこの私がアンタなんかのためにそんなことしないといけないの? 絶対嫌よ!』
『ですよね……』
コイツ、意外に図太いわね。普通に考えてジロジロと人を覗き込むようなやつに何かを教えるとでも思ってんのかしら?
そもそも、何でこんなわけのわからないやつに走りを教えないといけないのやら。
マグナアニマは大人しく引き下がり、トボトボと馬房に戻っていく。私もまた、蒲田さんに連れられて馬房に戻るのだった。
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「よし、そろそろ調教再開しよう。スイープ、今度はちゃんと見てるからな……」
蒲田さんに連れられて、私は再び調教の日々に戻った。
軽い運動を行い、とうとうレースに向けての本格的な訓練も再開される。
正直言ってダルい……。
私はそんなことしなくても勝てるのに、なんでわざわざそんなことをしないといけないのよ。
蒲田さんとのお散歩もできなくなるし、絶対に嫌よ。私はそんな泥臭い真似絶対しないんだから。
「なあ、スイープ……併せ馬だし他の馬待たせてもアレだからさ……行こう?」
『い────や────だ────!』
「う〜ん、骨折のトラウマで調教を拒否しているのかな?」
「いや、これは何時ものだと思いますね……なんか、懐かしいなこの感じ……」
イケゾエがなんかごちゃごちゃ言ってる間、私の後の奴らが先んじて併せを行うことになった。
これでもう少し蒲田さんと一緒にいられるわね。そう思っていながら坂路を見ると、そこには何時ぞやの新入りが他の馬と走っていた。
(……なんか、微妙な位置にいるわね。差しのつもりかしら? ……いや)
何となくアイツが語っていたことを思い出す。そういえば、アイツが憧れてるっていう父親は追込の馬なんだっけ? なら、アイツ……もしかして追込やってるつもりなのかしら。差しならばあの位置でもいいかもだけど、本人が追込のつもりなら些かこのペースでは前すぎる。
カチッ
結果は新入りの勝ち。でも、あの程度の相手なら多分もっと差をつけられたわね。アレじゃあ本番大分キツいわよ。
『アンタ、それでちゃんと走ってるつもりなの? 見た所、追込で走りたい感じよね?』
『へ?』
私の言葉に一瞬呆ける新入り。そもそも、なんで私こんなこと言ってるのかしら? でも、一旦口に出して引っ込めるのもダサい気がするし、この際だから思ったこと全部言っちゃおうかしら?
『追込で相手を差し切りたいのなら、もうちょっと脚を溜めたほうがいいわよ。今の相手、十分ぶっちぎれたでしょ』
『は、はい?』
『見てなさい。私がお手本を見せてあげる』
久々の併せ馬だけど、何とかなるでしょ。相手は最近調子に乗ってるルーキー……確か、トップオブなんとかとか言ったかしら?
『へ、ロートルのおばさんなんか敵じゃねえ。なんせ、俺はダービーに出たほどの馬なんだからな!』
『……誰がおばさんですって……っ!?』
ダービー……確か、男版のオークスだったかしら? それに出たから何だって言うのよ。順位二桁台だったクセによくそんなに威張れるわね。
ダッ!
蒲田さんの時計の合図とともに併せ馬が始まる。トップオブなんちゃらは勢いよくスタートし、そのままハナを取った。
調子に乗ってどんどんペースを上げてるわね。それじゃあ、後半バテるわよ。
『へへ、G1馬だって言うからどんなものかと思ったけど、大したことないな!』
さっきから本当に生意気ね。
差は……大体五〜六馬身ってところかしら? この程度なら余裕ね。その後もどんどん併せ馬は続く。トップオブなんとかはそろそろ疲労が見えてきた。本番でもないというのによくやるわ。まあ、そこは本気で走るつもりの私も同じだけど……。
『────そろそろね』
ドンッ!
曲がり角を曲がり、最後の直線に入ったタイミングで私は一気に加速する! イメージするのは秋華賞! 後ろから一気に全員ぶち抜いてやったあの日の感覚!
『なっ!?』
トップなんちゃらは驚いたみたいだけど、私は止まらない。
どんどんどんどん加速して、一気にコイツを追い抜いて、誰よりも早くゴールにたどり着いた!
『うそだろ……』
『ま、こんなもんね……』
結果は半馬身差。まあ、距離も短いし私も病み上がりだしこんなもんでしょ。見ると、トップなんとかは少し怯えた目をしている。ふん、コイツもほかの新入と変わらないわね。
「よく走ってくれたなスイープ〜。……いつも、これくらい素直ならな……」
『いやよ。今日は気分だったから走っただけだもん。イケゾケはとっととどきなさい』
戻る道中、私はアイツとすれ違う。
『……すごい。本当に「魔法」みたいだった』
……魔法か。いい表現するじゃない。少し気分が良くなったし、見せるだけで言葉にするつもりはなかったけど、サービスしちゃおうかしら?
『今のアンタはただのもどきよ。追込したいのなら、アレくらいやんなさい』
『え?』
『アンタ、走るときは最初は抑えて最後に全力を出すことを意識してるわよね。その点に関しては及第点よ。でも、前との差が離れすぎるとその差を埋めようと道中前に進もうとする……そこで消耗して最後に全力が出せなくなってるのよ』
さっきの併せを見た感じ、コイツは差しとしても追込としても中途半端だ。まずはそこら辺しっかり理解しないと駄目ね。
『まずは脚を溜めることを意識しなさい。どれだけ差が開いても、最後に差し切っちゃえば問題ないんだから。あとは、どの地点から全力出すかを考えながら走ることね。位置取りも大事よ。馬場や他の馬達の状態にもよるけど最後方からの一気は基本的に滅多にやるもんじゃない。中段で構えて差すのもありね』
ま、そんな事考えながら走るなんてアンタ程度には一生無理かもだけどね。そう付け加えてとっとと馬房に向かう。
すると、感極まったコイツは私の方へ振り向くとなんか妙なこと言い出した。
『ありがとうございます! スイープトウショウさん……いや、スイープ師匠!』
『ちょっと! 何よ師匠って! そんなものになった覚えはないわよ!』
その日以来、コイツは事あるごとに私に構うようになった。やれ今日のタイムはどうだの、やれもうすぐ新馬戦だの、やれどうすれば勝てるだの正直ウザったくなるほど構ってくる。
『スイープ師匠! ちょっとアドバイス貰いたいんですけど……』
『だ! か! ら! 師匠って呼ぶな! ……で、なにに悩んでんのよ……』
『実は……』
……でも、なんやかんやで悪い気分ではない。師匠と呼ばれるのは妙な気分になるから辞めてほしいけど、コイツには言うだけ無駄ね。
今日も私は手のかかるこの後輩に流されて、色々と教えてしまうのだった……。
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「さあ、スイープ……頼むから……ってえ?」
人間どもに誘導された私はゲートに入る。すると、私の上にいるイケゾエがやけに驚いた。何にそんなに驚いているのかしら?
『なんと、スイープトウショウ! 係員に誘導され、素直にゲートインしたぁ!?』
『驚きですね……こうも素直に入るの初めてなんじゃないですか?』
ちょっと、どういう意味よそこの実況! 遠いけど、聞こえてんだからね!
「いや、今日はやけにやる気だな……スイープ……」
イケゾエがまだ驚いたふうにしている。別に、今日はたまたま走りたい気分ってだけよ。アンタこそ、いつまで驚いてるのよ。そんなんで私をエスコートなんてできるわけ?
『やる気だなスイープ。だが、こちらも負けん! 今回こそ武士澤と共に重賞を制してみせるぞ……そして、お前へのリベンジも果たさせてもらう、覚悟しろスイープ……』
『ちょっと、ナイトうっさいわよ。黙んなさい』
『ひぇ!?』
私が少し強めに言うと、ナイトは身体をビクッとさせながら少し後ずさる。ふん、口では偉そうなくせに根がビビリなのは昔とちっとも変わってないわね。そんなんで本当に大丈夫なのかしら?
呆れつつも私はイライラを落ち着かせるために今一度あたりを見回す。
今回の顔見知りはコイツだけか……。私が骨折なんかしてる間にアドマイヤグルーヴもオースミハルカも引退したと聞くし、知り合いも少なくなってきてるわね。
それでも、油断はできそうにないか。あの
『芝で走るのは何年ぶりかしらね? 笠松だとずっとダートだったし……』
……一頭場違いなのがいるわね。何でダート馬がこっち来てんのよ。重賞にしてもダート走りなさいよ。ダート。
「……本当に気合は入ってるな、スイープ。何かあったのか?」
イケゾエがそんなこと聞いてくる。別に何もないわ。何ていうか……今日はどいつもこいつもぶっ千切ってやりたい気分ってだけよ。特にこの女をね……。
そう思いながら、私は後ろを振り向き、誘導に従ってるあの女を睨みつける。
マイネベレーザとか言ったかしら? 随分と調子に乗ってくれちゃって……。ああ、イライラする。
『アンタには負けないわ。格の違いってもんを見せてあげるわ』
『お手柔らかに頼むよ。こちらとしても、全力で胸を借りさせてもらう』
それだけ言うと、コイツは飄々とした様子でゲートに入る。いい態度してるわね。本当にムカつく。
見た感じ、状態はそこそこってところかしら? 少なくとも、私とやり会える自信はあるようね。
(さっきっから、やけに自分の牧場の思い出とか語ってきて……ああ、むしゃくしゃするわ……)
マグの奴がレースに出走して戻ってくるまでの間、コイツは生まれ故郷の牧場でのマグについてを語ってきていた。師匠師匠と慕ってきた癖に似たような関係性の奴がいるって時点で腹が立つ。いや、私は別にマグの師匠でも何でもないけどね。
『各馬ゲートイン完了、係員が離れます。それでは始まります。第41回京都大賞典────』
そろそろか。この瞬間は本当に嫌いだわ。なんでこの私がこんな鉄の檻みたいな場所に行かなきゃいけないのやら。
レースのことも理解してるし、観客が私のことを応援してるのも知っている。
それでも私は嫌なものには嫌だと言いたい。だから気分じゃない調教は絶対やらないし、走りたくない日は走らない。
でも今日は我ながら不思議な気分ね。大嫌いな檻の中に入ることだって我慢できちゃう。
今日はこの大嫌いな檻の中に真っ先に入ってでも────この女をぶちのめしたい!
(私に喧嘩売ったこと……後悔させてあげるわ……)
────ガコンッ!
『スタートしました!』
レースが始まる! わたしの力を思い知らせてやるわ!