大心を宿して   作:はんたー

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幼駒、一歳

2005年1月。

 

 俺、誕生! 

 

 ────から、はやくも一年近くが経過した。

 親離れをした俺は毎日走って将来レースで活躍するための下地を作っていた。

 

 ドドドドドッ! 

 

 俺は目の前を走る年上の馬を追いかける。

 

『今日こそ勝ってやる!』

 

『ふふふ、それはどうかな?』

 

 俺はこの牧場で同じ馬の子どもと一緒にレースをしていた。

 俺の前には走ってる1頭の馬……だが、これなら追い抜ける。

 

『今ッ!』

 

『っ!?』

 

 俺は力を溜めていた脚を一気に解放して、飛び出す! 

 

 ビュンッ! 

 

 俺は一気に加速して目の前の馬を抜き去ろうとする。しかし、前の馬も年上の意地からか、負けじと粘りを見せてオレよりも先に目標だった柵までたどり着き、一着を取ってみせた。だーっ、負けた! 

 

『くそ……また負けた』

 

『そりゃ、お姉さんだからね。しゅうくんも速いね……追いつかれるかと思った……』

 

『ぐぬぬ……次こそは……』

 

 悔しい思いをしながら、俺は目の前の馬の子ども「えーねえ」を見つめる。

 この娘は俺の1歳年上の子馬で俺にとってはお姉ちゃんみたいなものである。大田さん達からは「えい」って言われてるから、えーねえと読んでいる。

 大田さん曰く、母親と同じ馬主が引き取るらしく、その人のもとで今年競走馬としてデビューするらしい。

 

『でも、本当にしゅうくん速いと思うよ……私が一歳の時、そんなふうに走れなかったもん』

 

『まあ、毎日走り込みしてるからな……』

 

 実際、俺は毎日欠かさず走り込みをしている。おかげで、同い年の馬に相手になるような存在はおらず、一歳年上であるえーねえぐらいしか相手にならない感じになってるのだ。まあ、体つきから何まで違うからまだ勝てたことないんだけど……。

 

『とはいえ、このままだと負けちゃいそうな気がするんだよな……いつもどんな感じのこと意識してるの?』

 

『……それ、年下に聞く?』

 

 まあ、別にいいけど。素直に意見を聞けるのは何気にえーねえの長所なのかもしれないな。

 まあ、俺自身馬のことがわかってるというわけでもないけど、ここは俺の意識してることを少しアドバイスしたほうがいいかもな。

 

『そうだな……普段、どれくらいの強さで踏み込んでるの?』

 

『え? う〜ん、意識したことないけど、こんな感じかな?』

 

 トットッと軽快に地面を蹴るえーねえ。だけど、そんな軽くじゃよくない気がするんだよな……。

 

『もうちょっと強く地面蹴ったほうがいいよ。そうすれば、もっと早く走れると思う』

 

『う〜ん、こうかな?』

 

『いや、もっと強く! 地面を叩き割る勢いで!』

 

 そう言いながら、俺はシングレにてダートに足跡を残したオグリキャップよろしく、強く強く踏みつける。ウマ娘でもパワーは重要だったし、強く蹴ることは大いに意味がある……はずだ。

 

『そういえば、しゅうくんはいつも後ろから一気に追い抜こうとするけど、どうしてそんなことするの』

 

『そりゃ、俺は父親に憧れてるからね』

 

 俺の父親、ナリタタイシンはウマ娘では追込タイプ。後ろから豪快にほかのウマ娘を抜き去るタイプだ。ナリタブライアンも差しとかだし、多分後ろから一気に抜くのが強い……はず。

 現に、俺はこの牧場の同い年の子馬の中では一番早い。最初は同じくらいだったけど、毎日走り込みしてる影響からか、徐々に差が開いてきて、直近のレースでは一度も負けてない。

 まあ、ここ馬の子ども俺含めて四頭くらいしかいないから、実際どれくらいなのかはわからないけど。

 

『ちちおやか……私よくわからないんだよね』

 

『まあ、大田さんそういうことはあまり言わないからな……とにかく、俺のお父さんは後ろから一気に抜き去るレースが得意だったんだ』

 

 まあ、それはウマ娘の話だから実際どうなのかはわからないんだけどね。でも、実際俺はこの走り方がしっくりくるんだよな……なんていうか、途中で足を溜めて一気に爆発させる感覚。俺はこの感覚が結構好きだ。

 

『う〜ん、私もそういう走り方にしたほうがいいなかな?』

 

『いいんじゃないかな? 少しくらいなら教えられるよ』

 

『本当? じゃあ、教えて!』

 

 えーねえの言葉に俺は意識してることを教える……と言っても、大したことは教えられないけど。

 

『さっきも言ったけど、俺が重要だと思ってるのは地面を蹴る力なんだよね。でも、ずっとそれだと疲れちゃうから最後の最後で本気出すみたいなことを意識してるんだ』

 

『最後の最後……』

 

 実際の追込ではどうなのかはわからないけど、俺が意識してるのはコレだ。最初の頃は俺も前に前にと進む「先行」や「逃げ」の形をやろうとしたのだが、うまくいかなかった。でも、この形を取るようになってからは同い年の馬には負けなくなったし、一歳年上のえーねえともいい勝負できるようになった。

 

『だから、えーねえもそうすれば多分速く走れるようになるよ』

 

『多分なんだ……でも、わかった! ありがとう!』

 

 そう言いながら、 えーねえは地面を駆けていく。さっきより力強く蹴ってるらしく、さっきより速くなってる気がする。やっぱり、力強く蹴ることが重要なんだろうな……。

 ……そういえば、えーねえの父親誰なんだろ? 地味に気になってきたぞ。

 

『よし、しゅうくん! もう一回走ろう!』

 

『おーけー。ガンガン行こう! 今度こそ負けないからな!』

 

『ふふん、私もしゅうくんには負けないよ。何せ、年上のお姉さんだからね』

 

『舐めんなよえーねえ。行くぞ!』

 

『よーし、さあこい!』

 

 俺とえーねえはそう言ってまた芝生の上を駆け出す。えーねえと過ごせる時間はあと数カ月程度しかない。それまでに一度くらいは勝っておきたいからな。ナリタタイシンの子の鬼脚を見せてやる! 

 

 

 

 

 

 ****************************

 

 

 

「しかし、よく走る子だな……」

 

 北海道の零細牧場。牧場主である大田康成は物珍しそうに約一年前に生まれた「ロマンハート2004」を眺めていた。

 幼名「しゅう」と名付けられたこの一歳馬はナリタタイシンの最後の子である。

 母馬ロマンハートは父ナリタブライアン、母父オグリキャップ、母母父カツラノハイセイコと完全にロマンのみを求めて作り出された牝馬である。

 しかし、血統を盛っても走らない馬は走らない。特に、オグリキャップとナリタブライアンは共に突然変異にも近しい個体であり、それらを何も考えずに掛け合わせたところで意味はなさない。

 結果、ロマンハートは走らなかった。生涯戦績16戦16敗。一年間を中央で走らせ、二年目に舞台を地方に移し、一縷の望みにかけたが玉砕。

 処分されるところを自身で引き取り、繁殖牝馬として過ごしている。

 もっとも、繁殖成績も振るわず、四〜五年前は借金までしてサンデーの血をつけたが、結局うまくいくことはなかった。

 本来ならば牧場を畳むべきなのだろう。大田はそう考えている。

 だが、まだ幼いながら牧場を手伝い、馬を愛する我が子や数少ない厩務員の生活。それらを顧みると、牧場をたたむわけにもいかない。せめて、厩務員の新たな就職先が見つかるまではと牧場を維持することに決めた。

 

 ────おそらく、この子が牧場の最後の子になる

 

 ナリタタイシンの種牡馬引退が決定したタイミング。馬主の好意により、無料で付けさせてもらった正真正銘最後の子(ラストクロップ)。ゆえに、「(しゅう)」と呼んでいるのだ。

 そんなしゅうはよく一頭で走る姿やああしてほかの子馬と競走をしている姿をよく見かける。観察してて思うのは、その末脚には目を見張るものがあるということだ。

 というか、あの年の馬は前へ前へいきたがるものだと思うのだが、あの子馬はどういうわけか、既に追込の形でほかの馬を追い抜いている。もしかしたら、本能であの形が丁度いいと思っているのかもしれない。これは案外将来有望なのかもしれない。

 

「オープン入りくらいはしてくれるかな?」

 

「まだわかりませんよ。当歳馬ですし……それより、あの娘はどうですかね? えいも結構速くなってる気がしますし……」

 

「う〜ん、確かにしゅうに触発されるカタチで速くなってきてる。最近だと、えいも差しか追込みたいな動きをするようになったな。よく動くとは思うが……それでも、中央は厳しいだろうな……」

 

 そんな彼と共に走る幼駒のうち一頭はこの牧場の2歳牝馬「エビスショウフク2003」こと「えい」だ。

 もともとはおとなしい子だったが、しゅうに触発されてかよく走るようになっている。しかも、少しずつだが速くなってる気もする。

 これならば、地方で一勝くらいはできる……かもしれないなと思っている。母親と同じ馬主「山田博」氏は中央で走らせるつもりらしいが、さすがに難しいだろう。

 

「……それにしても、しゅうと仲がいいですね。やっぱり、父親と母父の影響なんですかね?」

 

「……どうだろうな。流石に関係ないとも思うのだが」

 

 えいもえいで相当なロマン血統だ。その父親と母父はしゅうの父親とも因縁深い。だが、流石に偶然だろうと片付ける。

 

「あ、またかけっこし始めましたね」

 

「だな、だがそろそろ時間だろう」

 

 わずか数頭しかいない幼駒だが一緒に走るその姿は微笑ましい。そう思いながら、大田は放牧に出している馬たちを宿舎に戻すのだった。

 

 




エビスショウフク2003
実は実在馬
本来は別の牧場で生まれるはずだが、この世界線では主人公と同じ牧場に生まれている。
現実では未勝利だが、この世界線ではどうなるか……
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